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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第8話 忘却の大剣(魔剣アシュケロン)
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キル子の特訓

 トライデントは農機具から発達した武器と言われる。形はフォークに似ており、槍状の刃が3本突き出た形である。右京が見つけたトライデントは全長が1.8mと長く、重さも2キロとかなりの重量があった。


 ギリシア神話に出てくる海の神ポセイドンが持っている武器として有名で、美術品の彫り物やコインにポセイドンとともに描かれているのを見ることがある。武器としてよりも魚を採るために使われてきたが、ローマ時代には剣闘士の武器としても使われたと言われている。剣闘士は左手に網を持ち、それで相手を動けなくしてからトライデントで突き刺すという戦い方をしたそうだ。


「ご主人様、これは鉄製ではないようです。大きさの割に軽いです。メタルマスターが作ったとなれば、合金で作られている可能性があります」


「なるほど。サム、これはどこで手に入れたか知っている?」

「それですか?」


 焼いた魚を山盛りにした皿をテーブルに置いたサムが応えた。


「それは祖父が昔、海で遭難をした人からお礼にもらったものです。祖父が50の時だから、もう30年くらい経ちます」


「30年?」


 右京は驚いた。この海に近い場所で30年間使われていたのにサビ一つない。ホコリはかぶっているが、磨けば今も新品同様で使えるだろう。


「祖父はモリを使って外洋で大きな魚を捕まえる漁師でした。父はその技が使えず、船で網を使って多くの魚を採る方法に変えましたが、祖父はこの辺りでも評判の漁師だったそうです」


 ヒルダの検索によると、メタルマスターのミハエルの名は代々受け継がれる屋号みたいなもので、年代的には今のミハエルの先代にあたる者が作ったものと思われた。鉄製ではなく、おそらくヒヒイロカネと呼ばれる伝説上の金属で作られているとヒルダは推測した。


 ヒヒイロカネは、金よりも軽く、ダイヤモンドよりも固いと言われ、非常に高い熱伝導率と太陽のような輝きをもつのだ。それで作られた武器は短剣でも軽く1万Gはする。こんな大型の武器ならば新品価格は3万~4万は下らないだろう。


「サム、お父さんはどこにいる? このトライデントを買いたいのだが」


 右京はそうサムに告げた。サムは走って父親を呼びに行く。建築現場で働いているサムの父親は、サムからの知らせを聞いて慌てて戻ってきた。右京が1万Gで買いたいという申し出に唖然としたが、最後は手を合わせて右京に感謝した。


「ありがとうございます、ありがとうございます。これで漁師の職業に復帰できます」


「こちらこそ、感謝です。こんなスゴイ武器を手に入れることができました。すぐに帰って修理です。2回戦、これで勝負します」


 右京が渡した1万Gの小切手で船は修理でき、サムの一家は元の生活を取り戻すことができたばかりか、漁に出て大漁を続けた。嵐で他の漁船が壊れて漁ができなかったことが幸いした。ライバルがいないから採った魚も高値で売れた。そうして儲けたお金で他の船も買い取り、最終的には10隻の船を所有する船主になるのは2年後のことであった。


「サム、おかげで目的の海藻が採れたよ」


「よく採取できましたね。底は水深10m以上あったと思いますが」


「姉さんなら10mくらい大丈夫です。それより、君の情報がなければこのムラサキドクウミノリは手に入りませんでした」


 そうサムの船でロンは満足そうに話した。探していた貴重な海藻を手に入れたのだ。姉のササユリが水深10mの底まで潜って採取した海藻は、特殊な毒薬を作る材料なのだ。


「ムラサキドクウミノリは昔、麻酔に使っていたことがあると祖父が話したことがあります。ロンさんは僕とそんなに年は変わらないのにお医者さんなんですか?」


「薬師だよ。普段は薬も作っているけど、今はモンスター退治の薬かな」

 

 水中のモンスターには通常の毒薬は効かない。特に今回戦うデビルオクトパスに効く毒薬はただ一つだと言われている。それは神経系統を麻痺させるもので、それを作るにはムラサキドクウミノリが必要であった。それはとても珍しく、しかも今の季節でないと効果を得られないという難しいものであった。


(これで2回戦も僕と姉さんで勝ち抜ことができそうだ)


 ロンは海から上がってくる姉のササユリの手を掴んで引きあげる。ササユリは10mまで素潜りして海藻を採取するという重労働にも関わらず、疲れた様子もなく無表情だ。だが、ロンは目的が達せられた満足感で笑みを浮かべる。


