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勇者からの注文

「ご主人様、本日の予定は午前中にカイル様との打ち合わせ、2人の買い取り依頼のご予約が入っています。査定をお願いします。お昼は霧子様とご会食をフェアリー亭で。席の予約は既にしてあります。午後は武器ギルドの会合があります。査定依頼があれば、ご主人様に代わってわたくしの方で行えますが」


「1000Gまでならヒルダに任せる」

「承知しました」


 バルキリーのヒルダが店に来て3日。今や右京の秘書としてスケジュール管理をし、経理担当として在庫や資金の確認はもちろん、丁寧な接客でやってくるお客にも好評であった。鑑定もできるので、彼女の意見を元に右京も査定の判断をするのが楽になった。


「ゲロゲロ……」


 ゲロ子が窓のさんを指でそっとなぞる。ほんの少しだけ埃が指についた。


「ヒルダ、掃除が甘いでゲロ。やり直しでゲロ」

「はい、すみませんでした。先輩」


 ヒルダが慌てて雑巾でさっと拭く。そこ以外はピカピカに磨きあげられていた。ゲロ子は耳をほじほじして、ふっと吹く。


「これだから新人はだめでゲロ。一体、どんな躾をしてきたのか親の顔が見たいでゲロ」


 バシッっと右京はゲロ子を指で弾く。コロコロと転がるゲロ子。


「おい、ゲロ子。意地の悪い後輩いじめはやめろ」

「痛いでゲロ、いじめでないでゲロ。これは教育でゲロ」


「いや、お前のやっていることは昔の姑が嫁をいびるのと同じだぞ」


 朝はヒルダが作ったおいしいスープに味が薄いと難癖をつけ、お客がドアを開けた時に『いらしゃいませ」の挨拶が0.1秒遅いとこれまた言いがかりをつける。全く、いじわるである。それに比べてヒルダはゲロ子の難癖を嫌な顔一つせず、笑顔ですぐ対応すると共にゲロ子以上の働きぶりである。ゲロ子と比べられないほどの優秀さである。


 実際、ヒルダはゲロ子のもつ能力よりスペックが上だ。例えば、ゲロ子のもつ特殊能力『一般辞書』。ヒルダはそれに加えて『専門辞書』機能がある。ゲロ子がこの世界の一般人が知っている常識や容易に手に入る情報しか検索できないのに対し、ヒルダは専門家しか知らない情報も検索できる。


 さらにモノの値段が分かる『価格コム』もゲロ子は大体の値段しか提示できないが、ヒルダは国の主要都市の取引情報から価格の違いまで分かる。行ったことのあるギルドへ行けるゲロ子の『告知』もヒルダは国の主要都市すべてにアクセスできる。近隣の町しかいけないゲロ子よりも行動範囲が広い。正直、ゲロ子がいなくても店の営業には差し支えないのだ。


「ダメですよ、右京さま。ゲロ子ちゃんもちゃんと構ってあげないと」


 ホーリーが右京に忠告をする。ここ2,3日のゲロ子の様子を見ての忠告だ。


「わたしにも経験があります。教会には小さい子供がいるでしょ。ある子ばかり可愛がると他の子どもが嫉妬するんです」


「そんなもんかなあ」


「そうですよ。今までお母さんに甘えていたお兄ちゃんが、妹が生まれてお母さんが妹の世話に忙しくなると急に赤ちゃん返りしたり、わざといたずらしたりするのと同じですよ」


 さすがホーリー。まだ17歳なのに子育てのベテランだ。何しろ、教会には孤児がたくさんいて、ホーリーは小さい頃からその子たちの世話をしてきたからだ。


「俺は子供がないないからわからない。だけど、ゲロ子は子どもじゃないけどね」


 ゲロ子は相棒だが、優秀な後輩が入ってきて焦っていることは間違いない。それで後輩にいじわるするのはどうかと思うが、ゲロ子なりに右京のことを考えているということなら、ただ単に叱るというのもよくないだろう。


 部屋の隅でいじけているように見えるゲロ子に右京は近づくと肩をトンと叩いた。


「ゲロ子、気落ちするな。お前にはお前のよさが……」

「何でゲロか?」

「おい、ゲロ子」

「なんでゲロ」


「なぜ、おまえのほおにクリームが付いている。それに手に持っているのは何だ?」


「ああ、これでゲロか?」


 ゲロ子のほっぺたには、黄色いカスタードクリームが付いているし、手に持っているのは食べかけのお菓子である。


「最近、町で評判のシュークリームでゲロ。うまいでゲロ」


「ゲロ子……お前ってやつは!」


 ワンパターン。右京の期待の180度にいつもゲロ子はいる。説教をしようと右京がゲロ子を正座させるとカランとドアが開いた。入ってきたのは前に「ワンハンドレッドキル」を高価な値段で買ってくれた勇者オーリスである。


