ソフトクリームを作る
登場人物
アディラード(愛称アディ)…レッドドラゴンの幼生。人間に化けている。5歳くらいの幼女。幼女だけど戦闘力はとてつもない。鉄をも溶かす強烈なブレス。
「アディは人間じゃないのか」
カイルの鍛冶工房に駆け込んだ右京は、アディラードを座らせるとそう優しく聞いた。アディは嬉しそうに頷く。
「うん。アディはドラゴン……。お菓子を食べに町へ来た。お金も持ってる」
「ドラゴンって」
きょとんとする右京と何事かと出てきたカイルを尻目にアディラードは、カイルの鍛冶工房の炉のところへ行くとボウっと炎を履いた。ふいごを使って熱した高温の木炭と同じ色の炎が出る。火を吹く幼女なんていない。人間じゃないことは間違いない。
「ねえ。アディ、お父さんかお母さんは?」
「お母さんがいる。お父さんは遠くの山でボスキャラやってるって、お母さんが言ってた」
(ボスキャラかよ!)
右京は心の中でツッコミを入れた。気になるのは母親である。
「お母さんはどこにいるの?」
「町の外にいる。そこで待ってるって」
(おいおい、初めてのお買い物かよ)
はた迷惑な話である。ドラゴンの子供が人間の町にお菓子を買いに来たのである。アディの話によると母ドラゴンと町の外までは来たものの、母親は娘の経験のためにアディ一人で行かせることにしたらしい。
人間の姿に変身させて髪を巻いて角を隠し、火は噴いちゃダメよと念を押した。夕方までに帰る約束で町の外に待っているというのだ。
(おいおい、あの童話と似てないか?)
多くの日本人なら知っている『てぶくろを買いに』だ。あれはキツネの親子が手袋を買いに来て、途中ビビった母親が子供だけを町に行かせる話だ。子供は母親の言いつけをつい忘れて、人間に変えられた手じゃないキツネの手の方を出したけど、店のおじさんは動じずに手袋を売ってくれたという心温まる話だ。
(アディの母親はビビッちゃいないだろうが……)
話の違いは相手はキツネじゃなくてドラゴン。そして、この子に何かあれば母親ドラゴンが町に乱入してくる可能性もある。右京は心優しいお店のおじさんを演じなければならない。
「ゲロゲロ……。主様、これはチャンスでゲロ。こいつに火を吐かせて剣の加工をしたらどうでゲロ」
ゲロ子、グットアイデア。さっそく、アディに聞いてみる。
「ダメ」
アディはそう答えた。アディは小さなドラゴンなので、鉄を溶かす炎は吐けないのかと思ったら違うらしい。それはできるが条件を提示してきたのだ。
「お母さんに言われている。ドラゴンぞくは、ほこり高いの。かとーな人間の言うことを聞くときは、それなりのごほうびがないとダメ」
「ご褒美?」
「お菓子ちょうだい。アディが食べたことのない珍しいお菓子ちょうだい」
「さっき、アイスキャンディ食べたでゲロ」
「あれはちゅべたくて、美味しい。でも、めずらしくない。前に食べたことある。お金も払う」
そう言うとアディラードはポシェットからお金を出す。1G金貨だ。これはアイスキャンディの代金としてはもらいすぎであるが、アディはお釣りはいらないと言う。人間には貸しを作りたくないらしい。ちなみにお金は本物かと疑ってゲロ子が噛んでみたが、正真正銘の1G金貨。1G札と等価交換できる王国の純正金貨であった。
それにしても、もし、この子供ドラゴンを説得することができたなら、幻の斬鉄剣が出来るかもしれない。アディラードが一定の温度で火を噴いてくれれば、斬鉄加工ができる可能性がある。右京はここが勝負だと感じた。
「よし、分かった。アディが食べたことのないお菓子を用意してやるよ。そうしたら、火を噴いてくれるよね」
「いいよ。アディにめずらしいお菓子くれたら」
右京はピンとアイデアが浮かんだ。彼女はこの町にあるお菓子はきっと食べ尽くしているに違いない。もしかしたら、人間の町にあるお菓子はある程度食べてしまっているであろう。
でも、冷たいお菓子は気に入った様子であった。これは彼女がファイアドラゴンということも影響している。冷たいものに弱いのだ。ならば、手作りで作る冷たいお菓子ならば彼女を満足させられるはずだ。
