挑戦状
「この剣は400Gで買い取りさせていただきます」
「いただくでゲロ……」
右京とゲロ子の商売は順調である。キル子に売った『ガーディアンレディ』やホーリーが関わった『ホーリーメイス』の噂も宣伝効果となって、最近、買い取りを希望する客がよく来るようになったのである。
そして新品と変わらない品質なのに、値段は半分以下という中古武器を買いに来る客も多くなった。これは「伊勢崎ウェポンディーラーズ」が販売するという信用によるものである。この世界は中古武器の価値が認められていないのだ。
それは中古武器に対する信頼がないからであるが、それを右京が覆したことによる成功であった。初級の冒険者には割安で装備一式を揃えられるから、まずは『伊勢崎ウェポンディーラーズ』へ行こうなんて情報も飛び交っているので、買い取ってもすぐに売れてしまうのだ。もちろん、買い取った品物はそのままでは売らない。
鍛冶屋のカイルによる修理、金細工師ボスワースによる装飾を経て、生まれ変わった武器なのだ。新品同様で安いというのは、どの冒険者にとっても魅力的であろう。
カラン……。
買い換えるために持参した剣が思わぬ値段がついて、うれしそうに店を出る客と入れ替わりにその人物は店の中に入ってきた。
「いらっしゃいませ。買取りをご希望でしょうか」
「後ろの奴、見たことがあるでゲロ」
ゲロ子の囁きで右京は客をじっくり観察する。客は2人組。先頭で入ってきた人物は年配の男である。身なりは上品で鍛えられた筋肉がシャツの上からでも分かる。鷹のような鋭い眼光を持っている。
その男の後ろにいる人物は、右京も見覚えがあった。対称的なひょろひょろの貧相な体。金縁メガネをかけた特徴的な容姿。今日は派手な扇子でパタパタとは仰いでいない。
(アマデオじゃないか……)
ガーディアンレディの一件で右京にW.D.(ウェポンデュエル)という武器の優越を決める勝負を挑んできた男だ。年齢は右京と変わらない。ギルドを率いているとか言っていたが、実際は北エリアの武器店の店長であることは分かっている。
「君がこの店の主人、伊勢崎右京君だね」
鷹の目の男がそう丁寧にそう尋ねた。眼力に反して、敵対しにやってきたわけではない雰囲気だ。
「はい、そうです。店主の伊勢崎右京。そして、こっちが相棒の……」
「ゲロ子でゲロ」
男はゲロ子にちょっとだけ目をやった。ゲロ子の奴、中指を立てて挑発している。それでも腹を立てた様子はなく自己紹介を続ける。
「私はこの町の武器屋ギルドの会長をしている、ディエゴ・バッジョ。後ろの男は紹介しなくてもわかるだろう」
「ええ」
「ゲロ子に負けたヘタレでゲロ」
後ろのアマデオの顔に怒りの表情が現れたが、ディエゴがにらむと急に小さくなった。
「不肖の息子だ」
(なるほどね……)
右京はあの尊大で生意気なアマデオが小さくなる理由が分かった。かなり、厳しい父親なのだろう。ちょっと、アマデオがかわいそうに思えた。
「アマデオのお父さんでしたか。それで俺に何のようですか?」
「きっと、息子の敵討ちに来たでゲロ」
ゲロ子にそう言われたが、ディエゴは笑いながら顔を左右に振った。
「いや。そのつもりはない。だが、私は君にとても興味をもったのだ。どうだろう。この私と勝負をしてくれないか。無論、正々堂々とした勝負だ。バカ息子の意趣返しという気持ちは、1%もない」
「勝負?」
「ああ。新品武器屋と中古武器屋の勝負だ」
右京は乗り気ではない。中古はどうあがいても新品にはハンディがある。ガーディアンレディやホーリーメイスみたいな掘り出し物はそうそうないのである。ガーディアンレディはキル子のような女戦士にぴったりとあった調整で勝っただけで、あの時、アマデオが出品した『エルムンガルド製』のバスタードソードが不出来だったわけじゃない。値段もはるかに高いのだ。勝負する意味がない。
「それをして俺にどんなメリットがあるのですか?」
「右京君。私は武器を買い取って付加価値を足して売るという君のビジネスモデルは素晴らしいと思う。そしてそれは、新品を売る武器屋には少々厄介だ」
