ホテル『グレイモント』
「あ、あれがアマガハラ。この国の都です」
ホーリーがそう言って指を差した。右京がその方向を見ると巨大な建物が遠くにいくつもある。この国の都アマガハラは人口が30万人。右京が住むイヅモの町の15倍も多くの人が住む都市だ。城壁に囲まれたイヅモの町とは違い、アマガハラは海と川で囲まれた自然の要害の地にあった。
大陸とは2本の長い橋でつながっており、唯一のアクセス手段なのだ。そして橋には強力な軍隊が守備しており、町中の治安組織と共に都の安全を完璧なものにしていた。おかげで町には泥棒が一人として居らず、お金を落としても誰も盗まないと言われるほどであった。
ここは陸路、海路ともに主要都市につながる交通の要所でもあり。物資が集結するので町は活気に満ちていた。巨大な建物は中央に王が住む王宮。行政府や裁判所などの建物。大聖堂にギルド本部の建物など、この国の中枢がここにあることの象徴であった。
ホーリーは神官の任用試験の時にこのアマガハラへ来ている。イヅモから定期馬車に揺られること1週間かかる。距離にして700kmは離れている。ちなみにキル子も冒険で来たことがあり、都を知らないのは右京とネイ、カイル、ピルトにゲロ子にヒルダということになる。クロアは何も言わないがどうやらよく知っているようであることは、この1週間の旅で想像できた。今は昼間の太陽に弱いので、毛布をかぶって馬車の片隅で寝ている。馬車はイヅモの武器ギルドが手配したもので、道中の護衛を冒険者に依頼して、もう一つの出場チームを率いるエドたちと一緒に移動してきた。
馬車の一団はやがて都へ入る橋へ差し掛かる。警備兵が許可証をチェックする。今回のデュエリスト・エクスカリバー杯の出場者を示す手紙を見せると警備兵は頷いて通してくれた。橋のたもとには都へ入ろうとする人間が列を作っているが、持ち物のチェックや人物確認で厳重なチェックをされているのと大違いだ。出場者は優遇されているようだ。
都へ入るとエドたちの馬車と分かれる。これはディエゴが用意したそれぞれのチームの拠点が違うからだ。右京たちに用意されたのは小さなホテル。大会の間は貸切で1階にはカイルが使用する鍛冶の作業場が特設されていた。ロビーには買取りカウンターも作ってもらっている。部屋はそれぞれ個室があてがわれており、食事もホテルの常設のレストランで食べることができた。
「これではご主人様のお世話ができません」
ヒルダがいかにも残念そうに言ったが、右京としては満足であった。生活にかかる煩わしさがなくなるので、大会に集中できるというものだ。
「足りないものがあれば、なんでも言ってくれ。会長にサポートするように言われているからな」
そうアマデオが右京たちに説明する。彼は父親のディエゴに言われて一足先にこの都に来て、受け入れの準備を進めていたのだ。
「カイル、武器の修理に必要なものは揃っているか?」
「ああ。さっそく火入れをして、準備を進めておく。ピルト、手伝え」
一週間も仕事をしていなかったので、カイルは腕が鈍るといっていたから、早速、剣の手入れを始める。とりあえず、持参した何本かの剣の仕上げをするようだ。
「注文通り、表の看板に買取り店『伊勢崎ウェポンディーラーズ アマガハラ臨時店』と書いておいたぞ」
「ああ。ありがとう、アマデオ」
そう右京はアマデオに礼を言った。最初は敵だった男だが、今は味方として右京たちをサポートしてくれる。大甘の坊ちゃんだが、言われた仕事はきちんとこなすようだ。
「礼には及ばない。会長の言いつけだからな。だが、右京。この大会を甘く見るなよ。女とイチャイチャしていると初戦惨敗は確実だからな」
そうアマデオはキル子やホーリー、ネイにクロアを見ていかにもうらやましそうに苦言した。右京の両肩にはゲロ子とうっとりとして右京に体を預けているヒルダが座っている。男なら地面に手にしたものをぶつけて、(うらやましいだろ!)と叫びたくなる光景だ。
だが、これは右京が望んだことではない。真面目に商売していたらこんな状況になっただけだ。
「出るからにはベストを尽くすさ。どんな大会かよくわからないけどね」
WDの全国版でかなりの知名度がある大会ということはわかっているが、そこで勝つことの難しさは実感していない。全国から16の代表が選抜されてここで優勝を決めるとのことだが、そもそも自分が選ばれることが信じられなかったのだ。
