右京の戦い
「次は若造か。相手を変えてこちらを混乱させようという作戦だが、私には通用しないよ」
ボーチャーはそろそろ本気を出そうと思った。ネイは完全にど素人だったので、かなり気を抜いた。素人の典型的ビギナーズラックで2勝されたが痛くはない。遊びはここまでだとボーチャーは思った。何しろ、この勝負。640万Gがかかっているのだ。
だが、そんなボーチャーに衝撃的な光景が目に入った。後ろに下がったネイだったが、懐からカードが1枚ポロリと落ちたのだ。
(7のカード)
(な、なんだと~。あの小娘、イカサマをしていたのか? いや、よく考えたら連続で7の3枚はおかしいだろ。そんなことも見抜けなかったとは。いかん、いかん。あまりに素人だったので油断しすぎた)
そうなのである。ネイはシーフ。手先の器用さはプロである。クロアはネイにアドバイスした時にそっと7のカードを3枚渡したのだ。スリもできるネイのフィンガーテクニックなら、手札と7カードをすり替えるくらい朝飯前なのだ。バレないように5枚チェンジしたのは、懐の3枚とすり替えるためだったのだ。
(この私が見抜けなかったとは……。まあいい。この小僧でおしまいにすれば済む話)
ボーチャーはここで決めると決断した。タバコに火をつけて、煙をはくと灰皿にポンポンと2回タバコの灰を落とした。これは合図である。実は札を配るディーラーはボーチャーに買収されており、ここぞという時には不正を働くことになっていたのだ。
ディーラーの男はボーチャーに目配せをする。ワンターンキルだ。最初に配っ
たカードで決めてしまう作戦だ。最初にカードをよく切るのだが、その時に既に仕込みがされているのだ。
交互に配るが右京には何も揃わないブタ。ボーチャーはビショップ、ナイト、キング、ヒーローが揃うストレート。色も赤でそろえたバーニングキングス。ダメージは100である。一撃とはこのことだ。
「な、なんだこりゃ!」
右京はカードを見て驚いた。ゲロ子がひょっこり顔を出してカードを覗き込む。さっきまで失念していたが、今までコイツはどこに行っていたのであろうか。
「ゲロゲロ……。主様。ツイてるでゲロ」
「こんなことありえないのだが」
今の右京は運が枯渇しつつあるツキがない状態である。だが、目を疑った。手元にあるカードは赤色の10、ビショップ、ナイト、キング、ヒーロー。いきなり揃っているではないか。
「ちょっと細工したでゲロ」
ゲロ子がそう右京に言った。実はここに着いて、アルトとボーチャーの試合を見たときにディーラーが買収されていることをクロアは見抜いていた。そこでゲロ子に姿を消して、ディーラーの手札をこっそりと入れ替えるように指示したのだ。
ゲロ子は怪しまれないように最初から姿を消してディーラーの傍で待機していたのだ。今の場合、交互になっているカードを入れ替えるだけで、元々、ボーチャーのところへ行くカードが右京のところへ来ることになる。
「ゲロ子、お前、そんなことできたのか?」
「できるでゲロ。ゲロ子の動きは高速でゲロ」
今まで隠してきたがゲロ子の高速スピード。1秒間に反復横とび20回なのだ。(笑)
「ば、馬鹿な! こんなことがあるかああああっ!」
ボーチャーが立ち上がり、頭を抱える。右京のところへ行くカードが来たのなら、何も揃わないブタである。このまま、右京にアタックをかけられたら負け決定である。
観客はみんなボーチャーの方を見る。キングスの王者、ギャンブルのレジェンドと言われた男が大敗北する瞬間を見ることができるのだ。これは歴史が変わる瞬間と言っていい。
(くそが……。こんな肝心なところでディーラーの奴、ミスをするとは……)
ボーチャーはこっそりとディーラーの顔を見る。だが、ディーラーの男は顔が青ざめている。明らかに自分が細工した結果と違うという表情だ。
(奴のミスじゃない……。ってことは、奴ら、何か仕掛けをしやがったのか?)
