認証行動その3 第3ロック解除
「これで2人。あと3人だ」
「あ、あと3人って?」
「キル子!」
「は、はい……」
もはや、右京の前では子うさぎ状態のキル子。ヤンキーだった面影がない。
「ホーリー、クロア、スチュアート王を動かしていた奴、誰か知らないか?」
「ゲ、ゲームのか?」
「当たり前だ。そんな名前の人間、日本にはいないだろう」
「……ホーリーって、神官のホーリーだよな」
「ああ……」
「その人は知ってる。姉貴の子供を預かっている保育園の保母さんだ」
「保母さん?」
さすが慈愛の天使だ。こっちの世界でも小さな子供に囲まれている。キル子の話によれば、ホーリーの本名は『堀桜子』さん。この町の保育園の新米保母さんらしい。この春に短大を卒業して就職。キル子はシングルマザーの姉貴に代わって、姪っ子を引取りにいくことがあり、そこで知り合ったらしい。偶然にもゲームのテストプレーヤーに選ばれたことを知り、一緒にゲームを楽しんだのだそうだ。
「キル子、案内しろ」
「あ、はい……というか、あたしの名前、霧子なんだけど……」
「早くしろよ」
グイグイとキル子の手首を掴む。強引な右京の態度にキル子も抵抗できない。
「あ、姉さん」
「お、お前たち、あたしはちょっとフケる」
「姉さん、彼氏とデートで?」
「……まあ、そんなところだ」
「はあ……」
右京に連れて行かれるキル子を呆気に取られて見送る2人の子分。キル子のときめいた表情を見ると何も言えない。
(姉さん、どうしたんだよ……)
(あんなイケメン彼氏いたのかよ!)
キル子の姪っ子が通っている保育園は、電車で一つ隣の駅にある。道すがら、キル子に事情を話す右京。普通なら全く信じられない話であるが、右京の真剣な話に納得するキル子こと、伊藤霧子。年は17歳。色黒なのは日サロで肌を焼いているから。理由はなんとなく。好きなタイプは意外に知的な大人の男。右京は理想のルックスだ。
(確か、この人、ゲームにいた人だ。武器屋のNPCキャラ。イケメンだと思って毎日通っていたけど、実在したのかよ……)
電車の椅子に右京と並んで座っているキル子。ちろちろと上目遣いで右京を盗み見する。それだけで、なんだか、もじもじしてしまう。
(そりゃ、ゲームの中でだけど、好きだったよ。それが実在して……あ、あたしを俺の彼女だって……)
かあ~っと赤くなるキル子。薄ペラいカバンで思わず顔を隠す。
「相変わらず、妄想ビッチでゲロ」
心の中を読まれたと思ってビクッとしたキル子。頭が冷えて声に主を非難する。
「右京、そのスマホ、ちょっと口が悪くない? どんなアプリだよ!」
「これはゲロ子だ。この世界を救うのに役立つ使い魔」
「使い魔? なんだそりゃ。ただのアプリだろ」
「アプリでないでゲロ。ゲロ子は神の使いでゲロ」
「嘘つけ!」
ホーリーが勤めている保育園に着いた。ここに堀さんという保育士がいるかと尋ねたら、意外な答えが帰ってきた。
「桜子さんはお休みですよ」
「休み?」
「知らないんですか? 彼女、今日が結婚式なんですよ」
「け、結婚式!」
ホーリーのキャラを担当していた堀桜子さんは、本日が結婚式らしい。
「そ、そんな……」
何だか、ホーリーを失うみたいで右京は喪失感に襲われる。そんな右京の姿を見て、保育士仲間の人が右京に尋ねた。
「もしかしたら、右京さん?」
「え、そ、そうですが……」
「やっぱり、そうだ」
「きゃ、ここで彼氏登場~」
「嘘みたい!」
勝手に右京で盛り上がる保育士さんたち。みんな20代のお姉さんたちだ。
「堀さん、話していたんですよ。ネットで知り合った男の人が好きになってしまったって」
「え、私が聞いたのは何とかというゲームで出てくる人で……」
「でも、堀さんの想像上の彼氏とばっかり思ってました」
「そうだよねー」
保育士さんたちの話が盛り上がる。このままじゃ、いけないと口を挟む右京。
「で、ホーリー……堀さんはどこで結婚式を?」
「さすが、彼氏、彼女を救いに行くんだ」
「きゃあ~ドラマみたい!」
またもや、盛り上がる保育士さんたち。事情を聞くとこうだ。ホーリーこと堀桜子さん。家は港にある小さな水産加工会社のお嬢さん。結婚相手は港にでんと構える大手の水産加工会社の社長。堀さんを見初めた社長は強引に結婚を迫ったと言う。40過ぎのこのおっさんは、嫁にならないと会社に圧力をかけて潰すと脅したらしい。それで泣く泣く、結婚することになったと言う。
(おいおい……。あの世界と似たような話じゃないか!)
