斬鉄剣の完成
「右京、高温を加えるアイデアが浮かんだって本当か?」
ボスワースがカイルの鍛冶場にやって来た。手には加工用の道具と秘伝の液体を持っている。右京はソフトクリームの材料を買いに行くときに、ボスワースのところへ行って、正式に斬鉄加工の依頼をしたのだ。
ボスワースは右京の申し出に半信半疑ではあったが、自分が発明した『スタープラチナ』が含有する液体を調合したのだ。それを持ってやって来たボスワースも、火を噴いているアディラードの姿を見て驚いた。
「まさか、ドラゴンの子供と知り合いとはな」
ドラゴンの高温ブレスならば、ボスワースが発明した斬鉄加工も成功するかもしれない。それは1500度という高温の炎を、3分間まんべんなく液体を塗った刃に当てて焼き付けるという工法なのだ。
ドラゴンの子供なら温度の上限が鉄を溶かす1500度ちょっとなので、ほぼ全力で噴いてもらって少し調整するだけで済む。ドラゴンが成体の場合は上限が大きいから、この調整が難しいのだ。
「偶然、知り合ったのです。でも、早くしないと母親が心配する」
もうそろそろ、アディは帰る時間だ。帰らなくて母親が心配して町に乱入してきたら大変なことになるかもしれない。
「それにしても大丈夫か? 火炎ブレスは3分間吐き続けなくてはいけないのだぞ」
正体は子供ドラゴン(ドラゴンパピー)とはいえ、今は人間に化けている。見た目は幼稚園児みたいなアディラードを見ていると、少し不安になるのはボスワースだけではない。しかし、心配する周りの大人を尻目にアデラードは、自信満々に小さな手で胸をぽんと叩いた。
「アディはやる。ソフトクリームのお礼する」
そう言うと、ぽっ……ぽっ……と火を吐き始めた。
「いくよ~」
ボーっと勢いよく火を吐く。カイルとボスワースが火の色を見極める。火の色で温度が分かるのだ。火は温度が低いと赤く、高くなるほど黄色になる。斬鉄加工に必要な温度は約1500度。鉄が溶けるか溶けないかの温度だ。
これは幼生ドラゴンであるアディの限界。やがて、アディの炎ブレスが黄色になった。カイルがそれを見て、ボスワースに合図を送る。ボスワースも同意した。斬鉄加工ができる温度に達したのだ。
カイルは慎重にロングソードを炎に差し入れる。ボスワースが調合したスタープラチナの粉の入った溶液を塗った剣は炎を浴びてキラキラと輝く。それをまるで夜空に瞬く星ぼしが幾万も集まった如く。カイルはそこから絶妙に剣を振動させる。アディの出す火に平均的にあたるようにするのだ。これはカイルの鍛冶職人としての腕の見せどころだ。
アディラードも耳や鼻から煙を出している。右京もゲロ子も気が気ではないが、今は自分たちにできることはない。アディとカイルに賭けるしかない。
「アディ、頑張れ!」
3分間火を吐き続けるのは大変なことだ。アディの顔は真っ赤になって苦しそう。だが、3分を告げる砂時計はなかなか砂が落ちない。
「ゲロゲロ……踏ん張れ、ドラゴン娘でゲロ」
ゲロ子も手に扇子をもって応援している。一体どこから持ってきたのか。アディの鼻や耳から上がる煙が白から黒に変わり始めた。限界が近づきつつある。
あと少し。
「あと1秒!」
「やったでゲロ!」
砂時計の砂粒が落ちた。同時にアディは目を回した。体をくるくるさせてその場で崩れ落ちた。慌てて右京が抱きとめる。ゲロ子が濡れたタオルでアディの顔をふく。幼稚園児なのによく頑張った。
「カイル、すぐ冷やすんだ」
ボスワースの指示でカイルは真っ赤に焼けた剣を水に浸す。貯めたタンクから次々と新鮮な水を送り込む。すさまじい水蒸気が上がる。水が沸騰するが次々に供給される冷たい水にやがて熱が奪われて剣は元の銀色の輝きに戻った。
「うまくいったか?」
ボスワースはカイルから剣を受け取って、ブレイド部分をルーペで確認する。彼の目には、スタープラチナの粉粒がびっしりとコーティングされた刃が見えた。見事なコ-ティングである。ボスワースはカイルに無言で頷いた。ドラゴンの子供とこの腕の良い鍛冶職人がいなければできなかったであろう。斬鉄加工の2度目の成功事例が目の前にある。
