W.D.(ウェポンデュエル)
イズモの街では、VDは一週間に2回開かれるのが決まりであった。1年に2シーズンがあって、出場する戦士のランキングまで決まっている。戦士はこのVDの選手として専属のプロもいるが、冒険者が賞金欲しさに参加することもある。
バーチャルモンスターと戦う一種のスポーツだから怪我をすることはあるが、死んでしまうことはないので小遣い稼ぎにはぴったりの仕事だろう。多くの冒険者がパフォーマーとして参加していた。
本日はメインイベントのアースドラゴンVSフルアーマーの重戦士との戦いの前座として、霧子・ディートリッヒが戦う。前座と言っても客の応援は熱い。これは霧子が女戦士として人気があるからだ。熱狂的なファンもいるようで中央に設けられた闘技場の周りをハチマキを巻いた赤色Tシャツの男たちが、一糸乱れぬ動きで応援パフォーマンスをしている。グラビアアイドル顔負けの容姿とプロポーションをもつ霧子ならありえるなと右京は思った。
右京はと言うと、売り物のバスタードソードが置いてあるテーブルの後方にある特別席で戦いの行く末を見ている。ライバルのアマデオもまた同じ席で扇をパタパタ仰いでいる。
「う~んでゲロ。キル子勝てるでゲロか?」
右京の左肩に腰掛けているゲロ子がそう呟いた、いつのまにかサングラスをかけて手に大きな紙コップを持っている。闘技場では売り子の女の子がビールとつまみを売り歩いているから、いつの間にか買ったのだろう。お金は店からちょろまかしたに違いないが、右京はそんな小さなことでは怒らない。
「おい、ゲロ子。そりゃ、どういう意味だ?」
「霧子のランキングは6でゲロ。レベル6だと対戦相手はオークキングとかオオトカゲとかでゲロ。それなのに相手はランキング8のミノタウルスでゲロ」
ゲロ子が言うには闘技場では戦う戦士の技量に合わせて幻影のモンスターの強さが設定されるらしい。これは接戦の方が見ていて楽しいということであるが、あまりに力の差があると相手が幻影とはいえ、出場する選手が大怪我をしたり、死んでしまったりするから禁じられていたのだ。幻影でもボクシングのパンチ並みのダメージを選手に与えるのだ。
「心配しなくていいよ。レベル2の差は武器で補えるのさ。僕が持ってきたエルムンガルド製のバスタードソードならね。君の毛の生えた中古では無理だけど……」
そう扇でパタパタしながら、さらに氷の入ったジュースをストローで飲みつつ、アマデオの奴が右京に憎らしいことを言う。自分の剣の方が圧倒的に性能がよいと思っているから、右京の品の良さを見抜けない。
「毛が生えた……」とアマデオは右京の剣を称したが、確かに鞘に収まったバスタードソードは白い光沢のある毛皮に包まれていた。それは鞘の表面に加工されたブリザード飛びウサギの毛皮である。市場で買った木製の鞘に加工したのだ。その剣の姿は豪華な毛皮を着た貴婦人のように見えた。
「よし、まずは本命から行くぞ!」
霧子は新品のバスタードソードを装備した。鞘から抜くと銀色の輝きが闘技場の全ての観客の目をクギ付けにした。
「あちゃ~でゲロ。やっぱりあっちから使うでゲロか?」
「こちらが後攻ってことだろ? ゲロ子、特に不利だとは思わんが」
「主様は何も知らないでゲロ。確かに15分経ったら剣を持ち替えるのがルールでゲロ」
「じゃあ、後半の方が有利だろ。印象に残りやすい」
「15分で倒してしまえば、それでオシマイでゲロ。主様の剣は使われずして負けでゲロ」
「えええええ! そんな馬鹿な」
「(馬鹿な)と言ってもそれがルールでゲロ。まあ、モンスターも強いから15分で倒せるとはゲロ子も思わナイでゲロが、それでも前半に大量のダメージを与えれば、後半は奪うダメージが限られて負けでゲロ。」
後半の剣でとどめをさしても、ほとんどのダメージが前半の剣で与えられていたなら、判定は前半の剣が勝ちとなるだろう。
(圧倒的に不利じゃないか)
負けても剣は売れるだろうが、値段は絶対に下がる。あの剣にはかなりのお金をかけてリニューアルしたのだ。ここはどうしても勝って高値で売りたい。
「さあ、ミノタウルスVS霧子・ディートリッヒの試合が始まりました。幻影ミノタウルスのHPは5200。霧子選手は1800。力の差は歴然ですが、攻撃力はバスタードソードを装備した霧子選手は+255の補正を加えて525です。