ボーチャーはここへ来て、右京たちが不正をしていることに気づいた。だが、そもそも不正をしたのはボーチャーの方。実はアルトにわざと負けて、勝負を仕掛けてから全てボーチャーの方が不正をしていた。
イカサマで勝っていただけなのだ。ネイとの勝負は相手が素人なので、イカサマ技を使わなかったが、逆に使われて2敗した。
(この私にイカサマを仕掛けるとは……。どんなイカサマか知らんが後悔させてやる)
「アタックだ」
右京が攻撃を宣言する。通ればボーチャーの負けが決定する。だが、ボーチャーにはあと一回、カードをチェンジする機会が与えられる。
(奴のカードは私のところへ来るはずだった、スパークキングスストレート。それに勝つ役はラグナロクしかない)
(ラグナロク)とはカードを5枚揃えることだ。通常では4枚しかないから、ドラゴンカードを入れるしかない。しかも10以上は右京が既に1枚持っているから、9以下で揃えなければいけない。ボーチャーが捨てたカードは2、4、6、9、ビショップ。3か7、8で揃えるしかない。引ける可能性はほとんどない。
ちなみにポーカーでファイブカードを引く確率は54枚から5枚を選ぶ確率で、40545分の1だ。5万回に1回の割合だ。ちなみに右京の役はロイヤルストレートに当たるのでこの確率は65万分の1だ。右京の方がすごいが、この追い詰められた状況で引くのは奇跡である。
(だが、ここで引くのが腕の見せどころさ)
ディーラーはあてにできない。右京ら何らかの細工をしたに違いないから。ならば、自らの腕で行う。これまで巨万の富を築いてきた技だ。受け取ったカードを裏返しに並べるときにこっそりと入れ替えた。隠し持っていた7のカード4枚とドラゴンカードである。
7が5枚揃って(ラグナロク)成立。この日がまた伝説として語り継がれることになる。
「こちらのはレッドのスパークキングスストレート」
(おおおおおっ……)
観衆からどよめきが起きた。いくらボーチャーでもこれに勝てるとは思えない。
「ククク……」
ボーチャーは不敵な笑いを浮かべた。右端の1枚をめくる。
「Dカード。ドラゴンだ」
次にその隣の1枚をめくる。
「7だ。小僧、これがどういうことか分かるか」
「どういうことだよ」
右京は嫌な気がした。右京の役は最強である。正確には2番目に強い役だが、これより強い役は奇跡でも起こらなければ揃わない。しかもボーチャーは全部替えている。奇跡でも起こらない確率だ。
「7」
3枚目も7である。ボーチャーは4枚も躊躇なく開く。
「7」
(おおおおおおおっ……)
またもや、観客がどよめく。ありえない役が出現して劇的に逆転するかもしれないという興奮が満ちる。ボーチャーの余裕のある顔。伏せたカードを右から1枚ずつめくって行く演出。誰もが奇跡を予感する。
(ドクン……)
右京の心臓が鳴った。よく考えれば自分の運は呪いで尽きようとしていた。こんな状態でギャンブルする方がおかしい。自分のツキの無さが今、ボーチャーに奇跡をプレゼントしているのではないかと思った。
「ダーリン、ちゃんと目を開けて」
バシンとクロアに背中を叩かれて、右京は目が覚めた。頭の中では既に負けを認めようとしていたのだ。
「ク、クロア」
「目を開けて最後の札に願いを込めるのよ。7以外、7以外って」
「そんなんで変わるのかよ」
「変わるよ。運命は自分で決めるんだよ。強い一念は決定事項を変えるものよ」
「ふふふ……。変わるものか! これでおしまいだ~っ」
ボーチャーはバシッっとテーブルに最後のカードを叩きつけた。誰もがそのカードを「7」だと思った。劇的な逆転劇だ。
「ラグナロク成立。私の勝ちだ。ハハハッ……。残念でした。正義は常に勝つのだよ」
ボーチャーは高笑いをする。だが、みんな押し黙っておる。沈黙だ。右京も観客もカードを見ている。
(なんだ、なんだ。驚きで声も出ねえのか?)
ボーチャーはカードを見る。確かに「7」のはずだった。目をこすった。「2」に見える。もう一度だけ目をこすった。「2」だ。
「ぬおおおおおおおおおっ~。どうしてだ、私はちゃんと7にすり替えたはず……」
思わず、本当のことを口走るボーチャー。観客が騒ぎ始める。
「あんたは4枚しか揃ってない。ということは、ダーリンの勝利だね。640万G払ってもらうわよ」
「ば、馬鹿な。そんなことがありえるわけがない」
呆然とするボーチャー。640万Gは自分の全財産の2分の1である。大ダメージである。
「ど、どういうことだよ? あの流れでこれはないぞ。まさか、クロアが言った俺の念力で変わったとか?」
右京は内心、自分も捨てたものではないと自信をもった。一念は奇跡を起こす。
「そんなわけないでゲロ。ゲロ子がすり替えたに決まっているでゲロ。ズルをしようとしたから天誅を加えたでゲロ」
ゲロ子が右京の服のポケットから顔を出してつまらなさそうにあくびをした。
どうせ、そんなことだろうとは思ったが。




