認証行動その4 第4ロック解除
「なんてこった……。火事に津波かよ!」
火災で避難経路がズタズタにされて、そこへ巨大な津波だ。市の人口の半分の10万人が命を奪われるだけはある。いや、よく10万人で済む。40万人都市なら、それ以上でもおかしくはない。完全にジェノサイドだ。
「ホーリー、クロアかスチュアート王の情報知らないか……」
「あの、ゲームのですか? 右京様」
「ああ。気が変になってるとか思わないでくれ。これはとても重要なことなんだ」
「ご、ごめんなさい。知らないのです」
申し訳なさそうに首を振るホーリー。
「くーっ。ここへ来て手がかりなしかよ!」
「そんなにうまくいくわけがないでゲロ」
ゲロ子の言うとおりだ。そんなに世の中甘くない。
「あの、右京様。この先、わたしはどうすれば?」
「ホーリー、よく聞け。いいな、2日後の夕方に大地震がある。その前に港にある灯台に来るんだ。それまで姿を隠してろ。どこか隠れるところはないか?」
「母方の祖父の家が町の郊外にいます。あの山の上」
「あそこなら、津波が来ないだろう。いいか、ホーリー。お父さんを説得して、水産加工会社の機械や道具を全部、そこへ運ぶんだ。明日中にだ。そして、家族や知り合いを全部避難させるんだ」
「は、はい。やってみます。あの、水野社長との結婚は……」
「あれはなしになるよ」
「2日後に津波で全部潰れるでゲロ」
「いいな。ホーリー。灯台だぞ。町の人を救うために絶対に来いよ」
「は、はい。右京様」
右京はホーリーを高台にある彼女の母方の祖父の家に送り届ける。水野社長が捜索するだろうが、2日間くらいなら匿ってもらえるだろう。
「それにしても、クロアとスチュアート王の手がかりがない。どうすればいいのだ」
「主様。忘れているでゲロ」
「何をだ?」
「ゲームを作っている会社。この町にあるでゲロ」
「……ゲロ子、いいこと言った!」
思わず、右京はぽんと両手を合わせた。ゲロ子にしてはいい思いつきだ。オーフェリアなどという名前のゲームを作り、その名前の王国の王様だ。ゲーム会社の関係者が関わっている可能性がある。右京はすぐさま、『剣と魔法のオーフェリア』の制作会社であるマックフライ社へと急ぐ。この会社は市の中心。ランドタワービルの中にある。
右京は会社の出口で観察する。スチュアート王なり、ティファなりに似ている人物を捜す。『剣と魔法のオーフェリア』はVRMMOであり、テストプレーヤーは自分の姿に似たプレーヤーで割り当てられた職業でプレイをする。ちなみに製品版では、姿を何百種類のパーツの中から変えられるらしい。
これはゲロ子の一般情報。というより、マックフライ社のホームページに行けば情報が出ている。
(今の状況じゃ、とてもありがたい。社員の中でティファとお兄さんに似てる人を探せばいいのだからな)
右京はビルの物陰から、こっそりと出入りする人間を観察する。日中だがビルから結構な人の出入りがある。しかし、それらしき人間は出てこない。これままずいかもと右京は思った。もし、開発者のプログラマーだったらパソコンに向かって作業中で外に出てこないかもしれない。徹夜でもされたらアウトだ。かと言って、ビルの中に入るわけにもいかない。セキュリティが厳しくて社員証がないと入れないのだ。
時間が刻々と過ぎる。スマホの数字はついに50時間を切った。辺りは薄暗くなり、人々は仕事や学校を終えて家路に着く時間だ。しかし、ゲーム会社であるマックフライ社は煌煌と電気が付いている。
「もう疲れたでゲロ」
「意地でも頑張るぞ。こうなれば、出入りする人間全員を確認するしかない」
「ゲロ子の勘違いでゲロ。ゲーム会社にプレーヤーはいないでゲロ」
「適当に言うなよ。手がかりがないんだ。今はここにかけるしかない」
夜の7時を回る。
「お、動きがあるぞ」
不意にビルの正面玄関に黒塗りの高級車が横付けにされた。建物から颯爽と出てくる人物がいる。高級そうなスーツにサングラス。随分と若い。オールバックにした髪ができる男感を演出している。そして、後ろにはレディススーツをビシッと決めた秘書が立っている。メガネをかけて、髪をまとめているがかなりの美人だ。
「おい、ゲロ子、あれを見ろ」
右京はスマホ画面を向ける。きっとゲロ子が目を皿のようにして見ているに違いない。ついでにパシャっと写真まで撮った。
「あれはスチュアート王とステファニーでゲロ」
「見た感じ、社長と秘書みたいだが」
