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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第2話 努力のメイス(ホーリーメイス)
9/320

美少女はボンビー

10/10改稿 ホーリーの容姿を書籍版のデザインに合わせました。

「ほい。シェフ特製のマッシュルームふわふわオムレツ天使風とミルクたっぷりのコーヒーだ」


 朝の9時。ちょっと遅い朝食を右京は新しく町にできたカフェで食べていた。店の名はフェアリー亭。あのガランが開いたカフェレストランである。店の中でも食べられるが天気もよく気持ちがいいので、外のテーブルで食べている。


 テーブルには相棒のゲロ子と何故か、この前の商売で関わったキル子が座っている。キル子の奴、あれからよく店に顔を出す。武器屋の専属デモンストレーターを解雇されたとは言っても、本業は冒険者なので食べるのには困っていないはずなのだが、自称、伊勢崎ウェポンディーラーズの専属デモンストレーターだと言ってちょくちょく顔を出すのだ。まあ、店に来てもたわいもない話をするだけだが。基本、店が暇な右京にはいい暇つぶしの相手になっていた。


 元戦士のガランのカフェは、最近結婚したという元妖精使いの妻が料理の腕を奮い、ガランがウェイターをやるというミスマッチ感がありありなのだが、美人な奥さんの料理の上手さと筋肉ムッキーの親父が料理を運んでくるというもの珍しさで繁盛していた。


 店は朝7時から開店で朝食を出し、昼にランチを出して夕方には閉店するという方針だそうだ。店主のガラン曰く、夜は最愛の妻とイチャイチャしたいらしい。


(はい、ごちそうさま)

(死ねでゲロ)


 この時間でも、店の中も外も朝食を食べに来た冒険者風の客や行商人たちで賑わっている。いわゆる脱サラ? して滑り出し上々であろう。


「ガランさん、店が繁盛していて何よりです」

「うむ。お前に剣を買ってもらって出せた店だ。その剣も生まれ変わって、今も現役で活躍していると聞いてありがたいと思っている」


 そう言うとガランはキル子の足元に立ってかけられている剣をちらりと見たが、未練はないようで、右京から代金を受け取ると注文を取りに他のテーブルへと足を運ぶ。


「ゲロゲロ……ゲップ。お腹いっぱいでゲロ」


 ゲロ子が膨れたお腹をさすってテーブルに転がった。ロールパンとソーセージを1つずつ平らげたようで、ゲロ子の体からすると明らかに食べ過ぎだ。だが、これはゲロ子の日課。カエルのくせに基本、人間と同じものを食べたがる。たまにミミズ入りソーセージとか、ハエ入りクレープなるものを食べているのを見かけたことがあるが、気持ち悪いので右京はスルーしていた。


「相変わらず、行儀が悪い使い魔だな」


 目玉焼きとベーコンにとうもろこしの粉で作ったシリアルに牛乳をかけたものを優雅にスプーンで口に運んでいるキル子がそうイヤミを言う。食事風景だけを見ると荒々しい戦士には見えない。口は悪いが、黙っていると、どことなしに品の良さが漂う


「ゲロゲロ。そういうお前は何で朝から主様につきまとっているで、ゲロか?」

「つきまとっているって、冗談言うなよ。何であたしがこんな男と好き好んで……」


 キル子は右京を上目遣いでちらりと見る。右京は新聞を読みながら、朝食を口に運んでいて全く聞いていないようだ。キル子はキリッと表情を変えてゲロ子に言い放った。


「たまたまだ。たまたま、あたしが朝食を食べに来たらお前たちがいただけさ」

「ふ~んでゲロか?」

「そうだとも。朝からこんなに客がいるからな。テーブルも相席の方がいいだろうと思って、仕方なくちょっと知っているお前らと食べてるんだ。誤解するなよ、このカエルが」


 ゲロ子は意地悪そうに眉を動かした。


「その割には朝の6時から店の前をウロウロしていたでゲロな」

「なっ……」

「主様が出てきたら、こっそり隠れたのも見たでゲロ」

「それは別人だ。あたしは朝からトレーニングするのが日課で走っていただけだ」


「そうでゲロか?」

「そ、そうだとも!」


 ゲロ子は専用の小さなカップでコーヒーを一口飲む。上を向くとゲロゲロとうがいをしてゴクリと飲み込んだ。


「素直でないでゲロ。キル子、主様に惚れているでゲロな」


 バン! 

