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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第19話 愛情の鎧(ブロンドプレートメイル)
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ウッドアーマーの客

このお話は遡る事、右京とゲロ子がまだ小さい店を始めたばかりの頃のお話です。

「また来たゲロ。貧乏人は暇でゲロな」

 

 ゲロ子は外に来た人物を見て嫌そうにそう皮肉を言う。

 

 右京はショーウィンドーにベッタリと手の平をつけて、欲しそうに眺めている青年を見る。中から見ると物欲しそうな顔が面白い。ここ1週間、必ず夕方になると見に来る冒険者の青年だ。右京は椅子から立ち上がると、ドアを開けて青年に声をかける。


「いっらしゃいませ。今日も見に来ましたね」

「え、ええ……まあ……その……」


 右京に声をかけられてそう口ごもる青年。自分と歳は変わらないだろうと思う青年に右京はにっこりと笑ってこう勧めた。


「どうですか、この鎧。試着してみませんか?」

「えっ……。いいんですか!」


「いいですよ。この鎧、気に入ってくれたようですし」


 遠慮がちに青年は言ったが、表情はうれしそうだ。ブラウンの髪を短く刈り込んだ姿は、優しげな感じがする。何か文芸的な職人という雰囲気がするのだが、格好を見ると職業は冒険者だろうと右京は思った。


 装備を見ると明らかに戦士系の職業である。だが、中肉中背の体格はあまり冒険者としては恵まれていない。腰には安っぽいショートソード。そして体には不思議な鎧を着けている。一見見るとスケイルアーマーぽいが、質感が金属じゃなさそうだ。背中に背負っている大きな盾だけは立派で、これだけは右京は買取りたいと思えるものであった。

 

 右京はすばやく青年を観察すると営業スマイルをしながら、商品の説明に入った。


「この鎧いいでしょう?」

「はい。すばらしいです」


 青年が見ていたのは、右京が最近買い取って、カイルに改造を加えてもらった鎧である。プレートメイルと呼ばれるものである。胴、腕、肘、膝、足を鉄板で覆ったフルタイプの鎧で、正式にはプレート・アンド・メイル・アーマーと呼ばれる戦士のオードックスな装備なのである。それぞれのパーツを革紐でつなげるのであるが、これが面倒であり着脱にも時間がかかった。


 そこで右京は各パーツを金属の金具でワンタッチでつなぐことができるようにして、利便性をよくするとともに、表面の形状のカーブをきつくし、矢や槍の攻撃を滑らすようにかわせる構造にしてみた。重さは80kgもある元の鎧から実に半分の軽量化に成功していた。


 肩には長い金髪の勝利の女神ビクトリーの絵を描き、見た目の華やかさも強調していた。だが、プレートメイルは高く、戦士にとっては憧れの防具であるけれど、あまりの重さに敬遠されているのも事実で、実際に装備している戦士は少なかった。


 だが、冒険者パーティの中でもダンジョン専門にするところは、守備的な戦士を使った戦法を取ることがあった。重装備の戦士が敵を食い止め、その間に魔法や弓矢などの遠距離攻撃で仕留める方法だ。この場合、前線を突破されない守備力が必要だ。


 そういう場合の装備に、体には全身を覆うこのプレートメイル。そして大きな盾が必要となる。


 青年は着ている鎧を脱いだ。右京も手伝う。ここで青年の不思議な鎧の姿が判明した。一見、金属の板をつなぎ合わせたスケールアーマーと呼ばれるものに似ていた。スケールアーマーの起源は大変古く、古代メソポタミアまで遡る。


 そこに住んだ部族の戦車兵は既にこのスケールアーマーを着込んでいたとされる。それは各地で広まるにつれて、改良が加えられ、長方形の鉄の板を上下に縫い付けたラメラーアーマーというも出現するようになる。かなりの長期間、兵士の胴体を守るために使われたが、鉄板を使った『コート・オブ・プレート』や『ブリガンディーン』などの鎧が発明されると急速に廃れていった鎧だ。


 つまり、青年の鎧は時代遅れの骨董品なのであるが、それよりも材質に右京は驚いた。金属かと思ったら、とてつもなく軽いのだ。


「主様、これは金属じゃないでゲロ。木でゲロ」


 右京は板に触るとカラカラ……という音がする。どう見ても木である。


「うむ。木でできているとは……」

「わざわざ、銀色で塗って誤魔化すなんて泣けるでゲロ」


 ゲロ子、さすがに容赦がない。この人のよさそうな青年に聞こえるように言うところが意地が悪い。青年はよほど貧乏なのであろう。このウッドアーマーで日々、冒険者として働いているのだろうが、未だに金属製の鎧が買えないところを見ると、まだレベルが低くて初心者なのであろう。



 青年は右京とゲロ子のやりとりは耳に入っていない。あこがれのプレートメイルの試着に夢中だったからだ。


「これ思ったよりも軽いですね。それに動きやすい」


 装備して青年はくるりと体を回してみる。そして、その場でトントンとジャンプする。鎧は青年と一体化しているように見える。これなら買っても微調整くらいで済みそうである。右京はセールストークを続ける。別に青年に無理に買ってもらおうという気はないのだが、こうやって話しておくことが次の商売につながるのだ。


