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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第5話 起業のロングソード(ワンハンドレッド キル 斬鉄剣)
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トレジャーハンター新宿東店

 ブランド品買い取り店「トレジャーハンター」の開店は朝の10時である。伊勢崎右京はこの店に就職して2年。最初はバイトで入った店であったが、社長の誘いと仕事の面白さに魅せられて大学を中退して就職した。


 この世界は「目利き」で全て決まる。売れる商品を見出し、それをなるべく安く買い取って高く売る。これが基本のビジネスモデルであるが、肝心の「売れる商品」を見極められなくてはダメだ。いくら新品で高い値段がついたとしても、人気がなければモノの良さに反して買取り値も安くなる。


 人気がないだけに売る時に困るからだ。右京はこの「目利き」が重要視される職業にとても魅力を感じていた。儲かるも損をするも全て自分の見立てによるからだ。企業の歯車となって一体何をすべきか分からなくなる働き方よりも自分に合っている気がしていた。


 さらに「トレジャーハンター」の社長の経営方針が好きだ。


『売る客、買う客、みんな満足得をする。みんなの味方トレジャーハンター』


 というのだが、買う客だけでなく、売る客に満足な値段を提示し、大切にする経営方針なのだ。丁寧な接客でリピーターも多く、特に右京を指名して売ってくれる常連客も多数いた。


 朝一番に来たのはそんな常連客の一人。まだ二十歳くらいの女性。通称レイナちゃん。定期的にブランドバックや財布、時計を売りに来る。どうやらお水系の仕事をしているようで客からのプレゼントらしいのだが、右京はプライベートなことはあまり詮索しない。必要なのは品物の入手先と箱や取説、保証書などの付属品。後は品物の確かさだ。


「ヴィジョンのバックとゴッチの財布、オレックスの時計ですね」


 高価な品を3点も持ってきてくれた。ヴィジョンのバックはほぼ新品で1回だけ使用したという。見た目だけでも新品同様でかなり状態がよい。この春の新作モデルで人気商品である。新品で45万円はする。たぶん、30万台で売り出せば一瞬で売れるだろう。


 外見には傷は一切なく、中身も汚れもなく、縫製の仕方やここでは書けないが、いくつかのポイントをチェックして偽物でないと確認する。レイナちゃんの彼氏というのは相当金持ちらしく、正規店で最新モデルをプレゼントしてくれるので、右京としても査定は楽であった。少なくともコピー商品という可能性は極めて低い。


 オレックスの時計も最新モデル。買えば80万円はする品物だ。これも人気商品。店頭で60万円台のプライスタグを付ければ、おそらく30分で売れる人気商品だろう。これもいつもプレゼントしてくれる別の彼氏からのプレゼントらしい。


「レイナ様、査定ができました」

「右京くんはいつも早いね。ねえ、今度レイナとデートしましょう」


 そうレイナは真面目な顔をして誘ってきた。一応、右京の方が年上だが彼女の方が稼いでいるから上から目線だ。社会人としてもキャリアも上だ。


「いえ。お客様とデートはできません」


「もう、イケズなんだから……。デートしてくれないともう売りに来ないぞ。プンプン」


 そう冗談めかしくレイナはおどけてみせた。正直、レイナとはデートしてみたいなとは思ったが、こんなプレゼントをしてくれる(彼氏)の一員になるつもりは全くなかった。


「ヴィジョンの方が24万円、オレックスは50万円です。ゴッチの方は5千円ですね」


「えーっ。ゴッチの財布もニューアライバルだよ。新品なら10万円するのに、そんなに安いの?」


「ゴッチは老舗ブランドでモノも良いけど、日本じゃ人気がないんですよ。5千円で買い取っても売れるかどうかです」


「ふ~ん。そうなの。今度から、ヴィジョンの財布にしてもらうわ」


 人からのプレゼントなのでレイナもあっさりしている。プレゼントした方はレイナに使ってもらいたいので似合いそうなデザインを選んだのだろうが、すぐに換金することを思えば人気ブランドの物を買った方が喜ばれるということだ。


 トレジャーハンターではニコニコ元気払いである。すぐさま、手続きの書類を作るとサインをもらい、74万5千円を手渡す。(また来るね)っとレイナは去っていた。ラベンダーのほのかな香水の匂いが後を引く。


 次に来たのはこれも常連の主婦。パチンコが好きで負けが込むと昔、手に入れたというブランドのバックを売りに来る。この主婦は変わっていて売ったバックをすぐ買い戻す。だから、売ったあと、2週間は店頭に出さないでというのだ。


