フェアトレード
ちょっと長すぎるアイアンデュエル編。
ちょっと飽き気味ですかね? あと3,4話で畳む予定です。一応。
「こ、ここは……どこズラ?」
カーラが目を覚ました。知らないベッドの上で寝ている自分。やがて、隣で嗚咽している同僚の声が聞こえてきた。ミストである。胸の辺りは包帯で巻かれ、足も右足がギプスされている。痛みが徐々に感じられてきた。
「お目覚めですか?」
エプロンをした少女が入ってきた。カーラはその姿に見覚えがあった。右京のところの下働きの少女である。
「ここは右京さんの馬車ズラか?」
カーラの記憶が段々と戻ってくる。すさまじいドラゴンブレスに包まれた自分たち。気を失い、右京の馬車で寝ているところから考えると、自分たちは3回戦で敗れたのだという事実に直面する。
ポロリと涙が流れた。隣で嗚咽しているミスト。それを見てカーラの心にポッカリと穴が空いたような気分に陥った。
(そうか……ワタシらは負けたズラ……)
「ふう……」
大きく息を吐いたカーラは両手を顔に当てた。涙が止まらない。
(ワタシらは村の人たちの期待に答えられなかったズラ……)
「うっ……ううう……うあ~ん……」
「だ、大丈夫ですか? 怪我が痛むのですか?」
ハンナが心配そうに覗き込む。右京に頼まれて2人の看病をしているのだ。カーラもミストも体の痛みはあるが、そんな理由では泣かない。自分たちが結果を残せず、村に賞金をもって帰れなかった事実が重くのしかかってくるのだ。
これで村を救うという目標がなくなった。唯一の機会を自分たちの力のなさでフイにしてしまった。胸につけた子供たちがくれた石のお守りが鈍い光を出して輝いているのが物悲しい。
一通り泣くとハンナがこれまでのことを話してくれた。3回戦をリタイアしたカーラとミストは普通ならサポートチームが引き取って、退場するのであるが、カーラとミストにはそんなものはない。全て自分たちの手弁当での参加だからだ。
運営のサポートチームに引き取られるところであったが、右京が自分のチームで引き取りたいとカーラとミストを受け入れたのである。今は移動馬車の中で治療を受けながら、4回戦の場所へと移動途中であった。
「そうズラか……。右京さんにはお世話になったズラ」
「親切にしてもらってありがたいズラ。だけど、これ以上、ワタシらも迷惑をかけるのは忍びないズラ」
ミストもカーラも、自分たちを哀れんで右京が好意で治療をしてくれたのだと思った。それは嬉しいことでもあったが、鬼族にとっては屈辱でもあった。右京はライバルチームなのである。敗北したとは言え、ライバルチームの情けにいつまでもすがるわけにはいかない。
(貧しくても、鬼族の誇りは忘れてはいけないズラ……)
「あ、右京様」
ハンナは窓から右京がこっちへやって来るの見つけた。馬車のドアを開けて右京が顔を出す。
「ハンナ、鬼族の二人、目が覚めたと聞いたが」
「目が覚めたでゲロか? 金ずるの鬼ちゃんたちはでゲロ」
右京と左肩に乗せたカエル妖精。カエル妖精は自分たちを金づるなどと呼んでいる。
「ゲロ子、失礼なこと言うなよ!」
「金づるでゲロ。主様もこの二人を助けたのは金儲けができるからでゲロ」
「おいおい、露骨なこと言うなよ。これはビジネスだ」
右京はカーラとミストに話かけた。
「怪我の具合はどうですか?」
「かたじけないズラ」
カーラはそう応えた。ミストは返答もできそうにない。未だに負けた事実を整理できていないようだ。
「2人とも勇敢な戦いぶりだったな」
「ううう……。右京さん。いろいろとありがとうズラ」
「ぐすぐす……。右京さんにメンテナンスしてもらったおかげで、がんばることができたズラ」
「うん。すごい戦いだった」
「戦いぶりはすばらしかったゲロが、負けたらそこで終わりでゲロ」
「おい、ゲロ子!」
「うっ」
「うええええええん……」
ゲロ子に傷ついた心をえぐられ、また泣き始める2人。せっかく、泣き止んだのにひどいことをするカエル娘だ。
「ふんでゲロ。どうせ、主様の話を聞いたら泣き止むでゲロ」
「それでも思い出させるなよ」
「早く言うでゲロ。ゲロ子はみすみす大儲けするのを逃す、主様のバカさ加減にあきれ返っているでゲロ」
「ゲロ子、商売は心だ。一時の大儲けよりも、多くの人が幸せになってもらうことが、商売のコツだ」
「そうでゲロか」
右京はカーラとミストに続けて話しかける。
「鬼族の村に関わる話です。君たちの窮状を救えるかもしれない」
