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泡になる  作者: ren
6/7

王子の願い

「――花房美和。 以上が、レギュラーよ」


 草刈先生が最後にそう発表した時、皆が私の方に視線を向けたのを感じた。だが私はあくまで冷静な顔で、それを受け流していた。


 解散と同時に、あからさまにざわめくメンバー達。


「何で……? 何で千夏じゃないの?」


 同期の一人が、美和に聞こえない様に私にそう言って来た。


「……まあ。 成長率とか考えたら、大会までには美和の方が上手くなってるんじゃない?」


 立ち上がりつつ、私はそう答えた。レギュラー入りした人達はこれから、追加で練習があるのだ。それ以外の人達はさっさと体育館から去り、また別にやることがある。


 ――これで、良かったんだ。


 熱を帯びている両膝にそっと触れ、私は自分に言い聞かせる。結局、今では右も左も同じ様に痛くなって、普段の練習でさえギリギリに思えていた。もし万が一レギュラーになって、本格的に故障したら……。せっかく選んでくれた先生にも、メンバーにも迷惑が掛かる。


 ――無理してここまで来たけど、やっぱり、私じゃ駄目だったのかな。


 後ろを振り返ると、美和と王子が仲良くハイタッチしているのが見えた。


「美和、ついに王子に告白したらしいね」


「……うん」


 返事は大会が終わってから、と言われているところまでは聞いていた。だが、あの様子では――。


 ――紛い物の足じゃ、駄目……?


 王子と美和は、私の視線など気付かず何事か話し続けている。後に残ったのは、痛みだけだった。


×××


 次の日から、私と美和の練習内容は大きく異なる様になった。レギュラーが実践的な練習に励む中、私たちはコートの片隅で、時にはコート外で、ひたすら基礎を磨く。……そしてまた、レギュラーに渡すお手製のストラップを作るのも私たちの仕事だった。


 放課後の教室で、居場所が無くなったメンバー達が集う。定番のボール型のストラップに、一人一人の名前をフェルトで縫い付けていく地味な作業。しかしそれこそが、私たちの存在意義となっていた。


「まあ千夏は、秋は絶対レギュラーに慣れるよ」


 二年生でレギュラー入りを外れた先輩達が、そんなことを言って慰めてくれる。


「――頑張ります!」


 口元だけは笑みを浮かべ、私はそう答えた。雑談を交えながら着々と針を動かしていると、意外と時間が経つのが早く感じる。時計を見て、今日はこれくらいにしようかと先輩が声を掛けた時――。突然教室の扉が開いた。


「――森山先輩!」


 そこにいたのは、ユニフォームを着たままの森山先輩だった。さっとストラップを片付け、私たちは驚いて立ち上がる。


「どうしたんですか、森山先輩?」


 珍しく余裕が無い様子に、ただならない事態を感じ取った私は胸に手を押し当てながら聞いた。


「美和が……運ばれた」


「――え?」


 意味が、分からなかった。


「練習中に倒れて、美和が病院に運ばれた。 ……コーチも一緒に行った」


「う、嘘ですよね?」


 茫然と呟く私に、王子はキッと目を吊り上げた。


「冗談でもそんなこと言うかよ! とにかく、浪速。 俺達も病院に行くぞ!」


「――はい!」


 何で私と王子が一緒に行くのとか、そんなことを尋ねている場合で無いことは確かだった。私はすぐに鞄を取りに走り、制服に着替えた王子と共にタクシーに乗り込んだ。


 ほとんど走る様にして辿り着いた病院の待合室で、コーチが私たちを待っていた。そしてその隣には、車いすに座る美和が。彼女の左足には、真新しい包帯が巻かれている。余りの痛々しさに、私は思わず目を逸らした。


「……美和……」


 言葉を失くした王子の背を、草刈先生はバシッと叩いた。


「何であんたまで動揺してるのよ。 キャプテンでしょ」


「……」


 依然突っ立っているだけの王子を無視して、先生は私を真剣な表情で見据えた。


「診断は、肉離れ。 全治一カ月だそうよ」


「一カ月……」


 思わず呻く私に、美和のすすり泣きが被った。


「こんな時に言うのもなんだけど、千夏。 あなたは、どうしたい?」


 ――そんな……。 急に言われても……。


「明日までに、考えておいて」


 そう言って先生は、今まさに病院に到着した美和の両親の元に行ってしまった。


 ――私は今、どうすれば良いの……?


 茫然とする私の肩を叩いたのは、王子だった。


「浪速。 何か食べて帰らないか?」


 ――!


