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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第6話 革新のスピア(ロケッツ オブ ジャベリン)
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伝統と革新の融合

本日、第5話完結です。

わあああああああっ……。


 会場から大歓声が聞こえる。勝負が終わったのだ。だが、観客はどちらが勝ったのか判別がつかなかった。確かに劇的なフィニッシュを飾ったのは霧子・ディートリッヒ。だが、その前にトドメを刺したようにも見えた。瑠子・クラリーネの勝ちとも言える。


「これはどうなるのでしょうか? トドメを刺したのは霧子選手のように見えました。ですが、まずはモンスターに与えた総ダメージでポイントが入ります。得点出ますか?」


 アナウンサーのようにうさぎのお姉さんが、スタッフに確認を取る。手を上げたスタッフを見て叫ぶ。


「それでは、総ダメージが公表されます!」


大きな看板が掲げられ、特典が公開される。


 霧子・ディートリッヒ&伊勢崎ウェポンディーラーズ 2358ポイント


 瑠子・クラリーネ&バッジョグループ 2642ポイント


「おおおっと! これは瑠子選手の勝ちです。モンスターへのダメージポイントは瑠子さんに軍配が降りました。まずは1ポイント先取」


「1ポイント取られたでゲロ」

「ゲロ子、あれは予定通りだ。勝負はここからだ」


 右京は落ち着いている。最後の攻撃で追い上げたものの、途中で攻撃が寸断されてことが響いた。だが、それは重要ではない。審判のポイントを3つ取ればよいのだ。


「会長、やりましたよ。1ポイント先取した」


「……」

「会長? どうしました?」


「アマデオ、エド君。我々は少し考え違いをしたのかもしれない……」

「どういうこと……?」


 息子の疑問には答えず、ディエゴは厳しい表情で会場を見つめる。3人の審判がそれぞれ判断を下す瞬間だ。3人は旗を持ち、それを掲げる。赤が上がればキル子の勝利。青が上がれば瑠子の勝利だ。


「それでは判定をお願いします」


 うさぎのお姉さんにうながされて、3人の審判は旗を上げた。


「赤」「赤」「赤」


 うおおおおおおおおおっ……。


 すさまじい大歓声が会場を押し包む。この結果は、多くの観客には予想外の結果であったからだ。戦いの後半は瑠子の方が押していたように思えたからだ。


「そんな馬鹿な。少なくとも引き分けだと思っていたのに!」


 アマデオは地面で足を何度も踏んで悔しさを表す。モンスターへのダメージ量で1ポイント奪ったから、3人いる審判のうち、1人でもポイントを入れてくれれば同点だったのだ。まさか、3人とも赤を上げるとは。父のディエゴとエドは予想していたのか、何もコメントしない。


「会場のみなさんに判定結果の説明を行おう」


 そう審判長のギルがそう声高く告げた。会場はシーンと静寂に包まれる。


「瑠子選手が使用したレボリューションスピアは、まさに武器革命とも言える性能を持っていたことは、この会場でご覧になった方々には異存がないだろう」


 会場の観客も思わず頷く。鎧竜の固いウロコを斬り刻み、突き刺す基本性能は文句がない。さらに使用することで後退する斬れ味も再生コーティングにより、新品同様に戻る。鉄製の頑丈な柄は回すことで防御にもなり、そして奥手として2段階に伸びる仕掛けは、敵の心臓を確実に突き刺す必殺技であった。革新的な技術と言っていい。


「だが、あの槍が瑠子選手の能力を全て引き出したかというと、そうではないと我々は判断した結果だ」


 ギルは続ける。最後の場面。瑠子がボタンを押して槍が伸びる場面。瑠子は元々騎士であり、徒歩ではレイピアを主武器とする。主な攻撃方法は突き刺す。同じ突き刺す系の武器として槍も得意だが、小柄な体なのでパワーがない。


 もっぱら、馬に乗って突撃する際に使用する武器なのだ。今回は馬を使わないので、強力な突進力の代わりにバネを使った細工による攻撃ができるようにしたのだ。だが、ここに弱点が生じた。


「まずは柄の強度だ。レボリューションスピアは鉄製の頑丈な素材で丈夫だが重い。それは瑠子選手のスピードを奪った。そして、柄は2段階に伸びたが伸びることによって、柄の強度が失われた。3重構造の時はよかったが、2段階伸びて一重になった瞬間に最弱となった」

 

 それでトドメを差す予定だったから、そこまでエドは考えなかったのであろう。だが、予想外にも穂先は僅かに心臓に届かず、鎧竜は暴れて振り回された。もし、これがリアルバトルなら、おそらく槍は折れていたことは間違いない。