10回クリーンヒットさせれば、倒すことができます。なお、このBDは2本のバスタードソードのWDを兼ねています」
闘技場のアナウンサーがそう解説を加える。金髪の若い女性でなぜかバニーガールの衣装を着ている。赤いハイヒールがセクシーなナイスバディである。ミノタウルスの頭の上に5200という数字が出ている。これを0にすれば選手の勝ち。逆に霧子の上に出ている1800という数字が0になれば試合終了である。そして、使った武器の性能を観客が判断するのだ
動いたのは霧子の方であった。軽快なレザーアーマーにショートパンツとブーツという出で立ちはスピードのある攻撃をするのに適していた。ミノタウルスの巨大なバトルアックスの攻撃をひらりとかわすと、片手で剣を振り、そのボディを斬りつける。
「おおお……。さすが(断罪レディ)という二つ名を持つ霧子選手の電光石火の一撃~っ。今のでミノタウルスのHPは853削られた~っ」
アナウンサーの興奮気味の解説で会場は盛り上がる。霧子は素早くバックステップをして下がると間髪いれずに剣を垂直にして、強烈な突きを行う。この一撃がミノタウルスの右肩の筋肉を貫いた。さらに連撃を加える霧子。
(なんという斬れ味。そしてなんという破壊力)
攻撃を加える度に数字が大幅に下がっていくことがこんなに快感とは霧子は思わなかった。爽快感に体が支配され、熱を帯びてますます力が入る。
霧子は観客の歓声に乗って繰り出す自分の技の破壊力に酔った。このすさまじい攻撃力を発揮できるのは、エルムンガルド製のバスタードソードのおかげである。持った瞬間は重くて違和感があったが、振り回すと絶妙な重心で剣が振れ、重量と相乗して破壊力が増す。霧子はこの強烈な破壊力に体がしびれた。
「オラオラ! 断罪レディの究極の破壊力を見せてやるよ!」
霧子は左手を柄に添えた。トゥ・ハンド。破壊力2倍のスペシャルアタックだ。体を弓のようにしならせ、強烈な回転を加えて自分の攻撃力すべてを武器に集約する。
(これで終わり……。あんな軟弱な剣使うまでもないわ!)
「ゲロゲロ……。キル子強いでゲロ。これじゃ出番がないでゲロ」
「ふふふ、はっははは……。さすが我ギルドの専属デモンストレーターの霧子くんだ。君の剣の出番はないかもね」
そうアマデオが勝ち誇ったように笑う。その間にも霧子の連続攻撃がミノタウルスの幻影にヒットする。5200もあったヒットポイントが3分の1に減少している。さすがはバスタードソードの攻撃力といったところだ。だが、右京は軽快な霧子の動きを見ていて、にやりと笑った。
「そうかな? 結局は俺の剣で決まるように思えるけどね」
そう右京が言うやいなや、(ぐわ~ん)という鈍い音が闘技場を包んだ。霧子が止めを刺そうと体を回転させて両手持ちで渾身の一撃をミノタウルスに浴びせかけた。だが、それはこのモンスターが装備する鉄の盾に阻まれたのだ。
「うっ……」
思わず霧子は剣を手から放した。凄まじい衝撃で手がしびれてしまったのだ。その一瞬をミノタウルスが逃すはずがない。そのまま盾を突き出して霧子にぶつけた。霧子は跳ね飛ばされて闘技場の土の地面を2、3回転げ回った。バスタードソードは地面に転がっている。
「な、何をしているんだ! 無様な姿を見せよって!」
アマデオは怒りで椅子から立ち上がり、扇で倒れている霧子の体を指した。それを冷静に見た右京はアマデオに聞こえるように解説を加える。
「あんたの剣はとても重いんだ。あれだけ振り回せばいくらキル子が強くても所詮は女の子。さすがにかなり疲労が蓄積してそれがスピードに影響するだろうね」
ペタっと両手を合わせたゲロ子。顔が赤いからちょっと酔っ払っている。
「なるほどでゲロ。さらに両手持ちにしてフィニッシュ体制だったから、盾に阻まれて手がしびれたでゲロ」
重い鉄の楯によるたった一撃で霧子のHPが大きく削られる。今ので1024ポイント吹き飛んだ。
「キル子、早く俺の剣を使えよ!」
右京はそう霧子に叫ぶ。地面に転がった霧子にミノタウルスが渾身の一撃でバトルアクスを繰り出したのだ。かろうじて、転がってその攻撃を避ける霧子。もう一撃クリィティカルヒットを食らったらジ・エンドである。
「わ、わかってる!」
霧子はやっと予備武器が置いてあるテーブルに行く。そこにある毛皮の鞘から剣を抜いた。