おいしいところをもってイクでゲロ
ケロティはタイミングを図っていた。自分の力は8人いるデモンストレーターの中では最低だ。マイケルムーアのような歴戦のパラディンでもないし、ミハエルのような筋肉ムキムキでもない。瑠子のような並外れた戦闘技能もないし、ササユリのような強化された体もない。
あるのはカエルのように泳げることと(笑)ずるいことを考える腹黒さだけである。それだけで4位までの滑り込むには一瞬のチャンスをものにするしかないのだ。
「何してるんだ~。緑髪のねえちゃん」
「もう諦めたんか~」
「座るだけならせめて寝ろ~」
「いや、脱げ~っ」
観客の声援は違う方面に言っているが、ケロティは全然気にしていない。平然のケロケロペーだ。無論、右京の「戦え、ゲロ子、何座ってるんだよ!」という罵倒も聞こえてるが敢えて無視する。ケロティは決してゲロ子ではないのだと、心の声で右京に言い返す。ケロティ、未だ動かず。
戦いは後半に入った。後半はデビルオクトパスの猛反撃で始まる。既に2人の脱落者が出ている激しい攻撃に各デモンストレーターは防御に精一杯である。水中とはいえ、足による攻撃が当たればダメージを受けるし、脱落した2人のように体に巻き付かれればそれで終わる。
さらに黒いスミの攻撃は驚異である。水の中の戦いというのも苦戦であった。攻撃できるのはわずかに3~5分程度で、息が苦しくなるたびに水上へ上がって息を整えなければならないのだ。
水中から顔を出した現在4位のダミアンは、手にしたシーサーペントの牙で作られた槍を見た。信じられないことに穂先がポッキリと折れてしまっている。シーサーペントの牙なら折れることはないし、1回の攻撃ももっとポイントが稼げるはずである。それが想定以下のダメージしか与えられないとなると、槍に使った素材がシーサーペントである可能性が低いことになる。
ダミアンは自分が仕える主に見えるように立ち泳ぎをしながら、槍を上へあげて見せた。それを見たエリーゼは悔しそうにダミアンに指示をする。
「どうやら、それはシーサーペントの牙ではなかったようですわ。一角獣の角かシャークヘッドの牙ってとこかしら。素材マスターとして恥ずかしいミスね。まあいいわ、ダミアン。そのまま、敵の攻撃をかわして時間終了まで逃げなさい。そのまま逃げ切るわよ」
折れるまでの攻撃で3位のミハエルを逆転して現在1670ポイントまで点を伸ばしていた。他の出場者がポイントを稼げない中、このアドバンテージはでかい。1、2位には差をつけられているので、このままいけば3位。悪くても4位は確保できそうだ。となると、もう戦わないで逃げ回った方がいい。エリーゼの指示に執事のダミアンはゆっくりと頷く。端の方へ泳いでそこに待機する。
「姉さん、時間がない。何とか最後の1本を本体に刺すんだ」
現在5位に甘んじているロン。既に姉のササユリは2本の毒針を打ち込んでいた。それによって足を2本完全に破壊して1080ポイントを稼いでいたが、その毒針も最後の一本になってしまった。今回ロンが出品した毒針は、デビルオクトパス本体に刺せば、1000ポイントのクリティアカルヒットは出せる攻撃力はある。
あと2本になった足の攻撃をかいくぐってササユリは華麗に泳ぐ。同じことをメタルマスター、ミハエルも狙っていた。彼のオウルパイクでデビルオクトパスの頭を貫けば、脳を破壊しとどめをさすことができる。そうすれば2回戦突破は間違いない。
「あと15発しかないけど、ここは撃って逃げ切りね」
瑠子は足の攻撃をかいくぐり、できるだけ近づいて狙いを付けた。背中に付けたサイドワインダーを敵に向ける。かなりの至近距離だから外す心配はない。
「いっ、けえええええええっ……」
瑠子はバスバスっという銛の発射音が水中に響く。無数の泡とともに視界を隠し、次々とデビルオクトパスの本体に突き刺さる。
「やりました! 瑠子選手の最後の攻撃が炸裂。15本全て命中。与えたダメージは……」
虎のお姉さんと観客がスクリーンを見つめる。数字がぐるぐる回っている。それが右から止まっていく。
「0」
「5」
「4」
「よ、450ダメージです。これで瑠子選手は2580ポイント。第1位に躍り出ました」
おおおっ……。熾烈なトップ争いに観客は大いに興奮する。逆転したとはいえ、攻撃する手段を失った瑠子は水面へ上がり、時間切れを待つ。これで1位のまま逃げ切るのだ。
