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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第19話 愛情の鎧(ブロンドプレートメイル)
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市民兵の盾『ホプロン』

 丸い大きめの盾は一般的に『ラウンドシールド』と呼ぶ。『ラウンド』=丸いという名のとおり、特長は円形である。アンブーと呼ばれる金属製の円形具があり、その周りに3センチほどの厚さの木板を丸く切り抜いたものが取り付けられている。アンブーは盾心であり、裏側は凹んでいて手を入れる取っ手が付けられていた。

 

 木製の表面は皮を張ったり、縁を金属で補強したりしている場合があり、表面には部族の紋章や使用者の好みの模様が描かれることが多い。このラウンドシールドがよく使われた中世ヨーロッパでは、ここに描いた模様が後の貴族の紋章の起源だとも言われていた。

 

 盾はその防御力もさることながら、普及率も高かった。これは鎧が高価であったために、高貴な身分でない一般的な戦士は、まず盾を装備することが普通であったからだ。盾があれば密集隊形を組むことで、強固な壁を作ることもでき、地形と組み合わさればちょっとした要塞にもなったと言われる。

 

 盾が丸い形をしていた理由は定かではないが、徒歩の戦士が持つことが多くあったことを考えると、やはり歩行するのに便利であったからだと考えられる。後に騎兵が出てくる時代になると逆三角形のカイトシールドなるものも発明されるので、説得力のある理由ではある。


「主様、これは『ホプロン』でゲロ」


 さすが歩く一般辞書。武器の知識を披露するゲロ子。右京は日本人でこの世界に来て勉強はしているとはいえ、まだまだ武器についてよく知っているわけではない。ゲロ子の知識を借りて商売が成り立っていることも多いのだ。


「ホプロン?」

「全部が金属製でできたラウンドシールドなら、ホプロンでゲロ」


 ホプロン。古代ギリシアの市民兵の必須アイテムであり、この盾の名前から市民兵を『ホプリタイ』と呼んだくらいだから、非常に有名な防具と言って良い。この盾は直径が1mくらいで中心に腕を通すための革バンドが取り付けられており、円周上にグリップがあった。腕を通して手でグリップを掴むと体の右半分はすっぽりと隠れる。


 しかし、左半分は露出する。これでは意味がないと思われがちだが、この盾を使うのは市民兵。普段から戦闘訓練をしていない市民兵は、ファランクスと呼ばれる密集隊形を作って敵と戦った。並んで戦えば左隣の兵士の盾で露出した左側を守ることができるのだ。それは自分が右隣の兵士の体半分を守ることでもある。


 つまり、この戦法は逃げ出せば、仲間を危険にさらすことにもつながり、強固な信頼関係で戦いに臨むことを強いるものである。当然、逃げ出した兵士の不名誉は大きいもので、厳罰を加えられることもあったという。強固な信頼関係で結ばれたファランクスは、当初は無敵の戦闘隊形であったが、時代が進むとその重装備が仇となり、徐々に消えていく運命となった。


「そのファランクスで使う盾がこのホプロンというわけだな」

「そうでゲロ」

「この世界でもかなり年代物に見える」

「一昔前の防具でゲロ」


「これは僕のうち代々伝わっているものです。父も祖父も王に使える騎士でした。とある事情で家が没落し、今の僕はしがない冒険者ですがこの盾は僕の家の家宝なのです」


「なるほどね」


 ニールが説明したとおり、代々受け継がれたものであることは分かったが、とても数代前に遡ったものというほど、程度は悪くなかった。家宝として大切に扱われてきたこともあろうが、時の使用者がきちんとメンテナンスを行ってきた証拠だ。


 まず目を引くのが全面に描かれた模様。それは絵である。善の神と悪の神が一騎打ちをする宗教画の場面を彫り込んであった。構図もよく、とても格調高いものである。描かれた女神の体は複雑にデザインされて、鉄製の分厚い盾を彩っていた。


「ニールさんのご先祖様は、かなり高位な軍人さんだったのでしょうね。こんな立派な盾をもって戦いに出てたならそう思います」


「祖父から聞いた話ですが、先祖は勇猛な戦士だったそうです。とある戦いで奮戦し、その功を認められて時の王より賜ったそうです」


「なるほど……」


 王様からの下賜された品物と言われても、納得する装飾である。もちろん、現在は実用品として使われているせいで、傷も多く見られた。ただ、これくらいなら相棒のカイルの手で新品同様にできるだろう。