 強烈な平手をゲロ子ごとテーブルに打ち付けたキル子。ふにゃ~っとゲロ子が潰れてテーブルの上に気を失って倒れる。


「な、なに言ってくれちゃってるのかしら。このカエル」


 キル子はそっと右京を見るが新聞から目を離していない。どうやら、ゲロ子との会話は聞かれなかったらしい。聞かれなくてよかったと安心した反面、キル子は何だか急にムカムカしてきた。もう一度、バンっと大きな音でテーブルを打つ。周りの客は何が起きたのかと視線を集中させる。


「あたし帰るから。これ代金」


 1G札をテーブルに置くキル子。さすがに机を激しく叩く音で(鎧の魔物が立ちふさがる)という見出しが踊る新聞から目を放した右京。テーブルの上のしわくちゃの1G札とのびているゲロ子を見てから、キル子を見た。何故か、顔が真っ赤だ。


「ああ」

「明日からしばらく冒険に出るから姿を見せない」

「そ、そうか」


 右京はキル子が何を言い出すのかと思ったら、そんなことでキョトンとした。彼女の本業は冒険者であり、町の外に出てモンスターを倒したり、遺跡の探索をしたりするのが仕事だ。自分に断る必要は一切ないはずだが、そう言われれば頷くしかない。そんな右京の表情を見て、キル子も自分が変なことを言い出したと慌ててフォローを入れる。


「い、一応、あたしは伊勢崎ウェポンディーラーズの専属デモンストレーターだからな。行き先を経営者に伝えただけだ。深い意味はないからな」


「ああ。無事に帰って来いよな」

「あ……りが……って、バッキャロー。そんなこと言われなくてもあたしは強いんだよ。モンスターなんかバッサバッサと斬ってお宝ゲットしてくるさ。この前、お前に支払った分は稼がないとな」


 キル子はそう言うと席を立って、後ろを振り返らずに去っていた。本当は右京に(帰って来いよ)と言われて心がキュンとしてしまって右京の顔が見られなくなってしまったからであるが。当の右京は知り合いに定番の声かけをしただけであるから、不可思議なキル子の態度に首を傾げるしかない。

 


「あ、あのう……」


 おどおどした女の子に声をかけられたのは、キル子が去っておよそ5分後。食後のコーヒーを飲み干して、そろそろ店に戻って開店しようかと思った矢先であった。右京が振り返るとみすぼらしい神官服に身を包んだ女の子であった。年は現代なら高校生くらいであろうか。若いのに顔色が悪く、体は痩せていて貧相である。(それでも出るところはしっかり出ているが)神官服はサイズが小さくて袖がかなり短く、裾も破れてツギハギがしてある。それでも肩でまである桜色の髪はつややかで綺麗だし、もみあげがくるるんと巻いていて羊みたいに可愛い。端正な顔立ちなので、儚げなイメージを醸し出す美少女である。


「俺に用?」


 声をかけたけれど、後が続かず、おどおどしている自信なさそうな少女に右京は優しく声をかけた。


「あの、武器&アイテム買取り屋の伊勢崎様でしょうか?」

「ああ。そうだよ」

「はあ~っ。よかった~っ」


 少女は本当によかったと胸をなでおろした。そんな仕草をされると右京としては無下にはできない。


「伊勢崎ウェポンディーラーズの伊勢崎右京です」

「その右腕のゲロ子です」


 ゲロ子の奴、いつの間にか復活している。儲け話の匂いを感じたのであろう。こういう時のゲロ子は行動が素早い。


「お店に行ったらいらっしゃらなくて……。ウロウロしていたら、鍛冶屋の奥さんがこちらに行っているのではと教えてくださったので」


 エルスさんが困っていそうな少女に親切に教えてくれたようだ。後でお礼を言っとこうと右京は思った。(それにしても……)