「現在、第1位の瑠子選手、第3位のダミアン選手は水面へ避難。逃げ切りを図るようです。熾烈な4位争いはミハエル選手とササユリ選手で争われます。どちらも一撃で大ダメージを狙っているようです。残りは5分。第2位のマイケルムーア選手も先程から動きがありません。瑠子選手に逆転をされたままで終わる訳がないでしょう」
虎のお姉さんはそう観客を煽る。観客もこのラスト5分で何かが起こると予感した。苦し紛れに暴れるデビルオクトパスを3選手とも冷静に見ているのが分かるのだ。
(ミハエルとササユリの狙いは頭部への強ダメージ。それでボーナスポイントを獲得して一気にトップに立つつもりだろう。だが、デビルオクトパスの残りダメージは、1560ポイントほど。ここは奥の手を使うしかないだろう)
マイケルムーアはそう冷静に判断した。両者が動き出した瞬間に『雷神剣』に備わっているスペシャルパワーを開放するのだ。それを使えば剣は魔力を失い、ただの剣となるが、ここは勝負に出るべきだ。雷神剣のスペシャルパワーは、剣の魔力を電磁波の塊に変えて発射するものである。命中すれば1560ダメージをたたき出すことは十分可能である。
ただ、遠隔攻撃であるためにデビルオクトパスが残り2本の足で防御する可能性がある。それだと十分なダメージを与えられない。よって、ミハエルとササユリが攻撃に移った瞬間を狙うのだ。
「よし、今だ!」
ミハエルはデビルオクトパスの動きを見てチャンスと思った。残った足が両方に分かれて本体への道が一瞬だが開かれたのだ。それが誘いだとしても残り時間は3分を切った。ミハエルは迷わず突っ込む。ササユリがそれに続く。彼女はデビルオクトパスの不自然な動きにちょっとだけ躊躇したのだ。
(勝った!)
ミハエルは勝利を確信して『オウルパイク』を突き出す。それはタコの頭の肉をえぐり、致命傷を与えるはずであった。だが、突き出した穂先はデビルオクトパスが足で掴んだ大岩に阻まれた。メタルマスターが鍛えた『オウルパイク』はただの鉄製ではない。オリハルコン製である。大岩は砕かれるがもう一本の足が大岩を突き出す。二つ目の大岩も砕く。だが、そこまでであった。勢いを失った突きはタコの足に阻まれた。ダメージはわずかに50ポイント。
ミハエルの攻撃をあざ笑うかのようにササユリが人魚のように泳いで抜かす。そしてデビルオクトパスの頭に毒針を発射する。
「入った~っ!」
ロンは叫んだ。思い描いたとおりの光景だ。これで残った1500ポイントをかっさらって、ボーナスポイントもゲット。見事1位抜けだと思った。だが、デビルオクトパスの動きが変だ。毒針が刺さって神経毒が注入されれば、体全体が痙攣を起こすはずだが、それがない。かろうじて表面がピクピクと動いてるだけだ。
(しまった……。思ったより、頭の肉が厚かったのか……針が内部に届かなかった)
数字が回転して与えたダメージは500。それでもこれはミハエルとダミアンを抜いて3位に滑り込んだ。
「わたしの勝ちだ!」
待った甲斐があったとマイケルムーアは思った。デビルオクトパスは痙攣して充分動けず、身を守る足も全て破壊されて、1000ポイントを残す本体がさらけ出されている。ここへ奥手、『雷神剣』のスペシャルパワーを解放する。電撃の塊が生成される。
「風が吹いたでゲロ!」
ケロティはここへ来て初めて目を開けた。残り時間1分を切った。素早く立ち上がると鎖につながれた鉄製の碇を振り回して放り投げた。それはオモリである。トライデントを手にしたケロティはオモリの重さで水中へ。オモリの重さで高速潜行する。
「な、なんだ?」
マイケルムーアはデビルオクトパスの頭上に落ちてくる高速の物体に目をみはった。それは稲妻のように落ちてくる。
「イクでゲロオオオオッツ!」
ズバッと脳天にトライデントが深々と突き刺さった。それだけではない。碇につながれた鎖がトライデントに巻きつけてそれがマイケルムーアのところに向かってくる。目の前には『雷神剣』から生成した電撃の塊が……。それは鎖を伝ってトライデントを介して、デビルオクトパスの脳髄に送り込まれた。
グオオオオオオオオッツ……。
大きな体が痙攣を起こし、やがて静かに横たわったかと思うと粉々になって消えた。デビルオクトパスを倒したのだ。
「こ、これは……何が起きたのでしょうか?」
