黒髪の少女
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右京たちは遺跡の発掘で巨万の富を得たサザーランド家に来ている。あのウォーハンマーを抱いたまま亡くなったハインリッヒ・サザーランドの孫娘レイリ・サザーランドの屋敷である。サザーランド家の財産は莫大らしく、このオーフェリア王国の主要都市に豪華な別宅を構えていた。イヅモの町の屋敷も敷地面積が広く、門をくぐってから10分は進まないと車止めにたどり着けないというものであった。
「おじい様が幽霊となって現れたですって?」
「はい。まずは不思議な少女。そしてハインリッヒさん。そして魔神……」
右京は先日、自分の店で起きたことをレイリに話した。レイリは現在、莫大な富をもっているサザーランド家の当主である。年齢は24歳。うら若き億万長者の令嬢である。
「そうですか……。おじい様が魔神に……」
レイリの様子は淡々としている。
「なんだか、そうなることを知っていたような口ぶりでゲロ」
右京の左肩でゲロ子がそう切り込んだ。レイリはとんでもないといった表情で、両手を左右に振った。
「それは誤解です。そのウォーハンマーにそんな現象が起こるなんて知りませんでした。それは本当です……」
「それは本当だけど、何か怪異が起こることは知っていた……少なくとも予想はしていた。そんなところかしら?」
右京の後ろからクロアが口を挟んだ。今は夕暮れどきなのでいつもの不審者のような格好ではない。
「は、はい。それは認めます。ただ、怪異はこのサザーランド家に関わる者だけに起き、関係ない人には何も起きません。少なくても今まではそうでした」
「サザーランドの家の人たちに起きるって、どういうことなのですか?」
今度はホーリーが尋ねる。どうやら、話は複雑な事情をはらんでいるようであった。
「怪異というかどうか分かりません。サザーランド家の人間は祖父と私を除いて、みんな亡くなっています」
「ええっ!」
「呪いでゲロ……」
「元々、祖父は天涯孤独の子供でしたし、後に結婚した祖母も親類縁者もいない人でした。子供は私の父と叔母だけでしたし、私も一人っ子でしたから」
レイリの話によると、サザーランド家で生存しているのはレイリただ一人。母親と父親は馬車の衝突事故で命を落としたそうだ。祖父のハインリッヒはその報を聞いてから精神がおかしくなり、あのウォーハンマーを抱き抱えて、度々放浪するようになったそうだ。
失踪する度にレイリは祖父を探し出しては連れ戻していた。ハインリッヒも精神がおかしな時と普通の時があり、ここ1年は穏やかに過ごしていたのに、つい3か月前に失踪してしまったというのだ。
怪異の噂としては、ウォーハンマーを抱き抱えて寝ている祖父を見たメイドが、そこに黒い影を見たとか、祖父が寝ている部屋で夜中に不思議な音が鳴り響くことがたまにあったくらいだそうだ。真意は定かではない。レイリ自体にこれまで不吉な出来事が起こったり、命を失うような事故は起きていない。
「だから、そんな女の子の幽霊が出る話は初めてです。それに祖父が現れて魔神と化すなんて……」
「不思議なことです。神に祈るしかありません」
「クロアも不可解だと思うよ」
「う~む。手がかりがないなあ……」
右京は腕を組んで部屋を見渡す。昔、亡くなったハインリッヒが使っていた部屋だそうだ。ゲロ子がぴょんと跳ねた。ゲロ子が部屋のテーブルに置いてある写真立てを見つけた、
「主様、この女、あの幽霊の女でゲロ!」
「本当だ!」
写真の中の女の子は、あの黒い髪を前に垂らした幽霊の少女と似ている。幽霊の少女が顔を見せないから、右京にもはっきりとはわからなかったが、背格好から来ている服まで同じである。おそらく何か関係しているに違いない。クロアはその写真をじっくり見て、何かを考えているようだったが、ようやく考えがまとまったようだ。
「どうやら、手がかりを見つけたようだね」
「この人は私の叔母です。小さい頃に亡くなったと聞いています」
「叔母? 叔母さんは子供の頃に亡くなったのですか?」
ホーリーが悲しげにそう尋ねた。写真の少女はどう見ても12,3歳に見えたからだ。
「はい。亡くなったのは12歳の時と聞いています」
