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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第20話 怪異の戦槌(ソウルハンマー)
305/320

戦巫女の商売

帰蝶きちょう……元那の国の戦巫女。現在は右京の店の見習い店員。


「いらっしゃいませ!」

「よく来たな、客人」

「だ、ダメですよ! お客様に対して馴れ馴れしいです」

「そ、そうか……」


 伊勢崎ウェポンディーラーズの販売部門で修行をしている帰蝶きちょう。あの那の国の戦巫女である。右京に誘われて戦巫女を辞め、相棒の満天と一緒に伊勢崎ウェポンディーラーズの那の国支店を経営するために本店であるイヅモ店で働いている。


 同じ戦巫女で相棒だった満天の方は、買い取り部門で働いており、こちらはネイが教えている。販売部門で働く帰蝶はハンナが専属で教えているのだ。


「いいですか、帰蝶さん。まずはお客様が何を買いにいらっしゃったのかを聞きます。そして予算とニーズをマッチングして差し上げるのです。私はあちらのお客様に対応するので、帰蝶さんは今入ってきたお客様の応対をお願いします」


「ああ、分かった」


 帰蝶は物心ついたときから、那の国の神社で戦巫女として修行を積んできた。戦闘については自信がある。どうすれば敵の攻撃をかわし、反撃の一打をぶち込めるのか。そして、戦闘力を奪い、息の根を止めるのか。見た瞬間に帰蝶の頭の中には、相手をぶちのめすための作戦が練り上げられる。


(いやいや、今はそれじゃない。あのお客に武器を買ってもらう。それが今の私の任務だ)


 帰蝶は豊かな黒のストレート髪をアップにして赤い紐で縛り上げている。戦巫女の装束から黒のスーツスカート姿である。これは伊勢崎ウェポンディーラーズの女性用の制服である。ちょっとこの世界には合わない不思議な格好だが、これも伊勢崎ウェポンディーラーズの名物になっている。


「よー。姉ちゃん。新しい武器を探しに来たんだが、何かおすすめはないか?」


 帰蝶の担当するのは先ほど入ってきたドワーフの戦士。背は低いが筋肉で固められた体は頑丈で、頭にかぶった鉄兜とハルバートが勇ましい。


「オススメだと?」

「おう。お勧めだ」

「そうだな。これはどうだ?」

「なんだ、それは?」


 帰蝶が取り出したのは弓。それもロングボウだ。長さは180センチもある。ドワーフの身長は150センチくらいだから、とても扱える代物ではない。


「この弓のいい点は射程距離の長さと矢のスピード。小さな盾程度なら軽く突き破れるぞ。どうだ、おっさん」


(ムムム……)


 ドワーフの客の顔がゆがむ。明らかに不満顔だ。


「なぜこのドワーフのわしが、エルフが使うような軟弱な武器を使わねばならん」

「おっさんの装備なら飛び道具がいるだろ」

「確かに遠距離用の武器は欲しいが、ドワーフに弓を勧めるか!」

「飛び道具といえば、定番は弓だろが」

「馬鹿者! その弓をわしが使えると思うのか!」


 ドワーフの客はロングボウを持とうとするが、長すぎて下部分が地面に当たってしまう。身長が低すぎるのだ。ショートボウならともかく、人間用のロングボウは扱えない。


「おっさん、足が短いな。おう、こうすればその弓は使えるぞ」


 帰蝶はドワーフの戦士の襟首をひょいと掴んだ。見た目は華奢な女の子だが、その怪力は並大抵ではない。あまりの意外性にドワーフ戦士も呆気に取られている。


「この椅子に乗れば使えるぞ」


 ドワーフ戦士は帰蝶によって、木の丸いすの上に立たされた。身長が50センチほど高くなり、ロングボウを構えることができる。


「だ、ダンジョンで戦う時にこの椅子に乗って戦えと?」

「おう。今ならこの椅子は2Gで売ってやるぞ」


「ば、馬鹿にするな。椅子を持参して戦闘に臨むなど聞いたことはないわ!」

「どうしました、お客様」


 騒ぎを聞きつけ、一方の客の相手を終えたハンナが割って入る。


「どうもこうもない。この女がわしにロングボウを勧めるのだ。どう考えても、ダメだろ」

「だから、私が椅子もセットで売ってやると言ってやったんだ」


(はあ~)


 ハンナは心の中でため息をついたが、顔はあくまでも笑顔である。


「お客様、それではこれなんかいかがでしょう?」


 ハンナが取り出したのは木の箱。パチンと留め金を外すと中にはダートが5本入っている。ドワーフの客はそれをしげしげと眺めている。明らかに興味をもったようだ。


「これはダートです。1ダースを盾の後ろに装備しておくと、いざという時に役に立つかと思います」

「ほう。なるほど。それはよいアイデアだ」

「小さいので威力はないのですが、小さい分、数を持つことができます」

「気に入った。全部でいくらだ?」


「1本20Gです。1ダースで240Gとなります」

「もらおう。ついでにこのダートを装備できるよう、盾を改造してもらいたい」


「ありがとうございます。見積もりをしますので、どうぞ、こちらへ」


 ハンナはそう言って、武器の修理窓口へと案内する。ここでおおよその改造方法を決めて、カイルの鍛冶工房へ持っていくのだ。ダートを装備する仕掛けだけだと、せいぜい、100Gくらいだろうが、それでも利益である。見積もりを終えて、上機嫌になったドワーフ戦士を見送った後、ハンナは帰蝶に助言をする。


