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ヌトヌト沼

 ゴブリン軍団を退けた右京たちはヴィバテルの村に入った。村はぐるりと柵で囲まれ、自警団が守備をしている。この村は最近まで大した産業がなく、森で採れる山菜や木の実、炭などを売って暮らしていたが、最近、付近でよく出没するスライムの革が売れるようになって村全体が景気に沸いていた。


 スライムの革を発明したのが村出身の科学者。名前をフラネル教授という。まだ40代だというのに白髪で銀縁眼鏡をかけたフラネルは、村の発展のためにその優れた頭脳を全力で使った。そして、彼はこの村でよく出没するスライムに目を付けたのであった


「作り方は秘密の部分があるのですが……」


 フラネル教授は右京にそう教えてくれた。イヅモの町で行われたウェポンデュエルでスライムの革が一躍有名になり、革問屋『けだものや』の営業力で一気に注文が入って村が潤ったのは右京とフランのおかげである。また、初めて武器に使用されたガーディアンレディとその使用者のキル子は村にとっても恩人であるかもしれない。


 そういうこともあって、村では右京たちは大変歓迎された。一応、門外不出のスライムの革の製造法もある程度は教えてくれたのだ。


「まずはスライムを壺に入れます。衝撃緩和するだけならどのスライムでもよいのですが、一番効果が高いのはグリーンスライム。ここへ塩と苛性ソーダを入れます。そして一晩温めます。温度は人肌よりちょっと熱いくらい。ここへ数種類のハーブを入れます。詳しくは企業秘密です。翌日に秘密の調合薬を混ぜると本体と皮が分離します。それを水で一昼夜さらすと完成です」


「耐熱性や耐酸性のものは?」


「それは材料となるスライムの習性で決まります。レッドスライムは熱に強いので耐熱性。ブルースライムは寒さに強いので耐冷性。パープルスライムは耐酸性です」


「2種類の効果を持たせるにはどうしたらよいですか」

「それはすべての効果をもつスライムを捕まえるのが手っ取り早いですね」


「そんなスライムがいるんですか?」

「いますよ。レインボースライムっていうのです」


「レインボースライム?」


 フラネル教授は村に伝わる伝説を右京たちに伝える。満月の夜にスライムの森の中心のヌトヌト沼の中央の石にそのスライムは現れるというものだ。スライムの森に夜中に行くことは危険なので、それを確かめたものはいないのであるが。


「レインボースライムを捕まえれば、革にしてもらえますか?」

「もちろんです。右京さんはこの村の恩人ですから」


 満月の夜は今晩である。スライムの森は危険だが、乗り込むしかないだろう。




「グオオオオッ……」


 すさまじい咆哮がいくつも響く。ゲロ子と行商人ウィリのコンビは現れたモンスターの前に立ちはだかる。ゲロ子たちは村には寄らず、直接、スライムの森に足を踏み入れていた。目指すは森の中心ヌトヌト沼である。その途中で強力なモンスターの群れに出くわしたのだ。


 敵はオーガとキラーベアが2頭。かなりの強敵である。オーガは強靭な体から繰り出される怪力と攻撃性と残虐性を備えたモンスター。人を見れば食べようと襲いかかってくる。知性が低いので棍棒程度の原始的な武器しか持たないが、それでもその攻撃力は侮れない。加えてキラーベアはアラスカ生息のグリズリーである。素早い動きに強力な攻撃力をもち、魔法使いがいないパーティではかなり危険な相手だ。


 だが、ゲロ子を女神様だと信じきっているウィリは全くビビらない。まっすぐに立ち、右手を前に指し出して、このモンスターに語りかける。


「お前たち道を開けなさい。ゲロ子様がお通りになられる」


 その口調は既に神の預言者として威厳に満ちている。ちょっと前まで革の行商人をしていたとは思えない変わりようだ。ゲロ子とここまで旅をしてきて、自分は神に選ばれた人間と錯覚しているのだ。だが、目の前の敵はそんなウィリの言葉を理解できる敵ではない。なにしろ、オーガにしろ、熊にしろ、知性は全くないのだ。人間の言葉が分かるはずがない。あるのは目の前の生き物を殺して食べるという野生の本能のみ。よって襲いかかってくるのを止めない。


「ゲロ子様、このものたちに神の天罰をお下しください」


「仕方ないでゲロ……。ゲロ子神の奇跡を見るでゲロ」


 ゲロ子もノリノリである。お腹のポケットからパラライズニードルを取り出す。


「ゲロ子の奇跡を見るでゲロ」


 ゲロ子はクルクルと回転しながら、ウィリの肩から飛び降りると襲いかかって来るキラーベアとオーガ目掛けてダッシュする。そして襲いかかってくるそれらモンスターのかかとを一刺し。パラライズニードルはたった一刺しでよいのだ。素早い動きができて、体が小さいゲロ子ならではの攻撃法であろう。


 たちまち全身麻痺して地面に倒れるオーガとクマ二匹。ピクピクと痙攣している。但し、効果は5分程度なので麻痺させたらさっさと逃げ出す。


「さすがゲロ子様。神の奇跡は偉大なり」


 こんな調子でゲロ子たちはスライムの森へと入っていく。





 スライムの森と名付けられた森の中心には粘着質な泥で作られた沼があった。通称、ヌトヌト沼。粘り気のある土質が気持ち悪い。そんな沼の中央に平べったい石があり、そこにレインボースライムが現れるというのだ。だが、スライムの前にとんでもないものが現れた。それは頭が7つの蛇である。

 

