神の舌
「じゃ~ん! でゲロ」
いつの間にか、姿を消していたゲロ子が現れた。そういえば、ニケを呼びに行ってから何故か姿を消していた。手には何かをつめこんだ油揚げを載せたトレーを持っている。
「ゲロ子、それはなんだ?」
「ゲロ子特製のお稲荷でゲロ」
(はあ~)
右京はため息をついた。ここで同じ稲荷ずしを出しても火に油を注ぐだけである。
「ゲロ子、それはニケに否定された。もう無駄だぞ」
だが、この右京に忠実なカエル娘。得意満面の表情で右京にきらりと輝く目線を送った。
「主様のピンチはゲロ子が救うでゲロ」
「なんじゃ、カエル娘よ。我はもうそのようなものは食べぬぞ」
露骨に嫌そうな表情を浮かべるニケ。右京はこれ以上、ニケの機嫌を損ねないか冷や冷やしている。だが、そんな主人の気持ちを全く察することができない使い魔。
「そこを食べるでゲロ」
ゲロ子がまゆを上下に動かして、いたずらっぽく勧める。
(ゲロ子の奴、油揚げに一体、何を詰め込んだんだよ!)
右京が見る限り、甘辛く煮上げた油揚げは、黒光りをしており、それがパンパンに膨らんでいる。口は閉じられて、楊枝で閉じられていた。ニケはゲロ子と右京の顔を交互に見た。そして、興味を失いかけたこの奇妙な食べ物に、新たな楽しみを見つけたといった笑みを浮かべた。
「右京よ。このカエル娘がもってきた食べ物。まずかったら、我は承知せぬ。今日はごちそうをおごってもらう。それだけじゃないぞ。我はまずいものを食べさせられて気が立っておる。もし、これがめちゃくちゃまずかったら、大暴れしてこの店ごと破壊してしまうかもしれないのじゃ」
「そ、それは困る」
慌てて右京が止める。真意はともかく、ニケが本気になれば店ごと吹き飛ばすことなんて問題なくできる。そして、神様はきまぐれでわがままなのだ。そんな窮地をゲロ子が救う。すなわち、絶妙のタイミングでニケが乗るであろう交換条件を提示したのだ。
「では、まずかったら主様が坊主になるでゲロ」
「おいおい、ゲロ子、勝手に俺の髪をかけるなよ! お前の髪をかけるのが普通だろ!」
「ゲロ子は健気な美少女でゲロ。主様、まさか、女子の髪をかけるほど鬼畜でゲロか?」
(ゲロ子め、さては最初からこういう展開を狙っていやがったな!)
何も言えない右京。使い魔とはいえ、右京の代わりにゲロ子が坊主になったら、それこそ右京の評判が落ちる。男らしくないと言われるに違いない。
「主様、ここは勝負でゲロ。このキツネが参戦しないとアイアンデュエルは勝てないでゲロ」
「そりゃそうだが……」
「髪の毛をのう……。おもしろい!」
ニケがゲロ子の申し出を受けた。目の前の右京が髪を切って坊主になるのが面白いと思ったようだ。ニケはゲロ子の持ってきた謎の稲荷ずしをつまんだ。中身は結構柔らかいらしく、つまんだニケの様子を見るとかなり指でへこんでいる。
「おい、ゲロ子。おまえの作ってきた稲荷ずし。中身はなんだ?」
「今頃、聞くでゲロか?」
「当たり前だ。おまえのせいで俺の髪の毛がかかっているのだからな」
右京は早く聞くべきだったと後悔することになる。このカエル娘。現代人では考え付かないとんでもないことをしてくれた。
「アイスでゲロ」
「なに?」
「とろとろのゲロ子のアイスクリームでゲロ」
「ぐあああああああああっ!」
右京は床に倒れてごろごろと左右に転がる。そんな変な食べ物でニケがうまいというはずがない。ゲロ子のおかげで坊主決定である。
ニケがほおばる。かむと甘いアイスクリームがびゅっと飛び出す。油揚げのあぶらっこい味にアイスが絡み合い、奇妙な触感とそれは複雑で気持ち悪い味になったはず……。
「ううううう~ん。こ、これは……」
ニケが両手をほおにあてた。思わずぴょこんとキツネ耳が飛び出した。揚げから飛び出した白いクリームがついた口元をぺろぺろと舐めている。そして、両手でさらに2つ、3つとつまんで口に放り込む。
無我夢中で食べている。そのイメージは、まるでニケのまわりに白いクリームが絞り出され、裸になったニケをトッピングしたキツネパフェの完成したようだ。
「と、とろけるううううう……」
恍惚の表情を浮かべる九尾のキツネ。ほおがピンク色に染まり、可愛い顔がいっそう引き立つ。
「おいしい~っ。これは最高じゃ!」
「へ?」
意外な展開に目を丸くする右京。ゲロ子は得意満面である。
「これを食わせてくれるなら、我はアイアンデュエルに出ても構わぬ」
ぺろぺろと皿まで舐めているニケ。これは相当、ツボにはまったようだ。ニケがアイアンデュエルに出てくれるならこれほど力強いものはない。元の姿になればキル子を乗せて走るだけでなく、空も飛べるのだ。その能力はケルベロスのクロを凌駕する。
「ありがたい。ニケ、よろしくお願いする」
「主様、ゲロ子に感謝するでゲロ」
「ああ。今回はお前に助けられた」
「ゲロ子は有能で美人で、セクシーで、賢い使い魔でゲロ。こんな偉大な使い魔を持てて、主様は感謝しないといけないでゲロ。ありがたやと崇めるでゲロ」
なんだか調子こいている使い魔。だが、目の前には神獣ニケを唸らせた未知の料理が皿に並んでいる。
この気持ちの悪い……もとい、奇跡のひと皿に感謝せねばならない。
「おはようございます、右京様」
「右京様~っ! 今日も素敵ですうううう……」
いつものごとく、午前中の手伝いに来たホーリーと、相変わらず右京ラブのヒルダ。飛んでくるヒルダを片手で叩き落とす右京。丁度、いいところに来た。ニケをノックアウトしたゲロ子の発明品をみんなで食すことにする。
「これが先輩が作ったアイデア料理ですか」
「変わった食べ物ですね」
興味深々のヒルダとホーリー。右京も稲荷ずしをつまんだ。ぐにゅとした指の感覚がやちまった感を演出していたが、これは九尾のキツネが絶賛した食べ物である。右京は口に放り込んだ。噛むと中から激甘のソフトクリームが飛び出して、これがうれしい不意打ちとなって……。
(まずい……)
ホーリーもヒルダも固まっている。煮込まれた油揚げと濃厚クリーム。それはねっとりとしたミミズに体中を覆われて、ぐにゅぐにゅとうごめくそれに体をまさぐられる感覚。
「うげええええ……っ」
「き、気持ち悪いで……す」
「ゲロ子、これは食いもんじゃないぞ!」
右京の抗議に気を悪くするゲロ子。
「そんなことないでゲロ。主様たちは味覚音痴でゲロ。この高貴な味が分からないでゲロか」
ゲロ子がひと口にする。すぐに口が開いて、だらだらと稲荷ずしの中身が流れ出した。
「ゲロまずいでゲロ……」
「お前、味見もしなかったのかよ!」
どうやら、九尾のキツネ。通常では理解できない味覚の持ち主だったようだ。




