けだものやフラン
「けだものや」はこの街にいくつかある革生地を扱う店の中でも100年続く老舗である。扱うのはこの世界で手に入る革全て。牛や馬、豚等の家畜から、クマ、シカ、ヘビ等の野生動物の革、はたまた、リザードやキラーラビット、ドラゴンといったファンタジー世界に出没するモンスターの革まで扱っている。客は革を使って製品を作る業者がほとんどであるが、個人への小売もやっている。革生地は武器にも使うパーツなので、右京はよく出入りしていた。
繁華街にあるが店構えは質素で古い。表のワゴンには安売りの革生地が束ねられて積んである。革は種類と大きさによって値段は変わってくるのである。
「おー。右京さん、久しぶりっす」
部活の後輩のような話し方をしてきたのが、この店の実質的オーナーのフラン。長い赤い髪をリボンで縛り、愛くるしい大きな瞳を右京に向けている。一本アホ毛が飛び出ているが愛嬌というものだろう。言葉は男のようだが一目見れば誰でも分かるれっきとした女の子である。年齢は18歳である。なんで、18歳でこの老舗のオーナーかというと、店主のオヤジが商売を娘に任せて自分は珍しい革を手に入れる旅に出てしまっているからであった。フランは9歳の頃から店を手伝っていたから、18歳とは言っても経験は9年ということと、持って生まれた商才を発揮していたから店は安泰であった。
「よー、フラン。買いに来たよ」
「今日は何にするっす? この間は炎耐性がどうのとかいって、火鼠の皮を買っていったけど」
「剣の柄に巻くんだ。色つきのちょっと華やかなものがいいんだ」
「ふーん」
フランは店に置かれたたくさんの製品を見渡した。剣の柄に巻くということは、かなりの摩耗に耐え、そして滑らず、適度な感触が必要である。使用者が持った瞬間に好き嫌いが出るところだけに妥協は許されない。
「一般的には南部牛の革が評判いいけど、右京さんはそんな一般的なものはいらないっすよね」
「ああ。あれは色が黒か茶だろ。おっさん臭くなる」
「じゃあ、レア物でシーサーペントなんてどう?」
そう言ってフランは美しいブルーの蛇革を手に取った。光沢があり、何より模様が上品で素晴らしい。シーサーペントはかなり強力なモンスターで退治するにはかなりの高レベル冒険者のパーティでないと倒せない。だからかなりレアでそれは値段に直結している。それを知っている右京は両手を広げて無理ですというジェスチャーをした。
「それいくらだよ?」
「10cm四方で300Gっす」
「無理」
一刀で切り捨てる右京。柄に巻くとしたら軽く600Gは超える。それでは剣の買値とほぼ変わらない。いくら豪華でかっこよくなっても売れない値段では意味がない。右京は商売をしているのだ。商売度外視するつもりはない。
「え~っ。それはないっす。このファイアドラゴンの革なんかは10cmで2000Gは超えるっす。それに比べれば安い安い」
「却下って言ってるだろ」
右京はフランの頭にチョップをかます。フランの身長は158cmと右京より低い。子供扱いされてフランは(うーっ)と涙目になった。フランも無理に右京に売りつけようということではなく、単に店が暇なので構って欲しいだけだろう。
「おっ! これいいなあ。上品な白さで手触りもいい」
右京は棚に積まれていた商品から白色のものを手に取った。光沢も然ることながら、しっとりとした手触りが官能的である。
「ああ……。それっすね。ペガサスの革っす。ペガサスの革と言って白馬の革が流通しているけど、これは本物。白馬と違って手触りがいいっすよね。馬の革だと蒸れて気持ち悪いけど、これは適度に水分を吸収するっす。それで手になじむっす」
「うん。これはいいね」
右京は右手で生地を撫でる。ただ、革自体が薄いのでぐるぐる巻かないといけなさそうだ。柄には衝撃を吸収させる役割もある。硬いものに当たって手が痺れるようでは、使い手が困る。
「町で売ってるペガサスの革は大抵、白馬の革。偽物が多くてね。見分けは手触りくらいだから、熟練の商人でも騙されることがあるけど、うちのは正真正銘の本物っす」
「で、いくら?」
「10cm四方で10Gっす」
「じゃあ、これをもらう。あと、なんか変わったものないか?」
右京はそうフランに話を振ると思い出したようにフランは両手をパチンと合わせた。右京に知らせたいというか、みんなに話したいネタがあったのだ。フランは一本のアホ毛をピョコピョコ揺らして、小さな壺を取り出した。茶色い陶磁器のツボで木の蓋と紙で包まれていた。
「これっす。昨日、北方から来た行商人が持ってきたんだけど」
フランがパカッと蓋を開けた。なんとも言えないフルーティな香りがする。プチプチと香りのカプセルがはぜて新鮮ないい匂いがかすかに匂う。例えるならとてもかわいい女の子が通り過ぎた空間に漂う香しさ。
「なんだ?」
フランが木のスプーンですくった透明のゼリーみたいな物体に右京は驚いた。コンビニで並んでいるフルーツ入りゼリーかと思った。だが、フランの言葉はその予想を180度覆す。
「革っす」
「はあん?」
「だから、革だって言ってるっす」
「うそだろ。こりゃ、ゼリーだろ。百歩譲ってもゼラチンだろ」
「ふふん……」
フランは意地悪そうな視線を右京に向けた。
「スライムの革っすよ」
驚いた。スライムに皮があってそれを引っ剥がして加工したのがこれだという。だが、いくら革の専門店だとしてもスライムの革まであるとは思わなかった。それにこの物体は革のイメージを覆す。どう見てもゼリーか透明のネバネバ液体だ。
「これ、使いどころはわからないっすけど、ちょっと面白いんだよね」
そうフランは言うと透明のスライムの革と称する物体をスプーンですくいだし、テーブルに広げると10センチ四方の正方形に広げた。厚さは1センチほどである。透明の弾力性のある板みたいになった。
それを作ると今度は店の奥に行って、台所のカゴに積まれた生卵を持ってきた。そして椅子の上に立つとその生卵を落とした。
「げっ!」
右京は思わず割れて飛び散る卵を想像した。だが、落とされた卵はその透明な板を僅かにくぼませ、そのままの姿を保っていたのだ。
「これには優れた衝撃吸収性があるっす。まだ、どう使うか分からないっすけど、工夫によっては防具に使えるんじゃないかなと思ったわけ」
「なるほど……」
右京の頭にも何かが閃いた。これは使いようによっては素晴らしい素材になると直感した。それで値段を聞いた。どうやら、フランは行商人から試しに買ったようでかなり安い値段で仕入れていた。今のところ、用途が不明なのだから仕方がないであろう。行商人も生産者が新しい商品だからといってアピールするので、ただ同然で買っただけであるからひどく安かった。右京が欲しいだけの量で2Gという安さである。
右京は他にも美しく手触りの良いブリザードトビウサギの毛皮を買い込み、フランの店を後にした。