WD全国大会
「右京君、今日、ここへ来てもらったのは……」
右京はディエゴが主催するイヅモの町の武器屋ギルド本部に呼ばれていた。定期会合は毎月25日だが、今日はそれより1週間も前だ。臨時に呼ばれたのでやってきたのだ。ディエゴが差し出した手紙は招待状である。それは立派な紋章が金と銀で描かれたものであった。それなりに権威を感じる。
右京は差し出された手紙の見出しを読む。そこには、2年に1回の武器の祭典『デュエリスト・エクスカリバー杯開催』と書いてある。ディエゴは右京に説明した。
「デュエリスト・エクスカリバー杯は都で行われる武器の見本市で行われる大会だ。WDの全国バーションだと思ってくれていい」
「WDの全国バーション?」
「そうだ。全国の武器屋が自慢の武器を持ち寄り、その技術を競う大会だ」
そんな大会があるのだと右京は感心した。どこの世界でも大会というものはあるものだ。
「デュエリスト・エクスカリバー杯は超有名な大会でゲロ。規定に即した武器を揃えて、その優越をきそうでゲロ」
ゲロ子が説明をしだした。ゲロ子の話によれば、出場できるのは武器ギルドに推薦された武器屋や武器制作を手がけている職人、デザイナー等。デモンストレーターや鍛冶屋とチームを組んで優れた武器を披露するのだ。提示された条件下で適切な武器を供給することができたチームが優勝である。
「通常は選ばれたギルドが1つのチームを組む。全国選抜されるチームは16だ。我がギルドも選抜されたが、今回は名誉なことに2つのチームを出すように言われた」
ディエゴがそう右京の目を見て言った。その目はうれしそうである。武器ギルドにとって、この大会に出場することは目標であり、勝つことは名誉なのである。その大会に2チーム出場するように要請が来たのだ。
「1つは我がギルドに割り当てられた通常枠。もう一つは君を指名した特別枠だ」
「俺が指名?」
なんと、都の大会主催者は中古武器屋の『伊勢崎ウェポンディーラーズ』の出場を要請してきたのだ。これは例外中の例外といっていい。それだけ、右京の名前が注目されているという証拠であった。
「しかし、そんな大会に出る暇はないのだけど……」
正直、店が繁盛して忙しいのだ。都に行って訳のわからない大会などに出たくはない。だが、右京の言葉にディエゴがギュッとにらむ。出場しないなんて考えられないという表情だ。
「店は休めばよい。デュエリスト・エクスカリバー杯に出るとなれば顧客は納得するし、大変な宣伝になる」
「いや、これ以上、客に来てもらっても対応できないですし……」
毎日、ホーリーやヒルダに午前中手伝ってもらって、やっと店が回っている状態だ。そろそろ、店の人員を増やさないとやっていけない状況なのだ。
「君の店は店員を2、3人雇ったほうがいい。なんなら、優秀な人材を紹介してやろうか?」
「いえ、時が来たら自分で集めますので」
「うむ。とにかく、我がギルドは2つのチームを送り出すつもりだ。サポートは全面的にさせてもらうよ。1チームはエドを中心にした我がギルドのチームだ。私が直接指揮を取る。もう一つは、君が指揮を取りたまえ。カイルくんと霧子くんたちと協力してチームを編成するのだ。チーム編成は任せる。かかった経費は全て我がギルドが負担しよう。その代わり、全力で好成績を残してもらいたい」
「好成績?」
「そうだ。目標はベスト4進出だ」
そうディエゴは右京に言った。全国から16チームがエントリーしている。ベスト4に入るためには、2回勝たないといけないということだ。それがどれくらいの難易度なのか、全く分からない。
「主様、デュエリスト・エクスカリバー杯の優勝賞金は20万Gでゲロ」
ゲロ子が眉毛を動かして手をにぎにぎしている。もう頭の中では賞金を手にしたことを妄想しているに違いない。
「それにしても20万Gって莫大な賞金だな」
日本円にして1億円である。これはでかい。競馬で言えば日本ダービー。宝くじで言えば1等をぶち当てるくらいの難易度。そう考えるとかなり難しいに違いない。ゲロ子ほどではないが、右京も何だか乗り気になってきた。賞金に目がくらんだわけではない。自分がどれくらいやれるのか試したくなってきたのだ。
右京の場合は武器の買取り業者としての参加だ。デュエリスト・エクスカリバー杯は武器業者がチームを組んで武器の優越を競うもので、出品する武器を調達することができるかが問われる。武器を製造することで手に入れる者、既存の武器を改造する者、ダンジョンで幻の武器を手に入れる者等、入手方法は様々なのである。
「な、何だって? デュエリスト・エクスカリバー杯に出場するだって?」
店に帰ってキル子に話すとキル子の顔がパッと明るくなった。キル子はこの賞の価値を知っている。そして、『伊勢崎ウェポンディーラーズ』が出場するということは、自分が武器のデモンストレーターとしてその戦いに出場するということだ。これは思ってもいない幸運なのである。キル子は思わず、右京を抱きしめた。その豊かな胸に右京の顔を押し付ける。
「ウププ……やめろ、キル子」
「おおっと、すまん」
「ぷはーっ」
慌てて深呼吸する右京。こんなことで窒息したらシャレにならない。傍にいたホーリーが真似をしようとする。右京の首を掴んで自分の慎ましいものに埋めようとする。ちょっと涙目である。
「ホーリー、やめろ。君には無理。それと……」
右京の体に取り付いてスリスリと体を擦り付けているヒルダを見る。
「ヒルダもやめろ。どうしてお前は俺に密着する」
「わたくし、ご主人様に触ると意識が飛んでしまうのです。こんなの初めてですうう……」
ヒルダをひょいとつまみ上げて、テーブルに転がす。知的で優雅なバルキリーは一体どこへ行った?
