クローディアの事情
第8話は長いです。1話3万字程度なのに既に超えてる。話は半分行ってないのに……。
「2回戦は水中戦だって?」
見事に1回戦を突破し、ベスト8となった伊勢崎ウェポンディーラーズの本部であるホテル「グレイモント」に大会主催者からの通知が来たのは翌日であった。通知分にはWDの相手と勝負の方法が書かれてあった。
2回戦 水中でのボスキャラ戦
ターゲット デビルオクトパス
ダンジョン内4階の水中エリア。10mのそこにいるターゲットを撃破すること。
なお、水は海水である。制限時間は1時間。ターゲットに与えたダメージが多い4チームを勝ち抜けとする。
「ご主人様、水中戦とはかなり特殊な戦いを強いられますね」
「そうだな、ヒルダ。水の抵抗が強くて使える武器は限られてしまう。まず、振って使用する武器は不可だ。ヒルダ、どんな武器が考えられる」
「そうですね。やはり槍などの刺突系の武器になるのではないでしょうか。先端が鋭利で水の抵抗が少ない武器でないと役に立たないと思います」
「ゲロゲロ……。あと、デモンストレーターが水中で戦えるかどうかもポイントでゲロ。10m先にいるターゲットまで潜れないと攻撃することもできないでゲロ」
そうゲロ子がキル子を疑いの目で見た。キル子は戦闘のスペシャリスト。きっと、水中での戦いもスキルがあるに違いないと右京は彼女を見たが、何故か目を逸らすキル子。
「水中に潜って10mの深さにいる巨大ダコを倒すなんて、キル子ならできるよな」
「も、もちろん……だとも。このあたしにできないことなんかない……」
なんだかいつもより歯切れが悪いなと感じた右京だったが、早速、水中での戦いに使う武器の買い付けに取り掛かる。2回戦は1週間後であるから、買い取った武器の調整を考えるとできるだけ早く手に入れたい。
「水の中で戦う武器なら港町へ行った方が手に入ると思います。ここから一番近い港はウラガの港ですよ。定期馬車で1時間ほどで行けます」
そうホーリーが教えてくれた。彼女は神官の研修を兼ねてこの大会に参加しているが、今日は休みの日で1日付き合えるのだ。港町ウラガには彼女が信仰する愛の女神イルラーシャの大きな神殿があるので、知り合いの神官に紹介状を書いてもらえば何かよいものを手に入れる手がかりになるかもしれない。
「じゃあ、早速行こう。行くのは俺にゲロ子にヒルダ。ホーリーは絶対に来てもらわないといけないし、ネイにキル子、クロアはどうする?」
「クロアは遠慮しておくよ。昼間は眠いし……」
そうクロアは新聞を眺めながら返事をした。新聞にはWDの一回戦の特集が掲載されていた。そこには伊勢崎ウェポンディーラーズは8位通過とはいえ、初出場で短剣の二刀流で勝ち抜いたこともあって、結構な紙面を割かれていた。店主の右京のコメント、戦い直後のキル子へのインタビュー。
ゲロ子の辛口コメントまで載っている。さらには、ホーリーに大食い対決で敗れたバッシュのソードブレイカーについての裏話まで載っていた。ちゃかり、あのラーメンの宣伝をしている。
だが、クロアが気になったのは小さく書かれた記事。王位継承権第5位のクローディア王女が出資しているという内容の記事だ。クロアの先見性を褒め称えているのだ。
(これが困るのよ……。クロアとしてはそっとして欲しいのに)
そもそも、このデュエリスト・エクスカリバー杯の選考過程で右京の名前はベスト32には入っていたのだが、16位以内に入る候補としてはまだ経験が浅いとされていた。これは王女ステファニーから聞いたことである。8つの主要都市のギルドからの出場は決定していたが、後はその他の都市から実績を積んだ者や今後の活躍に期待できそうな新人から選ぶのだ。
中古武器屋という珍しいカテゴリーは注目されたが、WDで2勝しかしていない『伊勢崎ウェポンディーラーズ』は時期尚早という判断であった。それが選ばれたのは背景には、クローディア・バーゼル姫が出資しているという情報がもたらされたからだ。その情報の出先は不明である。それを知ったステファニーが、クローディアへの対抗意識から、右京を主催者推薦枠で出場させたというのが本当のところであった。
「問題はステファニーに情報を知らせた奴が誰かということね」
クロアは右京たちと分かれると外へ散歩に出た。いつもの格好、日よけのための黒うさぎの帽子に黒マント、サングラス姿である。やがて、人通りが少ない裏路地へと歩みを進める。実はホテルを出た時から誰かに監視されていると感じていたのだ。
