ネイの戦い
「やっと捕まえたぞ」
「だ、誰だ、ネ、ネイ!」
アルトは自分の肩を叩いた若い男の後ろにこの間まで仲間だったハーフエルフの娘を見て驚いた。呪いを受けてもうこの世にいないと思い込んでいたからだ。
「ちょっと休憩していいかな。この男にちょっと用事があるからね。ボーチャーさん」
クロアがそうボーチャーに片目を閉じた。ボーチャーはちょっと疲れていたし、クロアの神秘的な瞳に魅せられて了承した。但し、10分だけだと念を押していた。
「今の状況から大体、察しはつくけど、お前、人を不幸にして勝とうなんて虫が良すぎないか? その呪いの短剣のせいで1人死んでいるんだ」
右京は怒りを抑えながらそうアルトの胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。コイツが父親の敵を取るために3人の人間を犠牲にしたことは分かっている。そして、さらに2人が危険にさらされているのだ。ボーチャーに打ちのめされて精神がボロボロだったアルトは力なく薄笑いをした。
「あんな奴ら、死んで当然さ」
「なんだと!」
「あいつらは20年前にボーチャーと組んで俺の父親に無理な戦いを強いた罪がある。そして母の敵だ。死んで当然」
アルトは話し始めた。20年前。父親がボーチャーと無謀なレートで戦った原因。ボーチャーは3人の冒険者を雇い、密かにアルトの母親を誘拐したのだ。返して欲しければボーチャーと全財産を賭けて戦えという要求だ。最愛の妻の無事を賭けて父は戦い、ボーチャーに敗れ去った。そして母親も帰ってこなかった。証拠隠滅のために誘拐直後に殺されたというのだ。
「……3人はともかく、ネイはどうなんだ。彼女は関係ないだろ」
「この小娘も奴らの仲間だから当然だ。最初はこの事件に関係がないからターゲットから外したけど、少々、この剣が覚醒するのに運がチャージできなかったからな。犠牲になってもらった」
「ひどい、ひどいのじゃ、アルト」
「これを見ろ!」
右京はアルトにシャツをはだけて胸を見せる。蛇が心臓に到達しそうだ。アルトはそれを見てビクッと体を震わせた。
「関係ない人間を巻き込んでもそんなことが言えるのか!」
「それはあんたの運が悪かっただけさ。俺のせいじゃない」
「この野郎!」
右京はアルトを殴ろうとしたが、それを止めたのがクロア。拳を片手で掴む。華奢な女の子の風体なのに右京の拳は全く動かない。バンパイア恐るべしだ。
「ダーリン、この男を殴っても無駄だよ。それより、呪いはもうすぐでダーリンの運を食い尽くすよ。それを回避するにはあのボーチャーを負かすしかないね」
「お、俺が?」
「そこのハーフエルフもだよ」
「うちも?」
きょとんとするハーフエルフを制するようにアルトが叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待て。勝負は俺が……」
「無理だね。あんたの目は負け犬そのものだよ。これ以上やっても絶対に勝てない。代わりにクロアたちがやるよ。その後にあんたには償ってもらうからね」
クロアはそう冷たく答えた。その目はボーチャーに注がれている。そして、こう続けた。
「今、クリスナイフは運を吸って幸運の短剣に進化したけれど、ダーリンたちの呪いはボーチャーを倒すという目的が果たされない限り解呪されないよ。今から3人でボーチャーを倒すのよ」
「それは無理じゃ。うちはキングスは素人じゃ」
「俺もだ」
「大丈夫、勝てるよ。それぞれが役割をちゃんと果たすならね」
そう言うとクロアはずかずかとボーチャーのもとへ近づく。ボーチャーはキングスのテーブルでうまそうにタバコを吸って休憩している。
「何だ、嬢ちゃん。話は済んだのか?」
