第2話 始まる学校 P.6
そして時刻は八時前を指している。健斗はすでに、家を出る準備をしていた。
そろそろ家を出ないと、学校に間に合わなくなる。
いつもこの時間帯に出るようにしているのだ
この時間帯に出れば、早くもないし……遅刻することもなく学校に着くからだ
健斗はしっかりと家の鍵を閉めると、庭に回って自転車を動かす。その途中、ゴンタが近寄ってきて、甘えた声を出しながら健斗に甘えてくる
健斗はゆっくりとその頭を撫でてやった
「ゴンタ、いってきます」
健斗は自転車を家の外まで運び、そのまま学校へと向かった
これから学校だなんて……かなり憂鬱だ
学校はあまり好きじゃない……
授業はダリィし……
眠くなるし……
健斗は学校で目立つ立場じゃない。いや、むしろ地味で大人しくて、いてもいなくても変わらないような存在なんじゃないだろうか、と自分ではそう思っている。
当然、友達と呼べるような存在は何人かいる。ただ……健斗はもう誰かと話すようなことをほとんどしていなかった。というより自ら誰かと関わることを避けている
それを自ら望んでいる部分があった。誰かと関わるようなことはしたくはなかった。一人が一番気楽だと思えたからだ。
健斗は誰かといっしょに行動したり、馴れ合うことが嫌いではない。むしろ昔は大好きだった。友達とバカなことをしたり、はしゃいだりすることが好きだったはずだ。
ただ……健斗の中であることを決めていた。自分が誰かと関わるようなことは避けなければならない。
健斗は自転車を漕ぎながら空を見上げた。今日はとても良い天気で、雲一つない。普通ならば気持ちよく過ごせる日だろう。
だが健斗は不快だった。忌々しく感じる……ズキンと一瞬だけ頭が痛くなり、健斗は自転車を漕ぐのを止めて頭を抑えた。
――……また……
健斗はゆっくりと目を開けた。こんなふうに天気がよい日は、どうしてもこうなってしまう。未だにあのことを思い出してしまうのが忌々しかった。
――……もう昔のことなんだ……
健斗は自分にそう言い聞かせるようにそう心の中で呟いた。そしてまた再び自転車をゆっくりと漕ぎ始めた
健斗はいつも通る坂道を下った。この坂道を下りきったら、学校に着く。
健斗は欠伸をしながら自転車をこいでいった。他の生徒たちも自転車で来る人や、歩きで来る人などたくさんいる。
でも大半は自転車だ
だって健斗と同じ地域に住んでる人が多いんだから……歩きでは一時間半もかかってしまう
健斗は自転車を駐輪場に置いて、スクールバッグを持って昇降口へと向かった
行き交う人々は、友達に「おはよう」などと声をかけている
いつもと同じような光景だ。何だけど……なんだろう?今日はやけに騒がしいような気がする
健斗は廊下を通りながら、他のクラスを見る。男子はグループで騒いでいて、女子は集まって会話をしている
いつも見るような光景だけど……何かが違うなぁ……
自分のクラスでも同じだった。1年A組では男子が教室内で騒いでいて、女子が女子の輪というものを作って会話している
健斗は不思議に思いながらも、自分の席に向かっていた。そしてその際、近くを通る男子グループの会話をこっそり盗み聞きした
「……おいっ!あの可愛い娘、見た?」
「見た見たっ!朝練で見たしっ!めちゃくちゃ可愛いくねっ?」
そして健斗は今度は歩きながら近くにいる、今度は女子グループの会話をこっそり盗み聞きした
「あんなに可愛い娘っているんだねー?羨ましいなぁ……」
「でもさぁあんな子入学式のとき、いたぁ?」
健斗は彼らの話を聞きながら、自分の額に冷や汗が垂れるのを感じた
まさか……こいつらが騒いでる理由って……健斗はゆっくりとため息をついて自分の席についた。一番後ろの窓際の席。
そうか……すでに麗奈のことが噂になってるんだなぁ……
やっぱり相当可愛いんだな……みんなこんなにも騒いでるってことは……
健斗はいよいよ、憂鬱になった
麗奈が居候してるなんて、言わない方がいいよなぁ……
そんなことを悩みながらまたため息をついた。するとだった
「山中くん」
突然声をかけられて健斗ははっとして顔を上げた。すると、目の前に早川が笑顔で健斗の前に立っていた