「帰蝶さん、商売とはこうやって行うものです」

「うむ。ハンナは上手だ。私にはとてもできん」


「帰蝶さんは武器を自由に取り扱えます。これは私にはできないことです。でも、その代わり、その武器をお客様が使ったらどうなるか、客観的に考えることができます。帰蝶さんは、自分が使うことを考えてしまっていませんか?」


 帰蝶が先ほどロングボウを勧めたのは、自分が使うとしたらという視点からであった。背の低いドワーフのお客のことなど、全く考慮していなかった。それでは武器は売れない。ただ、客の装備を見て飛び道具が欲しいと推測した勘は当たっていた。これは帰蝶の直感が当たったと言える。ハンナはそのニーズを汲み取って、手軽な武器の提案をしたのだ。


「そうだな。買うお客の身になって考えることにするよ」

「そうです。お客様は神様なんです。丁寧に接客することが大切なのですよ」


「分かった。次は絶対に買わせてみせる」

「頑張るのはいいですが、あまり強引もいけませんよ」


 ハンナにそう言われたが、帰蝶にも意地がある。戦巫女として育てられたせいで、生活力は0.働くということもしたことはない。今、人にものを売るという体験をしているが、これは未知の世界なのである。


「いらっしゃいませ!」


 店のドアを開けて入ってきたのは、明らかに素人と思われる冒険者。町人と変わらぬ普段着である。年は20代前半といったところであろう。なぜ冒険者と分かったかというと、ギルド登録の印であるカウンターの腕輪が真新しいからだ。それは初心者が使う安物の木の素材でできていた。


「今日から冒険者になったんです。ここで武器を一式揃えようと思いまして」


 若者はそう正直に申し出た。職業は戦士。鎧と武器、盾を一式揃えたいという。但し、予算は僅かに500Gである。


「無理だな。それだけで一式揃えようとすること自体が無謀だ」

「そ、そんな……」


 あっけなく追い返そうとする帰蝶。だが、先ほどのハンナの言葉を思い出した。お客様は神様である。例え、お金を十分持っていなくても神様なのである。


「仕方がない。私が選んでやる」


 帰蝶はそう黒い瞳で青年を見据える。魅力的なその視線に思わず、青年戦士は心臓が高鳴る。


「まずは鎧だ。素人うちは怪我をしやすい。守り重視がよいと私は考える。だが、予算的に金属鎧はキツイ。そこでオススメなのがこれだ」


 帰蝶が勧めたのがアクトン。アクトンとはクロスアーマーの一種で、綿を入れてキルティングを施したものである。布製だから打撃の緩和になるが、斬撃には弱い。そこでもモイラ繊維を一部使い、心臓部分にはその布地を貼り付けた。モイラ草で作られたモイラ布は頑丈で刃から身を守る効果があった。


 ほとんどタダ同然で買い取った古びたアクトンを再生し、一部をモイラ繊維で強化したことで防御力が上がっている。それでいて、高価なモイラ布はごく一部しか使ってないのでコストも安かった。


「これで180Gだ」

「安いですね」


「そして次はやはり盾だな。盾は頑丈なのを買わないとな」


 レベルが低いうちはどうしても敵の攻撃を受けてしまう。それから身を守るためには防具が必要だ。盾は必須アイテムであろう。帰蝶はずらりと並んでいる盾を一つ一つ見ていく。予算が500Gでクロスアーマーが180Gしたから、残りは320Gしかない。武器も買わなくてはいけないから、盾は200G以内で抑えないといけない。


「ううむ……。いいと思ったものは予算オーバーだ。そもそも、200G以内となると選べない」


 そんな帰蝶に変わった形状の盾が目に入った。それは三日月の形をしている盾。裏面に取っ手が付いていて円形部分が下に来るようになっている。大きさは横幅が70センチ、盾が30センチで重さが800グラムと軽量な盾である。


「これはペルタという名の盾だ」


 戦巫女であった帰蝶には馴染みの防具である。ペルタは小さいので防御に適さないと思われがちだが、それを補う軽さによって守備範囲を広げる利点がある。那の国の戦巫女にはおあつらえ向きの防具であった。


「値段は180Gだ」

「安いですね。あとはほとんど、500G以上するのに」


「この店は中古品を扱っているが、きちんと修理をしてさらに改造もしているからな。高い武器が多いというのは品質や性能がいいんだ。それでいて、新品武器屋よりもお買い得なんだぞ」


