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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第8話 忘却の大剣(魔剣アシュケロン)
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王女ステファニー

「ああ……ご主人様の正装姿もス・テ・キ……あの、わたくし、今晩、ご主人様のお部屋に伺ってもよいでしょうか」


 いつもの如く、ヒルダが背中の翼をパタパタさせて右京の肩に停まり、頬ずりをしてくる。その目はハート型で右京以外の男は見えていないようだ。右京はため息をついて否定する。


「ダメだ。ヒルダ、お前はホーリーと寝ろ」

「もう……。ご主人様ったら」


 夜になって右京たちはレセプションの会場となっているホテル『シャング・リラ』に出向いていた。みんなアマデオが用意した服を着ている。右京とカイルはタキシードで女子たちは華やかなパーティドレスである。ヒルダとホーリーは聖職者らしく白を基調としたドレス。フリフリがいっぱいついて可愛い。


 ネイはハーフエルフのイメージからか若草色のドレスでこれも清々しい。キル子だけは、全く予想外のドレス。それはひまわり色のふわふわした素材で作られたもので、キル子が着用するには可愛すぎる代物だったが、これが意外と彼女の褐色の肌に合っていて、馬鹿にしようと思っていた右京も思わず声を失ってしまうほどであった。


 当のキル子は右京に見つめられて、恥ずかしくて声も出せず、それがまた意外な反応で右京の萌魂に火を付けてしまった。


「ゲロゲロ……。馬子にも衣装とはこのことでゲロ」

「そういうゲロ子。お前はなぜ、ドレスを着ない?」


 女子に見立てたドレスのセンスからすると、アマデオはなかなかのスタイリストなのであるが、ゲロ子にはドレスを選ばなかったのであろうか?


「ゲロ子はあんな変な色のドレスは着たくないでゲロ。それにゲロ子のカエルスーツを脱ぐと……」


「脱ぐと?」

「忘れるでゲロ」


「なんだよ、ゲロ子、お前はノリが悪いぞ」

「ふん。主様は浮かれすぎでゲロ」


 そんな会話をしていると、ディエゴが右京たちを見つけて近寄ってきた。今回は同じギルドから出場するので仲間同士である。


「右京君。敵を知るのも重要だ。あの男、あれが前回の優勝のエンチャンターのアルフォンソだ」


 ディエゴが長身のエルフを指差した。多くの参加者とその関係者でごった返している闘技場の中である。デュエリスト・エクスカリバー杯の式典の最中だ。都の王族や貴族、有力者等も呼ばれていて、かなり盛大な立食パーティである。右京たちは正装してこのパーティに参加していた。


「エンチャンター?」


 聞きなれない言葉に右京は首をかしげた。すると右肩のゲロ子が得意げに解説する。ゲロ子が解説するくらいだから、そんなに難しいものではなかった。


「魔力付与師でゲロ。あのエルフのおっちゃんは、武器に魔力付与することで強化するでゲロ。エンチャント屋の代表でゲロ」


 おっちゃんと言ったがアルフォンソは見た目は20代の若者に見える。エルフは長生きというから、20代といっても50代かもしれないが。


「さらにあそこにいる筋肉モリモリの大男が、前回2位の武器職人のミハエル。メタルマスターの称号を持つ男だ」


「メタルマスター?」


 ディエゴは肉の塊を皿に載せて格闘している中年の男を指し示す。カイルよりも大きな大男である。メタルマスターという名にふさわしい容貌である。


「そうだ。この世界のありとあらゆる金属に通じていて、強固な合金を創りだすそうだ。そうやって作った武器の性能はすごいらしい」


「ほう……」


 前回大会の1位、2位を見て右京は何だか恥ずかしくなった。なぜ、中古買取り屋の自分がこんなところにいるのだろうと考えてしまったのだ。まだまだ、強いとされる参加者は多い。


 さらにあらゆる素材で武器を作ることができる素材の魔術師と呼ばれる老人や古代の武器をコレクションしている貴族の青年、東方の島国で使われているという『カタナ』と呼ばれる武器製造の達人など、今回の大会の優勝候補と呼ばれる人物を丁寧に説明していく。どの参加者も強敵で、実績もなかなかのものだ。


「それに比べて、主様は中古買取り屋でゲロ。何だか、情けないでゲロ」


「ゲロ子、それを言うな。今、俺の中でこんなところに来てしまった自分の迂闊さを反省している」


 急に人々の談笑が収まり、静かになった。みんな中央にある階段の上に注目している。


「それではこの大会の主催であり、大会長でもあるステファニー王女殿下が皆様に一言ご挨拶を申し上げます」


 司会者の宣言で2階に正装した少女が現れた。輝く金の髪は長く、無駄な脂肪が一切ないスレンダーな体。それでいてふくよかな胸のふくらみは奇跡と言ってよかった。そしてゴージャスなドレスに身を包み、宝飾品を身にまとった姿には威厳があり、王女の名にふさわしい出で立ちであった。


