スライム革の名産地へ
勇者オーリスたちが去ってから、早速、右京は動き出した。まずは材料の調達だ。ベースとなる『スクトゥム』は武器ギルドへ照会すれば、手に入る。この世界の兵士が戦用に標準装備するものだから、廃棄品がギルドに集まるはずだ。元の盾はただ同然で手に入る。問題はそれを加工する革だろう。
「革と言ったら『けだものや』だな。ヒルダ、フランに会いに行くぞ。付いてこい」
「はい。ご主人様……」
ヒルダは少し躊躇した。右京が来いと指差したのは右肩だったからだ。だが、再度、右京に促されるとちょっとだけゲロ子の方を見て、そして飛び乗った。ヒルダは右京の右肩に座る。そこはゲロ子の定位置だった場所である。右京は扉に向かって歩き出した。
「ゲロ子、俺が戻ってくる前にギルドへ行って使えそうなものをピックアップしておいてくれ。なるべくデカい盾を4枚。もちろん、廃棄品をただ同然でもらってくること」
「……」
「ゲロ子、聞いているか?」
「ゲロゲロ……分かったでゲロ……」
(主様にはもうゲロ子は、必要ないでゲロな……)
ゲロ子は右京の右肩に座るヒルダを見てそうしょげかえった。カランと右京はドアを開ける。思い出したように振り返って右京はゲロ子に言った。
「ゲロ子、帰りにお前の好きなチョコバー買ってきてやるからな。ちゃんと仕事しておけよ」
だが、ゲロ子はもういなかった。ゲロ子にしては動きが早い。ゲロ子がさっきまでいたテーブルを眺めた。
「何だ。もう仕事に取り掛かったのか。ゲロ子もヒルダが来てやっと尻に火が付いたか」
ヒルダと切磋琢磨してくれることで、ゲロ子が使える相棒になってくれれば申し分がない。ヒルダが来て職場の活性化が進んでよくなったと言える。やはり、競争原理がないとうまく行かないものだ。
革を専門的に扱う『けだものや』は市場の中にある。昔からある老舗の問屋で、今は赤毛の若い娘が店を取り仕切っている。本当の社長のオヤジが珍しい革を手に入れるために旅立ったそうだが、未だに帰って来てない。
「ごめんください。フランはいますか?」
「ああ、これは右京さん、いっらしゃい。あれ? 今日はいつものカエル妖精じゃなくてバルキリーっすか?」
「新しく仲間に加わる予定のブリュンヒュルデだ。ヒルダと呼んでやってくれ」
「初めてお目にかかります。ヒルダです」
「おや、今度は丁寧な使い魔っすね。それで右京さん、何の用ですか」
「実は……」
右京は勇者オーリスから注文を受けた経緯をフランに話した。それを大げさな動作で相槌をうって聞いているフラン。アホ毛が一本飛び出してゆらゆらしている。
「う~ん。強酸性と耐熱性がある革っすか?」
革問屋『けだもや』の実質的オーナーのフランは、この世界の革については専門家だったが右京の話に首をかしげた。確かに酸に強い革があるにはある。だが、強酸性と耐熱の両方を兼ね備えているとなると別である。右京の話によれば、かかっただけで鋼に穴をあけるほどの酸だ。
「耐熱性ならファイアリザードの革とか、ベヒモスの革が最高っす。もっとも強いのはファイアドラゴンの革っすがこれは滅多に手に入らないっす。次に酸に強いとなるとジャイアントスネークとサンドワームの革はいいけど、両方を兼ね備えとなると……」
「ないのか?」
ちょっとがっかりして右京は答えた。革が使えないとなると他の方法を考えるしかない。だが、フランは一本飛び出た赤いアホ毛をぴょこんと動かした。
「右京さん、ないなんて言ってないっすよ」
「じゃあ、あるのか?」
「ないことはないっす。右京さんはこの革は知ってるっすよね?」
そう言うとフランは壺を店の奥から持ってきた。その壺は見たことがあるというか、右京が気に入って武器や防具の補修パワーアップに使っている材料だ。
「スライムの革だよな」
「そうっす」
「だが、スライムの革は耐衝撃の効果だけじゃないのか?」
「そう思うっすよね? でも、これ見てくださいよ」
そう言ってフランは別の壺を見せた。中には赤いゼリー状のものが入っている。いつもの衝撃を吸収するものは透明なので違うものだ。
「ヒートスライムの革っす。新製品だといって最近、入荷したっす」
「で、効果は?」
「これは耐熱性に特化したものっす。熱攻撃のダメージを50%無効化するらしいっす。今、うちで効果の検証中ですがね」
「それはすごいが、耐酸性がないとな」
「だから、新製品って言ってるっす。この革を作っている村ヴィバテルが北方にあるっすが、他にも耐冷性の革や耐酸性の革を作るって話っす」
「ご主人様、そこへ行けばご主人様が求めるものがあるかもしれませんよね」
さっきまでじっと右京の右肩で聞いていたヒルダがそう話した。
「ああ。直接言って取引しよう。フラン、その村の詳しい場所を教えてくれないか」
「いいっすよ。その代り、新製品の効果を教えてくださいね。使えそうなら、うちの店で取り扱いたいっす」
ヴィバテル村はイヅモの町から歩いて3日ほどかかる場所にあった。途中まで定期馬車に乗っていけば、2日に短縮できる。街道沿いは比較的安全だが、村へつながる支道はモンスターや盗賊が出没するかもしれない。今回の任務は右京自らが行かなくては始まらないだろう。
「ご主人様。冒険者ギルドに依頼を出して護衛を依頼するか、自分で冒険者を集めるかですが。いずれにしてもかなり高額な出費が予想されますよ」
「う~ん。売り先が勇者だから金に糸目はつけないはずだが、あの値切り勇者様だからな。少しでも安い方がいいだろう」
「わたくしが魔法使いの役割を担いますが、あと前で戦える戦士と治癒を担当する神官が欲しいですね」
「……心当たりあるのが何ともいえないのだが」
戦士といえば『キル子』、神官といえば『ホーリー』だろう。2人とも右京が頼めば二つ返事で引き受けてくれるはずだ。幸い、キル子は冒険から帰還して町に滞在しており、毎日、朝食時に顔を出している。キル子の滞在しているホテルに行けば、直ぐに会えるであろう。それでも2人にお願いをして冒険の準備をするのに1日はかかる。出発は明後日だなと右京は思った。