右京は物陰から飛び出る。運転手がドアを開けた瞬間に、右京はその人物に声をかけた。
「あの、俺に見覚えありませんか?」
「なんだね、君は?」
右手でサングラスを外した人物。あの放浪王スチュアート1世そのものである。
「俺は伊勢崎右京です」
「伊勢崎? ゲームの中の武器屋の?」
「そうです」
「そう言われれば、見覚えある顔だ。だが、不思議だ。武器屋はプレーヤーではないだろう。未華子、確かそうだったな」
未華子と呼ばれた女性は、その場で端末を取り出すと素早く情報を確認する。この女性、どう見てもステファニーなのであるが、違うのは仕事ができるということ。あののろまでオツムの少々弱い王女様ではない。
「はい、お兄様。伊勢崎右京なる人物を検索しましたが、プレーヤーには登録されていません。しかし、わたくしもこの方を知っています」
「私もだ。だが、知っていたところで、予定は変わらない。君、私は忙しいのだ。あと15分で取引先と食事なんだ」
「食事?」
「このマックフライ社の社長であるお兄様は忙しいのです。そこをどいてください」
そう未華子が右京に命令をする。だが、右京はどかない。どうやらこの世界では、スチュアートお兄様は社長。妹のステファニーは秘書のようだ。
「社長さん、大事な取引先との食事なんかしても無駄ですよ」
「なんだって?」
変なことを言う男だとスチュアート王は思ったらしい。思わず、無視しないで聞いてしまった。
「2日後にこの町を大地震が起きるのです。……全てが破壊されるのです」
「ははは……。君はまともな格好をしているが、頭の中は変だ。病院に行きたまえ。おい、この男を抑えてろ」
ビルから出てきた警備員が右京を抑える。社長は妹の未華子と共に車に乗り込んで去っていく。警備員に抑えられて、虚しくそれを見送るしかない右京。
「おい、ゲロ子。全然、思い出さないじゃないか」
「ゲロゲロ。スチュアート王は男でゲロ。男だから、主様に特に思い入れはナイでゲロ」
「だが、このまま、あの男が何も思い出さなきゃ、終わってしまうぞ。この町もあの世界も」
「キル子みたいに思い出せって、強引にキスするわけにもいかないでゲロ」
「男にキスする趣味はないぞ」
それだけは冗談でも選択肢とするわけにはいかない。
「異世界はゲームの世界とリンクしているといっても、全く同じではないでゲロ。でも、『剣と魔法のオーフェリア』が失われれば、あの世界も終わるでゲロ」
「どうする……」
「主様、ターゲットは女でゲロ。女キャラの方が主様に思いが強いでゲロ」
「ティファか……」
「あの女秘書もゲームに参加していたでゲロ。王女ステファニー。マックフライ社社長、山岡昇平とその妹、山岡未華子でゲロ」
残り時間は50時間を切った。まだ2つの武器の所有者である2人の人物を確保してない。最後の一人、クロアに至っては手がかりもない。
その日は結局、山岡兄妹の消息はつかめず。右京は虚しく、家に帰るしかなかった。最後の一人、クロアにつながる情報も手に入らない。翌日、会社へ出かけたが門前払いされてしまった。
「主様、このままじゃ、時間切れでゲロ……」
「残り時間はどれだけだよ?」
右京はスマホの画面を見る。午前中を無駄にして、残り26時間21分である。昨日みたいに、またビルから出てくるところを直撃するしかない。じっと待つ右京。さらに2時間が経過する。
夜の7時15分。ビルに黒塗りの高級車がやってきて、玄関口に停まった。山岡兄妹が出てくる。右京は素早く近づく。
「社長、話を聞いてください!」
「また君か、こっちは疲れているんだ」
「地震が起きるんです!」
「ん!」
地鳴りがした。その1秒後。地面が微かに揺れている。震度2か3程度の揺れ。だが、右京が話した途端の揺れだったのでタイミングがよかった。
「お、お兄様……」
「偶然だよ、偶然。車を出したまえ……」
「ま、待ってください!」
またもや虚しく右京は置いていかれる。
「お兄様、あの伊勢崎さんのお話、聞くだけ聞いてみてもよいのでは?」
「おいおい、未華子。お前まで何を言ってるんだ」
「ですが、お兄様。先ほどの地震」
「あんなの偶然だ。こっちは製品の完成間近で切羽詰まっているのだ。あんな戯言につきあってはおれん」
「お兄様……」
実は未華子は右京のことが気になって、今日1日調べていたのだ。
(テストプレーヤーに伊勢崎右京という役割を演じた人物はいない。そういうNPCも準備されていなかった。それなのにゲーム上には存在していた。なぜ?)
