魔神との死闘
戦闘シーン3連ちゃん。らしくない展開w
「これでゴーレムの出てきたところのボタンを押せるでゲロ」
ゴーレムの現れた柱の床に床のパネルと同じ大きさの突起物がある。音子、オーリス、キル子、ホーリーがそれぞれの突起物に乗るとゆっくりとボタンが沈んでいく。
ゴゴゴゴ……。
神殿の床からせり上がってきたのは祠であった。それは長さが3mほどの立方体の石でできている。真ん中に本らしきものが置いてある。
「これは……」
駆け寄ったレイリはそれが自分の祖父が書いた発掘記録であることに気づく。
「これは無くなった発掘記録の一部です」
「無くなった?」
「はい、右京さん。祖父と叔母のエステルが落盤事故で閉じ込められた期間の記録です。この期間の記録書だけが見つかっていなかったのです」
「これで謎が解けるでゲロ。すぐに読むでゲロ」
「なになに……」
記録は日にちごとにハインリッヒのコメントで記述されている。
5月5日 発見した。私はついに鍵となる『言葉』にたどり着いた。これで失われた都市アヅチへ足を 踏み入れることができる。
5月6日 『言葉』は失われたサトゥ文字。この言語はおおよそ判読できる。
「暁の時を得て、汝の最もオプニするタードゥのフラを捧げよ」
ダメだ。肝心なところが分からない。
5月7日 『オプニ』について、手がかりを掴む。『オプニ』を失えば、人は悲しむとある。最初は命 ではないかと思ったが、汝の最もに合致しない。『オプニ』の言葉が出てくる書物には、男と 女が必ず絡む。もしかしたら、「愛する」とか「恋する」というような意味ではないか。
5月30日 分からない。『タードゥ』とは何か。下の娘が発掘現場に来る。発掘現場は危険が伴う。い つ封じられたモンスターが現れるか分からない。封印されて外の世界と隔絶された遺跡だ。 モンスターは当然、アンデッドか魔法生物、魔神の類となる。
6月1日 下の娘、エステルが不思議な指輪を土の中から発見した。その紋章に見覚えがある。牡ヤ ギをかたどった文様は発掘現場の壁に刻まれたものと同じ。しかも壁にはちょうど指輪がは まる穴がある。
6月2日 冒険者を伴い、壁に指輪をはめる。すると、扉が開いたではないか。やったぞ。ついに遺跡 に近づけた。あのサトゥ文字は必要なかったのか?
6月9日 エステルと共に再び扉に入る
6月10日 魂の戦槌を手に入れる。
なんということをしてしまったのだ。エステルを……私の愛する娘を……。
「以上で破れて分からないでゲロ」
「なんか、6月9日が謎だな。それにこれ、続きが切り取られている」
「右京様、わたしもそう思います。ページがきれいに切り取られていますよ」
よく見ると記録書の6月10日の次のページが抜けている。そして、後悔の言葉がその次のページに書かれているのだ。
「うん。あたしはなんか嫌な気がするぞ。どうして危険な場所に娘を連れて行ったのだ?」
ホーリーもキル子も不気味な終わり方に少し怖がっているようだ。6月10日に『魂の戦槌』を手に入れるとある。今はホーリーが持っているウォーハンマーのことであろうか。
そして、6月10日はハインリッヒとエステルが落盤事故で閉じ込められた日である。ハインリッヒは救出されたが、エステルは行方不明になってしまったのだ。
「サトゥ語でオプニは『愛する』という意味。タードゥは娘、女の子という意味。そして、フラは『命』という意味よ」
「クロア、この言葉が読めるのか? 古代に失われた文字だと聞くが?」
「ダーリン。昔はともかく、今はサトゥ語はある程度解明されているよ。まあ、フラはクロアの推測だけど」
「ゲロゲロ……。脳筋女戦士と大食い神官がビビっているとおり、ゲロ子も悪いことしか
想像できないでゲロ。この先はあまり進みたくないでゲロ」
「でも、私は行きます。祖父の秘密を知りたいからです」
レイリはきっぱりと言った。右京も嫌な予感はしたが、武器にまつわる真相を知りたいと思った。根っからの商人である。売り物の謎を解明したいという好奇心は抑えられない。祠には人が一人だけ屈んで入れる幅の螺旋の階段が地下へと続いている。かなり怖そうだが行くしかない。
「俺が先頭で行くよ」
「主様、やめておくでゲロ」
「一応、俺も男だ。こういうセリフは言うべき場面だろう」
右京はここまでで無傷のメンバーを見渡す。クロアにホーリー、キル子、ネイ。キル子。この4人の中ではキル子が先頭にふさわしいだろうが、彼女も一応女の子だ。さらに中村音子にレイリ。音子は強いけど、見た目小さな女の子。レイリは問題外。ウィルバードはゴーレムに掴まれたせいで肋骨が何本か折れており、ホーリーの神聖魔法で痛みを抑えている状態だ。あとの冒険者のメンバーも怪我をしてこれ以上は進めない。ここに置いていくしかないだろう。
