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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第20話 怪異の戦槌(ソウルハンマー)
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ウォーハンマーに取り憑くもの

「あなた、お夜食を置いておきますね」


 カイルの奥さん、エルスはいつものように工房へ夜食を持ってくる。焼きたてパンに肉をはさんだものと熱々のスープである。カイルは仕事がたまってくると夜通し、残業をする。雇っている職人や弟子のピルトは帰してたった一人で作業をしているのだ。


 そんな夫にエルスは心配しながらも、栄養価の高い食べ物を持ってくる。カイルの仕事は重労働だから、夜でも少々カロリーの高い食べ物でもOKなのだ。


 エルスのお腹の中には2人目の赤ちゃんが宿っている。一人目はまもなく1歳。今は商売も軌道に乗り、昼間は子守りの女中を雇う余裕もある。子供を育てながら、夫の仕事も手伝う充実した毎日を送っていた。


「あれ? 誰かいるのかしら?」


 エルスは工房の隅に人の気配を感じた。その方向を見る。特に変わった様子はない。


(おかしいわ……。確かに何かいるような気がしたのに……)

「あなた、なんだかおかしいわ。誰かに見られているような」


「うむ。俺もそれは感じている」


 カイルも作業する手を休めて部屋を見渡す。夜が更けてから特にその気配が高まったように感じる。こんな気持ちは今日が初めてである。


「あ、あなた……。あそこに……」

「うっ!」


 窓が少し開いてそこから誰かがこちらを見ている。月明かりを背に受けているので、その者のシルエットもおぼろげに浮かび上がる。黒髪の長い女である。前髪を垂らして顔はよく見えないが、異様なくらいの白い顔がそこにはあった。


「きゃっ!」

「誰だ!」


 カイルは窓へ近づき、思い切って開け放った。だが、そこには誰もいない。身を乗り出して左右を見るが逃げた様子もない。


「おかしい……。確かにいたはずだが」

「あ、あなた……」


 エルスが部屋の片隅を指差す。カイルが振り返るとそこに黒髪の少女が立っている。表情は相変わらず見えない。少女はゆっくりと右手を垂直に伸ばした。その人差し指が指し示す方向。そこには右京から預かったウォーハンマーがあった。


「う~ん……」


 エルスはあまりの恐ろしさに気を失ってしまった。カイルは慌てて妻を抱き抱える。すると黒髪の少女はすうっと消えてしまった。




「この武器に幽霊がとり憑いているというでゲロか? 筋肉ダルマも幽霊を信じているでゲロか? きっと何かの見間違いでゲロ」


「ゲロ子、カイルが見間違うはずがないだろう」

「ああ。俺もエルスも確かに見た」


 翌日、カイルから昨夜の出来事を聞いた右京は腕組みをして考えた。実直なカイルやエルスが嘘を言うはずがなく。話はかなりの信ぴょう性がある。


「主様、無視でゲロ。ここはさっさと転売してしまうでゲロ」

「ゲロ子。お客様に変なものは売れないぞ」

「ああ……。また、主様の悪い癖でゲロ。すぐに金にならないことに首を突っ込む」

「その幽霊の女の子のことが気になるじゃないか」

「幽霊だったら主様もビビルでゲロ。それに幽霊を甘く見るとコワイでゲロ」


 確かに幽霊ゴーストはアンデッドモンスターの中では上級種だ。これを退けるには相応の法力か魔法の力がいる。ゴーストは剣で斬るなどの物理攻撃は効かないのだ。


「となると、幽霊に対抗できる力が必要だな」


 右京は思案する。こういう時に頼りになる人物を右京は知っている。まずは神官のホーリーだろう。神官の聖なる力はゴーストを退けることができる。もう一人はクロア。黒魔術師でもあるこのヴァンパイアは、ゴーストを使役する方の力を備えている。相談すれば対処法なりをアドバイスしてくれるだろう。


「ゲロ子、クロアとホーリーを呼んできてくれ」

「めんどくさいでゲロ」

「ゲロ子、働かないと飯抜き……」

「行くでゲロ」


 相変わらず「飯抜き」の罰は嫌いなようだ。ホーリーは店のお向かい教会にいるから、ゲロ子じゃなくても直ぐに呼びに行けるのだが、ここは怠け者の使い魔に働いていただこう。





「右京様、わたしを呼んでいるとゲロちゃんが……」


 しばらくして、ホーリーが店の扉を開けて入ってきた。


「ご主人様~ああああああああっ……」


 同時に飛んできたのはホーリーの使い魔ヒルダ。相変わらず右京のことが「好き好き大好き」のヤンデレバルキリーだ。右京に突進してきたのを右手で叩き落す。ゲロ子と同じ体長15センチのフィギュアサイズだから、地面に煙を上げて撃墜される。