人通りの少ないところへ行ったのは、監視者の出方を試したのだ。そして、その目論見は当たった。通路の前と後ろに黒い鎧に身を包んだ暗殺者が4人現れたのだ。以前、クロアを襲った連中と同じ格好だ。両手は銀製でできた3本の長い爪のある篭手をはめている。これは対バンパイア用の装備だ。さらに鎧には対魔法防御の呪文処理が施されてる。
「どうやら、クロアを消したい奴が動き出したようね。誰の指図?」
暗殺者は当然答えない。クロアを監視するように命令されていたが、チャンスがあれば亡き者にするようにも命じられていたのだ。殺した報酬は莫大なのである。
ジリジリとにじりよる暗殺者。クロアが強大な魔力をもち、これまで幾度も暗殺者を退けてきたことを知っているのだ。準備万端で圧倒的有利にも関わらず、警戒するのは経験がなせる技とも言えた。
(クロアよりも継承順位が高いステファニーが差し向けたとは考えられない。とするとあいつだろうね。全く、意味のないことをするね)
ここはこの暗殺者を退け、彼らの主に無駄なことをするなというメッセージを出すしかないだろう。以前もイヅモの町で異次元世界にまとめて飛ばしてやってから、しばらく大人しかったから、今回も有効な手段であろう。ただ、問題は彼らが対バンパイア装備と魔法無効の防御をしている点だ。おまけにクロアは武器を何も持っていない。
「……」
暗殺者は無言で同時に襲いかかってきた。4人同時攻撃だ。銀製の長い爪はそれだけでもショートソードと同等であり、12本の剣がクロアを360度の方向から突き刺すはずであった。だが、攻撃した先にクロアはいなかった。素早く、飛び上がるとクルクルと回転して暗殺者の後方へ逃れたのだ。
だが、暗殺者たちもすぐさま、次の攻撃に移る。高速前進してクロアめがけて左右の手の爪で攻撃する。それをバク転でかわしていくクロア。
「なかなかの腕だね。おまけに魔法も効かないし……。でも、そろそろ、反撃していいかな」
クロアはそう言うと首にかけていた笛を取り出した。そしてそれを吹く。ピロピロティ~っと音が響くとクロアの影から見慣れた幼女が現れた。毎度お馴染みのドラゴンパピー、アディラードだ。
「お姉ちゃん、美味しいお菓子のお礼する」
クロアも以前からアディラードを知っていて、お菓子で手懐けていたのだ。都へ行くから美味しいお菓子のおみやげも約束していた。
ブオオオッツ……。
3000度のドラゴンブレスが炸裂する。逃げ遅れた3人の暗殺者は鎧ごと蒸発した。かろうじて逃れた暗殺者は、さらに強烈なパンチを受けて建物の壁に激突した。クロアがさらに召喚呪文で呼び出したクレイゴーレムによる一撃だ。
「あなたは運がいいよ。重症とはいえ、命は助かるんだからね。ついでに言ってごらんなさいよ。あなたの主は誰?」
「くっ……」
「言わないよね。クロアも期待していないよ。まあ、いいわ。これでクロアを殺すなんて無駄なことわかったよね。それを主に言いなさい。それとクロアは王位継承なんてこれっぽっちも興味ないから。放棄できれば放棄したいのに決まりでできないから困っているって伝えなさい」
暗殺者はかろうじて意識を保っていたが、クロアの言葉を聞くとさすがに意識は途絶えた。彼の報告から主にクロアの言葉は伝わるだろう。
現王家の国王アイゼルク10世は高齢で寝たきり老人であった。次の皇太子はステファニーの父親だが、病気で今も臥せっており、国王の任には耐えられないだろうと考えられていた。第2位はステファニーの兄王子。だが、彼は冒険に出たまま行方不明であった。第3位はステファニー王女である。彼女はまだ若く、典型的なお姫様なので御し易いと思われていると同時に貴族の良識派からは、王の器ではないとも言われていた。
第4位は現国王の弟。高齢なので即位しても5年もつかどうかである。よって、5位とはいえ、クローディアを旗頭にしたいと考える貴族の集団がいるのだ。聡明で謙虚、自身も相当な魔力の使い手である優秀なクローディアを女王としたいという連中がいるのだ。大半は現政権から干された不満分子の貴族、貴族官僚たちである。ステファニーでは主流派がそのまま政権を担うだろうから、自分たちが成り上がるにはクローディアが最適なのだ。
だが、当のクローディアはそんな気がなく、さっさと地方都市へ移住してしまった。仕方がないので、第6位のモンデール伯爵という男の元に集まっているが、この男はステファニーの叔父にあたる男で現在28歳。容姿端麗であるという取り柄以外は持ち合わせていない人間で、反主流派としてもあまり主人にしたくはないという人物である。
