戦巫女の掟
「気の毒だが、ここで死んでもらう!」
「ここで葬る!」
キル子は手練の戦士である。突然の出来事にも野生の本能で体が反応する。すなわち、右京を抱きしめると、横へゴロゴロと転がった。先ほど、自分たちが重なっていた場所に刀が2本突き立てられる。
(明らかに殺しに来た!)
キル子はとっさに倒されたテントを固定するペグを抜く。剣は持ってきてないのでこれを武器の代わりにする。
「何奴!?」
「な、なんだよ! キル子が乱入してきたかと思ったら、今度はお前らかよ!」
地面を刀で突き刺した2人の人物。右京がよく見知った人物であった。あの戦巫女の二人である。
「問答無用! 私たちの顔を見たからには死んでもらいます」
「命の恩人でも許すことはできません!」
「おいおい、見たって、裸を見ただけで殺すのかよ!」
2人の戦巫女が地面に突き刺した刀を再び抜く。そして帰蝶は大上段に構え、満天は下段の構えを取る。その姿は真剣だ。明らかに殺しにきている。
「右京、どういうことだよ? ま、まさか……。この二人を手込めにした?」
キル子は、右京が戦巫女の二人を救ったことは聞いている。まさか、それを弱みにして二人を毒牙にかけたのかと、とんでもない勘違いをするキル子。自分が女豹になるとかいって、右京の寝所に乱入したことを棚に上げている。
「誤解するなよ! 俺がこんな強い女子をどうにかできるわけだろうが!」
右京の困惑した叫びにキル子もしばし考える。そして結論に至る。
「そりゃそうだ」
「分かってくれれば……」
「ん?」
キル子はさらに考えた。記憶の巻き戻しをする。
(戦巫女の二人は『顔』を見たと言っていた。それなのに右京は裸を見たと言った。どういうことだよ……)
「右京、こいつらの裸を見たのか! あたしの水着姿は見ずに!」
「おいおい、食いつくポイントが違うだろう。それにあいつらの目は真剣だぞ!」
キル子は両手にもったペグを突き出して戦闘態勢に構える。武器としては心もとないが、キル子は戦士。まともな武器がなくても格闘で時間稼ぎくらいはできる。
「女戦士よ、その男を庇うならば、お前もここで葬る」
「そこをどけ」
帰蝶と満天がそうキル子に叫ぶ、手には柄が白木でできた短刀をもっている。戦巫女の護身用の武器である。これは巫女が9歳の時に戦巫女として選ばれ、修行に入るときに一人、ひと振り与えられる護身刀なのだ。戦巫女に不埒な行いをする者は全て、この短刀であの世行きとなるのだ。
「あたしはどかない。アイアンデュエルを妨害する気はお前ら!」
キル子はそう二人を威嚇する。キル子の重要なサポーターである右京を害することは、キル子に対する妨害と同じである。
「妨害する気はない。だが、その男を殺さねば……私たちは……」
ゴソゴソとバスケットの中の布が動いた。ゲロ子である。今までバーベキューでお腹いっぱいになり、苦しくて眠ってしまった役立たずの使い魔だ。
「ふぁああ……うるさいでゲロ。おや、修羅場でゲロか?」
「ゲロ子、那の国の戦巫女が俺を殺そうとやって来たんだ」
「ありゃ、主様。あいつらのすっぴんを見たでゲロか?」
一応、頷く右京。本当に見たのは二人のすばらしい裸体であるが。
「それは殺されて当然でゲロ。戦巫女は9歳で戦巫女に選ばれると、口元を隠して異性には絶対に見せないでゲロ。特に年頃になった戦巫女が顔を見られたら、その男の首を討ち取るべしという掟があるでゲロ」
(おいおい……。それよくある話だろうが!)