虎のお姉さんが狐に包まれたようにそう尋ねた。デビルオクトパスがいたところには、緑髪の少女と地面に突き刺さったトライデントがあるだけだ。
スクリーンに数字が表示される。『ダメージ1000』に観客の誰もが沈黙した。その数字は緑髪の少女が叩き出した数字なのだ。
「ば、馬鹿な……奥の手を吸い取られたなんて……」
マイケルムーアは水中から浮き上がり、信じられないという表情で表示画面を凝視している。デビルオクトパスに対するクリティカルヒットは1000。これは1回あたりの最高ダメージであり、それによるボーナスポイントが1000加わる。さらにトドメの一撃である。さらに1000ポイント。さらにケロティはノーダメージだ。そりゃそうだろう。終了1分まで何もしなかったのだから。
「こ、この結果、ケロティ選手は4000ポイントで第1位。第2位は2580ポイントの瑠子選手。第3位はマイケルムーア選手の2380ポイント。そして第4位は1580ポイントのササユリ選手です。ダミアン選手はわずか20ポイント差の1560で5位、ミハエル選手は1470ポイントで6位に沈みました」
おおおおっ……。観客は誰もが劇的な瞬間に感動した。残り1分の逆転劇である。そして、この逆転劇に大きな拍手をした。スタジアムが割れんばかりの拍手に包み込まれる。
「ケロティ、汚くないか?」
と思った観客はほとんどいなかった。確かに残り1分まで何もしなかったケロティ。他のデモンストレーターの攻撃でデビルオクトパスの防御力がほぼ失われたときに攻撃しただけだ。ズルいといえばズルい。だが、WDはあくまでも武器の優劣を決める大会だ。防御力が0だったとはいえ、見事に脳天に突き刺さり、脳組織を破壊したトライデントの攻撃力とマイケルムーアが開放した『雷神剣』の力を吸い取るというケロティの機転とその力を転化できるトライデントの性能に感激したのであった。
「やりますわね。あなたのダーリン」
「へへん。ステファニー、ちょっとは見直した?」
悔しさを通り越してあまりに見事な逆転劇に思わず拍手をしてしまったステファニー王女にクロアはそう返した。正直なところ、ゲロ子の奴があんなクレバーな戦いをするとは意外であった。戦闘力のないゲロ子が勝つ唯一の手段だったろう。
(あのカエル娘、今回はお手柄ね。クロアから何かプレゼントしてあげよう)
クロアは指に付けている指輪の一つをちらっと見た。ケロティことゲロ子が今必要なものはこれだろう。
「やったなケロティ」
「ケロティさん、すごいです」
「すごいのじゃケロティ」
キル子とホーリーとネイがケロティを出迎える。差し出されたタオルを頭からすっぽりと覆うケロティ。
「まあ、作戦どおりだったでゲ……です」
「もういいぞ、ゲロ子。下手な芝居はよせよ」
右京はそうケロティに言った。あのゲロ子がこんな美少女とは何だか悔しい気持ちもあるが、ゲロ子のおかげで見事に2回戦を突破することができたのだ。しかも1位で突破だ。
こんなに嬉しいことはない。
「わ、わたしはゲロ子ではないぞ。ゲロ子の友達のケロティです」
「はいはい……もういいから」
もうみんな取り合わない。ケロティは急に『ワーン』と泣き出して部屋の外に飛び出した。正体がバレて恥ずかしくなったのかとみんな思った。ところが、次に部屋を開けて入ってきたのはゲロ子とケロティ。
「え? どういうことだよ……」
「ゲロゲロ……。主様、ゲロ子はゲロ子、ケロティはケロティでゲロ」
ふんぞり返るゲロ子とペコリと頭を下げるケロティ。何が何だか分からなくなる。ゲロ子の指には小さな指輪が光っていた。
「とにかく、勝ったでゲロ。今日はお祝いで、ご馳走でゲロ」
「そ、そうだよな」
右京は改めて勝った喜びに浸った。まさかの2回戦突破。ベスト4に入ったのだ。
「むにゃむにゃ……ダメですうう。ご主人様、そこはダメです。ああん……ダメって言ってるのに、強引なんだから……。もう、大好きです、ご主人様。わたくし、ヒルダはご主人様が好きで好きで好きすぎて死んでしまいそうですう……」
ヒュプノスの眠り粉で眠らされたヒルダ。好き好き言う寝言がうるさくて、ゲロ子にシーツでぐるぐる巻きにされて、ミノムシのようにつるされた。それでも3日間眠り続けて、寝言も言い続けた。きっと幸せな夢を見ていたのであろう。
「スキスキスキスキ……大好き、ご主人様……右京様」
2回戦終了~っ。ベスト4が出揃ったw




