花売り娘とビギナー冒険者
伊勢崎ウェポンディーラーズ、発売間近。
今はいろいろと忙しい……でも、がんばるw
最近、僕には気になっている人がいる。その人と会ったのは半年前。最初の出会いは他愛のないものであった。
「お花はいりませんか? 窓辺に飾ったり、お店の中に飾ったりすると素敵ですよ」
よく通る鈴のような美しい声。思わず、僕は足を止めた。その人はイヅモの町の市場の片隅で花屋を営んでいる女の子である。編まれて左肩に乗せてあるブロンドの長い髪がとても綺麗。白いリボンが金の髪と合わさって清楚な感じを引き立たせている。パッチリとした目は青く輝いていた。
(こんなところに花屋があったっけ……)
このイヅモの町を拠点にして1年。今まで気がつかなかった。花屋といっても他の大半の店と同じで簡易な雨よけの露天商。その娘は青いエプロンドレスでくるくるとよく動いていた。不思議と目で追ってしまう魅力。ただ、ちょっと不自然なのはいつも両手で何かに触ってから体が動くこと。この3日間で気がついたことだ。
「今日も来ましたね……」
不意にその子に声をかけられた。僕の方をじっと見ている。ただ、その目の見る距離感に不自然さを感じた。まるで僕の立っている距離がつかめていないかのような視線だ。
「花を買っていないのに覚えていてくれたのですか?」
「はい。3日前にお店の前に立っていましたよね。それからこの時間にいつも立っておられました。もしかしたら、お花を買ってくださるのかと思っていました」
「きれいな花だけど……。僕なんかに花は似合わないし……」
「そんなことありませんわ」
そう言うとその娘はそっと座り、一輪の白い花をバケツから取り出した。前掛けのポケットからハサミを取り出すと長い茎をカットした。そしてすっと立ち上がった。フローラの花のような素敵な匂いが髪から放たれる。
「こうやって……」
彼女は手で僕の肩を触った。そしてたどたどしく、その花をマントの留め具に刺した。
「こうするとちょっとは華やかになるわ」
「君……もしかして目が……」
触れてみて僕は気がついた。この子は目が不自由なのだと。
「見えないわけじゃないんですよ。ぼーっと輪郭は見えるんです。お客さんの顔は見えないけど、空気で感じるんです。このお客さんはいつも買ってくださるお料理屋のご主人。この方は帽子屋の奥さんだって」
「それじゃあ、僕のことも……」
「空気で分かりますわ。あなたはまだ若い方ね。それで冒険者をされている」
「すごいですね。そんなことも分かるの?」
「ふふふ……。冒険者だってことは先ほど触ったので分かりました。お若いかどうかは、声と話し方で推測しました」
「目で見なくても分かるものなのですね」
「はい。お花の色もぼーっとしか見えないけれど、空気を感じれば美しさが伝わってきます。美しいもの、きれいなものはそういうものですわ」
そう言うと花屋の彼女は僕のことを上目遣いで見た。その澄んだ瞳に僕がはっきりと映っていないにも関わらず、僕はドキッとした。
「でも、あなたはまだお花を買ったことはないわね」
「すみません……」
「ふふふ……。若い男の人は、普通お花は買わないわ。でも、買う時は好きな女の子にプレゼントする時ね。今日はそんな素敵な彼女のために買いに来てくださったの?」
「いや、僕なんて彼女なんか……」
「そうなんですか? やさしいお声をしていらっしゃるから、きっと彼女か奥様がいらっしゃるのだと思いましたわ」
「お花を買います。銀貨3枚分だけど……」
「はい。ありがとうございます。でも、お花を買ってどうなさるの?」
「宿屋の部屋に飾ります。殺風景な風景にちょうど飽きていたから、花でも飾りますよ」
(ふむふむ……)と頷いて彼女は花の置いてあるバケツから何本かの花を取り出す。それを紙に包んでくれた。目が不自由なのに慣れたものだ。
「銀貨3枚ならこんな感じですね。お部屋が素敵になるといいですね」
そう言ってニッコリと笑う彼女。その笑顔に僕のハートはキュンとなった。
それから僕はできるだけ、花屋を訪れて花を買った。常連になるといろんなことが分かってきた。彼女の名前は『ベル』。年齢は19歳。父親と二人でこの花屋を営んでいる。強面の父親が毎朝、仕入れに行き、彼女がここで花を売って生計を立てている。このイヅモで商売を半年前からしているそうだ。
ある日、僕は彼女に付き合ってと申し出た。彼女は顔を赤らめて(こくん)と頷いた。
「わたしなんかでいいんですか?」
それが彼女の答え。それはこっちのセリフ。
(僕みたいな冴えない男と付き合ってくれてありがとう)
後でわかったことだが、ベルは最初に声をかけた時から気になっていたという。はっきり見えないけれど、僕の周りは綺麗に輝いて見えたそうだ。
彼女は頷いてお付き合いを了承してくれた瞬間は今でも思い出せる。僕の一生の宝だ。
(ああ……愛しいベル。僕のベル……)
付き合うと言っても普段の彼女は朝から夕方まで花屋での仕事があるし、自分も冒険に出ないと稼げない。たまの休みに彼女と街中デートをするくらいである。目の不自由なベルを連れ出せるところは限られていた。
それでも僕たちは幸せだった。恋するというのは本当にすばらしい。僕もベルも毎日が楽しかった。聞けば、花屋の仕事も順調で今は特定の店に花を届ける仕事も入ったらしい。昨日は小さな教会と武器屋さんに3日おきに、花を届ける仕事が入ったとベルが喜んでいた。
(ああ……幸せだ。でも、この幸せは永遠に続くのだろうか……)
ぼくにはそんな不安が付きまとっていた。ベルと話すときの父親の顔が険しいものであったからだ。