「あ、あの値切りの勇者でゲロ」

「ゲロ子、勇者様に失礼なこと言うなよ!」


「やあ、久しぶり。ずいぶん、繁盛してるじゃないか」


 そう言って勇者オーリスは手を挙げて店の中に入ってきた。すぐ、ヒルダが店の一角にもうけた応接ソファに勇者御一行3人を案内する。座ると同時にホーリーがお茶を出す。


「ずいぶんサービスがよくなったわね」


 女魔法使いジャスミンも店の中をキョロキョロと見回している。店の主人右京とカエル妖精はそのままだが、店の雰囲気は明るく、ホーリーが活けた花で華やかな印象である。


「それで勇者様は、どんな御用で」


 右京はそうオーリスに尋ねた。何か武器の買取りを依頼しに来たのかなと思ったが、そんな様子でもない。それよりも装備の傷みの激しさに目が行った。女魔法使いのローブはところどころ破けて、セクシーな太ももが露わであったし、戦士グラムのごつい鋼鉄製の鎧と盾は溶けた跡がいくつもあり、勇者オーリスの魔法の鎧も同様であった。これは尋常でない事態だ。


「実は……」


 オーリスは例の地下道のモンスターの話をした。『プラント119』の特徴と攻撃パターン。攻撃エリアと攻撃の威力を事細かに伝える。


「我々はそれを『アシッドウォール』と名付けた。厄介なトラップだよ」

「なるほど……。高温の酸の樹液ですか。厄介ですね」


 右京はそう腕を組んで考える。オーリスの依頼はその攻撃をかわすことができる防具である。


「その樹液に耐えられる大きな盾があれば、俺がそれを前面に出して近づき、隙を見てオーリスが攻撃する。モンスターの本体はそんなに強くないので、近づくことさえできれば倒すのは簡単だ」


 戦士のグラムはそう作戦を述べる。アシッドウォールさえ無効化できれば、あんな植物モンスターなど勇者パーティの敵ではない。


「どうだ。敵の攻撃に耐えられる盾は入手できないか?」


 オーリスはそう注文した。値段の提示はないが彼のことだ。できるだけリーズナブルな方が良いに決まっている。


「盾ですか……」


 右京は考えた。盾は人類が最初に手にした防具だと言われる。道具として武器を持った人類が同時に自分の身を守るために使ったはずで、攻撃方法の多様化で盾も様々なタイプのものができた。まず、オーソドックスな盾はラウンドシールド。厚さ3センチの円形に切り抜いた木を重ね、中央にオーブと言われる金属製の円形具がつけられており、裏側は空洞で盾を握る拳が収まるように工夫されている。


 表面は革や金属で補強されているものが多い。丸い形状なのは持って歩くときに邪魔にならないためであり、また、略奪したものを裏返して乗せて運ぶのに適していた。


 この世界の冒険者が使用する盾は『バックラー』と呼ばれる小型の盾である。これは『ラウンドシールド』の小型版で直径は30センチほど。重さも200gから500g程度で扱いやすく、敵の攻撃を受け止めながらこちらの攻撃を繰り出すということもできる盾である。


 しかし、今回の依頼はそのどれにも当てはまらない。体全体をすっぽりと覆う必要があり、古代ローマ帝国の兵士が使った『スクトゥム』と言われる長方形の大型の盾となる。これは木製で大きさは1m~1.2mの長さ。幅は60~80cmと体をすっぽりと収めることも可能。表面は革皮張りで中央に金属製の盾心が取り付けられており、数人が密集すれば、全面を盾で覆って進むことも可能となるのだ。


(スクトゥムを改造すれば、要求にかなったものを納品できそうだ)


 だが、ただのスクトゥムではだめだ。右京はいつもの如く、ゲロ子に聞く。


「ゲロ子、強酸に耐えられる盾なんてあるのか?」

「さあでゲロ」


 即答である。そもそも、勇者オーリスでさえ知らないことをゲロ子が知っている方がおかしい。だが、ゲロ子より優秀なヒルダはよいアイデアを持っていた。彼女の知識はゲロ子をはるかに凌駕するのである。


「ご主人様、革の中には酸性に強いものがあると聞いたことがあります。スクトゥムの表面は革製ですので、耐酸性の革加工をしてはどうでしょうか」


「なるほど。さすが、ヒルダ、ゲロ子の数倍、役に立つな」


(ガーン……。ゲロゲロ)


「ありがとうございます」


 落ち込むゲロ子とほほ笑むヒルダ。右京はヒルダの意見を聞いて、この仕事を引き受けること了承する。納期は1か月。改造できる盾を買い取って強酸性の攻撃に耐えられる盾にリニューアルするのである。


「それでは頼む。あと、装備の修理を鍛冶屋にお願いしたい」


 オーリスたちは溶かされた自分たちの装備の修理をカイルに依頼し、装備が出来上がるまでこの町に滞在することにしたのだった。


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