「ボスワースさん、成功ですか?」
右京は期待を込めてボスワースに確認する。それに偏屈なじいさんは、今まで見たことがない笑顔で応えた。
「ああ。成功じゃ」
試しにカイルが店にあった鉄製の盾を斬ってみた。まさに一刀両断とはこのこと。盾はスパッと鋭利に真っ二つになり、音を立てて店の硬い床に落ちた。右京は思わず手を叩く。
「できた……。斬鉄剣の完成だ!」
「主様、やったでゲロ。これで高く売れるでゲロ」
ボスワースの説明だと斬鉄コーティングの耐久力は100回程度。斬るものにもよるが、鉄ならば100回である。今、1回使ったから99回しか保証できないが、鉄をも斬れる斬鉄剣の完成である。後に右京はこれに『ワンハンドレッドキル』と名付けることになる。
疲れて寝てしまったアディラードを背負って右京は町の外門まで行く。そこには心配そうに待っていた人間の姿をした母親が立っていた。金髪の長い髪をした美女である。一瞬、ドラゴンなのかと疑ったが、この女性も金髪を頭の上でまとめており、おそらくそこに角があるのであろう。
「アディ、しょうがない子ね。寝てしまって……」
「う……っ。ママ?」
右京の背中で目をこするアディ。母親を見て目が覚めた。右京の背中から降りて母親の腕の中に飛び込む。
「ママ~」
「アディ」
しばし、親子の再開シーン。夕日をバックに抱き合う母娘。やがて、体を離すとアディが右京を紹介する。
「ママ、右京のお兄ちゃん。肩にいるのがカエル」
「ゲロゲロ。ゲロ子は適当でゲロな」
思えばゲロ子はアディラードに食べられそうになったから、未だに食べ物という認識なのであろう。油断すると食われる。
母親ドラゴンは美しい金色の瞳で右京を見る。美しいがちょっと怖い。
「お兄ちゃんに美味しいお菓子をもらった」
「そう、それはよかったね」
母親はアディが手に持っている手提げ袋を見た。中には右京が持たせたソフトクリームが詰まった箱がある。作ったものが余ったので、アディの頑張りのお礼にお土産に持たせたのだ。
「これはご親切にありがとうございました」
「いえ。俺もアディラードちゃんには助けられました」
右京は一応、かいつまんで母親に説明した。市場で出会ったこと。アイスキャンディを食べたこと。珍しいお菓子をあげれば火を噴いてくれると約束したこと。ソフトクリームを作ってアディラードに気に入ってもらったこと。彼女に3分間火を吐かせたことはやんわりと説明した。
目を回すまで吐かせたことを聞いたら怒り出すかもしれない。怒ったら母親のドラゴンブレスは鉄をも蒸発させる。右京もゲロ子も灰になってしまうだろう。
「そうですか。いつもは私が一緒に行ってお菓子を買ってあげていました。今回は娘の勉強のために一人で行かせましたが、どうやらいろいろと経験できたようです」
(やっぱり、初めてのおつかいか!)
「私たちの真の姿を見て人間は、恐れおののき、忌み嫌うものですが、あなたがたは違うようですね。右京さんと言いましたね」
「はい」
「お礼を申します。ありがとうございました」
「ありがとでちゅ」
「いえ。どういたしまして」
「また遊びに行く。右京のお兄ちゃん。また、珍しいお菓子をアディにちょうだい」
「ああ。また来いよな。アディのために珍しいお菓子考えておくよ」
そう言うとアディラードと母親は連れ立って歩き出した。やがて視界から見えなくなると大きなドラゴンが飛び立つのが見えた。お土産に渡したソフトクリーム。溶けないうちに食べてくれるかなと右京は思った。
ほんわかした気持ちになると同時に、顔もにやにやとしてくる。なにしろ、苦労を重ねてついに唯一無二の商品が手に入れたのだ。
「主様、そのニヤケ顔、ちょっと気持ち悪いでゲロ」
「うるさい。ゲロ子、お前の方はよだれ垂らしているぞ」
「そうでゲロか?」
安く手に入れた品物が高く売れる予感。商売人ならではの醍醐味である。