「まったく、異世界でもこの世界でも不幸を引き寄せているでゲロ」
「そんな事情を聞いたら、助けに行くしかないよな」
「それに犠牲になって結婚するのはムダでゲロ。2日後に地震で全てなくなるでゲロ」
「そうだな。そのとおりだ!」
「邪魔しに行くなら、高台にある教会だよ。時間的には間に合うと思うから!」
それを聞いて右京は保育園を飛び出す。ちょうど、タクシーが通りかかった。手を上げてタクシーに乗り込む右京。慌ててキル子も追いかける。
「ど、どういうことだよ。ホーリーの結婚の邪魔をするのかよ!」
「ああ」
「あ、あたしはどうなるんだよ!」
自分を彼女だと言った男が、今度は別の女性の結婚を邪魔するという。これは心が騒ぐ。
「キル子、今から58時間後。灯台に来い。絶対に来るんだぞ!」
「そのスマホの話、信じてるのかよ!」
「絶対に58時間後に大地震が起こる。キル子、絶対に死ぬなよ」
「そんなこと起こるわけ……」
右京はキル子の後ろ頭を手で抱き寄せる。そして、再び口づけをする。ちょっと、キザ過ぎるがここは勢いだ。
「俺を信じろ!」
「は、はい」
タクシーの扉が閉まる。右京は運転手に高台の教会に行くように伝える。頷く運転手。タクシーは軽快に走り出した。それをポーッと見つめるキル子。
水野卓造はでっぷり出た腹を窮屈そうにベルトで締め上げ、似合わないタキシードを着ている。身長は160センチと小柄。毎日、居酒屋とスナック通いで作ったビール腹だ。頭もハゲ散らかしているが、それは気にしない。女は金を持っている者に寄ってくると確信している。卓造は父親から受け継いだ大きな水産会社の社長だ。年齢は42歳。会社経営も悪くなく、順調に営業利益を伸ばしている。だから、稼いだ金を使って遊びまわってきた。
複数の女性と遊びたいので今まで結婚しなかったが、そろそろ両親が孫の顔がみたいとうるさく言うので、どうせ結婚するなら若い嫁がいいと見初めたのが『堀桜子』。保育園の先生というのも惹かれた。この卓造。今のマイブームは某風俗店での赤ちゃん、幼児プレイなのだ。結婚すれば、毎日それができる。それに花嫁の年齢は20歳。ピチピチ、キラキラの新品だ。
当然、迫っても普通のお嬢さんはこんな見てくれの悪いおじさんにはなびかない。いくらお金があってもなびく女性となびかない女性がいる。そこで卓造は一計を案じた。
「実家を潰すと脅せばいいのだ」
ちょっとゲスかなと思ったが、まあ、結果的に幸せにしてやればいい。たくさん子供を産ませて、贅沢な暮らしをさせてやる。まあ、何人か手を切れない水商売の女性がいるが、そのくらいは男の甲斐性だ。
そんなことを考えてニヤける卓造。最初、堀水産は元請の自分の会社にたてついた。娘を会社の代わりに差し出すことはできないと言ったが、少し圧力をかけたら、娘の方から結婚を承諾すると言い出した。
(ふふふっ。優しい子だ、桜子ちゃんは。今晩はたっぷりと可愛がってやろう。ぐふふふ)
気持ち悪い笑いに祝福にやってきた客もちょっと引き気味である。
「花嫁の入場」
ドアがパタンと開いて、父親に介添えされた花嫁がバージンロードを歩く。その姿は鎖に繋がれて歩くように、重い重い歩みであった。そして花嫁はついに新婦の前に立った。
「悩める時も健やかなる時も、あなたはこの女性を愛し、妻として慈しみますか」
「もちろん、イエス、イエス、イエ~イダス」
浮かれて変な答えをする卓造。さすがに誰も笑えない。神父は咳払いをして、そっと花嫁を見る。
「あなたはこの男性を夫と認めますか?」
「……」
「おい、どうしたんだ。返事をしないとお前の会社は潰れるぞ。従業員3人、どうやって食わしていくんだよ」
小声で急かせる卓造。こんなところで恥はかきたくない。
「……は……」
ドンドンドン……。
扉を叩く音。そして開く扉。騒然とする観客。そこにはダークスーツを着た若い男が立っている。
「ホーリー! 来るんだ!」
「えっ! これは夢?」
ドシドシとバージンロードを前進する右京。そして花嫁姿のホーリー、堀桜子の腕を掴む。キョトンとするホーリー。
「う、右京様……あのゲームの中の右京様?」
「いいから、来いよ!」
「おい、わしの花嫁をどうするんだ」
「ホーリーは俺の嫁だ!」
一喝する右京。あまりのことに口をパクパクさせる卓造。他の観客も驚きで一歩も動けない。堂々とホーリーを連れ出す右京。待たせてあったタクシーにホーリーを乗せるとスタートさせた。
「主様、鮮やかだったでゲロ。あまりのことにみんな凍りついたように動けなかったでゲロ」
「あ、あの……。本当に右京様? あのゲームの中の武器屋さんの……」
「そうだよ。ホーリー、ここに指を当てて」
右京はパスワードを『ソウルハンマー』と入力した。そして、ホーリー人差し指の指紋を取る。
ピーッ。
3つめの認証行動が行われました。第3のロックが解除されました。
情報 地震の規模は震度7。
夕方の食事時なので火災が発生します。発生エリアは市の南西エリアから市全体に拡大。
このため、避難が遅れて大惨事になります。
ミッション4 認証者を探せ