「右京くん。商人の君が行くより、ここは勇者の僕が行くべきだろう」
そうオーリスが口元から白い歯を輝かせて胸を叩いた。全く、どんな場面でも爽やかな青年だ。
「さすが主様。この男がこう言い出すのを計算に入れていたでゲロか?」
「俺はお前ほど計算高くないぞ」
「でも、主様がオーリスの存在を忘れるわけがないでゲロ」
「まあ、ある程度は意識にあったが、ゲロ子よ。今回のこの冒険。俺に関係がないとは思えないのだ。マダム月神は俺がこの世界に来たのは意味があると言った。俺の元世界が滅びるとも言っていた。この世界もだ。それを止めるのに関わっているなら、俺は全力を尽くしたい」
「主様もようやく、主役意識が出てきたでゲロな」
「主役ってなんだよ!」
パーティはオーリスを先頭にゆっくりと階段を降りていく。オーリス、キル子、音子、クロア、右京(ゲロ子)、ホーリーにレイリ。殿はネイである。50段ばかり降りると扉にたどり着いた。オーリスが扉を押す。それは重いながらもゆっくりと開いていく。
「なんだ、これは……」
ひんやりとした空気。だが、どこか血なまぐさい空気。そして、中には恐ろしい光景が広がっていた。真っ暗な部屋だが、クロアの照明の魔法とホーリーの光るウォーハンマーのおかげで、中の様子がよく見えた。
ちょうど小学校の体育館ほどの広い部屋。中央に木で作られたベッド。長い年月が理由
なのか、茶色の染みが目立つ木のベッド。
「こ、これは……」
オーリスが木のベッドを指ですっとこすった。茶色にこびりついたものがこそげ落ちる。
「血だ……」
「血でゲロ、血が固まったものでゲロ。キモイでゲロ」
「どうやら出てきそうだね」
クロアがそう言ってキョロキョロと辺りを見渡す。
「右京様……ウォーハンマーが!」
ホーリーが手に持ったウォーハンマーが不気味に光を放つ。それは強くなったり、弱くなったりと安定しない。そして、そのベッドにあの黒髪の少女が現れた。頭からすうっと全身が出てくる。そして、右手を垂直に伸ばし、右京たちに突きつけた。
「タ・ス・ケ・テ……」
「助けて?」
右京にはそう聞こえた。この場にいるみんなにも聞こえただろう。誰もが凍りついたように動けない。
「きゃっ!」
ホーリーが手にしたウォーハンマーが勝手に動いた。空中に浮かぶと高速回転して木のベッドの上で静止する。信じられない光景だ。その瞬間、急に壁に取り付けられた松明の一つに火が入った。
「ゲロ!」
「ビビる!」
ボッ、ボッ……と次々と火が入り、右回りにドンドン進む。やがて一周した。
「一周したら、出るでゲロ」
「何が出るんだよ!」
「そんなの決まっているでゲロ。○―ゴン……」
ピシッと右京がゲロ子を指で弾く。「それを言うな」
「ボスキャラ登場でゲロ」
空間が裂けた。真っ暗なその空間から、鋭い爪が4本出てくる。そして空間の切れ目を広げだした。オーリス、音子、キル子が武器を構える。キル子もここは使いどきだと、ユニコーンランスを構える。
「魔神だよ。そして、鎖に繋がれているのはエステルとハインリッヒ。あれは魂を魔神に捧げたようだね」
「クロア、どういうことだよ」
「あの魔神が持っている鎖。あれは奪い取った魂を縛り付けるコキュートスの鎖。あれに繋がれると生まれ変われなくなると言われているよ」
「ということは……」
「永遠に魔神の奴隷ということだよ」
「マジかよ」
「魔神に魂を囚われるということは、イルラーシャ神の教えでは神に背いたということです。神ではなく、魔神に願い事をしたということですから」
ホーリーはそう言って魔神を睨みつけた。神官にとっては、魔神は敵対するものであり、倒すべきものなのだ。
魔神はやがて翼を広げた猿のような容姿を晒した。顔は羊、体は猿。鋭い爪を両手足に備えている。そして右京たちをギロリと睨む。
(魔神に願い事をした? ハインリッヒとエステルが……)
疑問に思う右京だったが、今はもはや戦闘中だ。魔神めがけてオーリスとキル子、音子。
しかし、その攻撃は魔神の体を通過する。
「斬れない!」
「どういうこと!」
「くっ……。斬れないことはない。だけど、90%以上の直接攻撃は無効化されてしまうのですよ」
オーリスがそう忌々しそうにそう説明する。魔神には武器無効化、魔法無効化のチートスキルがある。無効化は90%以上。これは魔神の体がこの世界に完全に実体化していないことが理由だ。本当の体は亜空間にあるという魔界にあるからだ。
それなのに攻撃はまともにくる。戦う人間にとっては悪夢である。
「まずいわね。アイツにはクロアの魔法も効かないよ。ネイ、あんたはレイリさんを連れて扉の外に出てなさい。ダーリンもよ」
「俺もかよ」
「出ていかないと死ぬわよ」