「クロアは折り入っておじさんに頼みがあるの。この勝負の続き、クロアたちがアルトの代わりにおじさんと対戦する」
「な、何を言ってるんだ? そんなことできるわけないだろうが。第一、私にどんなメリットがあるんだ」
「あるよ。戦いは7回戦でしょ。そして、ここまでの掛金はこちらが用意する」
「な、なんだって? 320万Gなんてお嬢ちゃんに払えるわけが……」
クロアはポケットからギルド発行の小切手を取り出す。表紙がVIP専用のブラックである。サラサラと記入してクローディア・バーゼルと記入した。それをちぎるとテーブルに放り投げる。ボーチャーはそれを見て驚いた。正真正銘のギルド発行の小切手だ。
「どうやら、嘘じゃないようだな」
信じられないことだが、目に前の黒髪の少女は相当な金持ちらしい。ボーチャーとしては棚からぼた餅が落ちてきた心境だ。ここまで連勝して賭け金は320万Gまで積み上げたとはいえ、対戦相手のアルトがその金額を払えるはずもなく、あくまでも自分を狙う男を返り討ちにして鉱山での強制労働という監獄へブチ込むのが目的であった。
そこに実利である金が加わる。あまりの美味しい話に疑いたいところもあったが、ボーチャーは確実に勝てる自信があったからそれも忘れた。この勝負、受けない方がおかしい。
「ルールは簡単。クロアたちは3人で交互にあなたと戦う。一回戦のみ。どちらかのポイントが0になった時点で終了」
「掛金は640万Gになるが払えるんだろうな」
「心配ならもう320万G小切手で払いましょうか?」
「いいだろう。最初は誰だ。そいつが一撃で負ければ3人ゲームする暇はないぞ」
クロアはネイにこそこそと耳打ちをする。ネイは頷いた。右京は席に着くネイを見てクロアに尋ねた。
「どんなことアドバイスしたんだ?」
「最初はとにかく役ができたらこっちから仕掛けなさいってね。後はハーフエルフの得意技を少々」
「だけどな。俺もネイも運が奪われて手札はきっと最悪だぜ。このギャンブルに勝てるわけがない」
「ふふふ……。運のことを言えば、このカードゲームは戦略で補えるよ。運は悪くてもボーチャーより戦略がよければ勝てるわ」
(そんなもんかな……)
クロアに言われたが右京には勝てる自信は全くない。アルトから奪ったクリスナイフの加護も右京とネイには効果がない。
カードが配られる。ネイは全くの素人でカードの持ち方からしておぼつかない。その様子を見てボーチャーは、ネイを完全に見下した。これは一撃で倒せると思ったのだ。
よって、配られたカードは既に2と3が2枚ずつ揃うダブルキルであったが、もっと上の役を狙って2を含む3枚を捨てた。時間をかけて役を作ろうと思ったのだ。ネイは最初のカードがバラバラだったらしく、5枚チェンジをしている。しばらく時間がかかりそうだ。
だが、次のターン。ネイはアタックの宣言をする。
「7のチャージ3じゃ」
「ちっ。素人がケチな役であがる。15ダメージだな」
短期決戦では素人がプロを上回る瞬間がある。それは怖いもの知らずにまっすぐに突っ込んでくるとき。その勢いにプロが押される時が稀にある。今回の場合もそれだろう。全部捨てて、7を3枚引くとは運がいい。
ボーチャーはまだ油断していた。次のターンもネイは全部捨てをする。そして次のターンで揃ってアタックしてきた。またもや7のチャージ3。
(くっ……。低い役でバカみたいに攻撃してきやがる)
ボーチャーはやむを得ず、次のターン最初に配られたカードで3枚揃った8でアタックをする。ネイは5枚捨てて5枚もらう。
「オープン。8のチャージ3」
「7のチャージ3じゃ」
「今回は私の勝ちだな。15ダメージ」
ネイはここで右京と交代した。ボーチャーに2度勝ったのが影響を与えたのが蛇のあざが薄くなっている。ボーチャーに完全に勝てば、呪いは解呪される。




