プラズマボール症候群
「娘はおらん……。配達に出かけた」
ベルの父親がそうぶっきらぼうに訪ねてきたニールに答えた。娘と彼が付き合っていることは知っていたが、父親として娘の彼氏にどう接していいのか迷って、今まで意図的にニールに会おうとしなかったようだ。
ぶっきらぼうな物言いに、最初は思わず1歩下がってしまったニールだったが、目を一瞬閉じると強く開けて右足を出した。ニールはこの機会に正式に交際を認めてもらおうと思ったのであった。
「あの……。お嬢さんとお付き合いをさせていただいているニール・アトキンソンといいます」
「知っている。娘から聞いている」
「そ、それじゃあ……」
「わしは認めんぞ」
「え?」
「わしは認めんと言っとる。冒険者の男などに娘はやれん」
「そ、そんな……」
日焼けしシワが目立つ父親はキリリとニールを睨みつけた。歳はとっているが若い頃はさぞ、筋肉隆々であったであろう体つきである。なんで繊細な花を扱う商売をしているのか不思議な男である。
「娘は目が不自由だ。嫁に貰えば苦労することは目に見えている。それに冒険者は生活が不安定だ。そんな男の嫁にすることを親が望むものか!」
「そんなことはありません。僕は絶対にお嬢さんを幸せにしてみます」
ニールは力強くそういい切った。確かに収入は不安定で嫁をもらう状況ではない。歓迎はされないのかもしれないが、そこは男。絶対に何とかしてみせると強く思った。
「口では何とでも言える。要は今現在のお前について俺は言っている! それはお前が冒険者だから蔑んで言っているのではないぞ。娘に同情する気持ちで近づいているのだったら、去れ。娘は父親である俺が一生面倒を見る」
「では、お父さん……」
「誰がお前のお父さんじゃ!」
「僕がベルさんにふさわしい職業につくとか、大金を得るとかすれば認めてくれるのですか?」
「ふん……。金ではない。だが、現実に生活には金がかかる。ちゃんと稼げるか、財産があるに越したことはない。だが、肝心なのはお前自身だろう。お前は今の冒険者という仕事は好きなのか?」
(うっ……)
ニールは言葉に詰まった。確かに父親の言うとおりだ。自分は冒険者をやっているが、この仕事が楽しいともやりがいがあるとも思っていない。なんとなく惰性でやっているのだ。それをズバリとえぐられたそんな気分だ。
「自分の職業に愛着のない男には、娘はふさわしくない」
吐き捨てるように父親は言った。ニールは何も言い返せず、トボトボと帰るしかなかった。
「おや? お前はニールじゃないか? アトキンソン家の……」
「え? もしかしてラドクリフさんですか?」
トボトボと歩いていたニールは不意に馬上の人物に声をかけられた。町を守る衛兵部隊の指揮官らしき人物である。白い髭を生やした老年の男だが見覚えがあった。父親の親友だったラドクリフ少佐である。確か、都で騎士団の中隊長をやっていたはずだ。
「このイヅモの町の駐屯部隊に転属になってな。暗い顔して何かあったのか?」
ラドクリフには小さい頃から可愛がってもらった記憶がある。ついそんな温かさにニールは頼ってしまった。市内巡回中だったラドクリフは部下に先に行くように命令すると、ニールを近くのカフェに誘った。
「お前の父親の件では力になれず、すまなかった。お前が元気に暮らしていて本当によかった」
「いえ。ラドクリフさんが弁護してくれたので、父は追放だけで済んだのです。父は死ぬまでラドクリフさんに感謝していました」
「親友なのにあいつの死に目に会えんかった。友として申し訳なく思っている。それにしてもニール。格好を見ると冒険者をしているようだが。アトキンソン家の盾も健在のようだな」
「はい。この盾には何度も命を救われました」
「うむ。それにしても浮かない顔だったが?」
ラドクリフの優しさについ甘えて、先ほどのベルの父親に言われたことを話したニール。頷きながら聞いていたラドクリフだったが、ニールの話を聴き終えると目を閉じてしばらく考えた。そしてニールに語りかける。
「その父親の気持ちは分かる。同じ年代だからな。わしには娘はいないが、いたら同じことを言うかもしれない。ニール、お前は今の仕事が自分に向いていると思うのか?」
「僕は……。向いていないと思っています。だから、仕事もうまくいかないのです」
「まあ、向いている仕事につける人間もそうそういないがな。どうだろう?」
「なんですか?」
ラドクリフは運ばれてきたお茶を一口飲んで、ちょっと間を置いた。
「お前さえ、やる気があれば駐屯軍の臨時募集に応じないか? 今、衛兵の空きがあるんだ。書類選考のあと、数名を選出し、連隊長が面接で選ぶのだが、わしの推薦があれば書類選考は通る。あとは実力次第だが」
「衛兵ですか?」
「安定職だぞ。この町の治安を守る重要な仕事だ。月々の決まった給料もある。この町は治安もいいから危険は少ない。現地採用だから転勤もない」
「それは……」
「その花屋の嬢ちゃんは目が不自由なんだろ。安定した職業で一生楽な暮らしを提供できるのは間違いない。但し……」
「但し?」
「面接でその格好は通らない。盾は合格だ。剣は及第点だろう。だが、そのなんだ……」
ラドクリフはニールの奇っ怪なウッドアーマーを見る。そして首を振った。
