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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第1話 転職のバスタードソード(ガーディアンレディ)
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鍛冶屋カイル

 カラン……と扉を開けてガランが出て行った。足取りは来た時よりも幾分軽い感じだ。


「主様は商売が下手でゲロ。客の方が相場を分かってないなら、安く買い叩かないと儲けが薄いでゲロ。ゲロ子なら最初に300と言ってから500にしたでゲロ」


 バチッ。


 右京が右肩に座っているゲロ子を右手の中指で弾いた。肩から転がり落ちるゲロ子。かろうじて、背中に両手足に装備した吸盤で張り付いた。


「痛いでゲロ」

「安く買い叩けば、一時的には儲かるけど、そのお客は二度と来ない。商売は長い目で行うもんだ。それにあの剣は最初から800で買い取ると決めてた」


「そうでゲロか? あのおっちゃん、冒険者やめるなら二度と売りに来ないでゲロ」


「ああ。あの人は売りに来ないけど、高く売れた話はしてくれる。カフェを経営するなら店に来た冒険者に話すだろう」


「ゲロゲロ……。なるほどでゲロ。ガッテンしたでゲロ。主様は商売がウマイでゲロな。800Gで買うと決めてて、あえて500Gと言ったでゲロか。そこで300も上乗せすりゃ、客はコロッといくでゲロ」


「ゲロ子。失礼な物言いはやめろ。売り客も買い客も大事なお客様だ。伊勢崎屋のポリシーは『買う客、売る客、みんな満足、得をするだ』わかったかゲロ子」


「アイアイサー」


 肩から机に飛び乗って右京に敬礼をするカエル娘。冷静に見ると間抜けな構図である。


「それにしても、ゲロゲロ……。主様が得するにはこの剣の価値を高めないといけないでゲロ」


「ああ。鍛冶屋のカイルのところへ行こう」


 右京はゲロ子に店の看板をしまうように命じた。まだ昼の2時だがもう客は来ないだろう。今の仕事は買い取った剣のレストアだ。


 武器買取屋「伊勢崎ウェポンディーラーズ」は街の繁華街から少し離れた裏通りにある。表通りの店舗は賃貸料が高いし、空き店舗もあまりない。それに大手の武器屋の傍に店を構えるのも少々気が引ける。新品の武器を売る武器屋とは商売敵になるからだ。右京がここに店舗を借りているのは、1ヶ月の賃料が50Gと安いこともあるが、すぐ近くに、友人で商売の相棒である鍛冶屋のカイルという男が住んでいることが大きな理由だ。


 カイルは右京と同じ21歳。この世界に飛ばされて途方に暮れていた右京を救ってくれた恩人であり、武器の修復をしてくれる腕のいい武器商人だ。普段は包丁や農具を作る鍛冶屋をしているが、最近は右京の買い取った武器の修復で生計を立てている。新しく作った包丁や農具はギルド商人に安く買われるので、苦労の割には儲からないというのが理由だ。

 

 カイルは身長190cmある大男だ。上半身は筋肉がたくましく、銀髪の刈り上げの短髪である。寡黙な男で滅多にしゃべらないが、右京とは馬があった。また、こんな寡黙な男の割に美人の嫁さんがいる。エルスさんという女性だ。腰まである長い黒髪の美人でスタイルもよく、こんな小さな鍛冶屋によく嫁に来たなと思える程、場違いな女性だが、真面目なカイルにはふさわしい人だと右京は思っている。


 右京が扉をあけると店の奥の工房で作業しているカイルと右京を愛想よく出迎えてくれるエルスさんがいた。今年20歳というエルスさんは、結婚して半年という若妻である。ひらひらのエプロンドレスが似合っており、殺風景な店の雰囲気を幾分か和らげてくれている。無骨で商売ベタなカイルを上手にサポートし、家庭のこともやりつつ、仕事も手伝っていた。


「右京さん、お仕事ですか?」


 エルスさんの愛くるしい目が右京の手にしたバスタードソードを見ている。先ほど、お昼ご飯の差し入れをしてくれてから、2時間弱ほどしか経っていないが、その間に買取りしたのであろう。右京がこの時間に来るときは大抵商売なのだ。


