アヅチの遺跡にて
南の島といっても船で1時間ほど離れた島である。イヅモの町から南方のマイヅルの港からチャーター便の船で到着する。一足先に島に上陸していた右京たち。メンバーはキル子、ホーリー、クロア。そして久しぶりにネイ。パーティメンバーとしては、戦士に神官、魔法使いにシーフまで揃った完璧な陣容である。
ホーリーの使い魔であるヒルダは、神様からの呼び出しだからという理由で参加していない。神様なんて本当にいるのかと右京は思ったが、黄泉の国もあったくらいだから、この異世界には天界というところもあるのだろうと納得することにした。
「このメンバーなら普通は、商人は遺跡の入口で待機でゲロ」
「それを言うなよ。某ゲームのキャラを思い出すだろうが」
右京はゲロ子の物言いに苦笑するが、女の子ばかりのこのパーティ。外から見たらハーレムパーティと言われてもおかしくない。そのリーダーが商人というのも妙である。
「どうやら、船が到着したようだな。サザーランド家の紋章があるから、レイリさんたちが来たようだ」
目のいいキル子が日差しから目を守るように右手を庇がわりに額に置いている。目に良さなら右京も負けていないが、どうもキル子の視力は右京以上のようだ。
やがて上陸してきたメンツを見て、右京は驚いた。屈強な戦士、経験豊富な魔法使いたちに混じって、中村音子と勇者オーリスの姿を見たからだ。
「音子、それにオーリスさん」
「元の世界に帰りたい女と値切りの勇者でゲロ」
「やあ。久しぶりだね」
笑った口から白い歯が輝く勇者。相変わらず、爽やかな青年だ。音子の方も随分と温和な顔になっている。5つの聖なる武器を探して世界を放浪している彼女。目的は元の世界へ戻ることだが、その目処がついた証だろう。
「君たちがここへ来たということは、聖なる武器の手がかりを掴んだようだな」
右京が懐かしそうに音子を見る。考えてみれば、高校の制服であるチェックのスカートに胸当てを装備した中村音子とは、ここ2ヶ月会っていない。
「右京さん。5つ目の武器はホーリーさんが持っているあのウォーハンマー。あれがアヅチの遺跡で発見されたというなら、可能性が高い」
「僕たちはその情報を掴んだので、レイリさんの募集に参加したのですよ」
音子と勇者オーリスは、5つ目の武器がウォーハンマーであることを突き止めたところで、それが右京のところに持ち込まれた経緯を聞きつけたということらしい。
「あれが5つ目の武器なら、これで揃ったんじゃないか?」
右京がいうとおり、キル子は『ユニコーンランス』を装備しているし、クロアは『アスタロトの杖』を持っている。音子が持っている『アポカリプスの斧』を合わせれば4つが集結していることになる。これにオーフェリアの王宮にある『エスパダ・ロペラ』が加われば、パーフェクトである。
「まだダメ。あの戦槌、ソウルハンマーはまだ覚醒していない……」
音子が調べたことでは、5つ目の武器は『ソウルハンマー』。その特殊能力は、地面を分ち、大地震を起こせる力を秘めている。だが、その力は封印されているらしい。
「大昔、そのソウルハンマーを所有していた勇者がどこかのダンジョンに入り、そのまま消息を絶ったという情報を得たのです。それがこのアヅチの遺跡」
口下手の音子に変わって説明するオーリス。この最強勇者も、音子に振り回されて気の毒な青年である。彼の女の好みはキル子のようなグラマー女子だが、音子は見ての通り、小さくて華奢。オーリスは恋愛とか抜きで行動している。音子の方はオーリスのことを元の世界の先輩に似ているというだけで、仲間というか、ほぼ子分にして聖なる武器探索をしているのだ。
(勇者オーリス、お人好しが欠点でゲロ)
「それをサザーランド家が発見をしたというわけだけど、覚醒するためには怪異の謎を解かなくてはいけないということだな」
