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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第18話 純潔の槍(ユニコーンランス)
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狐には油揚げだろ!

 3回戦のフィールドは高地。高地と言っても、高さは2000mを超える山々。山は岩場で山と山の間に大きな岩でできた柱が飛び飛びに存在している。

 

 ドラゴン『ペルガモン』はその中央の平たい岩場に巨体を預けている。アイアンデュエルの参加者は、この中央の岩場にたどり着き、戦闘を行わなければならないのだ。しかし、ここへたどり着くためにいくつもの岩でできた山を足場にして、跳んで行くしかないのだ。

 

 この高地での戦いは、山岳地帯をものともしない移動手段が必要だ。音子とハーパーはこのステージのために、岩山に生息するヤクという動物を乗り物にしていた。おかげで、これまでの2回戦は遅れて参加することになったために、ポイントは大きく遅れをとることになった。


 ヤクは跳躍力が魅力の動物であるが、平地を疾走するのは馬より大きく劣ったからだ。2回戦までの戦いで一躍、優勝候補に躍り出た葵は変わらず『龍の馬』に騎乗している。龍の馬は山岳地帯で問題なく移動できた。無論、葵の馬術が素晴らしいこともある。但し、侍女のコゼットが普通の馬であるためにその移動速度は、かなり制限されている。


 エルフ姉妹は鳥の仲間であるオロロン鳥をこのステージの移動手段に選んでいた。オロロン鳥は、ダチョウを大きくした生物で、人を乗せて走ることができた。しかも、羽を使えば短い距離は飛べるために、この高地ステージでは有利であった。


 戦巫女のペアは、龍神神社の神獣、『ホワイトパイソン』に乗っている。これは飼いならされた白蛇である。この大蛇は平地での移動速度は遅いが、山岳地帯でも問題なく移動でき、岩から岩へ長い体をくねらせて落ちずに移動できた。さらにジャンプまでできるために、この山岳エリア攻略のために投入された移動手段であった。


 鬼族のペアはロック鳥。これは1回戦から変わらないが、この山岳エリアでは最も効果を発揮できると考えられていた。


 さて、右京たちイヅモチームは、ここで新しい移動手段を投入していた。まずは瑠子。乗っているのはエドが開発した『機械馬』であるが、今は山岳仕様に改造されていた。


 この乗り物は地形に合わせて、仕様を変更できるのだ。前方に楔を打ち込む機械が備えられており、ここからロープを付けた楔を打ち出し、岩に突き刺し、ウィンチで巻き上げて登るという仕掛けだ。危険な岩場を確実に登っていける。

 

 しかも足場がない岩の壁も登っていけるので、スピードは遅いが最短距離でターゲットに近づけることができた。


 そして、キル子はこの3回戦ではケルベロスのクロから、九尾の狐ニケに乗り換えている。ニケは巨大な狐に戻って大人しく、キル子を背に乗せている。この気位の高い神獣が大人しく、キル子を乗せている理由を話さねばなるまい。

 

 ニケは右京に『貢物』を贈れば、神の眷属も気まぐれを起こすだろうと言った。右京にはその要求に応えるアイデアがあったからだ。





「主様、ニケを丸め込む貢物のアテはあるでゲロ?」


「ああ、ある。ニケは狐だろ。俺の元いた世界じゃ、狐はあるものが大好物なんだ。この世界でもきっと好物に違いない」


「なんでゲロ?」


 もう分かるであろう。狐が大好きとされているのは『油揚げ』である。これは豆腐を薄切りにして油で揚げたものだ。別名で『稲荷揚げ』とか『狐揚げ』とも呼び、昔から狐が大好きと言い伝えられていた。


 狐がなぜ、油揚げが好きとされているのは、諸説あるが有力なのは、稲荷神社の神がインドの荼枳尼天だきにてんであり、 荼枳尼天は常にジャッカルにまたがっていた。


 このジャッカルが大好物なのがネズミの唐揚げで、日本ではジャッカルがいないために、代わりに狐にまたがらせたという。代役で神になった狐もうれしいのか、悲しいのか聞いてみたいものだ。


