満員電車
初めまして、椋鳥と申します。
色んな意味で処女作です。
下らない作品ですが、楽しんでいただければ幸いです。
僕はしがないサラリーマンだ。営業職をしている。毎日毎朝、一時間の距離を電車に揺られて通勤している。通勤ラッシュの中、人込みで押しくら饅頭のような車内を耐え、仕事では上司や取引先にペコペコと頭を下げる日常を繰り返している。そんな、なんともいえない退屈な日々を繰り返していた。
今日は僕の30歳の誕生日である。彼女いない歴=年齢で夢もやりたいことも度胸もない中、30歳になってしまった。変わりたいと願う意思はあっても、変われない退屈な日々を淡々と過ごしていた。そんな中、事件は起こった。
その日は金曜日で、いつものように起き、いつものように朝のニュース番組を見ながら朝食を取り、いつものように歯を磨き、スーツを着て、出勤の準備を整え、そして家を出た。携帯電話のメールを見ると実家の母から『誕生日おめでとう』と書かれた誕生日のお祝いメールが届いていた。メールの内容はそこそこの長文で、『早く孫の顔が見たい』とか『お隣の子の俊君が子供が出来て結婚した』なんて聞きたくもないことが書かれていた。朝から不快な気分の中、ああ、僕もついに30歳になってしまったか、などと複雑な心境になり。大人になっちまったなあ、なんて戯言を呟いた。仕事帰りにコンビニでカップケーキと、お酒に弱いため普段は飲まないシャンパンでも買って、せめて少しでも誕生日らしいことをしようなんて考えながら、いつもと変わらない満員電車に揺られていた時に、事件は起こったのである。
満員電車の中では、僕は押し込むように電車に乗ったので扉と前の人に挟まれる形になった。人の呼吸と体温と扉の堅さを感じながら、ひたすら到着まで耐えるのである。僕の斜め左前には、スーツを着た中年の男性がいて、僕の斜め右前には制服を着た華奢な女の子がいた。電車が発進し、5分たった頃、スーツを着た中年の男性が僕の方にぐいぐいと身体を押し付けてきた。ただでさえ暑苦しい中、身体を押されたことで、少し不快な顔をする僕を気遣うこともなく、中年の男性は押してくるのである。その時、僕の下半身に何かが当たる感触を感じた。なんだろうと下を見ると、男性の腕がそこにあった。そこで僕は、毎朝テレビで放送されているニュース番組を思い出した。ニュースでは痴漢で疑われた男性が駅の線路に降りて逃げ、その後来た電車と衝突し死亡したと報じられていた。そんなニュースを聞き流しながら聞いていた僕は、すぐに男性の伸びた右腕の意図を理解した。恐らく男性は、僕の前を横切って手を伸ばし右斜め前にいる、女子高生に痴漢しようとしているのだと。
ゆっくりゆっくりと恐る恐る、男性の右腕は女子高生のお尻に向けて、時に電車の揺れを利用しながら伸びていった。僕は、頭の中で考えた。普段なら小心者の僕は、それを見なかったふりをして、何事もないかのように振舞うはずだ。痴漢を止めたとして、面倒ごとに巻き込まれれば、会社に遅刻してしまうかもしれない。そうなれば、上司にまた頭を下げて謝らなければならない。なんにも良いことがない僕の人生だけど、誕生日くらいは、下げたくもない頭を下げて、不愉快な気持ちで過ごしたくはなかった。しかし今日の僕は違ったのである。
僕はこの痴漢と戦うことを覚悟した。面倒ごとなんて構うものか、遅刻したって、正々堂々としてやる。今日はせっかくの30歳の誕生日なんだ。一度くらい胸を張れることをしてやると強く決心した。小心者の夢も希望も無い僕だけど変わるなら今しかない。これを機に僕は変わるんだ。胸を張って生きよう。と決心した、はずだったのだが、小心者の僕は直接腕を掴んで、「この人痴漢です」なんてかっこいい真似は出来ないので、僕に出来ることは、現在僕の股間近くを彷徨っている腕を、少し女子高生側に身体を預け、さりげなく鞄で進めないようにしておくことだけだった。鞄に行く手を阻まれた中年男性の腕は止まった。かのように見えたのだが、中年男性の腕は、揺れを利用しながら、鞄と僕の股間の間を抜ける道を探るように右往左往した。ちょくちょく股間に男性の腕が当たるのが不愉快ではあったが、正義感に燃えている僕は気にしないことにした。
そんなこんなで、僕と男性の攻防が5分ほど続いていたが、粘り強く一向に諦める気配がなかったので、僕はあることを決心した。小心者の僕だったが、女子高生が、もしくはこの中年の男性がどこの駅で降りるかも分からなかったので、埒が明かないと考えたのである。次の停車駅で男性の腕を掴み、引っ張って、一緒に降りたのである。男性は最初、腕を掴んだ時少し抵抗をしたが、僕と目が合うと、諦めて付いてきた。