「これだけ軽量化に成功した鎧は他にはないですよ。このくらいだと普通は倍の重量があります」

「確かに……。まるで魔法の鎧みたいだ」


 この世界には魔法がある。軽量化の魔法がかかったものなら、強度はそのままで重さが半分なんてものもあるが、値段はそれこそ家が一軒買えるくらいになる。普通の冒険者には夢物語である。


「値段は……」


 青年はそっと値札を確認する。そして夢心地だった頭の中が一気に冷めていくそんな表情をした。そこには、2400Gというプライスタグが付いている。この世界では1ヶ月200Gもあれば普通の生活はできる。この値段は普通の人間の1年分の稼ぎに相当する。かなり高いが、新品ならこの倍は軽くするだろう。


 右京の店は中古武器買取りの店。買い取った武器を改造して付加価値をつけて売るのが、商売なのだ。客は新品よりの性能が良く、しかも安いという、うれしい店なのだ。だが、扱うものによってはやっぱり、駆け出しの冒険者には高いものもある。


 中古車販売店でもコンパクトカーや軽自動車なら安いが、高級スポーツカーや輸入車はやはりそれなりの値段がするのと同じである。


「高い……。僕にはとても買えない……」

「買えないなら貯金するでゲロ。良い武器は高いものでゲロ」


 ゲロ子の奴、青年の肩に乗って頭をポンポンと叩いている。買わない客にはあくまでも上から目線のゲロ子。それでも客が不快にならないのは、ゲロ子がゲロ子だからであろう。


「まあ、焦らずとも買える時になったら、いつでも来てください。この鎧はないかもしれませんが、また、同じくらいのものを仕入れますから」


 右京はそう青年を励ました。冒険者はそうやって武器を買い換えて、強くなっていくのだ。そのためには地道な努力を続けるしかないだろう。


「僕の名前はニール。ニール・ブロッサムと言います。それはこの鎧はもう買い手が付いたということでしょうか?」


「俺は右京。伊勢崎右京です。ええ、この鎧はつい先ほど売れました」


 右京はそう答えた。実はこの青年が来る前に買いたいという客が来たのだ。ただ、その客は一括で払うことはできないということで、3ヶ月の分割払いをすることにした。本当は現金一括払いをして欲しいと右京は思ったが、まだ、伊勢崎ウェポンディーラーズのブランド力も強くはなく、この鎧もまだ良さを理解されていなくて苦戦していた。それで3ヶ月払いで契約したのだ。1ヶ月に800Gずつ支払う約束だ。


「どんな客が買ったのですか?」

「買ったお客さんのことは話せません。守秘義務がありますから」

「そうですよね」


 ちょっとがっかり気味の青年ニール。せっかく気に入っていたのに、この鎧は既に他人のものと知ったからであろう。


「ニールさん。これと同じかもっと性能のいいものを仕入れますよ。それにこの鎧を買った人は自分では使いませんからね」


「自分で使わない?」

「はい。大切な人へのプレゼントだそうですよ」


「はあ~。僕もプレゼントしてくれる人が欲しいなあ……」

「人頼みでゲロか? 最低でゲロな」


 いつの間にか店の小さなカウンターであくびをしているゲロ子。人の良いニールでも、落胆したことでさすがに不快に思ったのか、ゲロ子の方へ視線を移した。


「何だか、口の悪い妖精ですね」

「おい、ゲロ子。失礼だぞ! お客様に対して!」


「こいつはお客じゃないでゲロ。ただの冷やかし客でゲロ」

「ゲロ子!」


 右京は怒ってゲロ子を叩こうとする。ここは店主として教育的指導を行う。ゲロ子を叩いて潰してもすぐに復活して怪我もしないから意味のない行為かもしれないが。パンパン叩く音とそれを巧みにかわすゲロ子。そのコミカルな様子にニールも心が晴れたのか、吹っ切れた感じで笑顔が戻った。


「右京さん、その妖精さんの言うことも間違いじゃありません。確かに僕は何も買ってないし、買うお金もありません。もちろん、ちょっとは蓄えがありますが、ほかに使う予定があるもので」


「なんだでゲロ。金を持ってるなら、そういうでゲロ」

「蓄えといっても、この鎧の半分しかありません」


「だったら、その盾を売ればいいでゲロ?」

「盾ですか?」


 ニールが自分の盾を見る。このウッドアーマーを着ている新米戦士にしては不釣合いな盾である。右京も興味が出てきた。


「ニールさん、よろしければ、その盾を見せてもらえませんか? 売る、売らないに限らず、自分が査定してみたいのです」


「売るつもりはないけど、もし買い取ってもらえるならその価値を知りたいです。どうぞ、査定してください」


「ありがとうございます」


 右京は白い手袋をして、ニールから盾を受け取る。全部が金属で出来ている大きな円形の盾である。普通の戦士はバックラーと呼ばれる軽い小さな盾を持つことが多い。これは冒険者が戦争で戦うのではなく、狭いダンジョンや森の中といった場所で戦うことに起因する。動きが阻害されるような大きな盾は扱いにくいのだ。


 だが、中には防御力を重視して大きめの盾を装備する者もいる。この強そうでない青年がこの盾を装備している理由が戦術上のことだとはとても思えないし、お手製のウッドアーマーとの格差もあって何か事情があるのだろうと右京は思った。


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