正確には右京は異世界に転移していたから、そんなゲーム上に存在しているわけがなかったのだが、異世界にいることでゲームに微妙に影響を与えたらしい。右京のキャラがゲーム上に現れ、活動していたのだ。
(お兄様はああ仰っていましたが、話だけでも聞いてみよう)
未華子はそう決心した。
「運転手さん、車を止めてください」
「おい、未華子、どこへ行くんだ?」
「話を聞いてきます」
「馬鹿か、お前は!」
ボタンを押してゆっくりと下がる窓から顔を出して、そう叫ぶ。優秀な秘書を務める実の妹。兄としては面白くない。だが、ここ数日、仕事が忙しくて疲れていたので、未華子を降ろすと屋敷へ戻ってしまった。
「右京、右京……」
「ティファ」
ビルから300mほど離れたところからかけ戻った未華子。右京も車が止まったのでどうなるかと思ったら、妹の方が戻ってきた。
「はあ、はあ……。ティファじゃありません。私の名は山岡未華子」
「ゲームの中では王女様だった」
「私はあなたと空想話をするために戻ったのではないのです。あなたは誰なのです? 伊勢崎という武器商人はプレーヤーにもNPCにもいないはずでした。それなのになぜあなたは、あの中にいたの? ありえないわ……」
この疑問については右京も答えられない。右京もゲームに参加した気は全くないし、異世界とゲーム世界の微妙な関係もいま一つできていない。ただ、あと24時間後にこの町が滅びてしまい、大勢の人々がなくなる大惨事が起きることを知っている。
「ゲロ子、ティファじゃだめか?」
「エスパダ・ロペラの所有者はスチュアート王。社長の方でゲロ」
所有者しか、これから起こる悲劇は止められない。
「あら、エスパダ・ロペラを知っているの? あのゲームじゃ、キーになる武器ね。今は確かにお兄様が所有するユニークウェポンだけど」
未華子はカバンから小さな携帯端末を取り出して、それを開き、開発中のゲームにアクセスした。
「これを操作すれば、お兄様の所有から私の所有に変えることはできるけど。それで何か起こるならやってみるわ」
カチャカチャっとキーを打つ。秘書だけに兄のパスワードもIDも把握しているようだ。たちまち、兄から装備を引っ剥がして自分に装備した。
「こんなんで、そのスマホのパスワードを通過できるとは思えないけど」
「ティファ、やってみる」
「わたくしはティファじゃないわ。山村未華子よ」
右京はゲロ子のスマホに、『エスパダ・ロペラ』と打ち込んだ。そして、未華子に指紋認証をしてもらう。
ピーッ。
(やった!)
4つめの認証行動が行われました。第4のロックが解除されました。
情報 津波に5つの武器の象徴である5人の人物の生体エネルギーをぶつければ、その力は相殺されて力は弱まります。90m級の津波が縮小すれば、災害規模は10分の1となります。




