勇者の買い物
クロアとゲロ子のアドバイスで、超高い値段設定で売り出した『斬鉄剣』ワンハンドレッドキル。
売れるかな?
クロアの出資もあって、右京はギルドへの登録が認められ、中古武器ショップ『伊勢崎ウェポンディーラーズ』は開店した。中古武器屋というジャンルがギルドにはなかったので、その他のカテゴリーでの許可となった。
武器を買い取りして、それに付加価値をつけて売るというビジネスモデルが面白いと評価されたようだ。統括する総合ギルドとしては、新しいジャンルの商売は市場を活性化し、ギルドにも収入をもたらすということで基本歓迎なのだ。
規模も小さいので新品武器屋への影響も小さいと思われたし、ギルド内でも発言権が強くなりすぎた武器ギルドへの牽制の意味もあった。どちらにしても、右京がギルドに加盟できたことは大きい。宣伝も冒険者ギルドの掲示板を介してできるからだ。ゲロ子を使って近隣の冒険者ギルドの掲示板に広告を出した。
『斬鉄剣 ワンハンドレッドキル』
鉄を斬り刻む快感を体験せよ! 限定版 3万G
ワンハンドレッドキルというのは、鉄を100回切り刻めるから右京が命名した。100人の敵を切り殺すみたいな大げさな名前になったが、性能はそれに匹敵するだろう。
しかし、話題になったがあまりに値段が高いのと、本当に鉄が斬れるのかという疑いで実際に買う気で問い合わせに来る客はいない。冷やかしに見に来た客は2、3いたが見せるだけであった。買う気のない客に鉄を斬るデモストレーションするわけにはいかない。
(いくらなんでも高すぎたかな~)
2週間経っても真剣に買う客が現れないので、ちょっと右京は焦った。だが、ここはじっくり待つべきだと考え耐える。そして、その判断は見事に実を結ぶ。
イヅモの町に勇者一行が訪れた。目的は鉄を斬れる剣の購入。勇者と魔法使い、神官に戦士とRPGにおける定番のパーティは新しく開いた右京の店『伊勢崎ウェポンディーラーズ』の扉を叩いた。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいでゲロ」
小さな店だと勇者オーリスは思った。とあるクエストに行き詰まり、それを打破するためにこの町にやって来たのだ。
「ここに鉄を斬れる斬鉄剣があると聞いたが」
「これです」
右京は『ワンハンドレッドキル』を手渡す。勇者オーリスはそれを受け取とった。オーリスは20代後半の若者で金髪の刈り上げ。体操の選手のような均整のとれた体でいかにも勇者という容貌だ。勇者は魔法も使える戦士でこの世界ではエリート中のエリートなのだ。その歴戦のエリート勇者が剣を握る。
(うおおおおおおっ……。なんだ、この躍動感! そしてこの輝き)
両手で握るとまさに自分のために作られたような感覚に囚われた、もつだけで攻撃力は確実に2、3倍になる感触である。
「店主、これ試し切りしてよいか」
「お客様がお買いになる前提なら構いません。鉄を斬る力は100回程度です。既に3回使用していますので、97回保証です」
「なるほど。俺はこの剣を真剣に買いに来たのだ。遠慮なく試し切りさせてもらうよ」
勇者オーリスは剣を抜くと外に出た。外にはプレートメイルが3体設置されている。剣の威力を試すために用意したらしい。
「大丈夫かオーリス。いくらなんでも3つの鎧は無理だろ。刃が欠けるか、曲がるかだ」
仲間の戦士がそう忠告する。神官と魔法使いも心配そうに見ている。
「それならそれで、まがい物ということだ。3万Gの値段を付ける価値があるなら、そんなことにはならないさ」
オーリスは構えた。いつの間にか店の前には人だかりができている。有名な勇者ご一行様がやってきたのだ。物珍しさにやじうまが殺到する。
「な、なんだ~この体の奥底からわきでるパワーは! 行けるぞ、なんでも斬れるイメージがわいてくる」
オーリスは上半身の鎧がブチ切れ、すさまじいオーラで自分が包み込まれる感覚を感じた。まるで一子相伝の必殺拳法家になった気分だ。この剣なら分厚い鉄も大根を刻むように斬れるとオーリスは思った。
「おりゃ!」
オーリスは一閃した。ひと振りである。そして剣を鞘へしまった。パチンと音がしたとき、3つのプレートメールが真っ二つに切れて地面に落ちた。なめらかでまるでカミソリで切ったような鋭利な切り口。完璧である。
「素晴らしい剣の技」
「すごいでゲロ。さすが勇者」
右京もゲロ子も夢でも見ているような感じであった。周りを囲む観衆も同じだ。思わず息を飲み、そして割れんばかりの拍手喝采となる。
「店主。これは剣の力だ。いくら俺の能力でも鉄のよろいを一撃で3つは斬れないよ」