 それはともかく、この大好物設定。殺生を嫌う仏教の影響で、油で揚げたネズミは、やがて豆腐を油で揚げたものにすり替わったのだ。

 

 何だか、ジャッカルが狐に代わり、ネズミの唐揚げが油揚げに代わったので、何の根拠もなさそうだが、こういう経緯でお稲荷さんには油揚げを備えるというのが風習になっているのだ。

 

 右京はそんなことは詳しいことは知らなかったのだが、ごく一般的な常識で狐には油揚げだと思ったのだ。油揚げを作るには、まず豆腐作りから始めなくてはいけない。この異世界には豆腐がないからだ。


「まずは大豆を洗う」


 右京は豆腐作りを始めた。これは以前、豆腐を作った経験があったために、それを思い出しての作業だ。ちなみにこの洗う作業は重要だ。ここで虫食い等で傷んでいる大豆を取り出す。そして、皮が破れない程度にこすり合わせるのだ。


 その次は水に一晩つけておくこと。大豆をこれだけ水に浸すと大豆は3倍ほどに膨らんでいる。右京は一粒取り出し、爪で半分に割った。大豆の中央に筋が入っていることを確認すると、ざるに移して十分水を切った。


 そしてこれをすり潰していく。太目に切った枝を加工してすりこぎを作ると、石をくりぬいた器に入れて丹念にすり潰しが締めたのだ。石の器はスパイス調合に使うもので、一般家庭には大抵置いてある。


「主様、なかなか面倒くさいでゲロな」


 ゲロ子が不思議そうに右京に尋ねた。この世界、大豆はあるが豆腐はない。大豆は煮込み料理に使ったり、スープの具にすることはあるが、このように水に浸してすり潰すという手の込んだことはしない。


「ああ。これは学生の頃に総合という勉強で習ったんだ」


 右京は中学校の頃に、地産地消というテーマで、地元の食材を使った料理を作るという学習をしたことがあった。その学習は本格的で、大豆を畑で栽培し、それを使って豆腐を作るというものだった。自分たちで手探りで調べたり、近所のお年寄りの話を聞いたりして作ったので今でも作り方を覚えている。


 ゲロ子にも手伝わせてすり潰す。途中、1.5倍程度の水を加える。この水はわざわざ、おいしいと評判の神殿の泉から湧き出る水を1日汲み置いて使っている。こうするとまろやかになるのだ。


 こうしてできた乳白色の汁をヒサゴというが、今度はこれをじっくりと煮込む。焦げ付かないようにゆっくりとかき混ぜ、30分ほどかけて煮るのだ。


 そして、今度はそれを布でこす。これで豆乳とおからに分離できるのだ。豆腐はこの豆乳の方を使う。ここからは気を使う作業だ。およそ80度になるまでゆっくり温度を上げていくのだ。


「なんだか不思議な臭いでゲロ。主様、それはなんでゲロ?」

「これは『にがり』というものだ」


 右京が取り出した透明の液体をちょっろとゲロ子が指ですくって舐める。すぐに渋い顔をして、口を開けた。


「苦いでゲロ」

「苦いから『にがり』と言う」


 にがりとは海水から塩を取る際に生じる塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カリウムなどのミネラルなどである。これを溶かした水を豆乳に入れると凝固が始まる。


 この時にかき混ぜすぎると固くなるから要注意だ。固まってきたところで底が網になった木の箱に入れて、重しを載せて水切りをすれば豆腐の完成だ。


 白い不思議な物体にゲロ子も目を白黒させる。ためしに食べていみると、あっさりとした口当たりに加えて、大豆の濃厚な味が口いっぱいに広がり、なかなかいい感じになった。


 これで豆腐ができたが、右京の作りたいのは油揚げ。豆腐は材料に過ぎない。今度はこれを10mm間隔でカットする。その薄い豆腐を厚めのタオルで包み、ゆっくりと吸水するのだ。水を確実に抜くことがコツである。