「う~ん。都でも老舗ホテル『グレイモント』を貸し切るとは豪勢だね」
クロアがポツリとそう言った。どうやらクロアはこのホテルを知っているらしい。懐かしそうにロビーを見ている。
「このホテルは小規模だが都の上流階級の隠れ家的ホテルだよ。創業も古い。お金があれば貸しきれるというところではないよ。ここは誰の指示を受けて借りたの?」
クロアはサングラスと黒うさぎの帽子をゆっくり脱いで、アマデオにそう尋ねた。どうやら、クロア的に何かおかしいと感じたようだ。アマデオはそんなクロアに怯えるように応えた。彼女がバンパイアでかなりの魔力の持ち主であることを知っていたからだ。
「た、大会の主催者の方から特別に指示されたのです」
「やっぱりでゲロ。アマデオがこんな素敵なホテルを抑えられるはずがないでゲロ」
ゲロ子がそう腕組みをした。ゲロ子なりにおかしいと感じていたようだ。大会で選ばれた出場者は全国から来るが、滞在先はそれぞれが確保する。武器を調整する工房付きの場所を見つけるのは苦労するのだが、右京の場合は大会主催者が紹介してくれたのだ。
「そもそも、いくらダーリンの始めた商売が珍しいからって、いきなり全国大会に名指しで呼ばれることがおかしいと思ったのよね」
実はクロアが右京に付いてきたのは訳があった。その訳もうやうやしく近づいてきたホテルの支配人によって確信に変わった。
「クローディア・バーゼル様ですか」
「そうだよ」
「さるお方から、手紙を預かっております」
そう言って支配人はバラの刻印が押された手紙をクロアに差し出した。クロアはそれを一目見て差出人が誰か分かった。ピンク色の封筒はその人物が好んで使うものであったからだ。それを受け取って見ずに破り捨てるクロア。
「クロア、読まなくていいのか?」
「どうせ、同じことだよ。それより、ダーリン。クロアはちょっと出かけるよ」
「出かけるって、まだ、外は昼だよ」
「大丈夫よ。迎えも来ているから」
クロアは目線を移すと丁度タイミングよく、ホテルの玄関に豪華な馬車が横付けされた。窓まで黒く塗られて霊柩車みたいである。その馬車にテクテク歩いて乗り込むクロア。右京も気になってその馬車に駆け寄る。クロアは座って窓を開ける。
「クロア、どこへ行くんだ?」
「ちょっと実家へ」
「実家?」
「そう実家。親戚がいるのよ」
クロアがそう言った途端に馬車が出発する。クロアに家族がいたのかと右京は不思議に思った。彼女はいつも一人で暮らしている不思議なところがあったからだ。家族がいるならなぜ、遠く離れたイヅモの町でアイテム屋をやっているのであろう。そもそもクロアには不思議なことがいっぱいある。小さな店を経営している割にはとてつもない金持ちだし、ギルドではお偉いさんにまで一目を置かれていたし、暗殺者に狙われていることもあった。
(う~ん。この大会中、何か起きる気配がするのはなんだろうか?)
「右京、このホテル、スゴイぞ」
キル子が柄にもなくはしゃいでロビーにやってきた。先程、荷物を置きに自分の部屋へ行っていたのだ。
「屋上にプールがあるんだ。右京、行ってみないか?」
「プールでゲロか? これだからホルスタインは読者の気を引こうとするでゲロ」
「読者って何だ?」
「忘れるでゲロ」
「霧子さん、水着を持ってきてよかったのじゃ」
「そうだろ、あたしの予想はよく当たるだろ。ホーリーは持ってきたのか?」
「いいえ。その、わたしはそんなの持っていないので」
「ホーリー様、買いに行きましょう。ご主人様を悩殺する水着を買うのです。わたくしもそれを着て、スキスキ右京様の熱い視線をクギ付けにするのです」
女子がプールがあると知って、わいわい騒ぎ出した。カイルはとっくの昔に作業に移っているし、右京としてはとりあえず仕事がない女子はホテルでくつろいでもらってよいだろうと思った。
「それじゃ、右京。今日の夜7時にホテル「シャング・リラ」の8階でデュエリスト・エクスカリバー杯のレセプションがある。着ていく服はフォーマル。一応、こっちで用意しておいた。お嬢さん方と使い魔にもドレスを用意した」
アマデオがそう言って迎えに来た馬車に乗り込んだ。また、6時半に迎えに来るという。レセプションパーティでは大会の開会式に1回戦の対戦方法が発表されるというのだ。