 その後ろにこれまた漆黒のドレスに身を包んだクロアがいる。これは驚きである。ホテルを出て行ったきり帰ってこなかったので、先にこちらへ来てしまったが、まさか会場に来ていて、王女と一緒にいるとは。


「お集まりの皆様。大会主催者として、ステファニー・ラ・オラクルが挨拶をさせていただきます。遠くからお越しの方もたくさんいると聞いています。この伝統あるデュエリスト・エクスカリバー杯への参加のためにありがとうございます。皆様に幸運の女神が舞い降りるよう、私は祈ります」


 そう言ってエレガントな礼をする。参加者は思わず見とれてしまったが、王女がグラスを執事から受け取って、頭上に掲げるとみんなそれに合わせて乾杯をする。レセプションが盛り上がりを見せてきた。右京は王女の美しさよりも、王女の後ろにいるクロアの存在の方が気になった。彼女はあの迎えに来た馬車に乗って行ってしまってから、結局、ホテルには帰ることなく、どこへ行ってしまったのかと心配していたのだ。そのクロアが王女ステファニーと連れ立って、右京のところへ歩いてくる。


「ダーリン」

「ほほほ。この方がクロアが入れ込んでいるという買取り屋さんでしたっけ?」


 そう王女はクロアを差し置いて右京に話しかけてきた。随分と気さくなお姫様である。気さくというか、その発言の語尾に上から目線を感じる。相手は王女様だから、上から目線は当然だろうが、それでもゲストに対して失礼な気がしなくもない。


「伊勢崎ウェポンディーラーズという店をやっています。伊勢崎右京といいます」


「ゲロ子でゲロ」


 いつもの如く、ゲロ子も自己紹介をする。王女はカエル娘の自己紹介に目をマン丸くした。そして、笑い出す。


「くくく……ほほほ……これは面白いです。クロア、邪妖精と経営しているって本当だったのですね。これは傑作ですわ」


(何だか、失礼な王女でゲロな)

(王女とかいう人は大抵そんなもんだろ)


「この国の王女のステファニーです。ちなみに王位継承権第3位ですわ」


「はあ……」


 右京としては状況が飲み込めない。そんな偉い人がクロアと一緒にいるのだ。クロアはというと、苦虫を噛み潰したような表情だ。右京の不思議そうな表情を見て王女はパンと手を叩いた。


「何だ。あなた知らないのですね。クローディアと私の関係」

「王女様と発情バンパイアの関係でゲロか?」


「クローディアは王位継承権5位。私の従姉妹なんです。年は同じなんですが」

「年っていくつでゲロ」


「19才です」


(おいおい……。ということはクロアも19歳か。22歳とか言って右京にお姉さん風を吹かせていたが本当は年下だった。まあ、なんとなくそんな気はしたが。


「でも、ご主人様たちは軽くスルーしましたが、クローディア様は王家の人間ということですよね」


 ヒルダはそう右京に確認した。王位継承権5位って結構なご身分だ。それなのになんでイヅモという地方都市でアイテム屋をやっているのだろうか。


「ダーリン、クロアは王家とは関係ないよ。ステファニーとは会いたくなかったけど、ダーリン絡みのことで彼女に確かめたかったことがあったから会っただけで、この高飛車お姫様とは関係ないからね」


「クローディア、関係ないとは随分ですね。小さい頃は一緒に遊んだり、寝たりしていたというのに」


「ふん。腹黒王女と一緒に過ごしたなんてクロア一生の不覚だよ」


 どうもこの二人、仲が悪そうだ。ステファニーの方がクロアにちょっかいをかけていて、迷惑そうにしているクロアが実に新鮮だ。いつもならクロアが右京に対してちょっかいをかけているからだ。


「それでクローディアが出資しているって聞いたから、右京さん、あなたをこの大会に招待したのだけれど……」


「はあ……」


「この状況じゃ、1回戦で脱落ですわね。お気の毒に……。まあ、私はクローディアが不機嫌になるのが嬉しいですから、目的は達しましたけど」


 ステファニーはそういって扇を開いて口元に当ててクスクスと笑い始める。どうやら、右京がこの大会に選ばれたのはこの王女の陰謀らしい。王女は笑いながら別のテーブルへと移動する。最初は周りの客も何事かと注目したが、ステファニーが去ると一気に興味がなくなってしまった。


