ボーチャーの奇跡、グランゼルクの悲劇
マイヅルの町は港町だ。イヅモが神殿の集中するいわゆる門前町のような性格の街に比べて、海運による物資の集積地として栄えている街だ。商人としてはこちらの町の活気が好ましいと右京は感じたが、正直、それどころではなかった。
グランゼルク家の屋敷を訪れたが既に他人の手に渡っており、関係者は誰も住んでいなかった。この2日間、手分けして周辺を聞き込み調査してもアルトの行方については全く手がかりがない。
「これは失敗したでゲロな」
「これだけ情報がないとはな……」
屋敷が今の持ち主の手に渡ったのはつい最近のことで、それより前は別人が所有しており、グランゼルク家が没落した時期も理由もよく知らないということだった。いっそ、貴族にツテでもあれば、この町の貴族に聞くこともできたがそういう知り合いもいない。
庶民に聞いても貴族のことなど噂話程度しか知らないだろう。それでも何とか、グランゼルク家が没落したのは20年以上前ということだけは掴んだ。
「ダーリン、気晴らしにあそこへ行こうよ」
クロアが指を指した。太陽が沈み、薄暗くなった街に一際輝くそれはカジノ。こういう港町には大小のカジノが集中している。マイヅルの街もレートに合わせて様々な店があった。クロアが指差した店はその中でも結構高級な店だ。こういう店はチップ1枚に付き、100Gはする。
「クロア、今日で5日が経過したんだ。あと2日しかない。あんなところで遊んでいられないよ」
右京の蛇のあざは肩から胸に届こうとしていた。あと2日で右京の運は全て食われてしまう。
「遊ぶというより、情報集めよ。ああいうところで思わぬ情報が集まるものよ。それにダーリン。運が食われたら、クロアのところへ来ればいいよ。部屋に閉じ込めてクロアが守ってあげる。それこそ、一生、部屋から出さずに守ってあげるよ」
そう言って舌を出してぺろっと下唇を舐めた。妙にそれが赤く見えて右京の背中にぞぞっと冷たいものが走る。バンパイアのクロアが言うとシャレにならない。
「冗談はよせ」
「それにクロアはいいことを思いついたの。すごくいいことよ」
「ゲロ子も思いついたでゲロ。クロア、さすがに腹黒いバンパイアでゲロ」
「お前もね。腹黒カエル」
仲が悪いはずのクロアとゲロ子が同じことを思いついたようだ。それは誰でも思いつく単純な発想。現在、右京とネイの蛇はかなり心臓に近づいている。アビリティ食いの呪いを受けて、運が枯渇しつつあるという証拠である。
よって、2人とも超運が悪い。それをクロアとゲロ子は逆手に取った。つまり、右京とネイが賭けた逆のところに賭ければ勝てるのだ。
実際にルーレットで右京が赤に賭ければ、クロアとゲロ子は黒に賭ける。これだけで10連勝。ネイが座ったスロット台の隣に座れば大当たり連発。それに比べて右京とネイはとことんついてない。どうせ当たらないから大きく賭けなかったが、賭けるお金は湯水のように消えていく。
もちろん、元手はクロアが出してくれたので右京が損しているわけではなかったが、とことん当たらない。ネイに至っては、200分の1の確率で当たるはずのスロットなのに2000回回しても当たらない。それで台を代わると座ったゲロ子が一発で7揃を引いて大当たりするなど、何をやってもダメである。
「ゲロゲロゲ-。大儲けでゲロ。3000Gも勝ったでゲロ」
「クロアも大儲けで笑いが止まらないわ。ダーリンやハーフエルフの負けを差し引いても十分なリターン。これはやめられないわね」
「俺は面白くないぞ」
調子に乗ったクロアとゲロ子だったが、結局、欲を出して儲けたお金を全て失ってしまった。右京が1枚だけ賭けた黒が当たってしまったのだ。右京の仲間と考えれば、クロアやゲロ子がいい思いができるはずがない。運の悪さは周りにも影響するのだ。
「兄ちゃん、とことんついてないね」
やりたくもないカジノでとことん負け続ける右京だったが、当初の狙いは情報収集。クロアもゲロ子も遊びながらもちゃんと仕事をしていた。さりげなく、グランゼルク家のことを客に聞いていたのだが、右京自身に話しかけてくる人物がいた。