「亡くなった叔母の写真を部屋に飾っておくなんて変でゲロ」
ゲロ子の指摘はこの場にやって来た右京、クロア、ホーリーも思ったことだ。他の一族の写真も置いてあるのならともかく、部屋に置いてある唯一の写真がそれだったからだ。
「この部屋はこの町に来る度に祖父が使っていました。調度品も祖父の愛用の品です。どの屋敷でも祖父は叔母の写真をいつも部屋に置いていました。本宅にもありますし、大きな等身大の肖像画もありますわ。叔母は子供の時に亡くなったそうで、きっとかわいそうに思っていたのだと思います」
「そうかな……」
クロアはなんだか疑っている表情である。表面的には普通にしているようだが、長いこと一緒に行動してきた右京にとっては、クロアの微妙な雰囲気を感じ取ることができる。
クロアの言葉にレイリも隠せないと思ったのであろう。自分が知っていることを話しだした。
「祖父が遺跡を探しているとき、叔母の……名前をエステルと言いますが、一緒に遺跡の探索についていくことが多かったそうです。聞いた話によると、ある時、発掘現場の落盤事故があって、エステルと祖父は閉じ込められてしまったそうです」
「じゃあ、エステルさんはその時に……」
ホーリーが悲しそうに両手を握り、目を閉じた。
「はい。救出されたのは祖父一人だけ……」
「エステルは死んでしまったでゲロか?」
「それが分からないのです。助けられた祖父は記憶がなく、叔母がどうなったのか分からなかったそうです。その後も探索は続いたのですが、ついに叔母が見つかることはなかったそうです」
「死体が見つからなかったのなら、一体、エステルちゃんはどうなったんでしょうね」
「わかりません。神隠しにあったのではないかと当時は言われ、ついには分からずじまいだったそうです」
「それでじじいは、責任を感じて写真を部屋に飾っていたというわけでゲロか?」
「それが不思議と祖父は叔母のことを語ろうとはしませんでした。私も成人するまで、この写真の女の子が私の叔母であることを知りませんでした」
聞けば聞くほど不思議な話である。ただ、その神隠しになったエステルは幽霊となって右京たちの前に現れていることは事実だ。となると、神隠しなどではなく、行方不明になった時に死んでしまったのかもしれない。
「いずれにしても、おまけに魔神がついた武器は売ることができないでゲロ。こんなものは元の持ち主に突き返すでゲロ」
ゲロ子の奴、言い方はめちゃくちゃなようだが、冷静に考えればそれが一番楽な方法だ。現地点で右京は損をしていない。なんだか複雑な武器の因縁めいたものを解決する義理はあまりない。だが、幽霊になってしまったエステルのことや、亡くなったハインリッヒのことを考えるとなんとかしたくなってしまうのは右京の人の良さだろうか。右京よりももっと心根の優しいホーリーは、もう悲しくてなんとかしなければという思いが表情に出ており、右京の上着の裾をそっと掴んでいる。きっと無意識だろう。
「その遺跡に行くしかないようね」
クロアがそうサバサバした口調でそう言った。クロアがこういう問題に積極的になるのは珍しい。クロアが一番、商売に対してシビアで時には冷徹なのだ。何か利益がないとまず行動を起こさない。クロアのことだ。きっと、何か理由があるに違いない。
「遺跡に行くのなら、私も同行します」
そうレイリが申し出た。しかし、遺跡は安全な場所ではない。こんなお金持ちの令嬢が出かけるのは危ない。
「大丈夫です。腕利きの冒険者を雇います。あなた方とチームを組んで遺跡へ向かいましょう。叔母の失踪の原因や祖父が魔神となった理由を突き止めたいと思います」
ハインリッヒが発見したアヅチの遺跡は、海を渡った南の島にある。その遺跡はあらかた財宝はサザーランド家が回収し、今は冒険者が挑戦するダンジョンの一つになっている。財宝を取り尽くしたといっても、まだ探索していないところも数多くあると考えられていた。冒険者たちは、未知のエリアの発見と隠されえている財宝を探しているのだ。
「遺跡はサザーランド家が認めた冒険者のみが立ち入れます」
「ギルドの管理じゃないのか?」
「珍しいでゲロ」
「冒険者ギルドに登録はしてあるのですが、特別案件で条件付きなんです。入口には警備兵が常駐していて許可証がないと入れないようになっています。この遺跡に出現するモンスターがかなり強いです。挑戦レベルはA級です」