「なんだか楽しそうですねロンさん。ササユリさんは全然笑わないけど」

「そういうサム、君もうれしそうだね」


「うれしいですよ。実は昨日、思いがけず大金が手に入ったんです。それで船が修理できてもう一度、父と漁に出られそうなんです」


「そう、それはよかった」


 サムは船を港へ向けて漕ぎ出した。今日も海は穏やかであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「カイル、手に入れたぞ。2回戦に使う武器」

 右京は急いで都へ戻ると待機していたカイルにトライデントを渡す。カイルはそれをじっくりと見る。


「確かに鉄ではない。磁気に反応しないし、この大きさでこの軽さだ。噂に聞くヒヒイロカネの可能性があるな。だが、その製法はメタルマスターしか知らない一子相伝と言われる。修理をするのは簡単ではないぞ」


 右京が買い取ったトライデントはサビ一つないが、やはり長年の劣化で刃先の鋭さは失われている。これを研ぎ澄ますのは簡単ではないだろう。さらに柄の部分はさすがに腐食が激しい。これを残り6日間で修理しなければならない。


「柄の部分はヒヒイロカネではない。鋼に薄くコーティングがしてあるようだ。ここは別の素材に変えよう。5日間で武器として使用可能にしてみせる」


「頼むぞ、カイル」


 カイルはピルトに命じると早速、修理作業に取り掛かる。そんなことをしていると、ネイが慌ててやって来た。


「大変じゃ、霧子さんが……」


 ネイの真っ青な顔に右京は慌てて、キル子に会いにいく。キル子は伊勢崎ウェポンディーラーズにとっては大事なデモンストレーターだ。何かあったら大変だ。


 キル子は今朝、何故か右京に同行するのを止めてホテルに残ったのだが、何故かプールに水着姿で手をついて座り込んでいる。どうやら溺れたようだ。ホテルには2つのプールがあって、一つは1mそこそこの浅いプール。もう一つは水深3mはある深いプールだ。本格的に泳ぐためのものだ。


 キル子はゲホゲホと水を口から吐き出している。ホテルの従業員に助けられなければ、ダイナマイトボディの土左衛門になってしまうところであった。ちなみの土左衛門とは江戸時代の力士で、そのブヨブヨの体つきが水死体のようであったところから、水死体の代名詞となっている。ちょっとかわいそうな例えである。


「キル子、どうしたんだ?」


 黒基調のビキニスタイルでちょっとセクシーなキル子の肢体であったが、今はそれどころではない。


「はあ……はあ……」


「ご主人様、ホテルの従業員に聞いたのですが、キル子さん、朝からプールで泳ぐ練習をしていたそうです。それで先程、深いプールで潜る練習をしたら溺れたそうで」


「やっぱりでゲロ……。キル子怪しいと思っていたでゲロ」


 ゲロ子が意地悪そうにそう言った。そういえば、出かけにキル子の言葉は歯切れが悪かった。ゲロ子も何か知っているような感じであった。


「まさか、キル子、お前、泳げないのか?」

「う、うるさい。こんなの直ぐに泳げるようになるさ」


「お前、ホテルに着いた時にプールがあるって喜んでいたじゃないか?」

「そ、それは……み、水に入るのは好きだから」


「どれくらい泳げるんだ?」

「に、20mは泳げる」


「マジかよ!」


 2回戦のルールは10mの深さを潜り、底にいるタコのモンスターを倒すことだ。20mしか泳げないのでは倒すどころではない。


「ゲロゲロ……。そもそも、この世界で泳げるということは珍しいでゲロ。冒険者でも泳ぎのスキルをもっているものは、たくさんはいないでゲロ。海や湖、川の近くで育ったとか、大金持ちでプールがあって小さい頃から泳ぐ環境にあった人間以外は無理でゲロ」


(ということは……)


「ネイ、お前は?」

「エルフが泳げると思うのかや?」


 森の民であるエルフ族が泳げる訳が無い。木登りは得意でも泳ぎは不得手だ。


「ホーリーはって、ごめん。君に聞くのは失礼だった」

「失礼ってどういうことですか、右京様」


「泳げるでゲロか?」

「プールというのを初めて見ました」


「はいはい……」


 右京はクロアに視線を送る。だが、クロアの返事はごく当然であった。


「バンパイアは水が苦手だよ。クロアに死ねっていうの?」


「わーっ。これは大変だぞ。武器どころじゃない」

「主様は女を戦わせる発想しか浮かばないでゲロか」


「ゲロ子、確かに俺は泳げる。10m潜れるかと言われると怪しいが、一応、潜ることもできる。だが、俺がタコと戦って勝てると思うのか」


「それに関しては主様に賛成するでゲロ」


 デモンストレーターがいなくては2回戦は不戦敗になってしまう。今から新しいデモンストレーターを探しても見つかるかどうか。キル子を鍛えるしかない。


「ま、任せておけ。右京のためにあたしが頑張る……。これでも小さい頃から泳いでいたんだ。ちょっと、溺れかけたことがあって、背の立たないところは苦手だけど、あたしの運動神経ならすぐ慣れるはず」