見ると頭が禿げた小太りのおじさんだ。聞けば町で魚卸の会社を経営している社長らしい。今晩の社長はそこそこ勝っているようで機嫌がよい。
「ギャンブルの天才ボーチャーじゃないなら、そこそこの勝ちで満足しないとね。凡人はギャンブルは楽しむ程度で済ませないとね」
「ボーチャー?」
「なんだ、ボーチャーを知らないのか? あのグランゼルク家を一夜にして破産させたギャンブルの天才、マクドナルド・ボーチャーを」
「な、何だって?」
右京は思わずおっさんに聞き返した。グランゼルク家を一夜で破産させた話をだ。社長のおっさんはこの街では名士らしく、上流階級とも付き合いがある。今から20年前、まだおっさんが30代でバリバリ仕事をしていた頃にその出来事は起こった。
マクドナルド・ボーチャーという男はふらりとこの街に現れた男であった。何故か有力貴族と太いパイプがあり、都でも有力な貴族の落胤という噂があった。この街で一番格式が高いカジノを毎晩出入りし、金を稼ぎまくった。すさまじく運が良い男で損することなく、その勝ち方が見ている人間をハラハラドキドキさせて、魅了してたちまち人気者になった。
あらゆるギャンブルに精通していたが、特にキングスというカードゲームが強く、対戦相手と大金を賭けて戦うことでは無敗を誇っていた。その華麗な戦術で勝ち続ける彼と大金をかけて戦いたがる人間が後を絶たず、毎夜のごとく伝説に残る戦いを繰り広げていた。
そんな彼に対戦を申し込んだ男がいた。アーウィン・グランゼルク伯爵。当時、30代半ばだったがこの町の青年貴族を取り仕切るリーダーであった。彼もまた、キングスでは名手としてもてはやされ、ボーチャーとどちらが強いか話題になっていた。
そしてある夜。アーウィンとボーチャーが莫大な金を賭けて対戦することになる。それはヴァルハラルールと言って、勝敗によってあらかじめ賭けた大金を1試合終わるごとに倍にしていく方式で賭け金が天井知らずになるルールであった。
対戦はボーチャーの完全勝利。天井知らずルールによって、600万G超という莫大な負債を背負わされたアーウィンは海に身を投げて命を断ち、グランゼルク家は貴族の地位を失い、家屋敷、すべての財産を失ったという。
「その時のボーチャーの作った役というのが劇的でな。アーウィンもかなり強い役でボーチャーをあと少しまで追い詰めたのに、ボーチャーは5枚の札を全て捨てて、引いたのが最強の役。大逆転で勝ったのじゃ。今でもボーチャーの奇跡、グランゼルクの悲劇と言って語り継がれているよ」
アルコールも入っているのか、おっさんの口は饒舌であった。滅びたグランゼルク家に5歳の男の子がいたことも話してくれた。
「その子供がアルトだとすると、ボーチャーへの復讐で今回の事件を起こしたとは考えられないか」
右京はそうネイやクロアに聞いたことを話した。その話が本当ならば、父親の敵を取りたいと思うことは自然であろう。ゲロ子がパチンと手を叩いた。
「あのクリスナイフの呪いでボーチャーの運を食い尽くしてから、勝負を挑んで彼を破産させるとかでゲロか?」
「いや、それだとパーティメンバーから運を吸い取った意味が説明できないよ。でも、クロアは分かったよ。呪いで運を吸い取ったクリスナイフは逆にとてつもない幸運をもたらすアイテムに変わることがあるの。彼はその特殊な効果を使ってボーチャーに挑むと見るべきだわ」
クロアはそう断言した。3人の男の運を食いつくし、今も右京とネイの運を食っているクリスナイフは、十分に運を食うと魔法の武器に転化して今度は使用者に幸運をもたらす効果を発揮するのだ。それを開放すれば、天才ボーチャーにギャンブルで勝てるかもしれない。
「ダーリン。今、ボーチャーは確か、イヅモの町に来ていると聞いたよ」
「結局、元の町へ戻るでゲロか……」
イヅモの町にもカジノはある。ボーチャーはこの世界の町を転々としているのだ。となると、アルトが現れるのもイヅモの町のカジノである可能性が高い。1日かけて右京たちが住んでいる町『イヅモ』に戻る。右京とネイに残された時間はわずか1日となる。