「……良い……ですけど」


 病院からの帰り道。今度は電車を使って、私たちは学校の最寄駅まで戻ってきた。王子が選んだ店は、駅前のファーストフード店。黙々とハンバーガーを飲みこんで行く王子を、私は唖然として見ていた。


「――ん? 浪速は食べないのか?」


「いや……。 お――……森山先輩でも、ジャンクフード食べるんだなって……」


「俺はどんなイメージなんだよ」


 ぺろっと三人分を平らげてしまった王子の前で、私もようやくバンズにかぶりつく。


 ――なんか、デートみたい。


 私はそんなことを思って、慌ててそれを打ち消した。王子は私のポテトを勝手につまみつつ、ぼそっと呟いた。


「……正直、レギュラーには浪速が選ばれると思ってた」


「――はあ」


 王子の意図が読めず、馬鹿みたいな返事をする私。


「美和自身も、何でだろうとは思ってたらしいし、周りもそう言っていたらしい。 だから余計に、お前に負けたくなくて……。 練習し過ぎて怪我しちまったんだろうな」


「……」


 遠回しに自分のせいだと言われている気がして、私は黙り込んだ。そんな時、誰かが私の側で大声をあげた。


「あー! やっぱ千夏じゃん!」


「――!」


 驚いて顔を上げた私は、目を見開いた。かなり濃いメイクで一瞬誰か分からなかったが、それは元同級生の朱里だった。記憶しているよりも短いスカートで、同じ様な格好の女子達に交って彼女はそこにいた。


「ひっさしぶりー! 何、デート?」


「……違う。 クラブの先輩と、たまたま――」


「うわあ、めっちゃイケメンじゃん!」


 王子を指さして騒ぐ朱里に、私は苛々した。しかしそれ以上に、ごてごてのネイルが気になった。


「朱里、その爪――」


「可愛いでしょ? 盛り盛りピンク!」


 ――バスケ、出来ないじゃん。


「……そだね」


 ごくっと唾を飲みこみ、私は何とか本音を誤魔化した。しかし表情に出てしまっていたのか、朱里は私をじろじろと見て言った。


「千夏、まだバスケやってんの?」


「ま、まあね」


「ふーん」


 興味無さそうに言って、朱里は去って行った。思わずぐったりとする私に、それまで黙っていた王子が口を開いた。


「……知り合い?」


「……はい。 中学の、バスケ部の同期です……」


 頭を抱えるついでに、私は王子に聞いてみた。


「森山先輩は、どこ中だったんですか?」


「俺? 俺は海星」


「……海星!?」


 西中か、東中か。そんな辺りを予想していた私は、びっくりして思わず声を上げた。


 ――海星って……偏差値70越えの、超有名進学校!?


 疑問符が飛び交っている私を見て、王子は頭を掻きつつ言った。


「良い学校だったんだけど、運動部無くてさ。 高校から出たんだよ」


「……先輩は、何になりたいんですか?」


 絶句した末に零れたのは、そんな質問だった。


「んー。 今んとこ、医者かな」


「医者……」


 世界が違い過ぎて、眩暈すら感じている私に王子は淡々と語って行く。


「家が医者やってるからな。 まあ継がなくても別に良いんだけど、たまたま興味あるし、丁度良いんだよ」


「……ご両親、良く許可してくれましたね」


「勉強さえしてれば、どっからでも医学部行けるからな」


「……」


 何を言っても嫌味に聞こえないのは、きっと王子が王子であるからなのだろう。私はコーラをずずっと飲みながら、改めて王子との格の違いを実感していた。


「……俺がちゃんと医者になったら、美和の足も、浪速の足も治してやりたいところなんだがな」


「……」


 朱里の登場によって中断していた話が、ようやく元に戻ってくる。私は姿勢を正して、王子を見つめた。


「――浪速。 俺達の為に、レギュラーになってくれないか」


 ――俺達って言うのは、王子と、美和のこと……?


 一転の曇りも無い笑顔で、王子は残酷なことを告げる。


「……勿論、そのつもりです」


 しかし私には、それを聞くことも、王子の願いを断ることも出来無かった。大会に向けた練習が、尖ったナイフの上を歩く様な苦行だったとしても。


 ――夏大会で引退する王子には、膝のことは知られたくない。


 ――膝が本格的に潰れたら、手術になるかもしれない。 そうしたらまた、バスケから遠ざかることになる……。


 ――それでも私は、王子のためにバスケがしたい!


 闘志を燃やした目で、私は真っ直ぐに王子を見つめた。


「――見ていて下さいね、森山先輩!」


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