 帰蝶は右京の店に来て、様々な武器を見ている。どれも市場の3~4割安。元は中古品だが、見た目はほとんど新品である。


「傷ついたところの修復だけでお金がかかっていないのと、この盾のイメージの悪さから値段が安いだけ。私は掘り出し物だと思うぞ」


「イメージって?」


「まあ、ペルタは主に女性戦士が装備するからな。男は避ける傾向にある。需要が少ないから値段が上がらないんだ」


「そうか……女性用か……」

「実用重視ならそんなことを気にする必要はないと思うがな」


 そう帰蝶に促されて、新米戦士は買うことを決めた。初心者はカッコをつけても仕方ないと堅実な判断をしたのだ。予算が限られているが盾を買わないわけにはいかない。


「よし、あとは武器だが、私はこのショートソードを薦める」


 帰蝶が見せたのはなんの変哲もない剣である。特徴のないオーソドックスな形のものである。初心者戦士は剣くらいはかっこいいものを買いたいと思っていたので、ちょっと不満そうな表情をした。


「確かにオーソドックスで地味な剣だ。だけど、これは新品武器屋で買えば600G以上はする。これは新品と大差がない品質。鍛冶屋のカイルさんが丹精込めて整備した剣だ。これで300Gは高くない」


 帰蝶が(しゅぱっ)と鞘から剣身を抜くと光の残像が煌めいた。これはかなりいい感じだと青年は思った。だが、値段を聞いて怪訝な顔をする。


「確かに300は安いけど、合計で500G超えてませんか?」


「何? アクトンが180Gだろ? ペルタが同じく180G。剣は300Gだ。合計は……おいおい、680Gだろ!」


「それは僕が言うセリフですよ。完全に予算オーバーです」

「180Gくらい何とかなるだろ?」


「なりませんよ。500Gが全財産です。何とかまけてもらえませんか?」

「それはダメだ。そんなにはまけられない」


 この辺のところは右京に厳しく言われている。多少の融通はしてもよいが、それは売る側の力量次第。帰蝶のような見習い店員には1割までしか認められていなかったのだ。今だと負けられるのは68Gまで。それが限界である。


「お前、その首にかけているペンダント。それをくれれば50Gまけるから、ちゃらにしてやってもいい」


 帰蝶は青年の首にかけているペンダントを見てそう話を持ちかけた。そのペンダントはさして高価な感じはしない。革紐に珍しい色の石を通したものである。


「これはそんな価値はないですよ。一応、マジックアイテムですが」

「マジックアイテム?」


「ええ。実は道具屋に10Gで買わされたんです。人を転ばすマジックアイテムだというので買ったんですが、条件がありまして」


「条件?」

「はい。転ばせられるのは魔法生物のみ。しかも1日1回」


「魔法生物?」

「はい。魔法で操られているものだけです」

「地味に使えないな」


「だから10Gなんです。どんなものでも転ばせられるなら、この100倍でも売れるのですがね。しかも魔法の有効期間は1年を切ってる」


 魔法アイテムには効果がある期間が限られているものがある。普通は10年とか20年と長いものが多いが、3年や5年というものもある。当然ながら期間が短いほど値段は安い。


「それでいい。それと交換で500G。初心者冒険セットだ」

「ありがとうございます」

「お礼を言うのはこっちだ。確か、売れたときは……毎度ありいだったかな」


 帰蝶は生まれて初めて武器を売った。それもセットで500Gの売上だ。初心者にしては上出来だが、変なペンダント込みで180Gも安く売ってしまった。これは違反である。



「ダメですよ~。帰蝶さん。そんなに安く売ったら!」


 お客が帰り、1日の売上を精算する時になり、この取引を知った教育係のハンナがそう注意をした。店のきまりを破ってディスカウントするのは、ご法度なのだ。


「どうしても売ってやりたかったんだ。素人の冒険者だと言うし、しっかり装備を整えないと死んでしまうからな」


「そんなのは客の勝手でゲロ」


 いつの間にかゲロ子もハンナの肩で説教モードに入っている。


「アクトンをやめて480Gで売るべきだったでゲロ。ゲロ子なら20Gはちょろまかして500Gで売ったでゲロ」


「まあ、ゲロ子ちゃんも言うことも反則だけど、アクトンか盾をほとんどタダであげてしまったようなものです。今後は気をつけてくださいね。あのアクトンもちゃんとした職人さんに修理を依頼してできたものなんです。ちゃんと価値に合う利益を生み出さないと、努力が無駄になってしまうのです」


 そう教育係のハンナが指導をする。言っていることは正しいので、帰蝶としても頷くしかない。感情のまま、商売してしまっては儲からないということなのだ。


(私は戦いばかりを教えられてきたけど、こういう世界もあるのだ。世界は面白い)


 アイアンデュエルで右京に声をかけられて、この商売の道に飛び込んだが、これまで知らなかったことを教えられて帰蝶は目からウロコが落ちる気分であった。


「このクズアイテムはゲロ子がもらっておくでゲロ」


 そう言ってゲロ子は、帰蝶が代金の代わりに受け取ったマジックアイテムをもらった。カエル型の雨合羽のポケットにそれをグイグイと押し込めたのであった。


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