「分かった。ホーリーも逃げるぞ」
右京はホーリーを誘う。このメンバーならホーリーも逃げるべきだろう。だが、ホーリーは首を振る。
「神に仕える者として、魔神から逃げるわけにはいきません。そして、私の神聖魔法は唯一、役に立つはずです」
「ホーリー……」
「主様、逃げるでゲロ」
「くそ! 待て、ゲロ子」
ゲロ子の奴、もう地面を走って逃げていく。魔神は氷の魔法を唱えた。パーティに氷の魔法が降りかかる。
「うああああっ……」
「きゃああっ……」
魔神と対峙していたキル子やオーリスたちは、一撃でみんなボロボロである。かろうじて、死んではいないようだが、みんな地面に倒れている。扉の外に出たレイリ、右京、ゲロ子にネイは助かった。後方にいたホーリーは、ダメージは軽微であったようだ。ホーリーの神官服には邪悪な魔法から身を守る力があったのだろう。ホーリーは膝立ちをして、両手を合わせて神に祈る。
「愛の神、イルラーシャ。わたしに力を与えて……。あの魔神の魔法を封じてください」
神官の使う神聖魔法『ウィッシュ』である。神の力で願いを1つかなえることができる。高位の神官しか発動しないはずの魔法が発動した。ホーリー自身もなぜ、『ウィッシュ』を使ったのか理由は分からない。そしてその願いを叶えてくれた神の意思も分からない。
「……」
魔神の次の魔法がかき消された。魔神自身もなぜ魔法が使えないのか分からず、混乱をしているようだ。恐ろしいうめき声を上げ始めた。
さらにホーリーは回復の魔法を唱える。これでオーリス、音子、キル子、クロアのケガが回復する。奪われた体力も戻る。
「どうやら、苦戦しているようだな」
右京は不意に肩を叩かれて振り返った。そしてその人物を見て驚く。
「スチュアート陛下ではありませんか!」
オーフェリア王国の王、スチュアート・オラクルである。その後ろには妹で王女のステファニーがいる。
「右京、お兄様を連れてきましたわよ」
「ティファ!」
ステファニーは右京が5つ目の武器を覚醒するためにアヅチの遺跡に行ったことを兄である国王に伝えたのだ。それを聞いたスチュアート王はすぐさま駆けつけたのだ。スチュアート王の手には聖なる5つの武器の一つが握られている。
その名は『エスパダ・ロペラ』。空間を超えて異次元の敵を殺せる特殊なレイピアである。異空間に体があるという魔神にもっとも効果がある武器である。
「どうやら、この戦いが混沌なる意思との戦いの序章であるようだ。まずは、あの魔神を倒し、ウォーハンマーを手に入れる」
「陛下……」
「まあ、君たちは見ていなさい。ステファニー、お前もだ。魔神との戦いは選ばれたものだけが参加できる」
そう言うとスチュアート王はエスパダ・ロペラを抜き、突入していく。クロアもオーリスも音子もキル子も攻撃を加える。戦いは熾烈を極めたが、魔法が使えなくなった魔神に対し、圧倒的な攻撃力で押しまくる。直接打撃も90%無効化する能力があっても、数を打てばいくつかは当たる。ましてや、スチュアート王が持つエスパダ・ロペラは魔神殺しだ。その攻撃は全て命中し、魔神は断末魔の声を上げる。
「これがトドメだ!」
スチュアート王が切っ先を半分回転させて、2段突きをする。魔神の右腕に絡まった鎖が断ち切られる。あの鎖に繋がれたハインリッヒの霊とエステルの霊が解き放た。
ギャオオオオオオッツ……。
魔神の体が消滅していく。そして、ウォーハンマーが1つ地面に転がっているだけになった。
「勝ったでゲロ」
「すごいな、あの武器は……」
エスパダ・ロペラはかつて右京が見つけて買い取った武器なのだ。
「あ、あれを見るでゲロ……」
ハインリッヒの霊はすっと空に消えていった。魂自体が砕かれて無になったかのようだ。エステルの霊は違う。なぜか、ホーリーのところに漂ってく。そして、ホーリーを手招きした。ウォーハンマーのところへ行けということらしい。
「これをわたしに?」
コクンと頷く、エステルの霊。やがて、ウォーハンマーに吸い込まれるようにして消えていった。
「どういうことだ?」
「意味がわからないでゲロ」
「ソウルハンマーだよ。それが5つ目の聖なる武器。彼女を持ち主に選んだようだ」
そうスチュアート王が説明をした。それは大地を切り裂く地の魔法を司る武器。混沌なる意志の力を抑えられる武器の一つだ。アヅチの遺跡に眠っていたが、それは遺跡の鍵でもあった。
「でも、なんでその武器に魔神がとり憑いて、ハインリッヒさんとエステルの霊が一緒にいたんだ?」
「右京さん、それは私が答えましょう。この部屋に祖父の日記がありました。そこに全ての真実が書かれていました」
憂鬱な面持ちのレイリ。手には古びた紙が1枚握られていた。あの記録書の抜かれた1ページである。