 キル子がそう胸を張った。彼女の決意は固かった。そして、努力もした。それこそ、涙ぐましい努力だ。それから2回戦前日まで彼女は頑張った。右京もそれに付き合った。カイルからトライデントが完成したとの報を受けて、見事に生まれ変わった2回戦用の武器とプールで頑張るキル子を見比べた。


 潜ろうと足をバタバタさせるが、大きなお尻が浮き上がってさらに豊かなバストまで浮き上がってしまう女が一人。


「でかいおっぱいとお尻が邪魔しているでゲロ」

「うおおおおっ……やっぱり無理だった~」


 2回戦はいよいよ明日である。今は夜の8時。ギリギリまで頑張ったが、キル子の泳力は確かに伸びた。20mから25m休まずに泳げるようになった。だが、潜ることはついにできなかった。


「ぐふ……ゲホゲホ……すまない、右京。あたしの胸が大きばかりに」


「ゲロゲロ……なんだか自慢しているみたいでゲロ。貧乳同盟のお嬢さん方には聞かせない方がいいでゲロ」


「あの~ご主人様」


 久しぶりにヒルダが口をはさんだ。ここまでキル子につきっきりだったから、忘れていた。何だか申し訳なさそうな様子だ。


「もし、ご主人様が望めばですけれど……」

「望めば?」

「このわたくしがキル子さんに代わって出ましょうか?」


 そうヒルダがプールサイドに立って申し出た。身長は15センチのフィギュアである。


「ヒルダ、お前ではトライデントが扱えないだろう」


「いえ、扱えます。ご主人様が望めば、このわたくし、人間サイズになれるって以前言いませんでした?」


 そんなことを言っていたような気がする。ベッドに侍らすときにどうのこうのと……。


 ヒルダが着ていた銀の鎧を脱ぐ。パチン、パチンと固定金具を外すとそこには足が長いスタイル抜群の金髪モデル美人が……。


「わーっ。ヒルダ、何か着ろよ。その容姿で仁王立ちするな」


「ご主人様~。もしかしたら、ヒルダの裸体に興奮してしまったのですか。そんな、ヒルダ、興奮して眠れなくなってしまいますう~。はあはあ……。今晩、一緒のベッドに入ってもいいですか」


「いいから何か着ろよ」

「もう、ご主人様のいけず~っ」


 ヒルダ。ゲロ子の用意した水着に着替える。それは白のハイレグワンピース水着。バルキリーのヒルダのイメージにぴったりのものだ。


「ヒルダ、このプールに潜ってみろよ。底にタコを仮想したかぼちゃが沈めてある。このトライデントで見事突き刺してみろよ」


「はい、ご主人様。命令されるとヒルダ、体の中心がジンジンしてしまいます。もっと命令してください~っ」


「いいからやれ」

「はいです」


 トライデントを右手で掴むと、ヒルダは空高く飛び上がり、体をくの字に曲げると華麗に一直線に水に飛び込んだ。まるで飛び込みのオリンピック選手のように水しぶき立てることなく静かに水に飛び込む。プールの深さは3mある。


 そして5秒。水からかぼちゃが突き刺された状態で水面から顔を出した。美しい等身大ヒルダも顔を出す。潜ることに問題はないようだ。しかもヒルダは5分も息を止められるという。


「危なかったけど、どうやらうまくいきそうだな」

「これで2回戦出場できなかったら、なんて言われるか恐ろしかったでゲロ」


「あの~ご主人様。わたくしが出ることで決まりですよね」

「ああ、ヒルダ。君に決めた」


 ヒルダの顔が笑顔に変わった。そして今度はモジモジと顔を赤らめる。


「それじゃあ、今晩、ご主人様のベッドで明日の作戦会議を……」

「明日は早い。ヒルダもゲロ子もキル子も早く寝ろよ」


 プールからさっさと上がる右京。ヒルダの戯言に付き合う気は全くない。


「ああん……ご主人様~。待ってくださいよ~」



ヤンデレバルキリーというより、痴女っぽくなってきた。

ヒルダの活躍で2回戦突破か?

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