 十分に水を切ったら、これを高温の油で揚げるのだ。香ばしい匂いが漂う。これで油揚げは完成だ。


「これがあの化けキツネをだます貢物でゲロ? なんだか貧弱でゲロ」

「そうかな? 俺のいた世界じゃ、これでキツネはイチコロなんだが……」


 ゲロ子が油揚げを見て腕を組んだ。こんなもので九尾のキツネを満足させられるのか懐疑的な表情だ。


 それに関して一抹の不安が右京の頭を過った。このまま出すだけでは失敗するかもしれない。そこで揚げの中に酢飯を入れることにした。いなり寿司である。醤油と砂糖と味醂で味付けした油揚げに、酢飯を入れれば完成だ。


「よし、この油揚げとお稲荷さんでニケに協力させよう」

「ふ~ん。油揚げの中にものが詰め込めるでゲロか?」


 ゲロ子はお稲荷さんを見て感心したようだ。ゲロ子に食べさせると『うまいでゲロ』と太鼓判を押した。邪妖精がうまいというなら、神獣もうまいというに違いないと、何の根拠にもならない自信をもった右京。


 さっそく、右京はニケを呼んだ。女の姿をしたニケは、目の前に出された奇妙な食べ物を見て首をかしげた。


「なんだこれは? こんなもので我の歓心を買おうというのかや?」

「キツネには油揚げ、お稲荷さんと決まっている。ニケ、食ってくれ!」

「うむ」


 ニケはお稲荷さんをつまむと大きな口を開けてほおばった。


「どうだ?」


 ニケは嫌な顔をした。どうにも口に合わないようだ。


「まず!」

「まずいだと? そんなはずはない。もしかしたら、米が駄目だったか?」


 ベレニケ・アントワープ・デ・クアトロポルテというくらいだから、ちょっと和風はダメだったのであろう。右京は気を取り直して、油揚げを勧める。これは火であぶってこんがりと焼き目がついており、おつまみ感覚で食べれそうだ。


もしゃ、もしゃ……。


 右京に勧められて口に入れるニケ。ますます、顔が微妙になる。


「なんじゃ、これは?」

「まずいのか?」


「まずいという以前に、これは食べ物なのか? まるで紙を食っているみたいじゃ」

「そ、そんな~」


 ここまでかけてきた時間がすべて無駄になった瞬間だ。キツネの神獣だからといって、油揚げが好きと言うのはあまりにも安直であった。


「こんなもので、我を使役するなど無理じゃ。右京よ、アイアンデュエルに我が出て、人間の女を背に乗せる話はこれでなしじゃ」


「もう一度、チャンスをくれ!」


 キル子が乗る動物はケルベロスのクロは決定している。アイアンデュエルは10日間にもわたる長期戦。クロだけでは心もとない。さらに、高地エリアでは神力で空を飛べるニケがいた方が役に立つ。


「ダメじゃ。我は忙しいのじゃ。今すぐじゃないと、チャンスはないのじゃ」

「ぐおおおっ!」


 右京は観念しかけた。今の見た目は4,5歳程度の幼女。銀色の髪をおかっぱにしたかわいい幼女である。なぜか右京を監視すると言って店にすみついている。店では悪意をもってだまそうとする人間を見破れる能力で、役に立っていた。


 しかし、右京はニケが神獣らしく、人間の頼みを簡単に聞いてくれないことは、これまでの付き合いで分かっていた。忙しいとか言っているが、実際は店のマスコット。1日中、ゴロゴロして気ままに過ごしているだけであるのだが、自由気ままな生活を楽しんでいる様子。


この神様は、実に気まぐれなのだ。


さあ、右京はニケを説得できるか?

今晩、結果を公開(予定)

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