バトル・オブ・ロック
「やっと着いた。しかし、ドラゴンの奴め。とんでもないところを戦場に選びやがった」
「キル子、まだ、他の連中は到着していないようじゃぞ」
キル子を乗せたニケがそう首を傾けている。険しい岩山を上った先。隣の岩山まで浮遊する平らな岩が乱立する。そして、その中央の一際大きな岩棚にドラゴン『ペルガモン』が鎮座している。
ガシャン、ガシャン。聞きなれない大きな音がする。エドが開発した機械馬に乗った瑠子。大きな2つのカギ爪で岩を突き刺し、登ってきたのだ。
「それにしてもあの姿、どんどん凶悪になっているな」
瑠子はペルガモンを見てそう感想を漏らした。砂漠で戦っていた時よりも大きくなっており、角や背中の棘も数が増えている。ペルガモンはHPを失う度にその攻撃力は増し、体も変化するのだ。
「どうする、仕掛けるか?」
どうやら、一番に到着したのはキル子と瑠子のようだ。攻撃を開始して1時間以内に到着しないと失格となる。他のチームを蹴落とすチャンスでもあるが、ドラゴンの戦闘力を考えると全員で攻撃した方がよいという考えもある。人数が少ないときに、下手に仕掛けてドラゴンに殲滅されてしまえば、そこでアウトである。
クアーッ!
2羽のロック鳥が舞っている。鬼族のカーラとミストが到着した。彼女らが持っている石槍は右京が修理を引き受け、カイルにメンテナンスをしてもらったものである。
「いくズラ……」
高く舞い上がり、急降下するカーラとミスト。ドラゴンを目の前にした槍は二人の闘気を受けて青白く輝き始めた。
「うっ……。ミスト……何だか、心が高ぶるズラ」
「私もズラ。何だか体の芯が熱くなるズラ」
「右京さんは、この槍の穂先を磨いて切れ味を数倍にしたと言っていたズラ」
「斬れ味どころじゃないズラ。これは高揚感で使用者もキレキレになってしまうズラ!」
グオオオオオオオオッ……。
頭上からの攻撃にペルガモンは対処できない。最初のヒットは鬼族のペアがたたき出した。槍が頭に突き刺さり、クリティカルヒット。2人で1500ポイントを叩き出す。ドラゴンが手を振り回してロック鳥を叩き落とそうとするが、キレキレの二人には通用しない。ロック鳥を巧みに操り、寸前でかわしながら打撃を与え続ける。
「あの武器、すごいでゲロ」
「ああ。あそこまで攻撃力が上がるとはな。素材がいいからブラッシュアップすると、とてつもない攻撃力を生み出す」
鬼族の持っている武器は、金属ではない。カイルからその素材を教えられた時、右京はあるアイデアを思いついていた。
鬼族は貧しさ故にサポートチームを持たない。それでメンテナンスが十分でなく、自己流であったために武器が元々持っているポテンシャルを十分に引き出していなかったのだ。
「キル子たちも活躍して欲しいが、鬼族もがんばって欲しいな。あの武器は宣伝したら、相当価値が出る」
右京は空からの攻撃で翻弄する鬼族の攻撃を見ながら、そんなことを口にした。
ドカーンと大きな爆破音がしてドラゴンの体から煙が出た。キル子のスリングから繰り出した硫酸弾である。1発1000Gもする高価な魔法弾である。効果は絶大で一発でペルガモンをのけぞらした。
これだけで2000ダメージである。さらに畳み掛けるように、瑠子のアイアンニードルが連続発射される。
ペルガモンもただ攻撃を受けるだけではない。大きな口を開けるとすさまじい炎を吐くドラゴンブレスである。
「ニケ!」
「分かっておる」
九尾のキツネであるニケは空が飛べる。足元の悪い岩場から、ポンと空中へ飛び出す。そしてあたかも見えないガラスの岩があるかのように、ポンポンと空中で方向転換した。通常は岩から落ちれば、それだけで死亡判定である。岩の下にはセーフティネットが張られて、ペルガモンに落とされても本当に命を失うわけではないが、落ちれば、空を飛べる移動手段に乗ってない限り、そこで挑戦は終わる。
瑠子はボタンを押すと機械馬の後ろから、シュポッっとモリが撃ち込まれた。それはチェーン付きのもので、さらにボタンを押すとウィンチで巻かれて機械馬を動かす。これによってドラゴンブレスからの攻撃をかわす。
「足場が悪いから、しばらくはこの攻撃で行くわよ! キル子ちゃん」
「分かった、これでも喰らえ!」
