今日だけは
「雅哉さん、大丈夫ですか?」
「ん・・・平気、平気。」
ジェットコースターを降りてすぐのところにあるベンチでの会話。
何気ないやり取り。
彼は平気だと言いながらも俯き、うなり続けている。流石の彼も乗り物酔いぐらいはするらしい。
「なにか飲みます?」
「あぁ~頼むわ。」
ベンチから少し離れたところに食べ物と飲み物を売っているワゴンはあった。
ミネラルウォーターを買い、足早に雅哉のもとに戻る。
雅哉は、弱弱しい動作でペットボトルを受け取ると、一気に半分ぐらいまで飲み干した。
「ぷはっ・・・。ありがとう、心ちゃん。助かったよ。」
雅哉はさきほどよりも顔色がよくなっていた。
「いえ、私こそすみませんでした。我侭言ってジェットコースターに乗ってもらっちゃって・・・。」
本当は彼が速い乗り物が苦手なことを知っていた。
「このぐらいのこと我侭に入らないよ。気にしないで。でも、情けないなぁ・・・年取ったのかなぁ。」
笑いながらそういう彼は27歳だった。
「お年の方に失礼ですよぉ。」
クスクス笑って言った。
「そうだね。ごめんなさい」
彼は今度は私の方を見て微笑んだ。
思わず、心臓が撥ねたのを感じた。 無意識に心臓のあたりを掴む。
ひとしきり笑うと、私たちは次のアトラクションに向かった。
いよいよ夜になり、最後に観覧車に乗った。
「綺麗だね。」
そう言う彼は夜景よりも素敵に見えた。
「ええ。」
私は彼から視線を外さずに言った。
隣などには座らない。座ってはいけない。
これが私と彼のキョリ。
突然、ブース内にバイブ音が響いた。
「あ。」
「携帯、鳴ってますよ?」
「あ、あぁ。」
雅哉はズボンのポケットから携帯を取り出すと、電話に出た。
「もしもし、麗華か。」
体が意思とは関係なくびくつく。
彼が唯一呼び捨てする女のひと。
「今?うん、心ちゃんと一緒。そう、おととい言ったやつ。わかってる、そんなことしないよ。信じてよ、麗華。心ちゃんは大事な恩人だもんね。」
知らないうちに俯いていた。
「じゃ、遅くならないうちに帰るよ。うん、じゃあね。」
彼は少し寂しそうに言うと、電話を切った。
「ごめんね、心ちゃん。」
「いえ、麗華さんだったんですね。」
「うん。心ちゃんにつまらない思いをさせてないか心配してた。」
彼は少し嬉しそう。麗華の話をするときはいつもだった。
「つまらなくなんかないです!」
「そう?良かった。」
雅哉はにっこりと笑う。
お互い、景色に視線を戻す。
正直私は麗華のさりげない余裕さが悔しかった。だからだろうか、私は少し大胆な行動に出た。
立ち上がり、雅哉の隣に座りなおす。
雅哉が不思議そうに私を見る。
「・・・雅哉さん、今日は本当にありがとうごさいました。」
「ん?別に。今日はあの時のお礼にって連れてきただけなんだから、お礼なんて・・・」
「そう、『一日恋人』でしたね。だったら、最後まで恋人らしくしてもらえますか?」
彼の顔を見ずに言う。気配で彼が息を呑んでいるのがわかった。
お互い20歳を過ぎている社会人だ。「恋人らしく」のなかにはそういう意味を含んでいるはわかるはずだった。
「心ちゃん。」
「雅哉さん、私、雅哉さんが好きです。麗華さんを大事にしている貴方が好きです。だから、別に本当に恋人になれとまでは言いません。せめて、せめて今日だけ・・・・」
気がついたら、私は泣いていた。泣く資格もないのに。
雅哉さんの手が私の手に重なった。
顔を上げると、真剣な顔をした彼がいた。
「ごめん。嘘でもできない。俺は麗華が好きだから。俺ができるのは『ごっこ』だけだ。」
またしずくが溢れた。
私が好きな雅哉さん。一途な雅哉さん。
好きです。好きです。好きです。
でも、それは今日だけね。
明日からはもう追わない。あなたは・・・・