「いい剣を買い取ったんですが、修理が必要でね。旦那はいます?」

「はい、右京さん。ちょっとお待ちください。あなた、右京さんがいらっしゃいました」


 明るい声で奥で作業しているカイルを呼び出す。作業ゴーグルを外し、エルスさんから渡された真っ白いタオルで汗を拭いながら190センチの大男が出てきた。エルスさんは168センチぐらいだから、かなりの身長差がある。防護ベストは羽織っているが、上半身からたくましい筋肉がむきだしている。タオルをエルスさんに渡すと、ドカッと丸椅子に腰を降ろした。商談スペースは10畳ほど。注文を聞くカウンターと合わせても15畳くらいしかない。奥の作業場は8畳程で、2階が普段の生活をしている場所となっている。


「カイル、見てくれ。バスタードソードだ」

「ああ……」


 カイルは右京の持ってきた剣をしげしげと見る。職人だけあって、見るポイントは自分が修復するであろう剣身から柄頭である。


「ゾリゲン工房製だな」


 カイルはゾリゲン工房の刻印を見る前にそうつぶやいた。くるりと回して刻印を見て、深く頷く。彼くらいの職人になると初見で刻印を見なくてもどの工房で作られたか分かるのである。


「このまま修復するだけだと儲けが少ない。俺は思い切ってこの剣を改造したい」


「ふん。また、無理難題か……」


 親友だけにカイルは右京の要求が分かっている。この剣をリニューアルし、匠の一本にするつもりなのだ。ただ、金をかければそれなりの改造はできるが、それでは儲けが薄くなる。カイルの修復技術と右京の材料調達にかかってくるのだ。


「刃が3箇所欠けている。この修復は簡単だろう」

「ああ」


「で、ブレード部分を削って重量を30%少なくして欲しい」

「難しいことを言う」


「グリップ部分はみすぼらしいので、もっと華やかにしたい。これは外注するから外してくれればいい」

「それはいいが……右京、お前誰に売るつもりだ」


「女でゲロ」


 右京のシャツの胸ポッケから、ゲロ子が顔を出した。のそのそとポケットから出てきて右京の左肩に腰掛ける。脚を組んで偉そうにしているカエル娘。


「主様はこの剣を女戦士に売るつもりでゲロ」

「うむ」


 カイルも腕を組む。腕のいい武器職人のカイルは右京が誰に売るのかについては議論をしない。売る相手に合った改造をすることにもう神経を集中している。


「25%だな」


 無骨な武器職人はポツリと言った。シンプルな柄を凝ったものに取り替えることを計算しての意見だ。軽量化は筋力が男より劣る女性には必須である。ただ、軽くすることで耐久力が落ちたり、破壊力が落ちたりしては意味がない。重量がない分の破壊パワーをスピードでカバーすることで攻撃力を落とさないことが要求された。


 剣の中でも安く作られ、値段も500G~800Gくらいの「鉄の剣」と呼ばれる安価なロングソードの場合、刃が肉厚で重量がかなりある。ブレードの幅も5センチ以上あるものが多い。これは製造過程が「焼き入れ法」という技術で作られているためで、刃の表面だけが硬化しているのだ。この製法で作られた場合、表面だけが固くなり、切れるのであるが、使用しているうちにそのコーティングがはがれてしまう。切れ味が悪くなり、剣としての攻撃力が落ちる。このバスタードソードは全体が「鋼」でできており、幅も狭くて済む。強度が比べ物にならないくらい強いのだ。


 ガランから買い取ったバスタードソードは、幅が4センチある。右京の提案はこれを1センチ削って細身にし、それによって全体の重量を軽減しようというのだ。


「難しい仕事だ。剣の重量バランスも考えなくてはならない」


 そう言ってカイルは少し沈黙した。簡単な作業ではない。単純に削れば耐久力が落ちて、戦いの最中に折れてしまうこともある。攻撃力を落とさないようにダウンサイジングすることは相当な腕を要求されるのだ。