「それで俺を潰そうと?」
「そんなことは思っていないさ。ただ、やはり、新品のよさも冒険者には知ってもらわないとね。勝負はお互いの宣伝になると思うのだがね」
「俺のやってる商売は、新品武器屋があってこそ成り立ちます。冒険で見つける古い武器を持ち込む客もいますが、新品で買った武器を買い替えで持ってくる客の方が多いですから」
「だから争いたくはないというわけか。右京君は若いのに保身に走ってどうする。勝負することで商売は活性化する。競争は悪くはない。それに私はこの勝負の結果次第では、我が武器ギルドに君の店を加えてもよいと思っている」
「パ、パパじゃなかった。会長。それはちょっと」
アマデオが口をはさんだが、ディエゴは無視する。現在、右京は商売ギルドに加盟しているがジャンルは『その他』。商売する許可証はあるが、ギルドとしての支援は受けていない。というのも『その他』ジャンルは様々な業種があり、統一がとれないから組織化されていないのだ。よって許可証としてのメリットしかないのだ。
(武器屋ギルドに加盟できたら……)
右京は考えた。商売にとってはメリットが大きい。まず、新品武器屋が下取ったタダ同然の武器が扱える。その中から質の良いものが手に入るだろう。ギルドの宣伝で買取量もグッと上がるに違いない。それによその町での商売も武器屋ギルド同士で融通もきく。これはおいしい話だ。
「条件によってはやってみてもいいですが」
「そうか。それはよかった。勝負は公平にこんな条件ではどうだろう」
ディエゴが示した条件はこうだ。
売り出し価格 4000G以内
武器の種類は『槍』 スピア、ジャベリン、ランス等
W.D.(ウェポンデュエル)の方式はタッグ戦。
対戦するヴァーチャルモンスターは、レベル8 鎧竜
デモンストレーターはそれぞれの店から選ぶ。
対戦は1ヶ月後。
「売り出し価格が4000Gですか? そちらが不利ではないですか」
右京はそうディエゴに質問した。新品の武器は値段が高い。槍でその値段だと新品だと品質が悪いものになってしまうだろう。右京の方は中古の買取り値段を抑えれば、基本性能で上回ることもできる。例えるなら、ディエゴは新車の軽自動車。右京は中古の高性能の輸入車。中古の車もきちんと整備すれば、基本性能は新車の軽自動車を圧倒するだろう。どう考えてもディエゴが不利だ。
「いや、不利ではない。私は武器ギルドを仕切っている。人脈も情報網も君とは違う。このハンディは君と対等に勝負するためと思ってもらえばいい」
「なるほど」
「ゲロゲロ……。なかなか、面白いでゲロ。主様、ここでまた勝てば、店の宣伝になるでゲロ」
現在、右京の店はクチコミでどんどん客が来ている。さらにW.D.で店の名前が有名になるチャンスである。それに扱う武器が『槍』というのもいい。右京はこの世界に来てから長剣や短剣ばかり扱っており、槍を扱ったことがなかった。槍も扱うことができるぞという宣伝にもなる。
「いいでしょう。ディエゴさん。この勝負、受けて立ちましょう」
ディエゴはそれを聞いて右手を差し出した。右京とがっちり握手をする。W.D.(ウェポンデュエル)の決定だ。W.D.とは闘技場で行うV.D.
(ヴァーチャルデュエル)の一種で武器の性能を比べる対戦である。通常、一人の戦士がヴァーチャルモンスターに対して、武器を交互に使い、与えたダメージと見た印象で総合的に判断するのである。多くの観客が見ているために、勝負は正々堂々としたものになる。新作の武器のお披露目等にも使われ、武器屋同士のお勧め武器の宣伝にもなる。
今回、ディエゴが提案したタッグ戦は、1頭のモンスターに対し2人の戦士がそれぞれの武器をもって挑む。武器の性能ではなく、戦士の力量に左右されることもあるが、戦闘の様子を見て3人の専門家が審判するのである。
「それでは右京君。手続きはこちらで行っておくから。1ヶ月後に会おう」
そう言ってディエゴはアマデオを連れて店を後にした。アマデオの奴、全く出番がなかった。一体何しに来たのであろう。