「右京、出場するなら俺は全面的に協力する」
カイルがそう言うくらいだから、この全国版WDはかなりの知名度と出場することに名誉があるのだろう。カイルが伊勢崎ウェポンディーラーズのメイン鍛冶職人として出場することは、この実直な青年鍛冶職人を一気に全国的に有名にすることになるのだ。
「協力するって、カイル、お前、エルスさんはどうする?」
「わたくしのことなら大丈夫です」
カイルの奥さん、エルスさんがそうカイルの背中からひょっこり顔を出した。お腹が大きくなっている。赤ちゃんができたのである。出産予定日は2ヶ月後である。
「カイルさんが右京さんと都へ行っている間は、実家へ帰っています。父も孫の顔が見たいと言っていますので、出産は実家でします」
「エルス……」
「あなた。WDが終わって帰ってくるのは2ヶ月後でしょ。帰ってくる頃に赤ちゃんが生まれます。赤ちゃんにお父さんは頑張ったぞっと報告してください」
「ああ……。分かっている。子どもが生まれる前に帰ってくるさ」
「あなた……」
「幸せ夫婦は死ねでゲロ」
「ゲロ子、お前は人の幸せを素直に祝福できないのか?」
「できないでゲロ」
「即答かよ!」
「右京、あたし……あの……」
右京のシャツをツンツンしてキル子が顔を真っ赤にしている。声がだんだん小さくなる。
「お、お前が……その……望むのだったら……その、お前の……赤ちゃんを……」
メンドくさい空気が漂ってきたので右京はいつもの如く無視することにした。
「エルスさん、出産までにカイルは返しますよ。生まれてくる赤ちゃんは、国一番の鍛冶屋のパパをもつことになりますよ」
「スルーかよ!」
伊勢崎ウェポンディーラーズの陣容はこれで決まりだ。武器の調整改造はカイルが中心で行う。弟子のピルトも連れて行く。デモンストレーターはキル子が行う。これは適任だろう。ちなみにエドのチームは瑠子・クラリーネがデモンストレーターを務めるらしい。明らかにキル子に対抗してのことだと思うが。
「わ、わたしも行きます」
「わたくしも……」
ホーリーとヒルダも行くという。彼女らはお手伝いをしてくれるありがたい存在だが、さすがに1ヶ月も教会を開けるのはまずいだろう。
「大丈夫です。子供たちの面倒は信者さんが見てくれます。今も住み込みのお手伝いさんがいます。薬酒の方も販売の方がいますから大丈夫です。それにわたしは元々、神官の出張で1ヶ月、都へ行く予定だったのです。ちょうどよいです」
そうホーリーが嬉しそうに言った。そういえば、前から都の中央神殿での研修に行かないといけないとホーリーは言っていた。今回のことは渡りに船なのである。それに身の回りの世話や店のアシスタントはホーリーやヒルダがいた方がありがたいことは事実だ。
トントン……。ドアを叩いて勢いよく入ってきたのはハーフエルフ。ネイだ。この娘、楽しそうなことが起こりそうだとすぐに嗅ぎつけてやってくる。子犬みたいな奴だ。
「右京さん、聞いたのじゃ。デュエリスト・エクスカリバー杯に出るって聞いたのじゃ」
「ネイ、お前まで行くと言うんじゃないだろうなあ」
めんどくさいなあと右京は思った。役に立つホーリーやヒルダと違ってネイを連れて行くのはメリットがない。だが、好奇心旺盛のハーフエルフが諦めるわけがなかった。
「行くのじゃ。デモンストレーターは霧子さんだけじゃ足りないじゃろ」
「って、お前みたいな子供エルフが務まるとは思えんが」
「うちは弓が得意じゃ。戦いでは飛び道具もあるかもしれんぞ。飛び道具だったら、霧子さんよりうちの方が役に立つのじゃ」
確かにネイの弓の技は一目を置く。弓のような飛び道具が指定されることがあったら、役に立つかもしれないとちょとだけ思ってしまった。そしてよく考える暇もなく、さらに乱入者が店に現れる。
「ホイホイ、ダーリン」
「ク、クロア!」
クロアまで店にやって来た。まだ日が高いのにやってきたバンパイア。彼女もまた右京と一緒に都に行きたいらしい。とは言っても、彼女の場合はただ単に退屈しのぎのようだが。
「ゲロゲロ……。革屋のフランには都にある支店を紹介してもらったでゲロ。このチームで勝負を挑むでゲロ」
「うん。何だか面白くなってきたな」
このチームで勝てるのかどうかは別にして、盛り上がってきたことは間違いない。この世界にやってきて早くも1年が経とうとしている。右京は久々に興奮してきた自分を感じていた。