「ホプロンは冒険者の盾としては不向きでゲロ。そうなると買値は当然安いでゲロ」


 ゲロ子の意見は最もだ。どんなに品が立派でも買い手がいなくては安く売るしかない。中古買取りの査定は需要に左右されるのだ。


「だがな、ゲロ子よ。客は冒険者だけじゃないぞ」

「ゲロ?」

「発想の転換だよ」

「転換でゲロか?」

「売る相手が冒険者じゃなくて、貴族とか大金持ちとかなら高く売れる」


 ゲロ子がぴょんと右京の左肩に飛び乗った。そして、ペタペタと右京の頬を叩く。


「主様はボケたでゲロか?」

「ボケてないぜ!」

「どうしたら、貴族様がこんな盾を買うでゲロか?」


「ゲロ子よ。想像してみろよ。ここは貴族のダイニンニング。大きなテーブルに食べきれないほどもご馳走……」


「現実はしょぼいアメ入れが一つでゲロ……」


「豪華な暖炉に花瓶いっぱいのバラの花」

「主様の頭の中がバラでゲロ。今はカウンターにちょびっと花があるだけでゲロ」


 ちなみにこの花瓶の花は3日おきに変えられる。ホーリーに紹介された花屋がやってきてくれて店を飾ってくれるのだ。値段も格安で助かっている。ゲロ子の嫌味に屈せず、右京は続ける。


「壁には絵画が飾られる」

「この部屋にはゲロ子の落書きした絵しかないでゲロ」


 いちいち、イメージを壊すことを言う使い魔である。確かにゲロ子が暇なとき(仕事中だが)に描いた下手な絵が勝手に貼り付けられている。敢えて、それを見ない右京。


「そこにだ。この盾が飾られたらどうだろう」

「なるほどでゲロ。装飾品としてなら面白いでゲロ」


「この立派な表面の彫刻に金で装飾する。宝石で飾っても映える」

「売れるでゲロ。馬鹿な金持ちをだますのにもってこいでゲロ」


「だますって人聞き悪いな。満足してもらって儲けるんだよ!」

「で、主様はいくらで買い取るでゲロ」

「そうだな……」


 右京はニールの方を向いた。白い手袋をゆっくりと外す。


「売ってくださるなら1000Gで買いましょう」

「え! そんなに高いんですか?」


 これにはちょっとニールも驚いた。武器屋や道具屋に持っていけば、その100分の1の値段が付くか怪しい。ホプロンもただの古いラウンドシールド扱いで新品相場の100分の1の一律買取りとなる。よくて10G。下手するとその半分以下となってもおかしくない。美術品としての価値はまったく考慮されない。


「高額査定していただいて、とてもうれしいのですが……。これは先祖代々の宝ですので今は売るわけにはいきません」


「もし売る気があればいつでもいいですよ。是非、『伊勢崎ウェポンディーラーズ』に売ってください」


「売る時には右京さんのところで売りますよ。そんな高い値段で買い取ってくれるところはまずないですからね」


 そう言うとニールは扉を開けて出ていった。急に静かになる店の中。大通りに面してないこの小さな店では、お客がどんどんやって来るということはない。


「やっぱり、冷やかしだったでゲロ」

「いいじゃないか。暇つぶしにもなったし、こういう機会が次の儲けにつながるんだ」


「主様は甘いでゲロ。あのビンボー人。ボロいショートソード持っていたでゲロ。剣の買い替えを勧めて買わせる方法もあったでゲロ。鎧の半分はお金を持っていたと言っていたから、本当なら買ったかもしれないでゲロ」


「確かにそうだが、でも、ほかに遣うと言ってたがな」

「どうせ、女にでもうつつを抜かして大金を遣うに違いないでゲロ」

「おいおい、ゲロ子。男はみんなそうだと色眼鏡で見るなよ」


「主様も気をつけるでゲロ。硬派ぶっているでゲロが、主様を狙ってビッチどもが寄ってくるでゲロ」


 そう言うとゲロ子が表通りに目をやった。店のお向かいはホーリーの教会がある。ホーリーは毎朝、お礼だと言って店の掃除にやって来る。朝はトレーニングのついでにキル子が朝食を一緒にと誘ってくる。何だかそれが習慣になってきてしまっている。


 ゲロ子の言うビッチ共というのは、たぶん、キル子とホーリーのことだと思われるが、基本、この二人にお金を使ったことはない。


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