 右京たちがその沼に着いたとき、人の気配を察してその巨大なモンスターが沼から現れた。体長20mはあるだろう7つの頭を持つ黒色の巨蛇である。


「あれは、ヒドラだ」


 キル子がそう告げる。長い冒険生活で噂に聞くことはあったが、実際に見るのは初めて出会った。右京の肩にいたヒルダがモンスター辞典上級版に記載されているヒドラの情報を検索する。


「ご主人様、ヒドラは6つの首があり、倒すには6つの首を全て切り落とし、その切り口を焼くしかありません。でないとまた生えてくるのです」


「厄介な敵だな。あれを倒さないとレインボースライムは出てこないじゃないか」


「右京、我々だけで倒すのは難しいぞ」

「右京様、危険です。諦めたほうがよいのでは……」


「右京さん、あれを倒すのは無理じゃと思うのじゃ」


 キル子もホーリーもネイもさすがに弱気だ。右京も思う。あんな巨大なモンスターをこのハーレムパーティで倒せるはずがないであろう。


「ううむ……」


 ヒドラはガーディアン型のモンスターだ。沼に近づきさえしなければ襲いかかってはこないだろう。だが、これを倒さねばレインボースライムの革は手に入らない。


「ご主人様。わたくしたちだけでできるところまでやりましょう。わたくしは全力を尽くします」


 イチかバチか戦ってみるしかあるまい。危ないとなったら撤退すればよいのだ。ヒルダの強力な魔法攻撃とキル子の直接打撃。ネイの弓による間接攻撃でできるだけヒットポイントを削って長期戦に持ち込めば勝機があるかもしれない。


「よし。戦ってみよう。ヒルダ、戦闘の指揮を取れ」


「はい、ご主人様。まずはホーリーさん。パーティ全員に『祝福』の魔法で防御力をアップさせてください」


「は、はい。愛の女神イルラーシャ。悪に立ち向かう我らに祝福を……」


 ホーリーが聖魔法『祝福』を唱える。これはパーティ全員に効果。薄い光の膜で全身を多い、衝撃ダメージ、熱ダメージ等を軽減することができる。


「キル子さんは近づいて敵の目を引きつけてください。ネイさんは弓で攻撃。わたくしの魔法が完成するまで時間を稼いでください」


「ヒルダ、俺は何をすればいい?」


 右京もショートソードを抜いた。女の子達が戦うのに自分が何もしないでは男としてどうかと思う。巨大なモンスターは怖いがここは勇気を振り絞ることにした。


「ご主人様は安全なところで待機してくださればよいです」

「いや、俺も何かしたいのだが……」


 ヒルダは毅然と右京に言う。顔はちょっと怒り気味である。


「ダメです、ご主人様。わたくしの言うことを聞いてくださいまし。ご主人様にケガがあってはいけません」


「は、はい……」


 使い魔にそう言われて引き下がる右京。戦闘に関しては無力だから仕方がない。


「イ・デ・アルバビータ・デハイル、大地の奥底に眠る荒ぶる神よ。今ここに巨大な炎となりて我が手に至れり」


 この詠唱を7回唱えるヒルダ。その間、キル子が前に飛び出し、時間を稼ぐ。詠唱をする間に炎の塊が一つ一つ生まれて、全部で7つになった。


「今、ここに神の鉄槌を下すべし、浄化の炎よ、来たれ。ファイアストーム!」


 ヒルダが右腕を前へ突き出すと凄まじい炎の渦が巻き起こり、ヒドラを包み込む。苦痛の咆哮をあげるヒドラ。だが、この強力な魔法攻撃でもヒドラには致命傷にならない。キル子が6つの首の攻撃をかわしつつ、1つの首をガーディアンレディで切り落とすのが精一杯である。ネイの矢はことごとくヒドラの固いウロコに弾き返される。


「ダメだ。首が再生していく!」


 やっとの思いでキル子が切り落とした首も再生能力でまた生えてくる。これでは倒せない。ヒドラも反撃する。六つの頭を振り回し、キル子に頭突きをする。不意を突かれてそれに弾き飛ばされるキル子。慌てて治療に向かうホーリー。


 さらに吸い込んだ息を一気に吹き出す。すさまじい風圧が右京とヒルダ、ネイを襲う。体が軽いネイは真っ先に飛んで大きな木に激突する。右京は体を反転させて背中でその風圧を受ける。ヒルダを右手で掴んで守った。そうしなかれば、ネイより体が軽いヒルダは飛ばされて強烈に叩きつけられて大怪我をしたであろう。

 

 だが、右京も無事では済まない。風圧は真空を生み、かまいたちとなって右京の背中を切り裂いた。右京がハードレザーの胸当てを装備していなかったら、それこそ背中に大怪我を負ってしまっただろう。さらに強烈な風圧で20mは飛ばされて右京は転がる。


「ご、ご主人様……大丈夫ですか」


 右京の懐でヒルダが右京を気遣う。右京が守ってくれたおかげでヒルダにはケガ一つない。


「ああ、ヒルダは大丈夫か」


「ご主人様。使い魔を守ってご自分が負傷なさるなど、そんなご主人様はいません」


「そうかなあ……。ヒルダにしろ、ゲロ子にしろ、可愛い使い魔にケガをして欲しくないというのが主人の気持ちじゃないかな」


「ご、ご主人様……もったいです。そんなお言葉をわたくしになど……」

「そんなことないよ。美しい君にケガがなくてよかった」


 そう言って右京は片目を閉じた。ヒルダの心に何かがズキュンと何かが突き刺さった。


真面目な奴をズキュンと落とすと…怖いことに…。

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