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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第19話 愛情の鎧(ブロンドプレートメイル)
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拾ったグラディウス

「ふう……。危なかった……」

「死人が出なくてよかった」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 ダンジョンの外でキル子とエイブラムスは安堵の声をあげた。そして謝るルナ。だが、一番の原因は勝手に石を取りに行ったニールである。そのニールは左腕の骨折とさらの左の肋骨が折れていた。ウッドアーマーでは衝撃を防ぐことはできなかったようだ。痛みのために気を失っている。

 

 やはり、上級のダンジョンに初心者を連れて行くことは危険であった。チームワークの乱れは死につながるのだ。


「ニール、大丈夫か!」


 頬をペシペシと叩くキル子。目を開けるニール。


「い、痛い……痛い……、あれ、ここは?」

「ダンジョンの外だ。緊急脱出した」

「それじゃ、ミッションは?」

「あそこで逃げなきゃ、誰か死んでいたさ。それより、ニール。お前のミッションは?」


 ニールは痛みに耐えてポケットから紙の包を取り出す。ヌルップゴケは手に入れたようだ。だが、紙が乾いている。慌てて、キル子が取り上げて包みを開いた。


「か、乾燥している……。紙が焦げているところがあるぞ」

「そ、そんな……」


「ファイアボールの火の粉がまともにかかったんだ。紙について燃やしてしまったらしい。少しの温度変化でコケはダメになるんだ」


「う、うそだ~っ。うっ……」


 張り詰めていた気持ちが切れ、痛みが襲ってニールは再び気絶してしまった。




 ヌルップゴケがダメになり、ニールは落胆した。もう一度取りに行くにも、ベルの病状が進んでしまい、時間切れとなってしまう。キル子たちに介抱してもらい、何とか冒険者ギルドの治療室に運ばれ、そこで目を覚ましたニール。


「ああ……どうしたらいいいのか……」


 ニールは骨折した左手を三角巾で吊り下げ、胸には折れた肋骨を固定するベルト付けるという満身創痍の格好でため息をついた。


(なんとしてでも、彼女の目に光を取り戻してあげたい……僕の手で……)


 ニールの彼女、ベルはプラズマボール症候群という病気で、まもなく完全に失明してしまう。それを防ぎ、しかも目が見えるようにする薬があるのだ。だが、それはとても高価であった。時間をかければその薬を買うことはできるが、それには時間がなかった。ヌルップゴケという薬の原料を手に入れれば、安く買えたのだが、そのコケも結局は入手できなかった。



 ニールは自分の持ち物である盾を見た。先祖代々の盾。かつて王国の軍人として代々伝わってきたアトキンソン家の宝だ。


「この盾だったら1000Gで買取ります」


 ニールの頭の中に査定をした右京の言葉が浮かんだ。


(売るのか……この盾を。父親の形見、祖父の形見……僕の代で失っていいのか?)

(それに衛兵の試験はもうすぐだ。この盾とプレートメイルがあれば合格するはず)


(売れば貯金の1000Gと合わせて2000Gは用意できる。あと400Gでベルの目が治る。あとたった400Gだ。そこまで行けばなんとかなる)


「僕はベルを守りたい!」


 そうニールは空に向かって叫んだ。そして痛む体を引きずって外に出た。辻馬車に乗るのは贅沢なので、痛みをこらえて歩く。やがてこじんまりとした中古買い取り店。伊勢崎ウェポンディーラーズの扉を叩いた。


「いらっしゃい。あれ、どうしたのですか? ニールさん」

「あのビンボー人が来たでゲロ」


 右京は一度聞いたお客の名前を忘れない。それが購入や買い取りをしてくれなかった客だとしてもだ。ゲロ子も覚えている。特に儲けに繋がらなかった客はイヤミを言うためである。