「おはよう山中くん」
「あ……おはよう……」
健斗は胸を高鳴らせながら呟くように言った。朝から早川がこんな風に健斗に話しかけてくるなんて、めったにないことだった。というか、そもそも早川と会話自体あまりしたことがない
しかし早川はゆっくりと健斗の前の席に座ってきた。そして周りを気にするように見渡しながら、健斗に耳打ちするように小さな声で言ってきた
「大丈夫?」
「え……」
健斗はそう言われてはっと気づいた。そそうだ……早川は唯一事情を知っている。詳しくは話してないけれど……麗奈と会い、しっかりと会話をしたのはこの学校の中で早川以外誰もいない
健斗はそう考えながら小さく笑みを浮かべた
「まぁ……えっと……やっぱりみんなが騒いでるのって……」
「うん。多分麗奈ちゃんのことだよ」
早川も小さく笑い返してそう言った。健斗はそれを聞いて困ったように肩をすくめた。もしクラスの誰かに、自分がその話題の美少女と深い関わりがあるなんて知られたら……考えるだけで恐ろしかった
「今日麗奈ちゃん、このクラスに入ってくると思うよ」
「はぁっ?」
早川が健斗の不安をさらに煽るようなことを口にした。健斗は思わず驚いた声を上げた。その声にクラスの中の何人かの人間が健斗に視線を送った
健斗は肩をすくめながら早川を見た。早川は健斗の気持ちを推し量ったのか困ったように笑っていた
「……それ本当?」
「うん。クラスのみんなが噂してるから……多分そうなんじゃないかな?」
健斗はため息をつきながら肩を落とした。少し予想はしていた。母さんが余計なことを言って、健斗と同じクラスにするように取り計らってもらったのかもしれない。しかしそれは健斗が最も避けたかった状況であった。
「そっか……」
「あ……そっか。麗奈ちゃん、山中くんの家に居候してるんだっけ?」
早川は確認するような言い方で健斗にそう聞いてきた。もちろん、周りの人間には聞こえないような声量で……健斗は小さく頷いてみせた
「まぁ……うん。ちょっとした事情でなっ……あっ!でも、別に付き合ってるとかそういうわけじゃないからっ」
健斗が慌てるようにそう言うと、早川は怪しむような視線を健斗に向けて笑っていた
「へぇ~……」
健斗はそんな悪戯気な早川の表情を見てドキリと胸が高鳴らせた……やっぱり可愛い……麗奈のことでみんなは騒ぐだろうが、健斗からしたらこの早川の可愛さに感服したい
そんなバカなことを考えていると、早川がまた周りを見渡しながら健斗に耳打ちをするように言った
「……居候のこと、言わない方がいいよね?」
そう言われて健斗はほとんど間髪を入れずに頷いた
「あ……なるべく……つーか言わないで欲しいかも」
健斗がそう言うと、早川はにっこりと笑った。
「分かった。もし何かあったら、いつでも相談してね♪出来ることなら力になるよ?」
と言って、眩しい笑顔を見せる。健斗にとってはすごく暖かく、嬉しい言葉だった
健斗はその優しい笑顔を見て、心が癒されるような感じがした。薄く笑いながらゆっくりと頷いた
「あぁ……サンキュー」
健斗がそういうと、早川はにっこりと微笑んだ。本当に早川は優しい子なんだと健斗は思っていた
早川は覚えてないかもしれないが……あのときだって……
「でも一つだけ不思議なんだよね」
早川がそう言ったので健斗は顔を上げて早川を見た。早川は何か腑に落ちないような顔をしていた
「何が?」
「うん……どうして麗奈ちゃん、今の時期に来たんだろうね?」
「え……?」
健斗の中にあった違和感が広げられているようだった。早川は考え込むように首を傾げながら続けて言った。
「だって麗奈ちゃん、入学式にはいなかったじゃない?一年の五月に編入なんてないと思うんだけど……どうして今になってからこの学校に来たのかなぁ?」
「あ……」
早川がそう言うと、HRが始まる鐘が鳴った。早川はその鐘が鳴り始めたと同時に席を立って健斗の方を見た
「あ、じゃあ……またあとでね」