「俺がこの大会に選ばれたのは、あの王女さんの気まぐれってことか?」


 右京がそうクロアに聞く。キル子にホーリー、鶏もも肉のローストにかぶりついたネイも周りにやってくる。みんなさっきの王女とのやり取りを聞いていたのだ。


「ああ。そういうことになるね」


「何だか、あたしは怒れてくるのだが」


 キル子がオレンジ色のドレスに隠したガーディアンレディをカチャカチャと触ってストレスを解消している。華やかなドレスになんて物を隠していやがる。キル子の感じたことは、ホーリーもネイも同感であった。


「霧子さん、わたしもです。何だかイライラしています」

「ムグムグ……うちもじゃ」


「ご主人様を馬鹿にするにもほどがあります。わたくしの大切なご主人様を馬鹿にするなんて、万死に値するとわたくしは思うのです。ご主人様、あの王女に爆裂の魔法を放ってよいでしょうか?」


 右京は冗談でなく魔法の詠唱を始めたヒルダの足首をつまんで持ち上げた。逆さ吊りで魔法詠唱が途切れる。


「ああ~っ。ご主人様、わたくしにこんなはしたない格好を強要するなんて、イ・ケ・ナ・イ・お・か・た」


 両手で顔を覆ってイヤイヤをするヒルダ。やれやれといった表情で右京はゲロ子に命令する。


「ゲロ子、ヒルダをどこかへ閉じ込めておけ」

「了解でゲロ」


 会場にあったオルゴールの箱を開けるとゲロ子はヒルダを押し込めると、その上に本を数冊乗せた。これでヤンデレバルキリーはしばらく大人しくなるだろう。


「ダーリンごめんね。クロアのせいでこんなことになって」


「いいや、クロア。俺はあの生意気な王女さんに会って、ちょっとやる気が出てきたよ」


「ダーリン……」

「せいぜい、頑張って、あの王女さんの鼻を明かしてやろうぜ」


 右京はそう力強く言った。優勝候補の出場者を見て、自分は場違いなんて思ったが、自分もこれまでそれなりに戦ってきた。ここは中古買取り屋の意地を見せてやるべきだろう。一つでも多く勝ってあの王女様に恥をかかせてやると心底思ったのだ。


「さすが、右京。あたしも協力するよ。みんな、力を合わせて勝とうぜ」


 キル子がそう場を仕切る。クロアもその意気込みに笑顔を浮かべた。


「そうだね。色黒ホルスタインの言うとおりだよ。優勝してあの性悪女をギャフンと言わせてあげよう」


「なっ! お前、まだ根に持ってるのかよ。執念深い奴だな」


「同じチームとは言え、クロアは乳のでかい女と仲良くする義理はないからね」


 せっかくチーム一丸となりそうだったのに女というものは仲良くできないものだ。そうこうするうちに、1回戦のルールが発表された。


「1回戦のテーマは『耐久力』です」

(耐久力?)


 会場は静まり返った。武器の性能の中で耐久力は重要な項目の一つだ。それがテーマになることは珍しくはない。だが、テーマにそった競技内容を聞いて参加者は驚いた。


「武器を競うのはヴァーチャルダンジョン。最初の階にはゴブリン100匹、コボルト100匹、オーク100匹、ホブゴブリン100匹、リザードマン100匹の軍団がいます。それを倒して生き残った8チームの勝ち抜けです」


「な、なんだって? 500匹もいるのか」


 会場はざわめく。もちろん、現れるのはバーチャルモンスターだが、通常よりもリアル戦闘レベルは上がっており、武器の摩耗とそれによる破壊もありうる。デモンストレーターへの攻撃はある程度は抑えられているものの、体力ポイント0になるまでのダメージを受けることは、大怪我をすることと同義であった。死ぬよりマシだがかなりの危険を伴う。


 ルールでは500匹のうち、どれだけの数を武器が壊れないで倒せたかという数で競われる。仮にたくさん倒してもデモンストレーターの体力が0になればゲームオーバーだ。


「う~ん。これはかなり駆け引きもいる」

「たくさんの敵を斬れば、当然、武器の性能も落ちるでゲロ」


「武器の性能が落ちれば、あたしへのダメージも増えるというわけか」


 武器の種類については、特に縛りがないということも告げられた。ということは、よりたくさんの敵を倒し、なお且つ、武器へのダメージ、デモンストレーターへのダメージを防ぐことが勝利へのポイントとなる。


 出場者はみんな思案顔である。どんな武器を選ぶかで2回戦に進めるかが問われるのだ。右京もどんな武器がよいのか考えた。そして、彼が選んだ武器は意外なものであった。


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