ブンブンと頭上で降ったスリングから、こんどは冷凍弾が放り出される。当たったドラゴンの体から冷気が上がる。遠くから攻撃し、ドラゴンが弱ったところで接近戦に持ち込む作戦である。
「戦いが始まったか……。この分だとコゼットは間に合わないかもしれないな」
龍の馬を駆る葵は、岩場を巧みに操って登ってきたが、侍女のコゼットにはそのような技はない。ここまで最短で登っては来られないのだ。整備してある道もあるが、それを使えば戦闘には間に合わない。
だが、葵はもともと、この戦いにおいてはコゼットの戦闘力はあてにしていない。彼女はサポートと身の回りの世話が主な役割なのだ。コゼットの魔法支援がなくても、葵だけで十分に戦えた。剣も魔法も使える勇者だからこそである。
このステージは地形が過酷で人間側が非常に不利なので、ボーナスアタックというものが設定されている。それはペルガモンの背後に銀の鐘が設置してあり、それを鳴らすと地面から無数の杭が出現し、ペルガモンに大ダメージを与えることができるのだ。そのダメージポイントは、鐘を鳴らした者が得ることができるというのがルールだ。
「この戦い、あのでかいドラゴンをいかにして動かし、背後の鐘を鳴らすかにかかっているでゲロ」
「そうだな。それはこのステージの最大の見所でもある」
ゲロ子の解説を聞くまでもなく、鐘を鳴らすことがポイントとなってくる。3度鳴らせば、ドラゴンを退散させることができるダメージを与えられる。だが、それがとてつもなく難しいことは右京を含めた観客は皆思っていた。サポートチーム及び、観戦客は山の麓でこの戦いをモニター越しに観戦している。凄まじい戦いの様子に拍手喝采があちらこちらで沸き起こっていた。
葵もまずは弓による長距離攻撃を仕掛けていたが、ペルガモンの様子を見ていて、これはチャンスと考えた。すぐさま、龍の馬に命じて、浮遊する岩めがけて飛び出した。馬はすさまじい跳躍力で飛ぶと、ペルガモンがいる中央の岩場にたどり着いた。
「いくぞ!」
キル子たちの長距離攻撃。鬼族の空中からの攻撃に機をとられていたペルガモンは、足元に近づく小さな物体を見落とした。葵は愛刀を抜くと垂直に、ドラゴンの右足めがけて突き刺した。
ぐおおおおおっ……。
叫び声をあげてバランスを崩すペルガモン。バランスを崩したわずかな隙をついて、葵は龍の馬を疾走させる。それは巨大なドラゴンの体の隙間を縫うように進んだ。だが、ペルガモンの鋭い爪が襲い掛かり、それを愛刀の黒獅子で防いだ。
ザザザーッ……。
馬ごとはじかれ、岩の床を滑るように30mほど後退する。
「そう簡単には鐘までたどり着けないか」
葵は魔法を唱えた。衝撃波の魔法、『エアプッシュ』。巨大な空気の塊を手のひらから発射し、攻撃対象を弾き飛ばす魔法だ。ボーンと鈍い音がする。空気の塊がペルガモンの腹を捉え、2,3歩交代させた。
「さらに、1擊」
葵は龍の馬を突進させると刀でなぎ払う。その剣圧でさらに巨大なドラゴンが後退する。
「そこをどけ!」
葵の2発目の『エアプッシュ』が発射される。これをペルガモンが巨体をくねらせて、横へかわす。これは葵の狙い通りであった。
「今だ! 駆けよ」
龍の馬が突進する。ペルガモンの背後の岩に設置された鐘にたどり着く。
「まずは1回目!」
葵は刀を返し、みねうちで鐘を叩いた。その瞬間、ペルガモンの大きな尻尾の一撃が葵と龍の馬を襲う。
「くっ!」
葵は吹き飛ばされたが、隣の岩棚で受身を取って転がった。龍の馬はターンをすると葵の元へ駆ける。
「ダメージはもらったが、この戦い、一歩抜けた」
葵が苦しい息遣いの中、隣の岩棚で戦闘中のペルガモンを見る。ゴーン、ゴーンと鐘が山々にこだまする。すると、ペルガモンが乗っている平たい岩の地面から、大きな岩石の棘が付きだした。それに串刺しにされるペルガモン。
15000ダメージである。葵はゆっくり立ち上がる。龍の馬が頬を寄せてきた。葵は龍の馬を撫ぜると刀を収めた。
「コゼットがいないから、ここまでにしておこう、あとは高みの見物としよう」
葵は自分の戦いはここまでだと判断した。ペルガモンから受けた尻尾の一撃で、葵のダメージは8割を超えていた。ここでまたダメージを喰らえば、どれだけポイントを稼ごうがリタイアとなってしまう。後は他の出場者に任せるのが賢い選択であろう。
鐘を1回鳴らして得られるポイントは大きい。それを早々にゲットしたなら、あとは手を抜いて様子を見る作戦ができるのだ。