「その鎧はダメだ。合格するにはプレートメイル着用。これは他の志願者のレベルからすると必須だ」
「プレートメイルですって?」
「高いがなんとかしないとな。ああ、この町には伊勢崎なんとかという中古武器を整備して安く売る店があるそうだ、評判がいいらしい。そこに格安であるかもしれないぞ」
「は、はい。ちょっと見てきます。ラドクリフさん、志願の推薦の件、よろしくお願いします」
「ああ……試験は3ヶ月後だ。それまでに手に入れろよ」
そう言うとラドクリフは席を立った。片手を上げて人ごみの中に消えていく。ニールの心が晴れていく。この町の衛兵の職につけば、ベルの親父さんも納得してくれるだろう。
ニールは早速、ラドクリフが教えてくれた伊勢崎ウェポンディーラーズという店を訪ねる。その店は裏通りの小さな店構えでたどり着くのに苦労した。見つけると小さなショーウィンドウにおあつらえ向きのプレートメイルがディスプレイされている。
だが、値段が書いてない。それに中古武器らしいがどう見ても新品と変わらないし、新品よりも高そうに見える。新品なら軽く4000G以上はするプレイトメイルなのだ。だから、外からじっと見るしかできなかった。
ホーリーが雑巾で店の中を拭き掃除をしてくれる。毎朝の変わらぬ風景だ。ホーリーは教会の孤児たちの世話をし、朝の儀礼を終えるとお向かいの右京の店に顔を出す。目的は店の掃除だ。店の中からカウンターの中。トイレや2階の右京の部屋までテキパキと掃除をしてくれるのだ。
右京は毎回、『そんなことしなくていい』と言うのだが、ホーリーは右京へのお礼だと言って毎日おしかけてくる。実際に助かっているので、ホーリーの好きなようにしてもらっている。
「市場に新しい花屋さんができたのですよ」
「花屋さん?」
「はい。わたしの教会の信者さんなんですよ。頼めば1G金貨で3日置きに花を入れ替えてくれるサービスが好評なんです。わたしの教会もお願いするつもりですが、右京様のお店も頼んだらどうかしら?」
「へえ……」
右京は興味をもった。殺風景な店内が広がる。武器屋としてなら実用的だが、ここは中古の買取店。少しでも高級感を出して中古のイメージを払拭したい。元いたブランド買取店ではそこも気をつかっていた。
「1Gならコストパフォーマンスはいいでゲロ。1ヶ月で10Gでゲロ」
珍しくゲロ子が賛成した。右京も異存はない。
「あ、そうそう……」
右京とホーリーの会話に割り込んできたのは、ホーリーについて奉仕活動する信者のおばさん。ちょっと太めの愛想の良いおばさんだ。だが、このおばさんは下手な情報屋よりも情報通なのだ。ホーリーも右京もこのおばさんの情報は利用しつつも、下手なことをしゃべらないようにしていた。下手すると自分たちのこともあっちこっちに話して回るからだ。まあ、右京はこのおばさんを上手に使って宣伝に利用していたが。
「あの花屋のお嬢さん。ベルって名前だけど、あの娘、目が不自由なんですって。先天性の病でね。確か、先天性プラズマボール症候群って病気」
「先天性プラズマボール症候群?」
思わず右京が釣れたので、おばさんの口調はまるで油を舐めたかのように滑らかに動き出す。
「お母さんのお腹にいるときに、プラズマボール? そんな名前のモンスターの攻撃を受けるとお腹の赤ちゃんが影響を受けるらしいの。ベルの父親は元冒険者だったそうで、お母さんも一緒に行動していたそうよ。その時に被爆したという噂よ。ホント、怖いわね」
ペラペラと話すおばさん。おかげで花屋のベルという娘さんの目の病気のことがわかった。
「プラズマボール症候群って治る病気なんですか?」
一応、右京は聞いてみた。この世界、魔法やら薬草やら何げに現代よりも医療技術は進んでいそうだったからだ。
「それがねえ。最近、薬が開発されたけど、ものすごく高いそうよ。治るまでの2000G以上はかかるって話。そりゃそうよね。先天性プラズマボール症候群って病気、滅多にかかるもんじゃないし……」
おばさんは一人で猛烈に喋った。花屋の仕入先からぶっきらぼうの父親が娘を溺愛している話。死んだ母親が花屋を始めた話。最近、娘に彼氏ができた話。その彼氏が何だか頼りない青年だという話。そして、ついには右京とホーリーがいつ結婚するかまで聞いてくるので、上手にごまかして退出してもらった。たぶん、外ではよく店に出入りするキル子とホーリーのことをしゃべっているはずだ。
プラズマボールとは、ダンジョンで出没するモンスターの一種。ウィル・オー・ウィスプの仲間で光り輝いて浮遊している。冒険者を見ると電気を帯びた体で体当たりしてくるが、それほどの攻撃力はない。
剣でなぎ払えば霧散するし、魔法攻撃も効果がある。ただ、窮地に陥ると体を爆発させることがあり、この時に強烈な光を発して一時的に冒険者の視力を奪うことがある。20、30分は見えなくなるのだ。
この時に別のモンスターに出くわせば大変危険な目に遭うし、他のモンスターと一緒にエンカウントすれば驚異なのである。
先天性プラズマボール症候群とは、子供を宿した母親がこの目潰し攻撃を食らった時に、胎児に影響がでる病気だ。生まれてきた時から視覚障害があり、年齢を重ねるにつれて視覚が奪われていくのだ。