「さらに、補足するなら再生コーティング」


 フランソワ伯爵がギル老師の後に続ける。再生コーティングは1分間の間を置けば、自然に修復するという素晴らしい技術。エドによれば普通の使い方をすれば、1ヶ月は性能を保てるレベルであった。


 だが、鎧竜のウロコはとんでもない硬さであった。それに連続でダメージを与える過酷な使用状況は、想定以上にコーティングの寿命を縮めた。また、瑠子の爆撃攻撃も刃先に与えるダメージが大きかった。その結果、僅かに心臓にまで刃先が達せず、トドメをさせなかったのだ。


「それに比べて、ロケッツ・オブ・ジャベリンの方はどうか」


 ギルは鎧竜が消えて地面に突き刺さったままのジャベリンを抜いた。そして、穂先を観察して大きく頷いた。


「やはりな……。思ったとおりだ。あれだけの攻撃を加えても穂先のダメージは皆無」



「そ、そんな馬鹿な! そんなことがありえるわけが……」


 そこまで聞き入っていたエドが立ち上がって叫んだ。負けたことは審判の説明で既に受け入れている。だが、ダメージが全くないのは信じられない。


「エド。この穂先はエルムンガルド製だ。しかも、昔に鍛えられた一品」

「ば、馬鹿な……。そんな馬鹿な……」


 エドはその場でひざをついた。叔父と激論をかわし、製品の作り方で対立した。もちろん、昔のやり方を全部否定するわけではない。良さを残しつつ、革新的であるべきだと考えて今回の槍を制作したのだ。ギルは続ける。


「鋼を叩き、熟練の職人が鍛え上げた魂の一品だ。作るのにおそらく何ヶ月もかかったであろう。手間をかけたものだ。溶かした鉄で型どった大量生産のものとは性能の差があるのだ。だが、ロケッツ・オブ・ジャベリンの魅力はそれだけではない」


 よく斬れる穂先。それを生かすニードルローパーの毒針を流用した軽くて丈夫な柄。それによって、キル子の技を最大限に引き出した。キル子はその正確な攻撃でウロコとウロコの境目を狙って突き刺していたのだ。


「うおおおおっ……霧子ちゃんスゲエ!」

「あの連続攻撃で狙っていたんかい!」

「ありえねええ……」


 会場が感動で包まれる。キル子の神業も槍の性能があってこそである。そして最後のトドメの投擲。30mという遠距離から正確に頭上から突き刺すことができたのも、真っ直ぐブレなく飛ぶ槍があってこそである。深く突き刺さらないように装備してあったストッパーの部分がワンタッチで外れ、敵に深く突き刺さるように工夫してあったこともよく考えられていた。


「負けた……。武器の性能は武器にとどまらず、使用者の能力を引き出してこそ。革新とは伝統を受け継いだ土台の上にあるべきだった」


 エドはうなだれた。ディエゴはそんなエドの肩を叩く。


「確かに右京君の方が使用者に寄り添っていた。だが、君のアイデアがダメというわけでもなかろう。人によっては十分役立つ技術だよ」


 ディエゴの慰めもあながち間違ってはいない。再生コーティングはあれば便利な技術であるし、伸びる槍も仕掛けとしては面白い。パワーのない人間にはありがたい仕掛けであろう。


「奇しくもエルムンガルド製の伝統VS革新の戦いであった。伝統が勝利したかもしれないが、革新の良さも我々は見せてもらった。どうでしょう、ギル老師」


 そうカルロ市長はギル老師に話を振った。この戦いのまとめを審判長である老師に託したのだ。ギルは頷き、そしてエドに語りかけた。


「エド。エルムンガルドは伝統をこれからも守っていく。少量生産だが使い手の技量を引き出す最高の武器を作り続ける。だが、お前の言う革新も否定はせぬ。今日この場で、観客に強力にアピールしたことは間違いない」


「伯父貴……」


「そうでしょう。これはこれで新しいブランドを立ち上げるということでは。エルムンガルド・ブルーレーベルという名で生産しては。我がギルドがそのブランド展開、お手伝いさせていただきますよ」


 そうディエゴがエドとギル老師の手を取った。両者が頷く。古き伝統と新しき革新が手を結んでエルムンガルドの発展に寄与していくのだ。ブルーレーベルはディエゴの手でエルムンガルドの廉価版ブランドとして発展していくことになる。