「できないとは言わせないぜ。街一番の鍛冶屋だろ?」

「やる」

「3日くらいでできるか?」

「ああ。2日でできる」

「じゃあ、工賃は前払いで300G。仕上げの研ぎもお願いしたい。これは別に100G」


 プロの研ぎ師に頼むとこの倍はするが、カイルはよしみで半額でやってくれる。質も専門業者と変わらないのだ。転売するにはそれなりに安く修理しないと儲けが出ないのだ。


 カイルはグリップ部分を外すとそれを右京に渡し、早速作業に取りかかった。ふいごで火力を強め、バスタードソードのブレード部分を熱し始めた。


「それじゃ、エルスさん。2日後に来ます。前金で400Gです」


 右京はポケットから札束を取り出した。100G札で4枚を数える。日本円して20万円になる。


「いつもありがとうございます。右京さん」

「助かっているのはこっちですよ。カイルの腕にはいつも感心してます。それに彼の腕ならもっとお金を払わないと見合わないと思いますが、いつも格安でやってくれていますから」


「いいえ。主人もやりがいがある仕事だといつも言っていますよ。包丁ギルドの下請け仕事じゃ、主人の腕に見合ったお金がもらえないのですから」


 エルスさんから聞いた話では、包丁1本につき1Gにしかならないそうだ。カイルは丁寧な仕事をするので、包丁1本に2、3時間はかける。割が合わない。


「それに右京さんが仕事を回してくれるようになってから、冒険者の方の修理依頼が入るようになって、忙しくなりました。近々、弟子をとるって主人も言っています。人手が欲しいですからね」


「それはいいですね。忙しいことはいいことです。新しい家族も増えるかもですし」


 右京はエルスの体をちらりと見て、そう言った。結婚して半年になるそうだから、そろそろ赤ちゃんができてもおかしくはないだろう。


(主様、それはちょっとセクハラ発言っぽいでゲロ)


 小声でゲロ子が右京に囁く。相変わらず、右京の肩に腰掛けているカエル娘。右京に忠告したのではなくて、さらに畳み掛けるようにセクハラ発言をする。


「そりゃ、こんな美味しそうな奥さんでゲロ。毎晩、あの筋肉もりもり男に後ろから前からゲロゲロ……」


「馬鹿野郎。それ以上は18禁だ」


 ゲロ子のほっぺたをつねったまま、持ち上げる右京。このくらいで辞めさせないとこのカエル娘、暴走するとお下品極まりないのだ。


 右京とゲロ子のやりとりに顔を赤らめていたエルスさんだが、そっとお腹に手を当てた。


「まだ兆候はないですけど……昨晩は激しかったから、できているかも。どう思います?」


(おいおい、天然かよ)


 こんな美人な若妻にそんなこと言われてもどう答えてよいか分からない右京。仕方ないので、ゲロ子にあたる。ほっぺたをつまんだまま、壁めがけて投げ飛ばす。壁に張り付いてはらりとはがれて地面に落ちるゲロ子。右京は女性には優しいが、ゲロ子には容赦がない。


「ひどいでゲロ。DVでゲロ」

「お前はパートナーじゃない。下僕だ」

「ゲロゲロ……主様はSの才能あるでゲロ」

「大体、お前は役に立っているのか疑問だ」


「主様、それはヒドイでゲロ。ゲロ子がいなければ、武器の相場が分からないでゲロ。武器の基本情報も分からないでゲロ。宣伝もできないでゲロ」


 ゲロ子の奴、調子に乗っている。確かに相場や基本情報がすぐわかるのはありがたい。コイツは生きている辞書なのだ。さらに行ったことのある冒険者ギルド事務所には瞬間移動できるという反則技を持っている。これで「売ります、買います」の張り紙を掲示板に貼らせることもできる。役に立っているところもあるが、コイツはここぞというところで失敗するし、見てないとサボるのである。もっている能力の割に優秀な相棒と言えないのが情けない。


「ゲロ子、次の店に行くぞ」

「あいあいでゲロ」


 親友夫婦と別れて、右京は次の店に行く。金属細工師のところだ。


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