「ズラ?……」
右京の申し出に2人は泣き止んだ。
「この石槍。これが君たちを救えるかもしれない」
「ど、どういうことズラか?」
「この石。武器を作るのに使えるんだ。村の特産品として売らないか?」
「な、何をいってるズラ?」
「鈍い女たちでゲロ。その武器の材料となっている石の売り先を主様が考えるということズラ」
「俺は買い取り屋だから、直接は買い取れないけど、石で武器を作る商会に橋渡しをしてあげるよ」
石器は古来から人が武器としていた材料である。石器の発明は人類にとっての技術革命にあたる。道具を作るのは動物から人への進化なのである。最初は打ち砕いた石を使っての打製石器だったが、石を磨いて作る磨製石器となった。
切れ味だけなら打製石器の方がよかったが、やはり耐久力となると磨製石器の方が断然性能がよかった。
鬼族の武器は村で採れる『タイガーストーン』と呼ばれる石である。黒い下地に黄色い縞模様がうっすらと浮かんでいる。その硬度は鋼と同等で、衝撃を吸収する軟らかさも兼ね備える。よって剣に加工しても折れることはなく、十分に武器として活用が期待できた。
村の技術力では量産することはできなかったが、然るべき武器職人の手にかかれば性能の良い武器を製造することが期待できた。
「それじゃ、村は救われるでズラか?」
「村に学校を作ることができるズラ?」
「俺の試算じゃ、相当、村は潤う。働く場所もできるし、人も集まって来るからそれ目当ての商売もできるだろう」
右京は武器ギルドのディエゴに相談し、村に十分に利益が落ちるように配慮していた。採掘権だけでなく、石の掘り出しの作業は村人を雇い、一次加工場も村に作る。そして、石を売った利益も十分に産地に回るように計画していた。
「これをフェアトレードという」
「それはなんでゲロか?」
世界は豊かな国が貧しい国を虐げることがある。投資する豊かな国が貧しい国の足元を見て、低賃金で安い労働力を買い、安く資源や農産物を買いたたく。そんな不公平な貿易の歴史を重ねてきたのだ。
だが、フェアトレードは違う。ちゃんとそれに値する値段で買い取り、生産者も潤う貿易である。これをするためには、商品の価値があり、少々高くても買おうという消費者の心が必要だ。よい武器を買い取り、適正な値段で買い取り、付加価値をつけて売るという右京のポリシーに合っている。
「この石は付加価値が高いし、武器に加工すれば優秀な武器が作れる。きっと、ブランドになって村は潤うと思うよ」
ここまでの話を聞いて、鬼族の2人は目がキラキラと輝いた。
「あ、ありがとうズラ」
「右京さんは神様ズラ」
「いや、俺も商売をやっている身。君たちはこれで戦うことはないだろう? 君たちの武器を売ってくれないか?」
「私たちの武器ズラか?」
鬼族のカーラとミストが使用していた武器は、槍と剣、弓である。この中で槍を買い取ることにした。タイガーストーン製の槍である。ドラゴン『ペルガモン』との戦いで、この武器の知名度は上がっていた。相当な値段で売れるに違いない。
「どうだろう? 2人のサイン付きで1本2500Gでどうだ?」
「そ、そんなに高いズラか?」
「右京さん、こんな石の槍、そんな高いわけないズラ」
「あの素晴らしい戦いで価値が上がっている。それに加えて君たちのサインがあれば、十分に利益が出るよ。俺も儲かる」
「そうズラか。それなら少しでも右京さんに恩返しできるズラ」
右京は右手を差し出した。カーラとミストも手を出す。3人で固く握手する。契約成立だ。
(ああ……。やっぱり、右京は優しい。さすが、あたしが見込んだ男だ)
「右京~っ」
壁の陰で右京と鬼族の取引の様子を窺っていたキル子の独り言。右京に惚れ直したのか、顔がほんのりと赤くなって、足をくねくねさせている。そこへいつの間にかやって来たゲロ子。モジモジしているキル子を冷ややかに見ている。
「キル子、主様のかっこいい姿に発情したでゲロか?」
「ああ……こうなんだか胸がドキドキして体が火照って……なんだか濡れ……」
「ビッチでゲロ」
「な……何言わせるんだよ!」
キル子は剣を抜くとブンブンとゲロ子に、向って振り回す。それをアクロバットな動きで避けるゲロ子。その時、コツンと小さな音がキル子の耳に届いた。
「む!」
ゲロ子に攻撃を加えながら、キル子は殺気を感じた。自分にではなく右京に対してである。
「またあいつらか!」