「主様の言うとおりでゲロ」
この探索を決めてからあの幽霊や魔神は姿を現していない。まるで右京たちを待ち受けているかのような不気味な感じを受ける。
レイリが雇った冒険者は、音子とオーリスを含めて10人。右京たちを加えると総勢15人である。(注:ゲロ子を除く)標準的な冒険者パーティなら3チームにあたる。かなり分厚い陣容である。
「目的は叔母の手がかりを見つけること」
「雲をつかむような目標でゲロ……」
「そうでもないようですよ……」
ホーリーが自分の持つウォーハンマーに目をやる。他の冒険者も驚きの声を上げた。なぜなら、魔法も使っていないのに、遺跡に入った途端に青白く光始めたのだ。まるで何かを知らせたいのだというように思えた。
「遺跡の大部分は地図が作成してあります。雇った冒険者も遺跡の発掘に携わったものが何名もいますので、とりあえず最新部まではいけます」
レイリは分かっている最新部まで行こうと言う。トラップはほぼ解除しているので、最新部への障害は立ちふさがるモンスターだけである。「だけである」と書いたが、それが道のりが簡単であるという同義語にはならない。
出てくるモンスターがほとんど、高レベルか数が多かったからだ。それでも第1層、第2層とパーティは犠牲者を出さずに突破していった。勇者オーリスにキル子を始めとした戦士の攻撃力が相当なものであったからだ。魔法使いも高レベルの火炎魔法を使える者が2人も雇われている。敵が多ければ爆炎の魔法で爆殺することもできた。
「あのクローディア様……」
魔法使いの一人がクロアに話しかけてきた。名前をウィルバードという。30才過ぎの男だ。魔法学院を良い成績で卒業し、魔法学院の助手をしていたのだが、自由に憧れて冒険者になったという変わった男だ。丸メガネをかけて黒いフードで頭を覆った大柄な男だ。
「何?」
クロアはこの小柄な男に返答をした。クロアの正式な名前であるクローディアを知っているということは、彼女がバーゼル公爵家の当主であることも知っていそうである。一応、このパーティの魔法攻撃担当の仲間であるし、政敵の手先でもなさそうであった。
「クローディア様はかなりの高レベル魔法を使えると噂に聞きました。お使いになられる最強の魔法は何でしょうか?」
魔法攻撃担当とは言っても、クロアはここまでほとんど魔法を使ってこなかったので、その最強ぶりの片鱗さえも見せてこなかった。それでウィルバードもそんな話題を振ってきたのであろう。
「クロアの最強魔法? さあね……」
「そうおっしゃらずに……。私の場合はメテオストームが使えます。ドラゴンすら倒せる魔法ですよ……」
メテオストーム。無数の火の玉を敵頭上に召喚し、嵐のように叩きつける。その一つ一つが大爆発するので通常のモンスターはまず一撃である。これはかなりの高レベル魔法だ。ウィルバードが自慢したい気持ちも分かる。
(ちっ……)
クロアは心の中で舌打ちをした。初めは自分のことを探ろうとしているんではと警戒したが、このエリート面している男はそうではなかった。他人に自分の奥の手を晒す愚か者であったようだ。同じパーティの仲間としてクロアのことを信用しているのかもしれないが、まだ会っても間もないのに迂闊である。
当のウィルバードの方は思惑があった。クロアのことをよく知っていて、あわよくばお近づきになろうという下心があったのだ。上手くいけば、バーゼル家の婿となることができる。
「そうね……。クロアの得意なのは異次元に飛ばす転送魔法だね」
微妙な返答をするクロア。どんな魔法なのか具体的な名前も言わない。
「転送魔法ですか? テレポートとか、ディメンションですか。それはすごいですね。効果が発揮すれば完全に敵を排除できる」