「おい、ゲロ子。もし、殺さなかったら顔を見た相手と結婚しなくてはいけないとかというのか? 話の流れから……」
「何言ってるでゲロか? 主様の頭はピンクのバラが咲き乱れているでゲロか?」
帰蝶と満天が、短刀を構える。キル子の妨害があっても右京を仕留める気だ。その表情に妥協の色はない。
「そのカエルの言うとおりだ。あなたは満天の命の恩人だが、今はあなたを殺す選択しか私たちには選択できない」
(マジかよ……)
「結婚前に男に顔を見られたら、戦巫女をやめねばならないのだ」
「覚悟!」
帰蝶と満天が襲いかかる。スタッと飛び上がると空中で短刀を抜いた。そして、右京の首めがけて短刀
を振る。
カキーン。金属がぶつかる音がする。キル子がとっさにテント内にあった予備のペグで短刀を受け止めたのだ。そして左の手に持ったペグで戦巫女を追い払う。ひらりとかわす帰蝶と満天。
「邪魔だてすると、女といえども斬る」
「上等じゃねえか! 右京を狙うなら、あたしが相手になるぜ!」
キル子はそう言うと、両手にもったペグをブンブンと振り回す。ペグは30センチほどの長さがあるが、キル子が振り回せは武器になる。かなり太く頑丈なので、短刀程度なら、受け止めることができるのだ。
「どうした!」
「何かあったのか!」
異変に気がついたスタッフが駆けつけてくる。その音をすばやく察知する帰蝶と満天。
これ以上、ここにいるのはまずいと思ったのであろう。今はアイアンデュエル中で、そのライバルチームの人間に襲いかかったとなれば、大問題に発展してしまう。
「右京、いずれお前を殺す!」
「このアイアンデュエルが終わるまでに殺す。恨みはないが、これは戦巫女の掟。気の毒だが死んでもらう」
そう言い残すと2人はテントを飛び出し、ポンと飛ぶと藪の中に姿を消したのであった。後に残るのはキル子と右京とゲロ子。正直、キル子がいなかったら右京は死んでいたに違いない。
「やっといなくなったでゲロ」
ゲロ子はそう言って、何事もなかったかのようにあくびをした。またバスケットに潜り込んで眠る気だ。右京はそんなゲロ子のフードを掴んで持ち上げる。
「おい、ゲロ子。戦巫女についてお前、知ってること全部話せ」
「めんどくさいでゲロ。金にならないことはしないでゲロ」
まったく、忠実な使い魔である。右京は無言でフードから今度は、ゲロ子の頬をつまんで持ち上げた。
「ひたいでゲロ、話すから放すでゲロ~」
「知ってること全部話せよ」
「仕方ないでゲロ」
右京の折檻を食らって、ゲロ子は観念して話し始めた。これはキル子も知らないことだ。那の国は右京たちが暮らすオーフェリア王国の北西に位置する国である。文化的な面ではオーフェリア王国とペルガモン王国はよく似ていたが、この那の国は異質であった。
那の国の人々は信心深く、万物には神が宿ると考えて、様々な神様を祭っていた。それが神社と呼ばれる那の国特有のものである。神社には大勢の神に仕える使徒がおり、それらを守るのが戦巫女なのだ。
「戦巫女は誰もがなれるわけじゃないでゲロ。生まれ持った才能で決まるゲロ」
ゲロ子が言うには、那の国では女の子は9歳になると全員、適性検査を受けることになる。適性検査で優秀であった108人を選抜し、修行をするのだ。修行は厳しく、毎年、何人もの脱落者が出る程であった。
「そうやって16歳になった時に、戦巫女になることができるでゲロ。戦巫女を20歳まで務めると、引退して貴族や高級軍人の嫁になることができるでゲロ。セレブ生活を送ることができるでゲロ。何だか、ゲロ子もやりたくなってきたでゲロ」
「お前には無理だ。諦めろよ、ゲロ子」
「キル子の言うとおりだ」
「ム! むかつくゲロ」
「話を続けろよ」
「戦巫女は結婚する前に異性に顔を見せてはいけないでゲロ。見たら、その相手を10日以内に殺さないといけないでゲロ。それが嫌なら戦巫女をやめるしかないでゲロ」
「変な掟だな」
顔を見ただけで殺されるとは、見た男も不幸だ。だが、右京は考える。元の世界でも日本人の感覚からするとおかしな風習は、世界中にあった。女性が自分の家族以外の男性に髪を見せることはタブーとする宗教もあるし、結婚する時に初めて相手の顔を見るという国もある。戦巫女の風習もおかしいで肩付けるわけにはいかないだろう。
(だとしても、殺されるのは勘弁してくれ)
そう思わざるを得ない。右京はわざと戦巫女の顔を見たわけではないのだ。




