ゲロ子とブリュンヒュルデ
ゲロ子の元に強力な後輩がやって来る!
ホーリーがいつものようにトポトポとおいしいお茶を入れて、右京とクロアに差し出す。それを飲みながら、右京はクロアがやってきた理由を聞いた。昼は基本活動しないクロアがやってくるのは、相当な理由があるはずだ。
「ところで、クロアは何しに来たんだよ」
「これよ、これ」
クロアは小さな琥珀の卵を懐から取り出した。右京はそれを見たことがある。ゲロ子を生み出した『妖精の卵』である。だが、クレアが差し出したそれはゲロ子の時とは違い、透き通るような美しい虹色の卵であった。明らかに超レアアイテムの匂いがプンプンする。
「それ知ってるぞ。妖精の卵だろ」
「ううん。ちょっと違うよ」
そう言ってクロアは卵を上にかざす。光を浴びてキラキラと輝く卵。それを右京の鼻先に突きつけて片目を閉じた。
「これは天使の卵だよ」
「て、天使?」
「そう。レア中のレアアイテムよ。今朝、ダンジョン帰りの冒険者が売りに来たので買ったんだよ。それで、ダーリンの店が忙しいと聞いていたから、役に立つだろうと思ってね」
天使の卵。妖精を凌駕するプチ天使が封じられた卵だ。中に封印されている天使は聖属性の生物が封印されている。プチ天使だったり、聖獣だったりするのだ。超レアなものなので、出てくるものは妖精をしのぐ能力を持っている。
「へえ~」
右京は感心して卵を見る。琥珀の透明なその卵の中には美しい白銀の鎧に身を包んだ戦乙女が封印されている。金髪の長い髪が兜から流れ出している。背中には真っ白な翼がある。
「バルキリーだよ。知識も武器関係の知識は豊富。しかも、そこのカエルにはない戦闘能力もあるよ。ダーリンにはもったいない使い魔だね」
聖属性のバルキリーを『使い魔』と呼ぶべきかどうかはわからないが、かなり役に立つようだ。右京は興味をもった。何しろ、ここ最近の忙しさを何とかしたいという思いがあったからだ。
「クロア、これを俺に?」
「うん。そうだよ。きっと商売に役に立つよ」
右京はホーリーから湯の入ったカップを受け取ると、天使の卵を浸す。妖精の卵と同じように人肌の温度で覚醒するらしい。
「ふんでゲロ。どうせ、そんな奴はゲロ子の足元にも及ばないでゲロ」
ゲロ子はちょっとすねているようだ。そっぽを向いているが、卵が溶けていく様子をチラチラと見ている。気にしてない素振りをしても気になるのであろう。全くメンドくさい奴である。
人肌のお湯に浸すこと3分。やがて卵の殻が溶けた。パチッと目を開ける身長15センチの美少女。カップから飛び出ると空中で一回転し、テーブルの上で右京に片膝をついて頭を垂れた。
「ああ。なんて素敵なお方でしょう。このわたくしがお仕えするご主人様は。お初におめにかかります」
丁寧な口調と礼儀正しい姿。ため息ついて出てきたゲロ子とは違い、最初から好印象である。必然的に右京も出てきたバルキリーに丁寧な口調で接する。
「ああ、こちらこそ、はじめまして」
「クスクス……。ご主人様はとても真面目な方ですね。それではご主人様。どうか、このわたくし、バルキリーの戦乙女に名前をつけてくださいまし」
「な、名前ねえ……」
右京は目の前で平伏する美しい使い魔を見る。背中の白い羽は美しく輝き、金髪に青い目、スレンダーな体つきは北欧の10代少女を思い起こさせる。全体から醸し出す高貴なオーラが神々しくもある。右京は思案したが、この使い魔にぴったりの名前を思いついた。
「うん、そうだ。君はブリュンヒュルデ。ブリュンヒュルデにしよう」
ブリュンヒュルデというのは、北欧神話に出てくるワルキューレの名前だ。この美しい使い魔にふさわしい名前だろう。
「さすがはご主人様。センスのよいお名前をお付け下さいました。それでは、ご主人様はわたくしをブリュンヒュルデの愛称『ヒルダ』とお呼びくださいませ」
「ああ」
あまりにも完璧な従者のあるべき姿を見て、右京はそっとゲロ子を見た。ゲロ子の奴、地面に両手をついている。落ち込んでいるゲロ子。
「どうしたゲロ子?」
「主様は、新入りを贔屓するでゲロ」
「どうして?」
「ゲロ子は適当にゲロ子。そいつはブリュンヒュルデでゲロ? この差はなんでゲロ!」
この差はおそらく、性格とか容姿なのだろうが、それを言うのはさすがにゲロ子が可哀そうだ。それに落ち込んでいるゲロ子の姿は、妙に可愛いのだ。体操座りをしてプンと向こうを向いている。さすがに右京もゲロ子に悪いと思った。こんな奴でもこれまで自分のことを助けてくれた相棒である。
「ゲロ子、気を落とすな」
ポンと右京はゲロ子の肩を叩いた。ゲロ子が振り返る。もぐもぐと大きなドーナッツをほおばっている。
「おい、ゲロ子。それは何だ?」
「これでゲロか? これは今、町で有名なドックンドーナッツでゲロ!」
「ばかやろう!」
ちょっとでも同情した自分が馬鹿に思えた。さらにゲロ子の奴、ドーナッツをもぐもぐしながらヒルダのところへ行って、ポンポンと彼女の肩を叩く。指紋一つない白銀の鎧にドーナッツの油の指紋がベタベタ付く。それを笑顔でハンカチを取り出し、キュキュと拭きながら対応するヒルダ。
「先輩のゲロ子でゲロ。ゲロ子のことは先輩と呼ぶでゲロ」
「はい、先輩」
「この仕事は超厳しいでゲロ。分からないことはゲロ子に聞けばいいけど、くれぐれもゲロ子の足手まといにはならないようにするでゲロ」
「はい。十分、肝に命じます」
「ゲロゲロ……よろしいでゲロ」
なんだか偉そうな態度のゲロ子。先輩風を吹かせている。だが、どう見比べてもヒルダの方が優秀だと思えるのだが。
「じゃあ、ダーリン。しばらく、ヒルダちゃんを使ってみて。今は仮採用ということで本当にヒルダを傍に置くかはしばらく様子を見た後に判断してみてね」
クロアの提案に右京は疑問に思った。妖精の卵は生まれたときに初めて見た人間に一生仕えるという決まりだった。天使の場合は違うのだろうか。そこで右京はクロアに尋ねた。
「妖精の卵と一緒で、最初に契約した者に一生仕えるのではないのか?」
「それは妖精の場合。天使の卵は1カ月の仮採用があって、その後、本契約となるのよ。能力が絶大だから、選ぶ方も選ばれる方も慎重にするということよ」
「ふーん」
そんなものかと右京は思った。いずれにしても人手が足りない今はありがたい戦力である。そしてその期待にヒルダは十分応えることになる。
ゲロ子、ドーナッツ食ってる場合じゃないぞ~っ。




