ガーディアンレディの快感
(な、何だ! この感触~っ)
霧子は剣を持った瞬間にゾクゾクっと背中に快感が走った。それは右手から入り全身を駆け巡る。まるでカミナリが落ちて感電したような感覚。これまで味わったことのない感覚なのだ。だが、それは霧子の体に染み渡っていく。
(うそ!)
右手に吸い付くようにフィットする剣は非常に軽く感じる。何も持っていないかのような感覚。一回振ったつもりなのに3連撃をかましていた。再び、ミノタウルスをひるませる。
(あ~ん。ダメだよ……。この攻撃~っ。体が勝手に動いちゃう~っ)
(それに何よ……このデザイン。か、かわいいいいいいっ~よ~)
ブリザード飛びうさぎの白い毛皮が貼られた鞘はモフモフで可愛いし、剣の柄部分は植物の蔦をモチーフにした優雅な彫刻が施されている。さらに金銀のメッキが施され、センスの良さとさりげないゴージャスさが上品なイメージを与える。実用的ではあるが、無骨なエルムンガルド製よりも女性が思わず(キュン)となるものを持っていた。
「ふっ。所詮は子供だまし。あんな装飾など無駄なものだ。あんな軽い剣では破壊力はないさ。ミノタウルスにダメージなぞ……」
アマデオがそうつぶやいた直後、霧子の連続攻撃が終わった。観客のどよめきが闘技場全体を支配する。
「こ、これは驚いた~っ。合計1571ダメージを叩き出した」
「ば、馬鹿な!」
アナウンサーの興奮が絶頂に達する。観客も大興奮で紙吹雪が舞う。唖然としてたたずむアマデオにゲロ子と右京が説明をする。
「確かに重さがない分、破壊力は落ちるでゲロ。でも、それを補うスピードでゲロ」
「そのスピードが彼女の高揚感と共にどんどん上がっていくよ。スピードが上がればぶつかった時の衝撃力も上がる」
「い、いくら攻撃力が上がったところで、あの盾の攻撃には耐えられまい。さらに言うなら、破壊力がある分、ダメージも……」
グアアアアン……。
アマデオが言ったとたんに、ミノタウルスの鉄の盾がバスタードソードの攻撃を阻む。先程と同じ光景が展開される。しびれて剣を落とす女戦士を誰もが想像した。
だが、霧子は剣を手放さない。それどころか、盾にガンガンと攻撃を加えてついには盾を真っ二つに割ってしまう。
「な、なぜだ! あの衝撃で剣が握れるわけがない」
「ふふん……。それができるんだよなあ」
鉄の盾をぶち壊した霧子は両手でもって強烈なトドメの攻撃を行う。その攻撃で幻影のミノタウルスのHPは0になった。霧子の勝ちである。そして、武器の優越も誰の目にも明らかであった。
「す、すごいです! 霧子選手の技量も然ることながら、剣の性能が素晴らしい。ちょっと、教えてください」
そう興奮してバニースタイルの女性アナウンサーが右京のところに来る。アマデオはしかめっ面で席を立った。
「畜生め! 霧子、てめえはクビだ。もう来なくていいからな!」
そう捨て台詞を右京と力が抜けてヘナヘナと座り込んだ霧子に浴びせると振り返りもせずに闘技場を後にした。
「あの伊勢崎屋さん。すごい武器ですね」
バニー姿のアナウンサーは微妙な空気を打ち消すように元気なアニメ声でそう右京に話かけた。
「ええ。まあ」
「攻撃力もすごいですが、疑問があります。あのミノタウルスの楯の衝撃をどうやって防いだのでしょう?」
「ああ、あれね。ゲロ子説明してやれよ」
「アイアイサー」
ゲロ子が敬礼してアナウンサーの差し出すマイクに得意げに話しだした。別にゲロ子の手柄でもないが、ここは店の広報担当に語らせた方がよいと右京は思ったのだ。
「スライムの革でゲロ」
「ス、スライムの革ですか?」
「そうでゲロ。プルプルヌトヌトのスライムでゲロ」
「スライムの革があるなんて初耳です」
「そうでゲロ。珍しいでゲロ。で、それを柄に巻いて衝撃を吸収させたでゲロ」
「そんなことができるんですか」
「見ての通りでゲロ」
何だか納得していないようだが、剣が衝撃を吸収して、使い手にダメージを与えなかった事実は大きい。あのフランの革専門店で手に入れたスライムの革のおかげだ。革と言っても透明ジェルのようなものであるが、それを1センチの厚さで均一に塗っただけで強力な衝撃吸収材になるのだ。これでフランの店もますます繁盛するだろう。
「それで、今回の結果を受けて、今ここでオークションをします」
右京がバニーさんからマイクを取り上げるとここが勝負とばかりに、観客に呼びかけた。大半の購入希望者がこのデュエルを見ているのだ。
「今回、伊勢崎ウェポンディーラーズが出品したバスタードソード。名前を……」
剣を地面に突き刺して恍惚とした表情で剣に持たれて女の子座りをしてヘタっている霧子の姿を見て、右京に名前のアイデアが浮かんだ。
「淑女の守護者。2500Gから行ってみよう!」