冒険者ギルドで設定されるクエストには難易度が設定されている。これは冒険者の力量に合わせた設定で、安易に死人を出さないために設けられている基準なのだ。
「クロアがいれば問題ないね。それにキル子にホーリー」
「で、やっぱり俺も行くんだろうなあ……」
「主様が行くならゲロ子も行くでゲロ」
右京はちょっとゲロ子の顔を見た。こんな使い魔だが昔、ダンジョンで死にかけたことがある。本当は戦闘力のないゲロ子を連れて来たくはなかったが、自分が行く以上、ゲロ子が残るとは言わないだろう。
「私がA級以上の冒険者を雇います。それなら戦闘力は十分でしょう」
レイリは早速、大金を積んで冒険者ギルドへ依頼をするという。相当な謝礼金を弾むから同行する冒険者はすぐ見つかるであろう。
アヅチの遺跡探索のクエストである。出発は3日後と決まった。
「クロア、クロアがこの問題に首を突っ込むなんて珍しいじゃないか?」
サザーランド家から戻る時に右京はそうクロアに問いかけた。クロアは赤い瞳をゆっくりと閉じて、そして一言一言を噛み締めるように答えた。
「クロアはこのクエストがとても深刻で重要な出来事になるような気がするよ。ダーリンがこの世界にやってきたこと。この世界とダーリンの世界を救う5つの武器のこと。あの不思議な老婆、マダム月神のこと」
「俺がこの世界へやってきた理由……」
「大きな時代の流れに従ってダーリンはこの世界にやって来たのだと思うよ」
「わたしもそう思います。右京様はきっと何かを成し遂げるためにこの世界へ遣わされたのだと思います。出来事というのは、理で成り立ち、いろんな結び付きで作られていくというのが、わたしが信仰するイルラーシャ神の教えです」
ホーリーまでがそう言う。確かに商売をするためだけに、自分がこの異世界に飛ばされたとは考えられないと右京も思う。
(だが、俺にも分かる。なんだか嫌な予感がする。だけど、避けることもできない運命かもしれない)
「ゲロ子はめんどいでゲロ。主様、ここはその運命に逆らって、行かないという手もあるでゲロ。こんなことに首を突っ込んでも儲からないでゲロ」
「お前なあ……」
ゲロ子、相変わらずである。
「世界を救うとか、元の世界へ帰るとか、そういうのは選ばれたヒーローに任せておけばいいでゲロ。主様はその片隅で商売が成功すればいいでゲロ」
「だがな。世界を救う運命にあるのに、それをしないのはまずいんじゃないか?」
「はあ……。主様はいい年こいて中二病でゲロか? 世界は主様中心に回っているわけでないでゲロ。そもそも他人のために働く人間は、選ばれたスーパーヒーローでゲロ。主様は商売を除いてスーパーヒーローな力をもっているでゲロか?」
この世界で右京ができることは限られている。武器を買い取って売る。これだけである。特殊な能力があるとか、強力な魔法があるとか、凄まじい剣技があるとか……。全くそんな力はない。元の世界とこの異世界を救うために必要な5つの武器を買い取りを通じて探している。ただそれだけの貢献だ。
(しかし、なんやかんや言っても4つの武器が俺の周辺に集まってきている。このウォーハンマーももしかしたら関係しているやもしれない)
「ゲロ子、商売というのは平穏な世の中であってこそ、成り立つものだ。俺がいた元の世界や今、暮らしているこの世界の平穏が乱されるなら、立ち上がるしかないだろう」
「ゲロゲロ……。主様は漢でゲロな」
「行動を起こさないのは人としてどうかなと思うがな。お前のような妖精には分からないと思うが」
「主様、主様は元の世界とゲロ子たちの世界。どちらで暮らしたいでゲロ?」
「……昔は元の世界に戻りたいとも思っていた。だけど、今はそう思わない自分がいる」
「よかったでゲロ」
「ゲロ子、お前……」
少し感動する右京。
「この世界だったら繁盛する店を経営している若手実業家。脳筋女戦士や大食い女神官、発情ヴァンパイアだけど女にモテモテでゲロ。向こうの世界じゃ、雇われ店員で彼女なし。元の世界がいいなんて言った日には、社畜でホモという最低キャラの印を押されるとところだったでゲロ。あれ、どうしたでゲロ?」
「ゲロ子、お前なあ……」
何だかがっかりする右京であった。