「あああん……。ご主人様のいけず~っ」

「ヒルダは相変わらずでゲロ。羽が純白から灰色になっているでゲロ」


「そんなことないですうう……。先輩のお腹のように黒くはなっていません」


 ヒルダはキッとゲロ子を睨むが、ゲロ子は腕を組んでヒルダを見下ろす。


「昨晩、主様のベッドに潜り込もうとしていたことをゲロ子は知っているでゲロ」


「そ、そんなことしていませんわ。誓って、このヒルダ、そのような恥ずかしいことをするはずがないでしょう。もちろん、ご主人様が望めば、このわたくし、一糸まとわぬ姿でご奉仕することは厭いませんが……」


「ヒルダの羽、折れているでゲロ」


 ヒルダの背中の白い翼に不自然な折り目が付いている。何かに挟まれたような跡だ。


「あ、これは、その……」

「昨晩、ゲロ子が主様のベッドにねずみ取りを仕掛けておいたでゲロ。そうしたら、灰色のネズミが挟まっていたでゲロ」


「えっ! じゃあ、あの罠は先輩が……。じゃなかった、そんなベッドにネズミ捕りを仕掛けたところでネズミなんか捕まりませんわ。ほーほほほほ……」


「ゲロ子、俺のベッドで鳩を捕まえたとか言って白い羽が落ちていたが、あれはヒルダの羽かよ」


 右京も呆れ顔になる。恥ずかしそうにホーリーの背中に隠れるヒルダ。


「右京様、なんだか禍々しいものを感じます」

「ホーリーも感じるようだね」


 不意に言葉が発せられる。いつの間にか全身黒ずくめでサングラスまでかけた女の子が立っている。クロアである。ヴァンパイアであるクロアは太陽が出ているときは、こうやって肌を晒さないようにしないといけないのだ。


「ダーリン。そのウォーハンマーだね」

「ああ……」

「よくないものを感じます……」

「クロアは複雑な思念みたいなものを感じるよ」

「分かるのか?」


「もちろん、はっきりとは分からないよ。この武器にゴーストがとり憑いているというのなら、その幽霊を見てみたいね」


 クロアはそんなことを言う。ホーリーは逆にお祓いをするべきだと主張する。神官の簡単なお祓いで退散する霊もいるからだ。


「とりあえず、ホーリーに頼もう。お祓いできるのだったらそれに越したことはない」

「あら、ダーリンはクロアの意見じゃなくて、ホーリーの方を採用するの?」

「ゲロゲロ。幽霊を見る方を採用するはずがないでゲロ」

「クロア、幽霊を見るのはゴメンだ」

「ダーリンたら、臆病ね。まあ、いいわ……」


 珍しくクロアが素直に引き下がった。ホーリーは頷いてお祓いの準備をする。まずは、ウォーハンマーの周りに小さなタンブラーを丸く囲むように置く。そこに祈り清められた聖水を注ぐ。白木を燃やした炭で愛の女神イルラーシャの文様を描く。そして、女神の名を書いた紙を店の扉、窓、壁に貼った。


「あとは神様に祈るだけです。ヒルダさん、一緒に祈りますよ」

「はい。ホーリーさん」


 ホーリーとヒルダが膝まずいて両手を重ね、目を閉じて静かに神を讃える言葉を唱える。

3時間が経った。太陽は沈み、夜になろうとしている。右京はランプに火を灯して店に中を明るくする。ホーリーとヒルダの祈りは続いている。クロアは店のソファに寝転がって本を読んでいる。


パチパチ……。


 乾いた音が鳴った。広い店内には右京たちしかいない。なんの音だろうかと右京は店の中を見渡す。クロアはソファから体を起こした。気配を感じた方向をじっと見ている。


「ダーリン、どうやら来たようよ」

「な、なにが?」

「あ、あそこでゲロ……」


 ゲロ子が指を指した方向。クロアが見ていた窓である。下の方から黒い髪の少女が現れつつあった。


「な、なんだ、あれは?」


 昨晩、カイルとエルスが見たという幽霊だろう。髪で顔が全く見えない。


「大丈夫です。神の名が書いてある封印は破れません。あの幽霊はこの部屋へは入って来れません」


 祈りながら、ホーリーはそう答える。ホーリーの顔に汗が一筋すっと流れる。長時間の祈りで疲れた表情だ。祈りの時間が長いほど、その防御結界は強固である。それに触れば、弱い霊魂など消滅してしまうほどの力がある。


 黒髪の不気味な少女は右手を上げると、そっと窓に触った。中に入ろうとしたようだ。だが、ホーリーとヒルダが張った結界に触れる。


バチッ!


