つかぬ間の日常
次の日、私は早速美和とバスケ部に見学に行き、その場で入部した。先に王子と話していたこともあって、私たちの名は知られていたらしい。女子の先輩方とも意気投合、楽しい部活生活の幕開けとなった。
バスケ部のコーチ兼顧問を務めるのは、体育の草刈先生だった。私は一応、自ら怪我のことを申告した。何かあった後で、責任問題がどうのこうのとなったら面倒だからだ。
今更入部をお断りされたらどうしようかと緊張している私に、先生はあっさりと了解という二文字をくれた。
「……それだけですか?」
思わず聞き返した私に、先生は軽く付け加えただけだった。
「痛くなったら、無理しない様にね」
「……は、はあ」
こうして私は、正式に光ノ宮高校のバスケ部の一員となった。
新歓の時期が終わると、練習は一気にキツくなる。今年入部したのは、私と美和を含めて七人。そのうち経験者は、私を含め二人だった。
「まあ、毎年そんなもんだけどねー」
「一年生も、誰か一人は夏大会でレギュラー入りするんだから、ちゃんと練習するんだよ!」
先輩方は朗らかに笑いながらそう言ったが、手渡された練習メニューはかなり厳しかった。
私はいつの間にか落ちた体力に泣きながらも、なんとか練習についていけていた。事故からすでに一年が経とうとしているので、心配していた足は意外とどうにかなった。その代わり――。
練習中にぴきっという音がして、私は思わずその場に立ち止まった。
「千夏! 足動かして!」
すかさず先輩からの声が飛ぶ。
「は、はい!」
一瞬感じた違和感は既に無くなっていたので、私は再び走り始めた。どうもこの頃、怪我したのと反対側の足がおかしいのだ。ぴきっという音と共に、時々痛い様な痒い様な感覚が襲ってくる。
――一応、病院行った方が良いかな……。
シュート練習をしながら、そんなことを思っていた私は気付かなかった。草刈先生が、私の足を注意深く観察していたことを。
結局違和感が酷くなって、たまたま部活が無い日に私は退院して以来掛かっている整形外科を受診した。その場でついた診断は、右足半月板損傷。
「半月板損傷……? 何で、怪我して無い方に……」
何となく聞いた事のある名前に、私は困惑して聞いた。
「恐らく、左足を庇う為に無意識に右足に負荷が掛かったせいだろうね。 今症状が出てるのは右だけみたいだけど、直に左足に出てくるかもしれない」
「そんな……」
ぎゅっと唇を噛みしめる私に、先生は引き出しから取り出したサポーターを見せた。
「酷くなると注射とか、手術とかもあるけど、浪速さんの場合はそれ程でも無い。 これからはスポーツ中は膝にサポーターをつけるようにして下さいね」
「……はい」
微妙に暗い気持ちで診察室を出ようとした私に、先生は言った。
「でも、浪速さんがまたスポーツやってるみたいでちょっと安心したよ」
「……え?」
「諦めたら、そこで終了って言うからね」
にこやかに笑う先生に、なんとなくこちらまで笑顔になった。意気揚々と帰宅した私は部屋に籠り、早速ストレッチを始めた。病院で教えて貰ったそれは、筋肉をつけて膝を保護するための物。
――分かってはいたけど、やっぱり私には怪我がついて回るんだ。
ゆっくりと膝を伸ばし、私は思う。
――足は、正直他の人に劣る。 それなら私は、他のところを伸ばさないと……!
次の日から私は、シュートやその他、まだ足に負担が掛かりにくい練習に特化して取り組む様になった。勿論、サポーターをつけたうえで。
――ちょっとでも上手くなって、また王子に見て貰える様にならなきゃ……!
基本的に、男子と女子の練習は別々だ。たまたま隣のコートで男子が練習している時もあるし、そうでない時もある。運よく王子の姿を見れた時、私の胸は張り裂けそうなぐらいに鼓動を刻んだ。バスケ中の王子は、他のどの時よりも輝いて見えた。
――私は、王子が好き。
自分に素直になった途端に自覚した、もう一つの本当の気持ち。だが――。
「森山先輩、お疲れ様です!」
「ああ、お疲れ、美和、浪速」
「お疲れ様です」
練習後、時折王子と喋る機会に巡り合うが。私と王子の間には必ず、美和がいた。
「美和。 初心者の割に、頑張ってるらしいな」
「早く上手くなりないですから!! 千夏にもシュートのコツとか色々教えて貰ってるんです!」
「へー」
そうなんだと言う様にこちらを見た王子に、私は黙って頷いた。美和の吸収率は、正直凄まじかった。全ての練習の意義を理解し、その上で惜しみの無い努力を注いだとしてもここまで急成長するのだろうかという程に。
――私も負けてられない。 バスケも、王子も。
大会に出ることが出来るレギュラー決めは、もうすぐそこまで迫っていた――。
×××
ある日私と美和は、部活の帰り際に草刈先生に呼び止められた。
「千夏と、美和。 ちょっと来て」
「はーい」
「何ですかー?」
呑気に顔を見合わせ、私たちは何だろうと言いながら草刈先生についていった。何故か一人ずつ入ってくる様にと言われたのは、職員室。何かやらかしたかなあと急いで記憶を掘り起こしつつ、私が先に入った。
「失礼しまーす」
「千夏、こっちこっち」
自分のデスクの前で、先生は私を手招きしていた。適当に椅子に座った私を、先生は目をじっと見て言った。
「大会の話だけど。 一年生も、一人レギュラーに選ばれるかもしれないって話は知ってるよね」
「……はい」
「選ばれるとしたら、千夏か、美和って話になってるのも知ってる?」
「……一応、小耳には挟んでます」
うんうんと頷き、じゃあ話は早いわねと先生は言った。
「技術とか経験とかを見たら、普通に考えて千夏が選ばれるべきだと私は思ってる。 ……で、足の具合――特に膝はどうなの?」
「――!」
ハッとして、私は目を開いた。実は膝の話は、まだ先生にも誰にも言っていなかったのだ。
「えっと、その――」
「そういう目で見たら、足庇ってることぐらいすぐ分かるわよ」
「……すみません」
目を伏せて、私はそう言った。正直、スタメン選びに響いてくると分かっていたから言っていなかった様な物なのだ。バレていたのなら、何の意味も無い。私は、整形外科の先生に言われたままのことを口にした。
「……今はサポーターしたりして騙し騙し動かしてるけど、これ以上練習量増えたらどうなるかは分からない、です」
「そう。 それで千夏は、どうしたい?」
――また出た、どうしたい。
私はぎゅっと、拳を握った。悩んだ末、出した答えは――。