「主様、こちらが勝ったのに何だか美味しいところを持って行かれたみたいでゲロ」


「言うなゲロ子。こちらも勝って美味しい思いができる」


 右京は勝ったことの報酬の大きさを考えると、この展開でも全然構わなかった。何しろ、伊勢崎ウェポンディーラーズの名はこれで知らぬものはいなくなるだろう。そして、ディエゴが約束した武器ギルドへの加盟。これは商売上、非常に都合がよいのだ。


 ディエゴは男らしく負けを認めて右京と握手をした。加盟も約束してくれたのだ。もしかしたら、ディエゴは最初からこの結果を予想していたのかもしれない。勝っても負けても結果的にディエゴの方も大きな宣伝効果を得たのだ。これは悪くない結果である。


 ついでに今日使ったロケッツ・オブ・ジャベリンは間違いなく4000G以上で売れる。実際に試合後のオークションでは4000Gの価格設定を大幅に超えて9800Gで売却することができた。今夜の戦いのエピソードが加わったおかげであろう。



「はあはあ……。今回も負けたよ、霧子ちゃん」


 そう言って座っているキル子に息を切らしながらも瑠子が近づいてきた。手を差し伸べて霧子を起こそうとする。


「瑠子……」


 キル子はこれまで敵視され、色々と言いがかりをつけられていた瑠子と和解できたと思った。これからはいい友達になれるであろう。そう思って右手を出す。それを握る瑠子。


 だが、体を起こした途端に瑠子が手を離したから、キル子は大きなお尻を地面に打ち付けてしまう。


「いた~い」


「ふん。相変わらず安産タイプのデカい尻しやがって。瑠子が仲直りするもんですか! 瑠子は今までの恨み忘れてはいないですからね」


「恨みって、瑠子、お前の恨みって……」


 瑠子のキル子への恨み。今も『霧子の七つの大罪』と名づけて事あるごとに披露するのだ。


(1)5歳の時、瑠子の持っていたお菓子をキル子が食べてしまったこと。

(2)7歳の時、学校の運動会のかけっこでキル子に負けたこと。

(3)9歳の時、テストの点でわずか1点キル子に負けたこと。

(4)10歳の時、クラス委員長に立候補したけどキル子が選ばれたこと

(5)11歳の時、限定アクセサリーの最後の一個をキル子に買われたこと

(6)12歳の時、瑠子が好きだった男子がキル子に告白したこと。

(7)その時、キル子が瞬殺でその男の子を振ったこと。


 本当に言いがかりである。これだけのことで、今まで事あるごとに対決を挑んで来られたのだ。全て返り討ちにしている。今回も同様な結果であったが、瑠子の爆擊は止まらない。


「霧子ちゃん、あんたの店のオーナー、よく見ると格好いいじゃない」

「な、る、瑠子、右京にだけは手を出すなよ」


「あらあ……、あの男に霧子ちゃん、もしかしてラブ?」

「バ、バカ言え。あんな鈍感な奴……」


「ああ、じゃあ、瑠子が頂いちゃおうかなあ……」

「ダメだ、それでなくてもややこしいのだ。絶対ダメだ」


「瑠子、霧子ちゃんの嫌がること大好きだから。それに霧子ちゃんのツンデレも面白いし」


 そう言うと瑠子は、右京の元へ自己紹介しに走っていく。それを追いかけるキル子。



「ゲロゲロ……、主様は女難の相が出てるでゲロ。女はこのセクシーで、知的美人のゲロ子だけにしておくでゲロ」


「何言ってるんだゲロ子」

「独り言でゲロ」

「今回の収支をまとめろ」

「アイアイサー」


収入

ロケッツ・オブ・ジャベリン売却 9800G


支出

スピアの買取り  1000G

カイルへの修繕費  500G

ニードルローパーの毒針 0G

冒険の経費     200G

合計 1700G

合計 8100Gの儲け


「地味に大儲けしたでゲロ」

「金もそうだが、武器屋ギルドに加盟できたのが大きいぞ」


 今回の対決で、右京は武器ギルドに加盟することができ、伊勢崎ウェポンディーラーズが中古武器と買取り屋として大きく発展していくことになる。


 明日から第6話「糟糠の盾(ゲロ子シールド)と行きたいところですが、3話のメンテナンスを行います。今、公開中の3話は取り下げて、全く別の話と現在の3話を大幅に改訂した4話に直します。

 13日より海外に行くことになり、毎日投稿が非常に難しい状況です。帰国する23日まで3話、4話のメンテナンスでしのぎます。ご了承ください。

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