 火花が散る。少女の幽霊は少しだけ後退した。幽霊を退ける結界に弾かれたようだ。


「このまま、結界を張り続ければ幽霊は諦めるでしょう」


 ホーリーの祈りは続く。このまま、近づけないことを幽霊に自覚させれば、武器への未練を諦め退散するだろうという目論見だ。


「なんだか、あの幽霊が可哀想な気がするのだが」


 すっと透明になったり、姿を現したりで店の外を徘徊している幽霊。右京は最初は怖いと思っていたが見慣れると小動物みたいに可愛く思えてきた。


「主様。幽霊は油断するととり憑くでゲロ」

「とり憑くって、体が乗っ取られるとか?」


「幽霊にとり憑かれるということは、生命エネルギーを奪われることでゲロ」

「つまりエナジードレインよ」


 クロアがそう説明する。エナジードレインはアンデッド系モンスターが使う特殊能力。生きているものから生命力を奪う。アンデッドモンスターはその生命力を吸い取るが、穴の空いたバケツみたいなもので、奪っても奪っても満足できない。ついには全ての生命力を奪われてしまうのだ。


「奪われるとどうなるんだ?」

「最終的にはカラカラのミイラみたいになるでゲロ」


「怖!」

「でもね、ダーリン。クロアはあの少女の幽霊はそんな怖いのじゃないと思うんだよ」


 クロアは外で徘徊する幽霊を見てそう呟いた。幽霊にも力を持ったものとそうでないものがいるという。力のないものは浮遊するだけで、生きているものに害を与えるものはいない。


「どうしてそう思うんだ?」


「あの幽霊。昨日はウォーハンマーの横に立っていて、指を指していたんでしょ。何かダーリンたちに訴ったえてたんじゃない?」


「訴える? 俺たちにか?」

「うん、クロアはなんとなくそう思う」


「だが、このままじゃ、ホーリーの敬虔な祈りであの幽霊、近づけずに成仏してしまいそうでゲロ」


 幾度のなく店に入ろうとしてその都度、弾かれる少女の幽霊。弾かれるたびに霊力を失うのか、徐々に姿が透明に変わっていく。


 その時だ。扉が急に開け放たれた。封印の札が破れる。


「右京、どうしたんだ? こんなに部屋を暗くして?」


 入ってきたのはキル子。店の中がいくつかのランプで照らされている不思議な光景に首をかしげている。冒険から帰ってきたようだ。


「き、霧子さん!」

「扉を開けちゃったでゲロ」


 ホーリーが驚くまもなく、少女の幽霊がキル子の開けた扉から侵入してきた。キル子の体を通り抜けていく。だが、キル子には見えないのか、立ち止まってキョトンとするばかり。


「仕方ないわね。クロアがとどめを刺すよ」


 そう言ってクロアが対幽霊の攻撃魔法である光系の魔法を唱えようとする。だが、右京はクロアの肩をポンと叩いた。


「待てよ、クロア。あの子、やっぱり、あの武器を指差している」

「何か訴えているようでゲロ」

「指差ししている方向に何かありそうだね」


 右京とクロアがウォーハンマーに近づこうとすると、急にパチパチと音が鳴り出した。ラップ音である。ポルダーガイストのようなモンスターが現れる前兆であるが、それは高位の霊体が現れる時にも起こる現象だ。


「サ・ワ・ル・ナ……」


 地の奥底より響くような低い声。地面から首が生えた。


「ハ、ハインリッヒさん!」


 ホーリーが引きつった声を上げた。その首は先日なくなったハインリッヒのものであったからだ。首から肩、そして胸と地面から伸びていき、ついには全身が現れた。そしてウォーハンマーに向かって移動していく。


「蘇ったでゲロ……コワイでゲロ」

「クロア、ホーリー……」

「そ、そんな。わたしはちゃんと供養したのに……」

「あれは死霊なんかじゃないよ……」


 クロアはそう言うと呪文を唱える。それはキル子が背中に背負っている愛剣『ガーディアンレディ』の向けての魔法だ。ガーディアンレディがまばゆく光り始める。


「キル子、あいつを斬りなさい!」

「お前に言われなくてもやるぜ!」


 キル子はガーディアンレディの柄に手をかけた。そして抜くとハインリッヒの霊を一刀両断にする。真っ二つにされたハインリッヒの霊体は白い霧のようになって四散するが、また集まって一つの塊になる。


「馬鹿な! 確かに一撃で倒したはず」

「やはりね。これは霊体じゃないよ」


 クロアとキル子は戦闘態勢に入る。よほどの危険なモンスターと断定したようだ。


「霊体じゃないならなんでゲロ?」

「おそらく……魔神だね」


 クロアがそうつぶやくと同時に白い煙は塊となり、やがて青銅色の肌と鷲の翼をもつ巨大な生物に変わっていく。爬虫類を思わせる尻尾。頭に生えた2本の角。恐ろしげな顔はライオンのようであった。


「魔力の感じからすると、高位の魔神のようだよ。これはまずいかもね」

「そんな魔神、退治できるのか?」

「……」


 クロアは右京の問いに沈黙する。代わりにキル子が答える。


「いくらヴァンパイアでも魔神は無理だ。相手は神だぞ。魔法無効化に物理攻撃無効化。通常では傷一つ付けられない」


「それじゃ、ここで全員、死亡決定じゃないか!」

「……幸い、クロアたちをどうにかしようという気はないようだよ」


 クロアは魔神の動きを見守る。魔神はウォーハンマーのところへ行くと徐々に体を消していく。そしてついには完全に消えてしまった。


 その消える一瞬、右京の目にはキラリと光る金色の鎖が魔神とウォーハンマーをつないでいるビジュアルが映った。


「魔神がつながれていた……? どういうことだ?」


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