おそらく、この男が反主流派の引き締めのために、クローディアを暗殺しようと目論んだり、彼女の評判を落とそうとしたり画策しているのだろう。今回のWDにしても、右京がボロ負けすることでクローディアの評判を落とそうとすることを企んだのだと推測された。まあ、それは効果としては小さいから、彼について都にやって来るクローディアを暗殺することが真の目的かもしれない。地方都市に暗殺者を送り込むのは、いろいろと不都合なのだ。
「ダーリンが勝っちゃったおかげで、クロアの評判も上がっちゃうし、ますます困ってしまうけど、ダーリンには勝って欲しいし……」
頭を抱えるクロアであった。
右京たちは都から少しだけ離れた港町ウラガに来ていた。一緒に来たのはゲロ子にヒルダにネイ、そしてホーリーである。なぜかキル子は用事があると言って来なかった。彼女なら真っ先に右京と一緒に行くのに珍しいこともあるものだ。
ホーリーのおかげでイルラーシャ神殿の神官に情報をもらうことができたので、良い武器を持っていそうな貴族や商人、武器屋を回ることができたがこれといったものがなかった。そもそも、水中で戦える武器なんか滅多にない。
「困ったな」
「困ったでゲロ……」
「ヒルダは困っていません」
ベタベタと擦り寄るヒルダを指で弾いた右京はため息をついた。途方に暮れて堤防に佇む右京。港へ来たものの手がかりはない。ボーっと見ていると小さな小舟が近づいてきている。一人の少年が乗っている。日焼けで真っ黒な少年である。年はカイルの下で修行しているピルトと同じくらいか。
「兄さん、暇なら魚釣りしませんか?」
「魚釣りでゲロ? やりたいでゲロ」
「魚釣りじゃと? うちもやりたいのじゃ」
ゲロ子とネイが興味をみせた。こいつらの精神は基本は子供だ。遊びに目がない。
「今なら一人5Gで遊べますよ。道具も貸しますから」
少年はいけると判断して売り込みをかける。ゲロ子もネイも目を輝かせているから、気晴らしにやってみるかと右京は思った。小舟に乗ると少年が釣り方を教えてくれる。少年の名はサム。年は14歳。家は漁業を営んでいるが、先日の嵐で所有する漁船が壊れてしまい、その修理費を稼ぐために一家総出で働いているという。サムは小舟で観光客相手の釣り船をしているそうだ。
「最近はデュエリスト・エクスカリバー杯のおかげで観光客が増えて助かってます」
「ふーん。船の修理にどれくらいかかるんだ」
「3500Gかかるって言われてます」
一人5Gの料金では1日20G稼げるかどうかである。両親もがんばって働いているから不可能な数字ではないとは思うが。
「ご主人様、この辺の漁師の平均年収は4000~5000G程度です。少年の話からすると小規模の漁師の家でしょうから3500Gはかなりの負担だと思いますよ」
ヒルダがそう右京に教えてくれる。そうなると船を失ったら余計に収入が減るから、ますます船の修理費を出すのは厳しいだろう。そんなことを考えているのに、ネイとゲロ子は魚が釣れて大はしゃぎである。サムは父親と一緒に漁をしていたので、どの時間のどの場所に魚が多いかおおよそ分かっていた。観光客に満足させて、さらに釣った魚を料理することでさらに収入を得る作戦である。
サムのおかげで短時間であったがそれなりに釣りを楽しんだ右京たちは、今度は釣った魚を料理するので家へどうですかと誘われた。丁度お腹も減っていたので、少年の家へ行く。小さな漁師の家であるが、入ると母親とサムの姉が忙しく働いていた。海の幸で小さな食堂を開いていたのだ。お魚や貝が炭火で焼かれる美味しそうな匂いが立ち込めている。
「うまそうでゲロ」
「しょうがない。これも人助けだ。パーっと昼飯でも食おう」
まあ、このメンバーで……とは言ってもホーリーには全開で食べないように忠告はするが、20Gほど散財してもいいだろうと右京は思った。それに粗末な食堂もどきであったが、出される料理は素材の良さも手伝って中々のものであった。料理に舌鼓を打っていると、ふと右京の目に飛び込んできたものがある。
それは玄関に無造作に置かれた三叉の鉾である。ホコリをかぶってはいるが、それは右京には輝いて見えた。立ち上がってそっとそれを手にする。ずっしりとした重量が感じられるとともに、物のよさが伝わる。
「ご主人様、これはトライデントですね。戦闘では船どうしの白兵戦で使われることもありますが、今は漁師が魚を採るときに使うことがほとんどです」
「なるほどね……」
右京はそっとトライデントについたホコリを拭った。そこには『ミハエル』という銘が見えた。
(ミハエル……聞いたことがある名前だ)
「ご主人様、これは1回戦で2位を取ったメタルマスターが作ったものかもしれません」
ヒルダがそうつぶやいた。