ただ単にクロアと話したい目的のウィルバードには、魔法の詳しい情報には興味がなさそうである。それをきっかけにクロアの店で買い物をしたいだとか、連れて行きたい店があるだとか話し始めてクロアは閉口した。
「ダーリン、クロア疲れちゃった。抱っこして」
ウィルバードの一方的な話にうんざりしたクロアは振り返り、後ろから付いてくる右京にそうおねだりをした。
「おいおい、なんで俺が抱っこしなくてはいけなんだ」
「そうでゲロ。発情ヴァンパイアは自分の足で動くでゲロ」
「そう言わずに。ね、ダーリン。クロアは軽いよ」
「クローディア様、そんなひ弱な商人よりも、この私がおぶって差し上げましょう」
ウィルバードは魔法使いながら、結構な体躯をしている。右京よりはクロアを背負って歩けると思われた。だが、クロアは聞こえないふりをしている。
「夫は妻を抱っこするものだよ」
ウィルバードに聞こえるようにそう言うクロア。ウィルバードの表情がみるみる曇る。
「抱っこは無理だ。おぶさるのならしばらくはやるよ」
クロアの言葉の裏に何かを感じた右京はそう優しく答え、腰を下ろしてクロアをおんぶする。クロアは軽いのでそんなに負担ではなさそうだ。そんな様子を忌々しそうに見ているウィルバード。目論見が外れて不機嫌になったようだ。
(畜生め。イヅモの町で成功している商人かなにかは知らないが、金持ちはこんなところに来るなよ! それに何だ、クローディアだけじゃなくて可愛い女ばかり侍らせやがって)
ウィルバードが内心で怒るのも無理はない。クロアをおぶった途端、右京と隣で歩いていた女神官はなぜか、右京の上着の裾を掴んでいるし、先頭を歩いていたはずの女戦士もその反対側に来て羨ましそうにクロアを見ている。さらに美少女エルフが後ろをテケテケと歩いている。
(このハーレム野郎が!)
心の中で悪態をつくウィルバード。そんな刺々しい視線を感じる右京。小声でクロアに話す。
「勘弁してくれよ、クロア」
「ごめんね、ダーリン。ちょっとアイツがうざかったので……」
「それは理解できるが、左右からのプレッシャーも感じるのだが……」
左にホーリー。右にキル子。(わたしも……あたしも……おんぶしてええ……)という心の声が聞こえてきそうである。
「まあ、クロアもここらであの二人に見せつけたいという思いもあったけど……」
「クロア、血は吸うなよ」
(ギクッ……)
「す、吸わないよ」
クロアは右京の血を吸うと魔力がパワーアップする。それでなくても、右京の首筋を見ると血を無性に吸いたくなってしまうのだ。「吸わないよ」とは言ったが、悶々してしまうクロアであった。
(うううう……吸いたい、吸いたい……)
煩悩を払うために話題を振るクロア。
「ねえ、ダーリン。こういう状況だけど。ダーリンは誰を選ぶの? 」
「え?」
「とぼけるのはなしだよ。キル子? ホーリー? まあ、ネイはおこちゃまだから除外だけど。クロアと3人のうち、誰を選ぶの?」
クロアからこんなことを直接聞かれるとは思わなかった右京は、心臓が高鳴る。
「まさか、3人とも妻にするとか言うのではないでしょうね。大金持ちの男ならそれもあるけど、あまり感心しないよね」
「そ、それはだな……」
「まあ、今はいいよ。世界を救わなければいけないのに、色恋沙汰は無粋だよね」
クロアが気配を感じたようだ。同時に右隣のキル子も背中に背負った巨大な大剣、アシュケロンに手をかける。キル子の今回の装備はアシュケロンとユニコーンランス。ランスは手に持っているが、布で包んでいる。状況を見てこちらを使う気だろう。ホーリーは今回の鍵となるウォーハンマーを握り締める。後方のネイも弓に矢を番えた。
巨大な足音とかしゃかしゃと硬いものが擦れる音が前方からしてくるのが聞こえた。
「やばいのが来たでゲロ」
 