 このバック、現在の中古価格は5万円というところ。それを2万円で買い取る。後で主婦が3万円で買い取るから、少々低めである。仮に主婦が買いに来なくても3万円は儲けが出るから、こちらも損はしないのだ。買い取り店トレジャーハンターでは、これは買取りだけでなく、昔の質屋のようなサービスも行っているのだ。


「よし。今日は勝つからね。運がよければ、今日中に取り返しにくるよ。ダメだったら、2週間後のパパの給料日に買いに来るからね」


「はあ……。健闘をお祈りします」


 本当はやめた方がいいのでは……と言いたいところだが、そこまで言うほど親しくはない。この程度のうちは趣味ということで、気の毒な夫に我慢をしてもらうしかないだろう。右京としては、こんな嫁はちょっと遠慮したい。お客としてはありがたいのだが。

 

 3番目に来た客は初めての客であった。20歳代の若者。服装からヤンキー。寝起きなのかだらしない着方のジャージ姿。足はビーチサンダル。原付で来たのか、首にはヘルメットの紐がかかっている。ジャラジャラといっぱいキーホールダーが付いた鍵を後ろポケットに引っ掛けている。


 後ろには彼女らしい金髪に染めた貧相な女を従えている。ガムをくちゃくちゃ噛みながら、右京の前に来た。


「あんちゃん、この時計とバック、高く買ってや」


 若者はそう言うとテーブルの上に無造作にヴィジョンのショルダーバックと高級ブランド時計オメロを置いた。


「これはどこで買いましたか?」


  一応、右京は入先を聞いてみた。袋も箱も保証書もない。一瞬見ただけでピンと来たのだ。これは警戒しないといけない案件だ。


「はあ~っ? そんなこと聞いてどうするんだよ」

「はい。一応、入手先を聞くのも大事なことでして」


「知らねえよ。これは親からもらたんだよな~。モモコ」

「そうだよ。マ、ママからもらったんだよ」


 急に振られて後ろの彼女が応えたが、なぜか動揺している。動揺している理由は推測できた。右京が黙って見つめると若者は墓穴を自ら掘った。


「そうだよ、海外の土産なんだよ」

「ほう。そうですか。海外はどちらで?」


「確か中国とか、韓国、いや、ワイハ、そうワイハで買ったって」


 ワイハとはハワイのことである。若いのにちょっと古い言い方をする。海外で買ったという場合は、警戒しないといけないことがある。それは偽物。粗悪なコピー商品ならすぐ分かるが、中にはAコピー、さらにはその上のSコピーなんてものもある。本物と見分けがつかない代物だ。


 だが、プロの目にかかればそれを見破ることは不可能ではない。年々、精巧になってきて見破るのも簡単ではないが。

 

 この若者が持ってきたのはそんな見分けがつかない代物ではなかった。ちょっと見ただけで分かる粗悪品。おそらく、海外の露天商からでも買った明らかな偽物であった。偽物は絶対に買い取らないのがこの業界の常識である。

 

 信頼はお金に変えられない大事なものである。偽物を買い取って客に売るなんてことがあったら、会社の存続に関わる大失態である。右京は一応、2つとも鑑定する振りをする。どこをどう見たって偽物である。長く鑑定する必要もなかったが、一応客の手前である。査定を終えるときっぱりと右京は言った。


「申し訳ありません。2品とも当店では買い取れません」


「な、なんだと。どういうことだよ。これ本物だぜ。偽物って疑ってるのかよ。

俺っちがこんな格好だからって買えないと思っているのかよ」


(そんなことは思ってないけど……)と心の中で思っていた右京もそんなことは表情にも出さない。若者が自分から偽物って言ってしまっている愚かさに気づいていないのであるが、それも指摘しない。

 

 散々、文句を言い、机をバンバン叩いて威嚇するが、そんなことでは右京はビビらない。こんな明らかな偽物を買い取ることは絶対にないからだ。散々、怒鳴らせて言葉が切れたところで、一言繰り返すだけだ。


「大変申し訳ありませんが、当店では買い取れません」


 こういう客は確信犯である。ダメだとわかったらさっさと撤退する。怒鳴るのは自分の正当性を主張して、自分の犯罪行為をごまかそうとしているに過ぎないのだ。そう考えれば全く怖くない。


「ふん。こんな店、二度と来ない!」


 そう怒鳴って若者は去っていく。うまく行けば何十万円かせしめると思っていただろうが、プロの買取店ではあんな品を買い取ることはない。


(二度と来て欲しくない)と心の中で右京は思ったが、それでも今はクズな生活をしている若者でも、将来は立ち直ってちゃんと働いてブランド品を買う客になるかもしれない。そう思うと自然に頭が下がり、心を込めて客を見送る。


「ありがとうございました。またよろしくお願いします」


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