アディのお菓子を作る前に、カイルに頼んでおいた剣の出来あがりを見せてもらう。それはなんとも言えない光で輝いていた。寡黙なカイルは何も言わないが、根気のいる丁寧な作業がなせる技である。渡された剣はすべてを物語っていた。ロングソードは新品以上にピカピカである。これは新品同様に売れそうな感じだ。
さらにすごいのは斬れ味。カイルが一枚の紙を剣のブレード部分めがけて落とした。ふわふわと落ちた紙がスパッと切れたではないか。まさにカミソリの如くである。これに柄の部分の修復、バランス調整をすればかなり商品力は高まる。
この性能にボスワースの斬鉄加工を加えたら、この剣は唯一無二の武器になる。つまり高値で売れる商品への変貌だ。
「アディが見たこともないお菓子を作ってやる!」
右京はさっそく、ゲロ子と一緒に市場へ材料を買出しに行った。買ったものは『砂糖』『牛乳』『生クリーム』『ゼラチン』『バニラエッセンス』そして、氷に塩である。生クリームは牛乳を遠心分離させて作るのでこの世界にあるかと心配したが、心配は杞憂であった。特別な料理の材料としてちゃんと売っている。
ただ、遠心分離をして作る技術はないから、効率の悪い作り方をしていた。それは、しぼったままの乳を静置しておくと脂肪球が浮上して脂肪分が多いクリームができる。これが生クリームだ。この世界では、それを丹念にすくい取って作っていたのだ。但し、作り方が面倒で時間もかかるので高価ではあった。
「主様、これで何を作るでゲロか?」
ゲロ子も知らなくらいだから、アディも絶対知らないはずだと右京は自信をもった。ゲロ子の特殊能力『一般辞書』はこの世界の一般常識が検索できる。そこには今から作るお菓子の名前は載っていない。右京は自信をもってゲロ子に手伝わせながら作っていく。
「まずは牛乳を人肌に温める。絶対に沸騰させるなよ。温まったら砂糖を入れて溶かす」
「ゲロ、出来たでゲロ」
ゲロ子が自分の背丈ほどある木杓子でかき混ぜる。そこへ生クリームを加える。ゼラチンとバニラエッセンスを加えれば完成だ。粗熱を取って、氷を敷き詰めて塩をまぶした容器に入れて冷やす。冷やしながらゲロ子にかき混ぜさせた。
「ふうふう……死ぬでゲロ」
ぐるぐる回ってゲロ子が地面に倒れた4時間後。それは完成した。もう分かるであろう。
『ソフトクリーム』である。
ソフトクリームの歴史は4000年前の中国まで遡る。ミルクを長時間煮てから、雪で冷やして食べるアイスミルクがその原型。それは商人を通じてヨーロッパに伝わった。やがて17世紀にはイタリアでアイスクリームが発明され、物を凍らす技術の普及とともに発達。金持ちしか食べられなかったのが、庶民の口にも入るようになったのだ。ちなみに日本人が初めてソフトクリームを食べたのは、1951年と伝えられるからとても新しい食べ物なのだ。そして、今では各地の道の駅ではご当地のソフトクリームに大人も子供も舌鼓をうっている。
この右京が飛ばされた世界では、生クリームはあってもそれを使ったお菓子はまだまだ、発達していなかったのが幸いした。アディがアイスクリームを食べたことがなさそうであったので、もしやと思って右京が作ったのであった。
右京は作ったソフトクリームを袋に詰めて、袋の端を切った。そこからウェハース菓子の上にニョロニョロと絞りだしたのだ。
「白いう○こみたいでゲロ……」
ゲロ子がイメージが悪くなるコメントを言ったので、バシッと叩いて黙らせた。平面ガエルになったが、ドラゴンブレスを浴びても復活する奴だ。この程度では何ともないだろう。
アディはソフトクリームが出来上がるまでにウトウトと寝てしまったが、起こしたらそれを見て目を輝かした。作るのに手間取って、もう外は日が傾いている。早くしないとアディの母親が心配する。
「アディ、ソフトクリームだ。食べてごらん」
スプーンですくって一口食べるアディ。口に入れたとたん、ぷるるんっと体を震わせた。ぱあ~っとアディの周辺にお花畑が展開される。目をつむって感動している。
「おいしい。おいしい」
目を開けると勢いよく食べ始めるアディ。右京の目論見は成功した。皿まで舐めて満足したアディは、右京のために火を吐くことを了承した。
「右京お兄ちゃんのためにアディ、がんばる」
アディラードはソフトクリームを舐めながら、ポッポッっと黄色い炎を吐き出した。




