第1話 嬉しくない出会い P.12
健斗と麗奈はCDを借りたあと、すぐに店を出た
そして、健斗がさっきから気にしていたあの女の子も、店からいっしょに出てきた
健斗の頭の中にはすでにどう言い訳しようか考えていた
「びっくりしたよ。騒いでる人がいるなぁって思ったら山中くんだったなんて」
と言って、その女の子はクスッと笑った
健斗は恥ずかしそうに「ゴメン」と呟いた
「俺も……早川がいるとは思わなかったわ」
本当に思わなかった……まさか一番誤解を受けたくない人に出会ってしまうとは……
彼女の名前は、早川結衣。健斗と同じクラスメイトである。優しくて可愛くて……おしとやかで……成績はいいし、運動もできるし……
同じ人間とは思えない女の子だ
それに加えて性格はいいし……
どこをとっても最高の人だ
「健斗くんの知り合いなの?」
ふと麗奈がにっこりと笑いながら訊いてきた
「あぁ。あ〜早川。こいつは――」
「私、大森麗奈です♪よろしくね、えっと……」
麗奈が戸惑っていると、早川は最高に可愛い笑顔とともに、すぐに自分の名前を言った
「早川結衣です。よろしくね、大森さん」
「えぇ〜?麗奈でいいよぉ♪結衣ちゃん」
「そう?じゃあ、麗奈ちゃんで」
と言って、二人ともクスクス笑い合っていた。
「健斗くんと同じ学校なの?」
麗奈は健斗を見てそう訊いてきた
健斗は静かな声で答えた
「……あぁ」
すると、早川が健斗に話しかけてくる
「仲良いんだね。従姉さん?」
「ううん。違うよ、健斗くんとは今日会ったばかり」
早川はそれを聞くと不思議そうな顔をした
よく意味が分からないらしい
「今日から健斗くんの家に――」
「だぁ〜っ!!」
健斗はすぐに大森麗奈の口を塞いだ
またこいつにベラベラと話させると面倒くさいことになる
「えっと、こいつの父さんが俺の父さんの友達で……何かとある事情で――」
「いっしょに住むことになったんだ♪」
健斗が説明しかけてる途中に麗奈がそう言った
「変な言い方すんなよ。早川、ただの居候だから。えっとだから別にオレラそういう関係じゃ――」
「結衣ちゃんはさ、今何してたの?」
また健斗が話している途中に麗奈が遮るように喋った
「私はちょっとCDを返してたの。で、これから商店街に用事があって……」
「そうなんだ。偉いな、わざわざ――」
「商店街って賑やかなとこだよね。さっき健斗くんと買い物に行ったんだ♪」
こ……こいつ……邪魔しやがって……
「本当に?でもお祭りの日はもっとすごいんだよ?」
「あ〜……七夕祭でしょ?」
「そう。そしたら今日の百倍は賑やかになるかも♪」
「そうなんだぁ」
しばらくの間、早川と麗奈は「女の子」の会話を楽しんでいた
健斗は男だから、会話に入れずその様子をしらっとして見ていた
麗奈を見て、少し苛立ちを覚えていた
「大森……大森」
健斗は大森を呼ぶ。健斗は自転車に買い物袋を入れて、帰る準備をした
大森は振り返って健斗を見るとにっこりと笑ってきた
「あ、ゴメン。健斗くん忘れてた」
「あっそ……つーかもう俺は帰るぞ」
麗奈に苛立ちを覚えていた健斗は、麗奈に意地悪く言った
「え〜……もっと結衣ちゃんと話したいなぁ」
麗奈が残念そうに言うと、結衣はにっこりと笑って言った
「私も用事あるから……また今度お喋りしようね?」
「うんっ♪あ、私明日から結衣ちゃんと同じ学校に通うんだ」
「そうなんだっ。同じクラスだといいね?」
いや……同じクラスだったら俺が困るんだけど……
と言いたかったけれど言葉に出せるわけがない
「じゃあまた明日ね。山中くんも」
と早川はにっこりと可愛いらしい笑顔を見せてきた
