戦巫女の再就職
「右京、覚悟!」
「お命、頂戴する!」
2人の戦巫女が突然、右京に向かって飛びかかった。手にはあの短剣を握っている。
「またお前らかよ!」
「右京さんに何するズラ」
「恩人に害をなすなら、我ら二人が相手するズラ」
すんでのところで、鬼族の2人が右京の前に剣を抜いて対峙した。
戦巫女の帰蝶と満天は焦っていたのだ。アイアンデュエルは思いがけず、3回戦で負けてしまった。この不甲斐ない結果だけでも、神社から破門されかねないのに2人とも男に顔を見られるという大失態を犯している。
早く掟どおりに右京を殺さないと、本当に戦巫女を首になってしまう。
だが、戦いに関しては冷静沈着な帰蝶と満天は焦ってミスをしていた。右京の命を狙うなら、右京が一人でいるところを狙うべきだったし、背後から近づくキル子にも注意をはらうことができたはずだ。
予想に反して3回戦で負けてしまったショックと、心の奥底で右京を殺したくないという思いが2人ともあったのだろう。
「そこをどけ、鬼ども。右京の命をもらわねば、私たちは生きていけない」
「私たちもすまないと思っているが、これは掟なのだ」
がしっ! がしっ!
「うっ……」
背後からキル子の手刀が後頭部にヒットした。たまらず、気を失う2人。キル子は目が覚めてから、また右京の命を狙わないように2人をロープで縛りあげる。
「どうする? この二人」
「このまま、うっぱらうでゲロ」
「ゲロ子、お前、鬼畜だな」
「主様の方が甘いでゲロ。この世界は犯罪者には厳しいでゲロ。男は強制労働、女は色町で強制労働でゲロ」
「それはちょっと同じ女としてどうかと思う。右京、穏便に済ます方法はないか?」
「キル子、心配するな。俺はこの二人にも提案があるんだ」
「提案?」
「提案ゲロ? また臭うでゲロ。女に親切にする主様の大甘臭でゲロ」
「まあ、そういうなよ」
右京はキル子に目配せする。キル子は頷くと傍らにあった樽から水をひしゃくですくうと、気絶した2人の戦巫女にぶちまけた。
「うっ!」
「冷たい!」
「目覚めたかい?」
「う、右京」
「こ、これは……」
帰蝶と満天は自分たちが縛られているのに気付いた。水をかけられ、白い着物の上着が透けて胸がうっすらと見えている。慌てて両手で隠す二人。ちなみに顔の覆いも取れてしまったが、これは右京には既に見られているので隠す必要はない。
「右京、まさか私たちを捕まえて……」
「売り飛ばす気か!」
「いやいや……」
(ゲロ子と同じ思考かよ!)
右京は慌てて否定する。が、2人の誤解はますますエスカレートする。
「それじゃ、売り飛ばす前に私たちを手籠めにしようと……」
「男を知らぬこの体が穢されるうう……」
「ゲロゲロ……。姉ちゃんたち、さすが戦巫女だけあって、バージンでゲロか。それならますます高く売れるでゲロ」
ゲロ子が誤解を増長するようなことを言う。右京はゲロ子を指で弾いて転がすと、2人の誤解を解くことにした。
「そんなことしないよ。今から話す提案に乗ってくれれば、お互いにとってよいと思うのだが」
「お互い?」
「ああ。ちょっと聞くけど、男に顔を見られたら相手を殺さないと戦巫女をやめないといけないと言っていただろう?」
「ああ。それが私たち戦巫女の掟だ」
「あと聞いた話によると、戦巫女は年齢制限があるんだろう?」
「ああ。27歳までに引退することになっている」
戦巫女は幼少のころから神社に引き取られ、厳しい訓練をすると言われる。15歳でデビューし、遅くとも27歳までには引退する。引退すると貴族や大商人など、大金持ちの男のところへ嫁ぐのだ。
途中で見染められて若くして嫁に行くケースもあるが、中には縁がなくてというケースもある。そういう場合は、強制的にお見合いで決められてしまう。相手は一定以上の資産をもつ男であった。
これにはちゃんとした理由があり、戦巫女が戦闘以外の能力がゼロで、掃除、洗濯、食事作りなどの家事が一切できないことが理由であった。金持ちの男のところで、そういった家事をしなくてよい環境でなければ生きていけないのだ。
「君たちはまだ18歳だろ」
「……」
「いっそ、職替えしないか?」
「職替えだと?」
「戦巫女を辞めろというのか?」
「ああ。俺の世界じゃ、若者は18歳から生き方を決めることが普通だ。戦巫女以外の生き方もあっていいんじゃないか?」
「や、やっぱり……。右京は私たちを……」
「だから違うって! もうそっち方面の想像はやめろ」
「え!?」
「まさか……」
帰蝶と満天はお互いに顔を見合わせた。
「右京は男が好きなのか?」
バタッと剣を落とすキル子。顔が真っ青だ。
「あ、あたしの体を見て欲情しないと思ったら、そっち方面だったのか!」
「キ、キル子! バカをいうなよ。俺は正常だ。女の方がいいに決まっている」
変な方向に話が進んだので、右京は強引に話を戻す。そうじゃないと、自分に対する妙な噂が立ってしまう。
「君たち、戦巫女なんか辞めて、俺の店で働かないか?」
「な、なんと言った?」
「右京の店で働けだと?」
キョトンとする二人の巫女。右京は説明を続ける。
「ちょうど、他国にも伊勢崎ウェポンディーラーズの支店を作りたいと思っていたんだ。まずは本店で修行をして、近い将来に那の国の支店を君たちに任せる。どうだろう?」
「わ、私たちに?」
「む、無理よ。私たちは戦巫女。戦い以外のことは知らない!」
「それだよ!」
右京は二人の手を取った。男に手を握られたことのない二人は、初めての体験に体が硬直する。心臓がバクバクと鳴る。
「この世の中、戦い以外にも楽しいことはいっぱいあるんだ。戦巫女を辞めれば、そんなすばらしい経験がたくさんできる。人間に生まれたからには、そういう経験をするべきだと思う」
(経験……)
(これも経験だと言うの?)
二人は右京に握られた手を見る。不思議と嫌ではない。神社では、結婚前に男に触れると汚れると言われたが、別にそんなことはない。むしろ、何だか安心感が芽生え、心が軽くなっていくようである。
「や、やってみようよ、帰蝶」
「そ、そうだな……。それに私は前から疑問に思っていたんだ。結婚相手は自分で見つけたいと」
帰蝶は顔を上げた。自分たちを解放してくれる男。この男を信じてみようと思った。
「右京……。右京さん。私たち、二人、今日限り、戦巫女を辞めます」
帰蝶と満天は結論を出した。これからは自分たちで生きていく。顔を見られたことは、ある意味、チャンスであったかもしれない。見られたことで、合法的に戦巫女を廃業することができたからだ。
小さい頃から、戦いしか知らないこの二人。右京に連れられて、まずは一般的な仕事を躾られる。何しろ、生活力が0であったから一から教えないといけなかった。まずはハンナを先生にして、雑用から覚えてもらうことにした。
二人とも慣れない仕事に失敗し、苦労をすることになるが、それでも辞めることなく右京の下で修業をすることになる
「自由というのは素晴らしいな、帰蝶」
「そうね。満天」
戦巫女が店員になったでゲロ。




