ハッピーウェディング
過去編、本日終了!
「右京……。この格好は変ではないか?」
カイルが着慣れない服に戸惑い、道すがら何度も同じことを右京に聞く。右京はこれでよいのだとカイルを励ます。ゲロ子は右京の肩でつまらなさそうにコメントする。
「筋肉だるまの花婿姿は似合わないでゲロ」
そうカイルは右京の勧めで白いタキシードを着ていたのだ。ゲロ子は似合わないと言ったが、右京には親友が頼もしい男だと映った。これなら大丈夫だ。
二人は歩いて区長の家へ行く。大きなお屋敷である。門で呼び鈴を押し、召使に要件を伝える。召使いは屋敷の主人であるエルスの父親に取り次いだ。
「何? カイルが来ただと? まだ約束の1ヶ月後まで1週間もあるじゃないか」
父親は不思議に思った。そしてカイルを軽く見ているところから、彼がもっと期間を延ばしてくれるように懇願しにきたのだと早合点した。ならば、引導を渡すべきだとほくそ笑んだ。ついさっき、とある貴族の息子とのお見合いの約束が成立したのだ。それを告げれば諦めると思ったのだ。
「な、なんだ、その格好は!」
父親はカイルの姿を見てここまで通したことを悔やんだ。目の前の男の真剣な表情に、今すぐにでも愛娘のエルスを連れて行く覚悟を見たからだ。
「お父さん。改めてエルスさんを俺の嫁にもらいに来ました」
「な、なんだと! あれほど言ったじゃないか! エルスが欲しいなら結納金3千G持って来いとな。持ってこなかれば娘はやれぬ。貧乏人は約束も守れないのか」
「ゲロゲロ……。このおっさん、言っちゃったでゲロ」
ゲロ子が右京の肩でニヤニヤしている。これから始まる父親の不幸な結末(?)を予想してのことだ。
「区長さん、貧乏人は約束を守れないと言いましたね」
右京が念を押す。エルスの父である区長は頷いた。
「では、お金持ちで社会的な地位もあって、分別も立派な区長殿は約束を必ず守ると」
「当たり前だ」
「ゲロゲロ……。ドツボでゲロ」
「オホン……。それでは、区長さん。エルスさんをここへ連れてきてください」
「なぜ、娘を連れてこなければならないのだ」
「今ここでカイルとエルスさんの仲をはっきりさせましょう。この右京。カイルの友人として証人となります」
「訳が分からん。だが、はっきりさせるのはよいことだ。この男が約束を守れなかったことを目の前で知れば、娘も諦めよう」
父親はここでカイルを追い出しても、肝心のエルスが納得しないのでは、貴族とのお見合いも成立しないと思い、いっそ、ここでカイルが自分の出した条件が達成できない現実を娘に見せようと思った。使用人に命じて軟禁状態のエルスを連れてくる。エルスはカイルが屋敷に訪ねてきたと聞いて、心を躍らせながら部屋に駆け込んできた。
「カイルさん!」
「エルス!」
エルスはカイルを見るとそのたくましい胸に思わず飛び込んだ。それを鍛えられた腕でそっと抱きしめるカイル。それを苦々しく見る父親。だが、ここではっきりさせてやると、意地の悪い目が光っていた。
「エルス、私はこの男に言った。1ヶ月以内に3千Gの結納金を持って来いと。そうしたらどうだ。1ヶ月経たないうちに無理だとやってきた」
ここで父親の言葉が止まった。目の前の光景が予想外であったからだ。カイルが懐から布を出し。それをテーブルに置いた。丁寧にほどくと札束が出てきた。
3つの札束を積んで差し出すカイル。
「3千Gあります」
「ば、馬鹿な!」
「お父様、うれしい。カイルさんとの結婚、認めてくれるのですね」
「そ、そんな……」
「ゲロゲロ……。認めるしかないでゲロ。認めないとさっきまで馬鹿にしていた貧乏人になるでゲロ」
「ありえん、たかが鍛冶職人が3週間で用意できるわけが……」
右京は父親に説明をする。今回の商売の件。カイルがその腕で右京に手を貸し、その報酬として3千Gを得たこと。それはカイルの腕に見合う正当な報酬であること。
「認めてください。カイルは立派な奴です。あと、カイルをバカにしたことは嫁の父親として謝罪することが必要だと俺は思いますが」
「そうでゲロ。娘が可愛いなら頭を下げるでゲロ」
「右京、それはいい」
カイルはそう言ったが、父親は娘のためにもカイルに頭を下げないといけないと感じた。そうじゃないと自分が散々馬鹿にしていた恥知らずな人々と同類になってしまうからだ。それでも抵抗感はある。思い上がった心が抵抗する。葛藤しながらも父親はゆっくりと頭を下げた。
「済まなかった。婿殿」
父親は不思議と頭を下げたことで、偏見や器の小さい自分も捨て去ったように感じた。思えば自分も若い頃は、裸一貫でここまで成り上がってきた。カイルとは違う道だが、家柄も金もコネもないところから区長まで上り詰めたのである。そういう苦労を娘にはさせたくないと思ってはいたが、それは娘の幸せにはつながらないと理解したのだ。
「ゲロゲロ……。ついでに貧乏なみなさんにも謝るでゲロ。ひどいこと言っていたでゲロ」
「すみません、貧乏人のみなさま……って、なんでカエルが私に命令している!」
「お父さん、必ずエルスさんを幸せにします」
カイルはそう父親に約束し、たくましい右手を差し出した。父親はこの誠実でたくましい男に娘を託すことを決めた。この男はこれから昇っていく男だ。そういう男にこそ、大事な娘を託すべきではないか。
「娘をよろしくお願いします」
「右京さん、この度は本当にありがとうございました。カイルから全て聞きました」
後日開かれたささやかな結婚式で、花嫁エルスがそう右京にお礼を言った。右京はちょっと照れる。それに親友になったカイルが、いつもの無骨な表情を時折崩した笑顔が見られるのがうれしかった。彼とはこの商売をやっていく上で重要なビジネスパートナーなのだ。
「俺もカイルには助けられました。エルスさん、これからもよろしく」
『伊勢崎ウェポンディーラーズ』はカイルの鍛冶屋の裏向かいに位置する。
今日も武器を買取り、それを売っている異世界から来た若者とカエル妖精が商売をしている小さな店だ。