大きな声が闘技場に響く。
「2800」
「2900」
「3000」
「いや、3500で!」
「3580」
右京の予定よりも高い数字が飛び交う。観客も興奮状態である。あんな素晴らしい剣が手に入るならと霧子と同じ女戦士や女騎士が次々と金額を釣り上げる。
「4000……いや、4500でどうだああああ!」
シーンと会場が静かになった。新品ではない中古品の改造した剣にとんでもない値段がついたのだ。叫んだのは妙齢の女戦士。いきなり値段をあげたのはこれで決めるという思いが込められている。だが、この女戦士は競り落とすことは出来なかった。なぜなら、霧子が座ったまま、叫んだのだ。
「4800ううううううっ。この剣、あたしがもらうから!」
霧子はあまりの快感に腰が抜けた。剣の魅力にイっちゃったようである。意識が朦朧としていたが剣に寄りかかってなんとか立ち、もふもふの鞘に剣を収めた。
「4800、もうほかにはいませんか?」
シーンとなった。まだ争いたいと思った者もいたが、霧子がとことん争いそうな気配であったので諦めた。そうでなかったら霧子はこの倍の値段でも落とす気であった。それだけ、この剣に惚れてしまったのだ。
「では、ガーディアン・レディ。4800で霧子・ディートリッヒさんがお買い上げ」
「おおおおおっ……」
闘技場がどよめく。中古の剣が高値で売れるというこの世界であるまじき現象が目の前で起こったのだ。
「右京、ギルド銀行発行の小切手でいいか?」
「ああ。構わない。すぐさま換金できるからね。大金は現金でもらうと不安だからな」
霧子は右京の目の前で小切手にサインする。小切手は冒険者の中で一定の金額をギルド銀行に預けている者のみが手にできるものだ。これを銀行にもっていけば、右京の店の口座にお金が振込まれる。霧子はそれをスパッと切り取ると右京に手渡した。
「毎度有り~っ。キル子ちゃん、次回もよろしく」
「くっ……。うるさい。私は単純に軽い方がいいと思ったわけで……」
「そうかなあ? キル子」
「キ、キル子言うな。あたしは霧子・ディートリッヒだ。殺すぞ、オラ!」
「まあまあ。いいじゃないか。それにこの剣の魅力に体が反応してしまったんだろ?」
「な、何を言うか! そんなことない……」
「そうかなあ。正直に言わないと売らないぞ」
「そ、それは困る……」
「じゃあ、正直に言ってごらん」
右京は目が涙目になってトロンとしている霧子にそうたたみかける。霧子はそんな右京のドS発言に屈服して言わざるを得ない。
「ううう……。か、体が熱くて……その……霧子、この剣が欲しいの。癖になっちゃう」
おおおおお~
闘技場に押しかけた霧子ファンの親衛隊が真っ赤になって告白する霧子を見て悶絶死する。
「とんだビッチでゲロな」
ゲロ子がそう言ったとたんに霧子が指でゲロ子を弾き飛ばす。
「ビッチ言うな」
「じゃあ、エロ子でゲロ」
「エロ子言うな!」
霧子が叫ぶ。レザーアーマーに覆われた豊かな双丘がプルンプルンする。褐色な肌が健康的なエロさをアピールして闘技場いる男性の見物客は霧子に目がクギ付けである。
「ゲロ子、この方はお客様だよ。剣を高値で買ってくれた方だ」
右京はそう言ってゲロ子をたしなめる。地面に転がったゲロ子は、パンパンと着ぐるみの尻についた土埃を払い落とした。
「毎度有りです。キル子ちゃん」
「キ、キル子じゃない!」
霧子はそう右京に否定したが、心から拒否した風でもない。右京を見る表情がますます赤くなり、もじもじと体をくねらせた。
「せ、責任取ってもらうからな!」
「せ、責任?」
「だ、だってほら。あたしは武器ギルドの専属デモンストレーターだったんだ。お前の武器を選んだせいでクビになってしまった。だから、責任取ってもらうから」
「そんなのは勝手でゲロ」
「うるさい」
ブンブンと買ったばかりのガーディアンレディをゲロ子に向かって振り回すキル子。もうキル子が定着である。
「やれやれ……」
その様子を見ていた右京は両手を広げたが、今回の商売の成功が嬉しかった。キル子のおかげでかなりの大儲け。しかも、伊勢崎ウェポンディーラーズの宣伝にもなった。大成功と言っていいだろう。
今回の収支
支出 剣の買い取り 800G
修復 300G
研ぎ 100G
柄の装飾一式 200G
鞘(中古 木製)50G
ユニコーンの革20G
ブリザード飛びうさぎの毛皮 8G
スライムの革 2G
計1480G(日本円にして74万円)
売値 4800G(日本円にして240万円)
差し引き 3320Gの大儲け。(166万円)
「毎度ありい」
「儲かったでゲロ」
第1話完結 儲かってよかったw
明日からぼちぼち更新します。
第2話 努力のメイス(ホーリーメイス)