駅のホームに降りたとき、男性の顔は青ざめていた。痴漢がバレたことへの罪悪感からなのか、この後の未来を予想しての事なのか、いずれにしても良いことは起こらない事は明白であった。男性は、額に脂汗を滲ませながら、必死に謝罪をしてきた。『どうかこのことは内密にしてくれ』『ほんの出来心だったんだ』『黙って見逃してくれたらなんでもする』など周りの人に聞かれないように小さな声で、目に涙を浮かべながら懇願してきた。僕はだんだんかわいそうに思えてきた。この自分の父親くらいの男性にもきっと家族があり、同僚や後輩や、もっと言えば人生があるんだと思うと『ほんの出来心』で全てが台無しになってしまうのが、ひどく悲しいことのように思えた。だけれど、彼のやろうとしていた事は、決して許されることではない、痴漢にあった女性は心にトラウマを植え付けられ、電車に乗ることが出来なくなる人もいるなんて話も聞く。酷く卑劣な行為である。だから僕は、中年男性を叱責し、説教をした。「なんでこんな馬鹿な事をしようとしたんだ」「あんたにも家庭があるんだろ」「悪いと思わないのか」。自分の欲望を満たすために、ストレスを解消するために。どんな理由であろうと他人に迷惑を掛けるなと強く訴えた。小心者の僕は、男性と同じくらい、いや、男性以上に目に涙を浮かべ、震える声で説教した。中年男性は青ざめた顔で強く、強くうなずいていた。そして僕は、彼が発した『反省する』『もう二度とこんなことはしない』という言葉を信じることにした。男性は、僕の手を取り泣きながら、ありがとう、ありがとうと伝えてきた。そして、『こんなに私の為に親身になって説教をしてくれたのは君が初めてだ。なにかお礼をさせてくれないか。そうだ、御馳走させてくれ。』と言ってきた。僕は断ったのだが、あまりにもしつこくて、今ならまだ急げば会社に間に合いそうだったので、しかたなく連絡先を交換し、今日が金曜日だったこともあり、その日の夜に飲みに行くことになった。小心者で断り切れない性格と、こんなおじさんでも誕生日くらい一人で過ごすのが寂しいという気持ちがどこかにあったのかもしれなかった。
なんとか会社にはギリギリ間に合った僕は、職場の誰かに誕生日について触れられるかと少し淡い期待をしていたが、そんな事はなく、いつもと同じように淡々と仕事をこなした。僕は痴漢から女子高生を守った英雄なんだと誇らしい気持ちで出社したが、上司に嫌味を言われ、頭を下げ続け、仕事をする時間が過ぎてゆく程に、元の只のしがないサラリーマンに戻っていった。
仕事を終えた僕は、痴漢未遂をした中年男性に御馳走してもらうために、連絡をし、電車に乗って繁華街まで行った。駅のホームで待っていると、中年男性が申し訳なさそうな顔でやってきた。男性は今朝のことをまた謝り、今日はたくさん食べて飲んでくれと言った。僕は「口止め料ですか。」なんて冗談を言いながら、男性に連れられてちょっと高そうな居酒屋に行くことになった。居酒屋では、金目鯛の煮物や、大トロ寿司、色取り取りの天ぷらなど、普段なら食べないような高いものをご馳走になった。中年男性と雑談をしている中で、男性はまた改めて今朝の痴漢未遂のことを謝罪してきた。僕は彼が、本当に反省しているんだと確信し、「もう二度と駄目ですよ」なんて言った。会話していく内に気が緩んできて、僕は何気なく今日が30歳の誕生日なんだと話した。そうしたら男性が、『じゃあお祝いしないとですね』なんて言って高級そうな日本酒を頼んだ。僕はお酒が弱く普段は全く飲まないことを伝えたが、男性は『まあまあ、誕生日ですから、ぐいっと。』なんて言ってきたので、断り切れず飲むことになった。少しだけ飲むつもりだったが、男性がしつこく進めてくるので、ぐいぐい飲んだ。途中気分が悪くなって、普段食べないような高級料理を嘔吐して、出してしまったが、それでも男性が日本酒を飲ませてくるので、飲み続けた。そこで僕の記憶は途絶えた。
目が覚めると僕はふかふかのベッドの上で全裸で寝ていた。ここはどこだろうか。頭が痛く、吐き気がする。気分は最悪だった。朦朧とする意識の中、僕はあることに気づいた。それはとても恐ろしいことだった。お尻の穴が酷く痛むのである。意識がだんだんはっきりしていくと同時に、恐ろしい想像が頭の中を物凄い速さで駆け巡る。僕は身体を起こし周囲を確かめたが、人の気配を感じることはなかった。ふと机に目をやると、そこに現金と紙が置かれていた。紙にはこう書かれていた。
最高の夜をありがとう!!
男色男爵より
PS.ホテル代は置いておくわね♡
僕は全てを理解した。最初から狙われていたのは僕の方だったのである。
30歳の誕生日、童貞だった僕は、処女を卒業した。
お目汚し、失礼しました。
深夜のテンションで思いついて3時間くらい無心で書き続けていました。
書き終えた後、鼻で笑って投稿しました。
なのでどうか、鼻で笑って下らねーと言ってやってください。
それでは。