「あのおばさん、短期でやりはりますね」
「ジュリエッタ、あれが勇者様の実力というものですわ」
「アルフェッタお姉さま、あたしたちもここが正念場どす」
エルフ姉妹は、この第3ステージを自分たちの勝利のための重要なステージだと考えていた。なぜなら、足場の悪いこの地形は長距離攻撃に長けた自分たちにとっては、非常に有利であったからだ。
中央の岩棚から動けないペルガモンに対して、自分たちは周りの岩場から隠れて射撃できるのだ。ここでポイントを稼いで、大きくリードすることは優勝に近づくということだ。
「ペルガモンはんの隙をついて、鐘を鳴らすどす」
ペルガモンの隙をついて、矢で鐘を鳴らすこともできる。これならノーダメージでポイントを稼げる。
「まずは、あのデカ物をどかしまひょ。ジュリエッタ、あれを使いまひょ」
アルフェッタはここでとっておきの技を繰り出すことを選択した。ジュリエッタと力を合わせて繰り出す魔法の矢の攻撃だ。
「アルフェッタお姉さま、準備完了どすえ」
「そな、いきまひょか……」
アルフェッタとジュリエッタは、天に向かって矢をつがえた。そして、呪文を唱える。魔法と弓術を融合させたハイエルフ族の究極の攻撃法である。
「契約に従い、我らに力を与えよ。雷神の怒り。巨大な龍の王を倒す雷の雨を降らすべし」
「ライオット・レイン!」
「ライオット・レイン!」
空ににわかに雷雲が現れ、そこから雨の降るごとく、ペルガモンの頭上に雷が降り注ぐ。雷に撃たれるペルガモン。巨大な竜が一瞬気を失ったかの如く、ゆらりと巨体を揺らした。が、すぐさま、目をカッと見開き、対抗呪文を唱える。
その間に白い呪符が無数に襲いかかる。戦巫女の呪符爆弾である。体にぶつかり、爆発する事に体が軋む。だが、それに耐えて魔法を完成させた。
凄まじい突風が渦となり、ペルガモンの周りを覆ったばかりか、強烈な風で岩棚に乗っていた選手を吹き飛ばす。
「満天!」
「踏ん張れ、蛇吉!」
蛇吉と名付けられた戦巫女の乗り物、巨大な蛇はかろうじて岩に巻きついて飛ばされるのを防ぐ。
「ニケ、後退だ!」
「分かっておる。巻き込まれたら我でも落ちるかも知れぬ」
キル子とニケはすばやく後退して、大きな岩壁の陰に隠れる。瑠子は風の及ばない岩棚の下に機械馬の楔を打ち込んで退避する。
「アルフェッタお姉さま、矢が跳ね返されますぞえ」
「しかも、魔法が吸収されておる」
ハイエルフ姉妹は、ペルガモンに大ダメージを与えた後、さらに追撃の矢を放ったのだが、その矢は竜巻の壁に跳ね返されただけでなく、込められた魔法攻撃も無効化されてしまったことを知った。このままでは、自分たちの攻撃はまったく通じない。
「遠距離攻撃がダメなら、直接、殴り倒すだけ……」
「同感だね、音子」
音子とハーパーが、ヤクに乗って岩陰から飛び出した。音子はアポカリプスの斧、ハーパーはエンチャンターのアルフォンソが作った大剣を持っている。巨大なモンスターに大ダメージを与えることができる魔法『ジャイアント・キル』の効果がある剣である。
音子のアポカリプスの斧も同様の効果がある。竜巻の壁の隙間をつき、風の壁を超えた。そこは無風地帯。二人は飛んでペルガモンに斬りかかる。
「ジャンアント・キル×2」
ズカーン、ズカーンと連続で打撃がペルガモンを捉える。さらに光輝く物体が軌跡を残しながら風の壁を突き破った。それはユニコーンランス。
キル子が渾身の力を込めて投げ込んだのだ。ペルガモンの額に深々と突き刺さる。2歩よろめき、バランスを失うペルガモン。風の壁が消え失せた。
「今だ!」
ヤクから飛び降りた音子は、地面を蹴った。目指すはトラップの鐘。瞬間移動できる音子ならではの攻撃。腰に付けた短刀を抜くと鐘めがけて投げつけた。
グアーン。
鐘が鳴り響く。それは山々にコダマし、トラップが作動する。岩棚から突き出た刺にまたもや突き刺さり、大ダメージを受けるペルガモン。
「このままでは、負けるズラ」
「最後の鐘を鳴らすのはアタシらズラ!」
上空でチャンスを伺っていた鬼族ペア。巨鳥ロックを急降下させる。畳み掛けるように攻撃を行い、最後のトラップを作動させるのだ。
「ワタシらは負けられないズラ!」
「村のみんなの願いがかかっているズラ!」
カーラとミスト。鬼族の二人には負けられない戦いなのである。