健斗は照れる様子を見せながらゆっくりと頷く
そして早川は自転車に乗って、商店街の方へとこいでいった
健斗は少し放心状態になりながらも、その去っていく後ろ姿を見つめていた……
「……健斗くん」
麗奈が健斗の顔を覗き込むように言ってくる。
「早く帰るんじゃなかったの?」
「……分かってるよ。早く乗れ」
落ち行く夕焼けを背に、健斗は麗奈を乗せてゆっくりとしたスピードで帰り道をこいでいた
「川がキレイだね〜……」
小道の側を流れている川の水面が、夕焼けによって橙色に染まっていた
健斗も麗奈につられて見てみたが、確かにキレイなものだった
「夜道はここを歩いちゃ行けないね」
麗奈は静かにそう言った
「そうだよ。この一本道は電灯がないからな。日が落ちたら真っ暗になって、周りがまったく見えなくなるんだ。間違って川にでも落ちたら大変だからな」
健斗はそう言うと、夕焼けをまた見る……
哀愁……今ならふさわしい言葉だ……
しばらく沈黙が続く
今日は疲れた……本当に……
「結衣ちゃん……可愛い子だよね」
「え……」
突然麗奈がそんなことを口に出してきた
その瞬間、健斗の胸が高鳴る
「いい子だし……きっとモテるんだろうなぁ」
健斗は何も言わなかった
するとだった……
「好きなんでしょ?健斗くん。結衣ちゃんのこと」
「はっ!?わっわっ!!」
麗奈が突然とんでもないことを言ってきたため、健斗は驚き、バランスを崩してしまった
「わっ……ちょっとちゃんとこいでよ」
「う、うるせ〜。何いきなり訳のわからんこと……」
胸の高鳴りが止まらなかった……
「そっかぁ……まぁいいけど」
そう言ってクスクスと笑う。健斗はそれ以上何も言わず、プイッと前を向いた
麗奈の言うとおりだった……
俺は……早川が……
早川のことが――
「ねぇ健斗くん」
「何だよ。うるさいなぁ」
健斗は迷惑そうにそう言いはなつ
もちろん、照れ隠しも兼ねて……
「私さ……この街に来れてよかったよ」
「はっ?」
いきなり何を言い出すんだ?
「今日来たばかりだけど……この街に来れてよかったって思ってるんだ」
「……よかったな」
するとだった
背中に暖かい感触を感じた
後ろを振り向くと、麗奈が健斗の背中におでこを押し付けていた
「お……おい大森っ。あまりくっつくなよ」
「私ね……この街で楽しい思い出作りたい……」
大森はそう言ったあと、静かに続けた
「これから……色々とお世話になるかもしれないけど……よろしくね、健斗くん♪」
そう言って麗奈はにっこりと微笑んできた
健斗はそれを見て……とっても不思議な感じを抱いた
こいつの口から……出た言葉……
それと共に、夕焼けに染まる可愛いらしい笑顔……
それがなんだか暖かい、大切な存在にほんの一瞬……たった一瞬だけ、そう感じたんだ
健斗は自然と口元がゆるんだ
「何言ってんだよ今さら」
と健斗は……微笑みながらそう言った……
「あ〜!!健斗くん今笑ってくれたでしょ?」
麗奈が嬉しそうに声をあげる。それを聞くと健斗はまた顔をしかめて、頬を赤くした
「べっ……別に笑ってねぇよ」
「笑ったよぉ〜。始めて見たぁ」
「笑ってませんっ!!」
「笑ったもんっ!!健斗くんの笑った顔、始めて見れたもん」
と麗奈はにっこりと笑う……
健斗はそれを見て、プイッと前を向いた
けど、本当は……心の底から心地よい感じがして、麗奈に見られないように小さく笑っていたんだ
突然やってきた、大森麗奈……
この日を境に……俺の生活が徐々に変わっていくだなんて……まだ思いもよらなかったんだ
これで第1話の終わりです。
続いて第2話をどうぞ……