「いえ。この剣を使いこなす勇者様にこそ買ってもらいたいです」
右京はヨイショをする。この勇者、絶対気に入ったという感触だ。ここは気分よく買ってもらおうと思っている。
「実はここからずっと離れた島に体が鉄でできた魔物がいる。アイアンゴーレムという種類の魔物だ」
「アイアンゴーレム?」
「剣も槍も受け付けない。魔法も弾くとんでもない奴だ」
「とんでもないでゲロ」
そんなモンスターと戦う気がしれないが、それを成し遂げるのが勇者ご一行様の仕事なのであろう。
「それでこのワンハンドレッドキルが必要というわけですね」
「そうだ。おそらく、この剣でなければ倒せない」
右京はクロアが言った意味が分かった。この剣でなければ解決できないことがある。この剣はそういう時のための特別の剣なのだ。だから、彼女は強気で売れとアドバイスしてくれたのだ。
「それでは3万Gで」
右京はそう勇者に言った。勇者の顔がこわばる。
「ちょっと待て、店主。使い捨てで3万Gは高くないか?」
「と、おっしゃいますと……」
「もう少し安くはできないか」
勇者オーリスは声を潜めてそう右京に言った。民衆には聞かれたくないのであろう。勇者ならバシっと一括現金で決めたいところだが、手持ち資金がそこまでない。
「勇者のくせに値切ってきたでゲロ」
「勇者だからといってお金が豊富じゃないだろうよ」
RPGのあるあるだ。クエスト進めたいけど、強い武器が高くてお金が貯まるまで足踏みすること。町の周辺でモンスター退治をしてお金を貯める無駄な時間の浪費。ゲームバランスが悪いものほど、こういう体験をする。
「では、勇者様はいくらでお買いになると?」
「2万2千ではどうだ?」
「それはちょっと安すぎますね。これは唯一無二のアイテム。使い捨てとはいえ、あと96回は使えます。勇者様の腕ならそのアイアンゴーレムは十分倒せるのでは」
完全に売り手有利である。この剣がないとこのクエストは進まないのだ。勇者としては買うしかない。だが、勇者は値切りでも勇者であった。完全には諦めない。
「では、2万5千Gでどうだ」
「安すぎます。でも、この剣はオーリス様に買ってもらいたい。この伊勢崎ウェポンディーラーズの最初のお客が勇者様なら、縁起もいい。どうでしょう。1千Gまけて2万9千Gでは?」
オーリスは仲間の顔を見る。戦士は頷き、神官も頷いた、魔法使いはもう観念しろという顔だ。オーリスは心に決めた。この剣を手に入れてアイアンゴーレムを倒せば、その報酬でペイできると考えた。
「では、2万8千Gでは?」
「勇者粘るでゲロ」
さすが勇者。粘り腰はただもんじゃない。だが、これは右京も計算のうちだ。これで決めようと右手を差し出した。観客の目が手に集まる。
「この伊勢崎ウェポンディーラーズのモットーは、『売る客、買う客、みんな満足、得をする』です。勇者様に満足いく提案を出しましょう。間を取って2万8千5百G。これで決めましょう。これでこの斬鉄剣、『ワンハンドレッドキル』はあなたのもの!」
「分かった。それで手を打とう!」
がっしりとオーリスは右京の手を握った。商談成立である。
「やったでゲロ~」
ゲロ子が踊りだす。高値で売れたことは大きい。
こうして右京とゲロ子の店。武器の買い取り屋「伊勢崎ウェポンディーラーズ」が始動した。
今回の商売の結果
収入
時計の売却 1200G
ワンハンドレッドキル売却 28500G
クロアからの出資金 7000G
支出
ロングソード買取り 60G
火鼠の革 20G
ソフトクリームの材料 7G
ゲロ子買取り 5G
ボスワースへの手間賃 100G
カイルへの配当金 3000G
クロアへの返済 7350G
時計の買い戻し 1500G
差し引き 24658Gの儲け
※アディラードへのアイスキャンディ代は計上せず。
「大儲けでゲロ。強気で商談して正解でゲロ」
「これもゲロ子とクロアのおかげだ」
「ゲロ子がいないと主様はダメでゲロからな」
「うっさい。お前は調子に乗るとロクなことしないからな」
勇者オーリスは仲間と共にアイアンゴーレム5体がガーディアンとして配置された、廃神殿において、見事にそれらを倒したというニュースがイヅモの町にも届いた。オーリスは100回の攻撃で巨大な敵を一人で倒したということだ。
その時に使用した剣は耐久力を失い、折れてしまったが100回鉄を切り刻んだことで話題となった。ワンハンドレッドキルの名前は、これを売ったイヅモの小さな中古武器ショップと腕のよい鍛冶屋の噂とともに伝説となった。
さあ、カイルと一緒に父親のもとへ行くんだ~っ。