「ゲロ子! 失礼なことを言うな!」

「ごめんでゲロ。この男、今回は儲けさせてくれそうでゲロ」


 さすがゲロ子。ニールの思いつめた顔からこの男が武器を売りに来たと確信したようだ。お金が絡むと素直になる奴だ。


「右京さん、この盾、まだあの価格で買い取っていただけますか?」

 

 ニールはそう吹っ切れたように右京に注文した。以前、この盾を売ってくれと促した時とは違う面持ちだ。ゲロ子じゃないが、これは儲かる匂いがすると右京も思った。


「ええ。一応、品質を再度見させていただきますけど。壊れていなければ、買取りさせていただきます」

「査定をお願いします」

「分かりました」


 右京は白い手袋を取り出し、ニールから盾を受け取る。以前よりも状態が悪い。それはそうだ。ダンジョンでモンスターと戦い、相当傷ついたからだ。表面には棍棒で叩かれた跡がくっきり残っている。


「この凹みはどうされました?」

「ああ、それは沼巨人の攻撃で凹んだんです」


「なるほど……」

「壊れていては、査定は低くなるでゲロ……」


 ゲロ子もの覗き込んで、両手を腰に当てて「うんうんでゲロ」と査定している。


「そうなんですか?」

「壊れた武器を買う客はいません。ですから、壊れればそれだけ査定は減ります」


 右京がそう告げる。ニールの顔が真っ青になる。


「そ、そんな……。1000Gで売れないと困るんだ」

「それはゲロ子たちもでゲロ。売れない武器を買い取ったら大損するでゲロ」


「あああ……僕は馬鹿だ! 最初からこの盾を売ればよかったんだ。そうすれば彼女は助かったのに……」

「彼女?」


 右京はそうニールに言葉を向けたが、ニールは詳しく話そうとしない。首を横に振るだけだ。そんな様子を見て右京は思い切ってこう申し出た。


「ニールさん。先祖代々の盾を売ってくださるんです。いいでしょう。その盾、1000Gで買いましょう」


「えっ……。本当ですか!」

「主様、本気でゲロか?」


 驚くニールと不満顔のゲロ子。対象的な表情だ。だが、右京は続ける。利益の減少を承知で前の査定値段で買うには条件があった。


「あなたの持っているその剣をセットで売ってくださるならという条件ですが……」

 

 右京がそう条件を付けたのがニールの剣の売却。正確にはそれは元から持っていたありきたりのショートソードではなかった。実は自分の剣は吹き飛ばされた時に失ってしまい、地面に落ちていたリザードマンの剣を拾っていたのだ。それは錆が浮き出て状態がよいとはとても言えないしろものである。


「盾を売るなら、もう冒険者を辞めるということですよね」


 右京はそうニールに念を押した。優しく確かめるような感じである。これはニールの意思を確認したのだ。ニールは沈黙した。どうやら、そこまでは思いが至っていなかったようだが、ほんの1,2秒で軽く頷いた。


「そ、そういうことか……。そういうことだよね」


 ニールは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。視線は店全体を見渡し、そしてあこがれだったプレートメイルが飾られているショーウィンドゥへと移っていく。そこにはあのプレートメイルの姿がない。


「……あの鎧、売れてしまったのですね……」


 ニールはふっとため息をついた。ずっと欲しいと思っていたプレートメイルだった。もう冒険者も衛兵への挑戦も辞めると決心したニールには不必要なものであるが、それでも少し未練があるようだった。