 神官らしき少女が自分の商売と関係するとは思えなかった。身なりからすると、何か事情がありそうだとは思ったのだが。武器を売りに来た客とは到底思えないのだ。


「俺に用があるということは、武器か何か売りたいの?」


 右京はそう訪ねた。少女は手には何も持っていないし、質素な神官服にも武器を隠しもっている感じではないからだ。


「は、はい」

 グウウウッ……


 返事と一緒にものすごく大きな音がした。空腹を知らせる音だ。


「この娘の腹から出たでゲロ。この嬢ちゃん、相当、腹が減っているでゲロ」

「は、はううううっ……そ、そんなことはありません」


 恥ずかしいのか顔を真っ赤にしてしゃがみこむ少女。両手を顔に当てている。その間にも『グウウウウウ……』という音が連発する。


「いやいや、お腹が減っている音でゲロ。嬢ちゃんは朝食は何を食べたでゲロか?」


「た、食べました。はちみつパンにたまご焼き、こんな大きなベーコンを……」

「ゲロゲロ……。ホントでゲロか?」

「おい、ゲロ子。いじめるのはよせ。可愛そうじゃないか」


 右京がそう止めたが、ゲロ子の意地悪は続く。ガランにはちみつパン、バターパン、ハムサンドにホットケーキまで注文した。それが大皿に盛られてテーブルにどんと置かれる。


(ゴクリ……)

 可憐な少女がつばを飲み込んだ。目がうるうるしている。


「正直なことを言えば、これを食べていいでゲロ」

「わ、わたしは、その……ちゃんと食べています。本当です」

「そうでゲロか。それじゃ、ガランのおっちゃん、この皿下げるでゲロ」


 これだけで陥落した。よほどお腹が減っているのであろう。目の前のご馳走と自分のプライドを両天秤にかけたが、ゲロ子の誘惑の前に無条件降伏したようだ。


「わーっ。ごめんなさい、ごめんなさい。わたし嘘を言いました。朝食を食べていません。お腹が鳴ったのもわたしです。もう3日も食べてなくて……」


 右京はこの少女が可哀想になってきた。3日も食べていないって、どんだけビンボーなんだ。この世界に来た時に結構な空腹感を味わったことがある右京には他人事には思えなかった。


「君、それ食べていいよ。ガランさん、野菜たっぷりの牛テールスープもお願い。あと、ミルクにオレンジジュース、ハムも特厚切りで焼いてきて。マッシュポテトのサラダも大盛りで」


 やがてガランが美味しそうな料理を盛った大皿を各々片手ずつに両手でもってどさっと右京たちのテーブルに置いた。焼きたての厚切りハムが鉄皿の上でじゅうじゅうと音を立てている。バターと粒胡椒の香りが香ばしい。大きなテーブルに所狭しとそんな料理が並ぶ。


「さあ、どうぞ」 


 右京がそう少女に促すと、我慢ができなくなった少女は理性が飛んでしまったらしく、テーブルに座るとものすごい勢いで食べ始めた。それもアッと驚く食いっぷりである。テレビの大食い番組でやせ型の可憐な女性が、とんでもなく大食いして視聴者を驚かすことがあるが、今の場合はそれと同じだ。6人分はある大きなはちみつパンをぺろっと3個食べると、厚切りのハムを5枚ペロリ。バターパンを20個食べて、ホットケーキは特大のフライパンサイズを5枚食べた。サラダはボウルで3つ。15人前を食べきって、野菜スープは鍋ごと飲んでしまった。これには右京だけでなく、周りの客も唖然とするしかない。


 最初は面白いのでどんどん注文した右京とゲロ子だったが、無限に食べそうな勢いに最後は観念して少女の肩をぽんと叩いた。それで無心になって食べまくっていた少女はわれに返った。


「わ、わたしとしたことが……。ごめんなさい、ごめんなさい。つい夢中で食べてしまって……」


 真っ赤な顔で申し訳なさそうな表情の彼女。口にミルクパンにつけたイチゴジャムがこびりついてる可愛い顔を見ると右京も苦笑するしかない。ガランに代金の10G札を4枚数えて手渡す。


「あ、あの……。テーブルに残ったパンと料理、持ち帰ってもよいでしょうか?」


 そう少女は恥ずかしそうにそうい言い、ガランに食べ残した相当量の料理を袋に包んでもらって嬉しそうに抱えた。


「これ持って帰ったら子供たちが喜びます」

「子供たち?」

「はい。申し遅れました。わたし、愛の女神、イルラーシャに使える神官見習いのホーリーと言います。右京様、わたしの教会に来ていただきたいのです」


 そうホーリーと名乗る大食いの少女は右京にお願いをした。教会に右京に買い取ってもらいたいものがあるのだという。


脱サラ…冒険者は基本、個人事業主という扱いが定番なので脱サラという表現はふさわしくないのですが、ギルドにいけば仕事はもらえるので食いっぱぐれがない。よって、冒険者はサラリーマンみたいなものと思ってください。

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