ギャンブラーの資質
負けて放心状態のボーチャーにクロアがさらに畳み掛ける。
「まだだよ。クロアが残っているからね。最後の7回戦よ」
「な、何を言ってる。私が負けてこのゲームはお仕舞いだ」
さすがにこれ以上は負けられないとボーチャーは逃げることにした。そもそも、アルトに代わって乱入してきた目の前の連中は得体がしれない。そんな連中とギャンブルするのは危険とみるべきだ。それに気づくのが遅かったとボーチャーは反省した。だが、そんなボーチャーにクロアは提案する。
「いや。あなたはきっと引き受けるよ。このまま、640万G失うのは惜しくない?」
「どういうことだ?」
「簡単なことよ。クロアとゲームをしよう」
クロアはカードを4枚並べる。ヒーロー、ビショップ、ナイト、キングである。それを切ってから伏せる。
「このカードを1枚ずつ引くのよ。大きいカードを引いた方が勝ち。あなたから引くことを認めるわ」
(どういうことだ? ヒーローを引けばその場で勝利だろ。確率は4分の1)
そんな簡単なことで大金をかけられるのであろうか。クロアはこの勝負に640万Gをかけている。勝てば倍の1280万Gである。
(いや、待て待て……。私に先に引かせるのが怪しい。もし、ヒーローを引けば私の勝ちだが、その他のカードを引いたらどうなるのだ)
ボーチャーは考えた。仮にキングを引いたらクロアが勝つにはヒーローを3枚のカードから引くしかない。それは確率3分の1。ナイトを引けば、ヒーローとキングで勝てるから勝つ確率は3分の2に跳ね上がる。ビショップを引けば、ボーチャーはその時点で負けるのだ。公平のようでこのゲームは先攻が不利としかいいようがない。
(小娘め……。危なく、騙されるところだった。このゲームは後攻が有利)
「受けよう。だが、先行はそちらからどうぞ」
「ふん。弱気ね。では、クロアから引くよ」
クロアが無造作に引く。カードは「ナイト」であった。ボーチャーの顔に笑みが浮かぶ。
「勝った! 一時はどうなるかと思ったがこれは私の勝ちだ」
「そうかな」
「ふん。そんなことも分からず、このゲームを引き受けたのか。あんたのナイトに勝てるカードは3枚中2枚もあるんだ。これは圧倒的に有利だろうが」
「でも、ビショップを引いたらあなたの負けだよ」
「引かないよ」
「引くよ。だって、負ければ1280万Gだよ。ボーチャー、あなたの全財産全て失うんだよ」
そう言われてボーチャーは急に恐ろしくなった。よく考えれば全財産を失う確率は3分の1もあるのだ。体がガタガタと震えて止まらなくなる。
(小娘め、この私を脅すとは……。だが、そんな脅しに負けるかよ)
ボーチャーは右端のカードに手をかけた。だが、左端に変える。また、右に戻り、真ん中にも行く。選べない。3分の1を失えば全て失う。そう考えると引けない。迷いに迷った挙句、真ん中を選んだ。
人間、心に迷いが生じた時に、必ず引いてしまう。それは最悪のカードである。ボーチャーは引いてしまう。
破滅のカードを。
引いたカードは『ビショップ』
「ビショップ。あんたの負け。今日はもうやめといた方がいいよ。というより、明日からは文無しか。ついでにダーリンとハーフエルフの呪いを移し替えておいたから。ああ、大丈夫だよ。あんたのおかげで随分弱まったから、ちょっと運がないだけで普通に働いて暮らしていくには支障がないよ。ギャンブルはお勧めしないけどね」
クロアはそう言うとカジノの扉に向かって右手を差し出し、パチンと指を鳴らした。それを合図に警備兵がドカドカと入ってくる。カジノの中は急に慌ただしくなった。
「アルト・グランゼルク、呪いの武器を制作した容疑、及びそれを使用した殺人及び傷害の罪で連行する」
アルトはうなだれた。ボーチャーは破滅したが、それは自分の手によるものではない。母を死に追いやった3人には罰を与えたが結果的には虚しさだけが残った。
警備兵はさらにボーチャーを逮捕する。容疑は20年前のグランゼルク家への誘拐容疑。これは入院していた2人の戦士も同様でそれぞれ入院先で逮捕された。
そんな状況になっても、ボーチャーは真っ白になって椅子に座っていた。全財産を失い、ギャンブラーとしての自信も失ってしまった。ちなみにボーチャーの全財産はカジノの人員によってすべて処分されて20%の手数料を取ってすべてクロアに行くことになる。
「……右京さん、右京さんのおかげでうちは命拾いしたのじゃ。感謝するのじゃ」
「まあ、結果はよしだけど、この事件、意外と奥が深かったなあ」