「先ほど、お客様が残りの代金をもって引取りに来たんです。急に必要だと言いましてね」


「そうですか……。ははは……。これも何かの運命。全部売ります。こんな錆びた剣、大した金額じゃないとは思うけど」


「そうですね。この剣、400Gで買取りましょう」

「よ、400!」


「はい、400です」


 ニールの顔はぱっと輝いた。道が開けたという表情だ。


「売ります、お願いします。盾と合わせて1400G。ああ、神様……」


 ニールはそう言って手を合わせて目を閉じた。ゲロ子が嫌そうな表情を作った。


「そこは神様じゃなくて、右京様でゲロ……」



 1400Gのお金を握り締めてニールが店から出て行くと、ゲロ子がいつものように右京に文句を言う。


「主様、壊れた盾と錆びたショートソードを1400Gでゲロか? 正気でゲロか?」

「ああ。俺はいたってまともだ」


「馬鹿でゲロ。お人好しでゲロ。甘いでゲロ」

「俺はちゃんと勝算があるぜ」


「そうでゲロか? ゲロ子には主様が変に同情して商人の道を踏み外したのかと思ったでゲロ」

「これを見てみろよ……」


 右京は先ほど買い取ったショートソードをゲロ子に見せた。ところどころ、泥がこびりつき、赤茶けた錆も散見する。程度でいけば最悪レベルである。こんな剣は1Gすらの価値もない。だが、武器自体は珍しい造作だ。


「ゲロゲロ……。これはグラディウスでゲロ」


 グラディウスというのは古代ローマ帝国の歩兵が装備した剣の総称である。幅広の剣身をもち、全長は60センチほど。重さはせいぜい1キログラムほど。小さな剣のように思えるが、これには理由がある。

 ローマの歩兵というのは、きれいに整列して盾を構えて戦う。密集体制を崩さぬようにして戦うのだ。それだと長い剣は使えないので、このような短く扱いやすいものになっているのだ。


 グラディウスは様々なデザインのものがあり、典型的な特徴を上げろと言われると困るのだが、大きくはギリシアタイプとケルトタイプに分けられる。ギリシアタイプは幾分、剣身が細く、実用重視で飾りも何もついていないが、ケルトタイプは幅広で凝った装飾が施してある。


 さらに密集隊形において、剣を振るいやすく、圧倒的な攻撃力を叩き出したイベリアン・グラディウスなるものも発明されている。これは当時のスペイン辺りの蛮族が持っていた剣に由来し、ローマ帝国に驚異を与えたハンニバルが己の軍団に装備したと言われる剣だ。


斬ることに徹した形状は、カンネーの戦いでカルタゴに勝利をもたらすこととなる。その後、この剣の威力に気がついたローマの名将スキピオが、ローマ軍の正規装備とし、ザマの戦いでハンニバルを打ち破り、カルタゴが滅亡するという皮肉な結果になる。


 目の前にあるのはそのイベリアン・グラディウスである。グリップは握やすく、銀製で作られていることが多いが、これは何かの骨か角で作られている感じだ。


「確かに年代物の珍しい剣でゲロ。でも、修理が大変でゲロ」


「だがな。このホプロンの盾と組み合わされば、ローマ重装歩兵の完成だ。鎧も付ければだが」


「ローマ重装歩兵? なんでゲロ。主様、頭でもおかしくなったでゲロか?」


「まあこの世界の人間じゃわからんだろうが、要するにこの盾と組み合わせて売れば、400G以上で売れるということさ。単体では価値がなくても組み合わせることで価値が出る」


「そんなもんでゲロか?」

「ああ。セットで売ることで魅力が出る商品もあるんだぜ」


 そう言うと右京は鍛冶屋のカイルのところへ、グラディウスを持ってくことにする。セットで売るにしてもきれいに修理しないと売れなくなってしまうからだ。


「それにしても主様。あの花売り娘、あの見事なブロンドヘア、ばっさり切ってしまったでゲロな」

 

 ゲロ子が思い出したように先ほど、似合わない買い物をした客の話題を切り出した。


「ああ。驚いたな。まあ、理由は察することができるけど」

「あの花売り娘に貢がせるなんて、どんな外道な冒険者でゲロ?」


「外道じゃないだろ。あの鎧を使ってくださる方だぞ。それにあの子。悪い男に騙される感じじゃないないけどな。しっかりしていると言うか、目が不自由なだけにちゃんと人を見抜く賢さがある」


 そう言って右京は店の外を見た。通りをまばらに人が歩いているのが見えた。


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