早川はそう言うと、自分の席へ戻っていった。しかし健斗の中では拭え切れない違和感が広がったままだった。早川の言うとおり、今の時期に編入なんて有り得ないと思う。元々ここの高校に入学するつもりだったのか、だとしたら何故今の時期になってからなのか?そういえば健斗はそのことを全く知らなかった。
そして、健斗はふと昨日の神社内でのことを思い出していた
――いいからっ!……そういうことにしておこうよ……
あの言葉に何か健斗の知らない事情でもあるのだろうか……だとしたら一体何なのだろう。
「……まぁ、いっか。」
そうだ健斗には全く関係のないことだ。別に麗奈がこの町にやってきた理由なんてどうだっていい。どうせ大したことでもないだろう
それよりも早川だ。本当に早川の優しさには心が暖まる
実はこれが健斗の学校に来る理由だ……もし早川がこの学校に行かなかったら、俺は100%の確率で中卒だったろう
本当に最高の人だと思う……
チャイムが鳴ってからしばらく経つと、先生が教室の中へ入ってきたので、みんなざわめきながらも席に座った。健斗はチラリと教室の外を見る
すると麗奈の影らしきものが、窓から見えた。かなり戸惑いながら教室の中をチラチラと伺っているのがわかる。あんなやつでも緊張するんだな……そう思うと何だか可笑しくってぷっと吹き出した
「えっへん。え~……みなさんおはようございます。今日は良い天気で、風もここちよさそうですねぇ~……いいですかぁ~みなさん。こういう天気のいい1日には必ず決まって――」
「先生っ!」
一人の男子生徒が大声をあげる。眼鏡をかけて、髪が短く、お調子者の面をしている。健斗もよく知っているやつだった
「そんなことより早く、新しいクラスのお友達を紹介してくださいよっ!」
その可笑しな言い方にクラスのみんながどっと笑った。確かに転入生とかを紹介するときに先生がよく使うような言葉だった。「今日はみんなに新しいクラスのお友達を紹介します。」みたいな……
クラスの騒ぎように先生はゆっくりとため息をついた。そんな光景を健斗は興味なさげにボーッとして眺めていた
「はい……じゃあ君、教室に入ってきて」
すっかり出鼻をくじかれ意気消沈している先生は外に向かって声をかけると、教室のドアが開いた
そして静かにゆっくりと、一人の女の子が長い栗色の髪をなびかせながら歩いて入ってきた
健斗も、その女の子をじっと見つめていた
我が校の制服を身にまとっている
白に緑色のラインの入ったブレザーに、紺色のスカート。さらに赤色リボンをつけた制服……この可愛い制服を着た、一人の美少女が頬を赤く染めながら教室に入ってきた
どうやら少し照れてるようだった
…………………
みんな、麗奈に呆気にとられている。特に男子は、こういうのを目がハートになっているというのか……頬を赤く染め、完全に見惚れていた
「じゃあは~い、今日から新しくこのクラスに加わる、大森麗奈さんだ。みんな仲良くするように……じゃあ大森さん、軽く自己紹介してくださ~い」
先生がそう促すと、麗奈は小さくと頷いた。モジモジと照れてるように頬を赤らめながらゆっくり口を開いた
「えっと……今日からこのクラスでお世話になります、大森麗奈です♪えっと、早く仲良くなりたいので、どんどん声をかけてください」
何かスゲー普通な自己紹介だな……と思った次の瞬間だった
「うぉ~っっっっ!!?!?!?」
男子が一気に騒ぎ始めて、教室中がパニック状態に陥った。突然の出来事に麗奈も驚いた。もちろん、健斗も同じように突然の大声にビクッとした
「ついに来た~!!!俺の青春だぁっ!」
「待ってたぜマイハニー!」
「神様ありがとう~!女神様、ありがとう!!」
……健斗を除いて、皆(特に男子)が騒ぎ出した。まぁ、こうなるだろうというのは朝の時点で予測していたことだった。健斗はゆっくりとため息をつきながら、麗奈をチラリと見た
すると……だった
麗奈は笑っていたのだが、あの……少し寂しそうな表情を浮かべていた。それは神社で健斗に見せた、意味ありげな寂しそうな微笑みだった。健斗は少しの間、その表情を見入っいた
「……?」
みんなが騒いでる中……多分気がついたのは健斗だけだった。麗奈のその寂しげな表情に気付いたのは……