警備兵への通報は、おおよその事件のあらましを知ったクロアの通報によるものであった。クロアは警備本部にも顔が利くらしく、全てが終わった時に合図で踏み込むように手はずを整えていたのだ。
「クロアさんもありがとうじゃ」
ネイはそう言ってぴょこんと頭を下げた。長い耳も一緒に折れている。
「ふふふ……。お礼なんていいわ」
クロアはマントを広げて口を大きく開けた。ネイは恐ろしさに両膝が合わさってカクカクと震え始めた。右京はクロアの脳天にチョップをかます。
「痛い」
舌を嚙んだクロアが抗議する。
「小さい子を脅かすなよ。それに原則、吸血は禁止だろ」
ネイたちが連行されて行くのを見届けたあと、ゲロ子が締めくくる。
「これにて一件落着でゲロ」
「おい、ちょっと待てよ。ゲロ子、勝手に終わるなよ」
「なんでゲロか?」
「俺には疑問があるんだよ」
「面倒くさいでゲロ。結局、主様は今回、1Gすらも儲けられなかったでゲロ。店に帰ってヘソかんで寝ろでゲロ」
今回、ゲロ子は後半大活躍だった。それに比べて右京はいいところがなかった。ゲロ子とクロアがいなければ何もできなかった。
だが、右京はこれが解決しないとへそを噛んでも寝られないと言った表情でクロアに尋ねる。どうして、最後の勝負。圧倒的不利なのに勝ちを確信していたのか。おそらく、考えられないようなイカサマをしたに違いないと思っていた。だが、クロアの返答は至ってシンプルであった。
「そんなことしないよ。ボーチャーがギャンブラーだったら、負けたかもしれないけど。彼はギャンブラーじゃなかった」
「ギャンブラーじゃない?」
「そう。彼はイカサマをすることでギャンブラーの魂を失ってしまったのよ。ギャンブラーじゃない人間は、莫大な掛金に心が押しつぶされてしまうのよ。押しつぶされた人間は必ず最悪の結果を引いてしまう。彼が昔のような天才ギャンブラーだったら、最初に引いたでしょうね。たかが4分の1。自分の全てを賭ける気概があれば、くだらないこと考えないで一気に引いたでしょう。一番強いヒーローのカードをね」
「なるほど」
イカサマによって勝つことでボーチャーは持っていたギャンブラーとしての嗅覚を失ってしまった。たやすく勝てる状況では研ぎ澄まされた感覚は鈍る。そんな状態で自分の全財産をかける大勝負などできるわけがないのだ。これが因果というものであろう。
右京としては呪いが解呪されたことだけで満足するしかない。ちなみにアルトが置いていったクリスナイフは呪いの力も解けて普通の短剣となった。
右京はこれをこのカジノのオーナーへ売却した。売値は破格の5000G。短剣にしては高いが装飾品としても使われるクリスナイフは鑑賞用としても需要があった。ましてや、ボーチャーに勝った伝説の剣である。「ボーチャークラッシュ」という名前でガラスケースに入れられ、カジノの名物として展示され、人気を博したのであった。
今回の収益
5000G
失ったもの800ccの血液
「一応、収益があったから成功だろう」
「そう思いたいでゲロが、一番儲けたのはクロアでゲロ。天井知らずの儲けでゲロ」
「確かに……」
クローディア・バーゼル。バンパイア女子。元から金持ちで右京も今の店を出すときに援助をしてもらった過去がある。魔法の鑑定屋を営んでいるが、この町に住んでいる理由もこれまでの過去も一切が謎。ギルドのブラックカードを持っているところを見るとかなりのVIPである。その彼女、なんやかんや言ってもボーチャーから1280万G(日本円で64億円)ものお金を一晩で儲けたのだ。
全く女は怖い。
「主様、今度は儲けないといけないでゲロ」
「おれは地道にやるよ。ギャンブルは懲り懲りだ」
その後……。
アルトは10年の禁固刑が降され、監獄島へと送られた。呪いの武器を作るという重罪に、結果的に1人を殺し、2人にケガを負わせ、2名に危険な目に遭わせたのにも関わらず、刑が軽かったのはグランゼルク家の悲劇の真相が考慮された結果であった。
大怪我をした戦士2人は、グランゼルク夫人の誘拐の罪で20年の懲役刑が言い渡された。彼らの話からグランゼルク夫人は隙を見て逃げ出したが、逃げる途中に崖から落ちて死亡したことが分かった。
ボーチャーは誘拐事件には直接関わっていなかったので、この件に関しては無罪となった。だが、彼の場合は一番重い罰であったかもしれない。全財産をギャンブルで失い、ギャンブラーとしては致命的な「運」が悪い宿命を背負ったからだ。
ちなみにグランゼルク家を没落させようとした勢力の黒幕はついに分からなかった。放心状態のボーチャーもそれだけは絶対に言わなかったからだ。




